◎専門調査レポート


草地と林地の一体的活用に道筋

−「林活」モデル事業の中間成果から−

農林業ジャーナリスト 増井 和夫

 


草地畜産は自給率向上への切り札

 食料・農業・農村基本法の制定を受けて、食料自給率向上に向けた政策に重点
が置かれ、具体的な目標数値も設定されることになり、期待と注目を集めている。  

 食料自給率が低下してきた要因の一つとして、畜産では輸入飼料依存度の高さ
が指摘されており、土地利用から遊離した畜産が、ふん尿の過剰など派生的な問
題を生じている状況にある。 

 飼料の自給率向上は、これまで主に個別経営の立場から重視されてきたが、飼
料生産を高めることは、社会的要請にも対応するものである。

 すなわち、食料の安定的供給を望む国民、消費者のためにもなり、地元の土地
資源を有効に活用して、地域の活性化にも寄与する効果もある。

 また、副産物で肥料源としても貴重なふん尿が、自給飼料生産や放牧を通じて
広く土地還元され、資源の循環利用を容易にして、環境問題にも貢献する。

 以上のように、草地畜産の活性化は、草食性の乳牛、肉牛の穀物飼料依存を軽
減して、直接に食料自給率向上に寄与する切り札となる可能性がある。

 それは、すでに草地畜産を実現している先駆的な事例の存在が証明している。 

 特に放牧を導入した草地畜産は、景観形成に役立ち、保健休養の場となり、農
業の多面的機能の発揮にも貢献する。


放牧と育林の相乗効果

 飼料自給率向上への具体策として、労働生産性が高い放牧があるが、放牧地と
しては、適度に樹木があることが家畜にとっても快適である。放牧された家畜に
とって、樹木は風雨や強すぎる夏の陽光から身を守り、牧草の夏枯れを防ぐ効果
もある。

 一方、木材供給源としての森林の活用や管理は、木材価格の低迷などから後退
しており、林地の荒廃が進んでいる。

 すなわち、樹木の成長に必要であるばかりでなく、森林土壌の保全、景観形成
などにも重要な基本的な手入れである下草刈りや間伐ができない状態が一般的に
なっている。

 こうした状況を打開する手法の一つとして、家畜が下草刈りを代行して、育林
にも貢献する林内(林間)放牧があることは知られている。しかし、林畜複合は
林業と畜産の狭間に置かれ、正面から政策的に提起されなかった経過がある。

 その主な理由は、林業、畜産の両方ともに、独立した産業として成り立つと考
えられていた期間が長かったこと、それぞれ複合などの複雑な生産様式を取るま
でもなく、モノカルチャーで十分であると考えられていたため、政策的に推進す
る必要をどちらも感じていなかったことなどが挙げられる。また技術的にも、不
慣れであり、新規の投資などが必要とされていたためである。

 また、従来の草地造成は林野などの木を伐採し、牧草地に転換して、放牧ある
いは採草の専用地とするのが主な手法とされてきた。

 一部に防風林などの樹木が残されているが、育林も兼ねて放牧を行うという発
想はほとんどなかった。

 しかし、地域の土地資源を総合的に利用して一定の生産を果たしながら、なお
も環境や国土保全に寄与するには、地形などの条件にもよるが、林畜複合の土地
利用形態である混牧林が適している。

 労働力不足、木材価格の低迷などで活力が衰えている山村の地域活性化を図る
ために、放牧と育林を兼ねる混牧林経営が、今日改めて期待されるのである。


林活モデルの成果の活用へ

 前記のような背景から、農林水産省の補助事業として4年度から「林野活用畜
産環境総合整備モデル事業」が実施されている。

 通称「林活モデル」と地元などで呼ばれており、青森県と大分県の両県が取り
組んだが、大分県では事業が終了、青森県では3地区で実施されている。

 今回訪問した青森県十和田地区の場合、樹木を計画的に残しながら草地として
も質を高めて行く手法について取り組みがなされ、いくつかの知見が得られ始め
ている。
◇図1:青森県の「林活モデル」実施畜◇
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 農林水産省では、自給飼料の一大増産計画を検討しており、あらゆる土地資源
を有効に活用する方針であるが、その中の一つとして「日本型放牧」に期待して
いる。その中で省力的な飼養管理であり、遊休化しがちな山間傾斜地の保全管理
効果も発揮するとして林内(林間)放牧にも期待している。  

 また、「日本型放牧」は日本農業発展への重点研究対象として、行政と試験研
究機関が連携して取り組む「キーテクノロジー」の一つとして取り上げられてお
り、その中で混牧林も研究対象として強化される方針だ。

 混牧林については、これまでも各種の自給飼料増産対策の中でその利用が図ら
れているが、12年度から「草地林地一体的利用総合整備事業」が新たに導入され
ることとなっている。

 新事業では、流域を形成する谷を一つの単位としてとらえ、耕作放棄地等とと
もに、育林放棄地などの林野を畜産利用を目的として総合的に整備活用しようと
いうものであり、草地林地一体と名付けてあるとおり、林畜複合等による畜産の
振興が期待される。


地域の土地資源を総合的に活用

 林活モデル事業の目的は、「地域に賦存する草地、林地等農林諸資源を有効に
活用する農林協調型の林野活用により、高度の牧養力、家畜排せつ物の適正処理、
地域住民の保健保養、交流等の機能を併せ有する高度放牧林地、畜産経営ととも
に地域住民等も活用できる道路等を総合的に整備し、もって畜産経営の安定的発
展と地域活性化に資する」となっている。  

 端的に言えば、畜産を牽引力として、地域の土地資源の総合的利用を図ること
で、地域全般の活性化を目指しているものである。

 十和田地区についてみると、事業主体は青森県だが、対象地区は十和田市、十
和田湖町の1市1町、総事業費は約50億円となっている。

 その中には、公共牧場等での高度放牧林地の造成のほか、草地整備・造成、家
畜保護施設整備、家畜排泄物処理施設整備等も含まれる(表1)。

表1 林野活用畜産環境総合整備モデル事業
    (十和田地区)実施計画
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 また、公共牧場では、地域住民の保健休養の場として、ふれあい機能を備えて
いくことにしている。 草地関連の事業対象地は、惣辺(そうべ)牧野、大幌内
牧野、湯の平牧野、奥瀬団地の4カ所に分散しているが全体で102ha、草地・飼料
畑85ha、合計198haで、山林のうち保全林を除く約89haの林地が高度放牧林地と
して整備が進んでいる(図2)。
◇図2:十和田地区林野活用畜産環境総合整備モデル事業位置図◇

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 今回は、そのうちで最大の規模であり、十和田市営放牧場でもある「惣辺牧野」
の林地活用(高度放牧林地面積約56ha)の状況を拝見した。

 牧場までの道路は、地域の生産と生活に寄与しており、畜産だけでなく周辺の
森林管理など多目的な役割を持っているが、訪問時には季節柄、大勢の市民がキ
ノコ採りなどに利用していた。


森林の役割を活かした牧野造成

 惣辺牧野は、明治時代から惣辺牧野畜産農協が、995haの国有林を借りて牛馬
の放牧に利用していた歴史がある。

 現在は、牧野畜産農協や国有林からの借地、市有地などを合わせて332.98haが
利用され、肉用牛の黒毛和種(以下「黒毛」という)、日本短角種(以下「短角」
という)や後述する両者の交雑種など576頭(11年11月現在)が放牧されている。

 高度放牧林地の造成は、7年度の着手で、同地での放牧は11年から始まったが、
国有林地内であるため、事前に営林局との協議を行った。それは、年間約48万円
の使用料の支払いや、防風林の部分をそのまま残す等の内容である。

 借用した国有林55.81haのうち12.61haは防風林として残し、43.2haを利用対象
としており、その中に12.59haの草地を造成するのであり、草地化面積の比率は
20%以下に抑えられている。

 林地活用畜産の鉄則として、防風林、水源涵養林としての森林の機能はむろん、
木材生産の機能も維持すべきことがある。

 その上で、下草刈りや間伐で地表の自然植生を豊かにして、林間あるいは付帯
の造成草地と一体的に利用するのが正道であり、十和田地区でもそれが守られて
いる。

表2 惣辺牧野の林地等(十和田市営)
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林内草地造成に二つの方式

 林活モデル事業での高度放牧林地の草地造成には、「上下二段方式」と「林帯
草帯方式」の二つの方式が採用されている(図3)。十和田地区では上下二段方
式が採用されており、樹齢が10〜50年のブナが主体の、自然林に近い感じの二次
林(注)が使われている。そこを強く間伐して、1区画で約5aの草地を206区画
ほど造成した。
◇図3:高度放牧林地図◇
(1)【十和田地区】(上下二段方式)
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(2)【下北北部地区】(林帯草帯方式)
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(3)【野牛川東部地区】(林帯草帯方式)
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(注)二次林:
	
 その土地本来の自然植生が、災害や人為によって破壊され、そのおきかえ群落
として発達している森林のこと。雑木林は燃料用の薪や炭を焼くために切られた
後が自然に再生したものなので二次林である。なお、人為の全く及んでいない森
林を原生林といい、原生林と二次林を合わせて天然林といっている。

(出典:「森林・林業・木材辞典」森林・林業・木材辞典編集委員編)

 造成地は、根株を切断破砕して埋没させ、土壌改良剤を散布後に軽く5cmほど
耕起してから牧草を播種した。

 牧草はオーチャードグラス、ペレニアルライグラス、ケンタッキーブルーグラ
ス、白クローバーの4種で、1ha当たり播種量は約43kgであった。

 期待している牧養力(放牧で飼育できる草地の生産能力)は、生草量換算で表
わすと、牧草化した部分で、牧草定着後に1ha当たり10tである。

 林内に点在する牧草地は、強間伐で開かれた牛の通路兼作業道でつながれてい
るが、そこを含めていずれは樹木間の自然草地も一部は牧草に変わって行くだろ
う。

 牛は樹木が残されている部分へも自由に出入りするが、排ふんを通じて牧草の
種子を運び、広げてくれることは、多くの事例で確認されている。

 現場を見ると、草地化されていない部分の林地も、周辺の手付かずに放置され
ている林地と違い、空間が広く地表まで陽光が行き届くので、地表の植生も豊か
になりつつある。20%に満たない草地化面積をベースとしながらも、間伐された
林地そのものの草生も活かす。

 つまり、土地資源を上の樹木と、下の樹間に育つものも含めた草類で二段に活
用する姿が形成されつつある。 

 放牧2年目の今年は、30頭ほどの牛が放牧されていたが、毛づやも良く生育良
好と見られた。

 林帯草帯方式は、林活モデル事業としては十和田地区より後発組となるが、青
森県下の「下北北部地区」や「野牛川東部地区」などで採用されている。

 この方式は、林地の中に草地を帯状、あるいは団地状に造成するものだが、林
内での草地化面積の比率は、4の1程度に抑えており、育林を尊重しているのは上
下二段方式と同様である。

 等高線に配慮しながら、林帯と草帯を配置することにより、土壌浸食を効果的
に防止する効果も期待できるので、傾斜林地に適している。

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【上下2段式の高度放牧林地(惣辺牧野)】

林内放牧の効果は

 青森県では、高度放牧林地を活用した放牧の効果として、第1に労働時間の縮
減をあげている。惣辺牧野では林地内に60日、一般草地に90日の放牧を予定して
おり、実績はこれからだが、舎飼いに比べて、労働時間の短縮により25%程度の
コスト低減が見込まれるとしている。

 積雪などのために、暖地に比べて放牧可能期間は短いが、隣接の放牧地と林内
放牧地を使い分けることで全体の牧養力の向上はむろん、放牧期間の延長も可能
である。牧区の使い分けで早春や晩秋は専用草地、夏は主に林内草地を使うのが
牛にも快適であり、専用草地は秋の放牧に備えて牧養力を温存できる。

 県があげる第2の効果は、コストの低減だが、飼料の節減に加えて、放牧牛に
よる下草刈りで、育林面での省力による人件費の節減をも期待している。 

 青森県上北地方農林事務所の小野隆一次長は「この地方では、畜産が農業の柱
であり生産額も多いが、米や野菜もたい肥活用などによって品質が高い。林活モ
デル事業は、自分が林業振興に永年従事していた経験からも大いに期待している。
現在は、木材は安く不在山林地主が多い中で、森林組合も頑張っているが、十分
な森林管理はできないのが実情である。中山間地への直接支払いも始まるが、次
期WTO交渉に備えて、農業と林業が相互補完して、土地の総合的な活用や、多面
的機能の発揮を図る必要がある。」と語っており、林業の立場からも林畜複合に
期待していることが分かる。


十和田市の畜産と三本木和種

 十和田市の平成9年度農業生産額は、全体で184億円、畜産はその35.9%を占め
る66億円であった。

 元年当時は全体で207億円、畜産は83億円ほどの生産額であったので、全般に
低下しているが、畜産の比率は元年には40%であったので、畜産の低迷が他より
大きいことが分かる。

 この間に、乳用牛は1,242頭から895頭に減り、肉用牛は6,803頭から7,447頭と
一時増えたが、10年には6,634頭に減少している。

 畜産の中でも生産額最大の養豚も頭数が漸減して、現在は約7万2千頭の水準で
推移しており、特色である馬の飼育も減少傾向で、200頭台をようやく維持して
いる状況だ。

 畜産に利用されている土地は、6カ所の公共牧場の合計が896ha、一般草地が96
7ha、その他飼料作物栽培も合わせると2,409haほどになる。公共牧場の利用状況
は表3の通りだが、放牧料金がしばらく据え置きであるにもかかわらず、預託頭
数は減少傾向にある。 

 肉用牛の飼養状況は、繁殖牛が頭数減少傾向に対して、肥育牛は5千頭前後で
横ばいである。また、繁殖牛の中では短角の減少が著しく、5年の917頭から10年
には301頭と、この5年間で3分の1になっている。

 その理由は短角の価格低迷であり、それは子牛価格(11年11月の市場平均価格
は約6万円)と枝肉価格の両方に共通している。短角は子牛も肥育牛も生産コス
トは安いが、そのメリットを帳消しにしてしまうほど、黒毛との販売価格差が大
きい。放牧適性があり、よりヘルシーな牛肉と評価していた生活協同組合などと
の産直も、減少傾向にある。

 ヘルシーは良いが、味が今ひとつというのが、霜降肉を尊重してきたわが国の
一般的消費動向であり、短角価格が再生産の意欲がわくような水準になるには、
まだ時間がかかりそうだ。

 それなら、短角の放牧適性を活かしながら、なお肉質でも市場に評価される水
準をと始められたのが黒毛との1代交雑である「三本木和種」である。

 三本木とはこの地方の古くからの名称で、農業高校の名称その他で使われてお
り、この交雑種を仕切るのが「三本木畜産農業協同組合」である。

 三本木和種は、ほぼ10年の実績があり、地元の子牛市場では上場数、単価とも
に短角種を上回り、肥育成績も良く、約5千頭の肥育牛頭数の約2割を占めている。

 交雑が無秩序にならないように、畜産農協が認定書を発行するなどして、一定
の規制をしている。 

表3 十和田市における肉用牛放牧利用状況(平成10年度)
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 資料:十和田市畜産課
  注:( )内は子牛の数


放牧利用農家の事例

 惣辺牧野を利用している農家の事例として、十和田市藤島字小山の小山石達郎
氏(63歳)の経営を拝見した。
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【小山石さん(右)と筆者】
 労働力はご夫婦の他、9年から長男達也氏(31歳)が経営に加わり、意欲的に
取り組んでいる。

 稲作との複合だが、肉用牛部門は繁殖牛38頭、肥育牛129頭の一貫経営。

 経営用地は水田8.3haと畑の1.7haだが、1.6haの転作田と1.3haの飼料畑をデント
コーンや牧草栽培にあてている。 

 子供の頃には馬もいたが、肉用牛飼育経験は約40年になり、惣辺への預託放牧
も約30年になる。

 預託により、労力的には楽になり、1日185円の預託料金も納得できる。ただ、
惣辺は標高が600m以上と高いために預託開始が遅れるので、里山で入牧時期が
早い十和田湖町の奥瀬団地(ここも林活モデル事業の対象の1つ)にも預託して
おり、預託頭数は出入りはあるが37〜38頭程度(繁殖牛)である。

 放牧期間中に発情がくると、牧場側で人工授精してくれるが、精液代と3,000
円の技術料と、1頭につき種付手数料4,000円を支払う。小山石氏は「これも料金
として妥当だと思うが、牧野により観察の精度が違い、受胎が遅れないことが何
より重要だ」と言う。

 秋になって、預託していた牧場から下山した牛を、トウモロコシの刈り取りあ
とに一時放牧して、体を慣らすとともに、収穫時に残された茎葉部分を活用した
いと簡易な補助飼料用の飼槽を設置するなど、何事にも研究熱心である。

 公共牧野からの乾草の供給もあるが、量的に不安定であり、自分で行うととも
に専門業者に依頼して行うのが稲ワラ集めである。

 小山石氏の放牧に対する期待は強く、肥育は畜舎でという固定概念にとらわれ
ず、放牧肥育も試みた。成績自体は悪くなかったと評価しているが、短角の価格
低迷を回避できなかったことから残念ながら今では、放牧での肥育は行っていな
い。しかし、肥育用の素牛として、前記の三本木和種に期待している。小山石氏
の繁殖牛は黒毛23頭、短角が15頭で、この地方の動向のように黒毛が短角を逆転
して多数を占めている。しかし、肥育部門を見ると、外部からの導入素牛もいる
が、三本木和種70頭、黒毛37頭、ホルスタイン種20頭、短角2頭の構成になって
おり、交雑種は半数を超える。

 三本木和種の肥育成績は、ここ数年の69頭の平均の枝肉単価が1kg当たり1,277
円と短角では得られない高水準である。小山石氏の肥育期間は619日(約21ヵ月)
と長く、枝肉重量も450kgと大きいことも貢献している。

 交雑種は現在は肥育用に限定しているが、その強健性などの特性を活かして、
黒毛の受精卵移植の対象として繁殖用に使えないかなど、交雑種の利用拡大を検
討している。むろん、交雑種の活用は良い純粋種の存在が大前提であり、三本木
畜産農協監事としての小山石氏も、純粋種の確保を重視している。

表4 小山石達郎氏の経営概要
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放牧活かす短角との雑種は両刃の剣

 現在、肉用牛でF1と言えば、乳用雌牛に黒毛の雄を交配して産ませた乳肉交雑
種を指すのが一般的だ。

 諸外国では、草地で肥育段階まで飼育する場合があるが肥育牛はほとんどがコ
マーシャル牛と呼ばれる交雑種である。

 強健性が両親より高まるなどのメリットがある「雑種強勢」の活用であり、わ
が国では養豚では一般化している。

 三本木和種は、短角の放牧適性と黒毛の肉質の良さを兼ね備えて、両者の中間
的な特性を期待したものである。

 林内草地の活用は、放牧がカギだ。黒毛も放牧が可能であり、放牧飼育の事例
も増えつつあるが、自然草地と改良草地の併用や林内放牧、親子放牧など、徹底
した子牛生産コスト低減には短角が好適であることは、多くの研究でも確認され
ている。

 しかし、短角の主産地である岩手、青森両県ともに、近年は黒毛への転換が進
んでおり、放牧頭数が減少傾向にある。  

 十和田市畜産課の調査では、10年度の放牧頭数は黒毛の687頭に対して短角は
483頭であり、この地方で肉用牛と言えば、ほとんど短角であった時代は遠い過
去の話になった。

 短角振興には消費拡大が最良の薬だが、懸命な啓発が効果をあげる前に、産業
用の品種としての基礎的な頭数が減少する危機も指摘されている。  

 短角の特性を活かす交雑利用は、短角復活への一つの方策であり、現に一定の
成果をあげつつあるが、交雑利用の継続には、もとの基礎品種の純粋性が担保さ
れ、頭数も確保されるのが大前提である。  

 その意味で、関係者は短角そのものの改良、増殖に力を入れている。しかし、
交雑種が増える反面では、純粋種の生産が減少する矛盾がある。酪農界では、乳
雄より有利に販売できる黒毛との交雑が進み、乳牛としての後継牛が不足する事
例もある。短角の交雑利用もそうした課題をはらんでいるが、純粋牛の確保と併
せて大いに成果をあげることを、切に期待するものである。


おわりに

 林地活用を含む、土地利用型畜産を振興させる意義は冒頭で強調したが、傾斜
草地も対象となる「中山間地等への直接支払い」が来年度から導入される。

 中山間地での肉用牛経営は、平場での購入飼料による多頭飼育と比較すると、
収益をあげにくい傾向があるが、畜産物生産に加えて国土や環境の保全などの多
面的機能が発揮されることが期待されるからである。

 また、消費者の食品に対する期待も、品質面の重視傾向が強まり、資源循環型
の生産による畜産物が高く評価される方向にある。現実には後退していた放牧だ
が、それを盛り返すことこそ、日本畜産の大きな課題であり、可能であると現地
を見て再確認した次第である。

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