★ 事業団から


世紀を超えて畜産経営を考える −畜産振興国際シンポジュームから−

企画情報部情報第一課


 平成11年11月8・9日の両日、群馬県前橋市において「世紀を超えて畜産経営を
考える」と題して、畜産振興国際シンポジュームが開催された(主催:社団法人
国際農業者交流協会、群馬県国際農村青年協議会)。

 このシンポジュームは、近年、わが国においては、企業的経営感覚と国際競争
力を備えた畜産農業経営体の育成が緊急の課題となっていることから、海外から
専門家を招いて、今後の畜産経営のあり方を討議するとともに、相互理解と友好
親善を図ることを目的として開催された。当日は約250名の畜産関係者が参集し
た中、米国ミズーリ大学農業経済学部教授ロナルド・ブレイン博士による「世界
の豚肉生産量と価格の5年予測」、デンマークの酪農家であるヘンリック・クリ
ステンセン氏による「EU及びデンマークにおける酪農の現状と将来展望」の基調
講演の後、両氏を交えたフロアーディスカッションが行われたほか、社団法人国
際農業者交流協会 塩飽二郎理事長の総括講演が行われた。

 この中から、(社)国際農業者交流協会 塩飽二郎理事長とデンマークの酪農
家であるヘンリック・クリステンセン氏の講演内容を紹介する。
注:社団法人国際農業者交流協会

 昭和63年、(社)国際農友会(昭和27年設立)と(社)農業研修生派米協会
(昭和41年発足)が統合して設立された農林水産省と外務省の共管団体。主な業
務として@農業青年の海外派遣、A開発途上国等海外諸国の農業研修生等の受け
入れ等を行っている。


EU及びデンマークにおける酪農の現状と将来展望

デンマーク酪農経営者
ヘンリック・クリステンセン
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【クリステンセン氏】

はじめに

 私は酪農家である。酪農経営を始めて9年になる。私の曽祖父が農場を1882年
に買い取って以来、代々農業をしている。私は、異なる農場での3年間の研修と
農業学校で1年間勉強をし、さらに、交換研修生としてオーストラリアに行った。
また、中近東の酪農場で3年あまり働いた。私の経営する農場は80haに70頭の乳
牛(すべてホルスタイン)と育成牛、雄子牛(約1歳で出荷)などを飼育してる。
日本からの若い研修生が1人一緒に働いてる。

 私はEUとデンマークにおける酪農の現状について、環境問題も含めて話したい
と思う。そして、私の農場、私たち酪農家が抱えている問題とその対応策につい
てお話しする。


生乳生産枠

 デンマークを含めEUでは生乳生産枠(クオータ)が決められている。この枠は
1984年に設けられ、農家には1983年の出荷量が枠として与えられた。80年代には
乳製品、おもにバターと粉乳の生産過剰を防ぐため、EUでは6〜7%削減された。
EUは余剰乳製品を買い上げていたので、膨大な在庫を抱えていた。

 90年代の初めには枠がいくらか緩和された。酪農委員会は廃業した農家の持っ
ていた枠を分け与え、他の農家が買えるようにした。しかし、誰もが増枠を望ん
だので1戸当たり年1%というわずかなものであった。その後1997年になってから
生乳生産枠株によって、生産枠の売買ができるようになった。このシステムは成
功し、枠の売買が行われ、若い酪農家が100〜120頭規模に経営を拡大することが
できたのである。また、多くの酪農家は、枠が高い値段で売れたので手放す選択
をした。その一面、生産枠株は急激に値上がりし、酪農委員会が枠を分散し始め
たときは1.25クローネ(19円)だったのが、取引株では3.5クローネ(53円)にな
っている。私たちはこの生乳生産枠制度はあと8年続くと思っている。その後は、
違う形で続くのか取りやめになるのかは分からない。


補助金

 EUの補助金について述べたいと思う。補助金の背景としては、冷戦時代、EUは
食糧を自給し、消費者に安価に提供する目的があった。牛乳、牛肉、穀物に補助
金を出し生産の増加を奨励した。これは大いに効果があり、80年代には牛肉、乳
製品、穀物の余剰在庫が増加した。現在は在庫は減少したが、生産を奨励しない
方式での補助金が出るようになり、消費者価格を押さえている。穀物の収量とか
牛肉kg当たりというのではなく、農地ha当たり、あるいはと畜した雄牛1頭当た
りで交付される。

 牛乳に関しては、EUは農家が適当な収益を得られるように国内価格を高く保っ
てきた。ということは、私たちの製品を国際市場で売る場合、輸出品に補助金を
出さなければならない。このやり方はWTOに受け入れられないので、EUは国際価
格に近づけるよう2003年から牛乳の価格を15%引き下げることになっている。


環境問題

 農業のもう1つの側面として、環境問題への取り組み方が大きな課題である。
12年前、コペンハーゲンの近海で漁師が死んだオマールえびを見つけた。2〜3日
ニュースで大きく取り上げられ、農業に責任があると指摘された。肥料の使い過
ぎ、家畜のふん尿の不適切な取り扱いが湖、小川、河川における窒素の含有量が
高い原因だとされた。窒素は植物と藻の成育を助けるが、それらが死ぬと、分解
作用に水中の酸素が使い果たされ、えびは死に、魚は泳ぎ去ってしまう。

 政治家たちにより急いで、水質保護策と私たちが呼んでいる政策が立案され、
施行された。これにより、農家は少なくとも1年分のスラリー(液肥)とたい肥
を貯蔵する設備が必要になった。スラリーはコンクリート槽で、たい肥もコンク
リートの上で貯蔵しなければならない。散布する前に畑に野積にすることはでき
ない。

 液体肥料は植物が窒素を吸収できる生長期にだけ使用できる。たい肥に関して
は、1年中いつでも散布できるが、散布後24時間以内に鋤き込まなければならな
い。私たちはスラリー中の窒素の45%を利用するよう要求されている。そのため
には貯蔵方法、取り扱い方に注意し、貯蔵槽は、窒素の蒸発を防ぐため、液面は、
厚いワラの層が固形物で覆われていなければならない。もしくは、槽には蓋をつ
けなければならない。

 スラリーを使用する場合は生長期の植物に散布する。以前は畑にスプレーする
のが普通だったが、今は蒸発を少なくするためチューブを使って地面に注入した
り、ハローやディスクを使って鋤き込む。これには大型で高価な機械が必要なの
で、ほとんどの農家はコントラクターにまかせている。


土地の必要性

 1ha当たり、何頭の家畜が飼育できるという規制もできた。以前は何の制限も
なかったが、現在は厳しい規制があり、1ha当たり1頭の搾乳牛とその後継牛と決
められている。そのため農家は生産を押さえるか、土地を広げるかという難しい
決断を迫られた。過去3〜4年で土地は50〜100%値上がりし、農家によってはha
当たり150万円支払った人もいた。貯蔵槽を作ったり、土地を買い足したり、借
地したり、これらすべてが酪農家にとって経済的な負担となった。


肥料

 さらに私たちは、作物に対して施したいだけ肥料を与えることはできず、農務
省の規制に従わなければならない。98年は使用量が10%削減されたが、その結果、
99年の収量は下がった。年末までに使用した窒素使用量を報告するよう義務付け
られている。使い過ぎると超過窒素量kg当たり300円の罰金を課せられる。この
ように肥料の使用量が規制されているので、農家はたい肥の窒素を効率よく使う
ために、その散布方法を工夫する。

 この規制の目指すところは、水源に放出される窒素を50%削減することである。
最近の報告では40%近くまで達成している。とはいえ、窒素が畑から水源に浸透
するには何年もかかるのを忘れてはならない。したがって私たちが近年したこと
が、どういう結果になるかは将来にしか分からない。私たちにはかなり長い道の
りがあるが、ほとんどの国よりずっと先行している。デンマーク酪農にとっては、
すでにこれらの投資をしたということが、将来の利益に繋がるであろう。


消費者の要求

 消費者の要求については、その声の重要性が大きくなってきた。環境保全と動
物愛護が2つの課題である。

 酪農はあまり肥料や農薬を使わないので、農業の中では有機に転向するには最
も容易な農業分野である。そのため多くの農家が転向したが、昨年は有機乳が生
産過剰になり、50%足らずしか売れなかった。残りは普通の牛乳と混ぜて売った
が、有機乳として売れるはずの価格の50%以下に低下した。

 動物愛護は酪農家だけの課題ではなく、養豚農家、ミンク飼育農家にとっては
より大きな課題である。消費者は、動物は十分な広さの場所で飼育され、少なく
とも夏の間は自由に外に出られるようにするべきだと要求する。

 動物愛護の新しい規則では、6カ月未満の子牛は繋ぐことはできない。1頭ごと
の年齢と大きさにより、どれだけの面積が必要かが決められている。

 飼料に関してはさらに厳しい規制がある。輸入飼料には許可されない毒素が含
まれていることがあった。私たちは、たとえばアフラトキシンが高濃度で含まれ
ている綿実油粕はもう使わない。さらに難しいのは遺伝子組み換え飼料の問題で
ある。おもに、大豆であるが今では世界中ほとんどの農家が遺伝子組み換え大豆
を栽培しているので、保証つきの非組換え大豆を手に入れるのは不可能になった。


酪農家構成の動向

 日本と同様に、酪農家の構成は少数、大規模の方向に進んでる。現在酪農家数
は1万強であるが、10年後には5,000になると予測されている。

 21世紀にも農業を続けたいと思う農家は、うまく対応できるよう大きな投資が
必要である。大抵の場合、畜舎を建てようとする。資金を作るためには乳牛の数
を増やす必要があり、そのためには、生産枠を買い、さらに土地を買い足す必要
がある場合もある。畜舎を新築する必要があるのは、過去20〜30年間デンマーク
ではそれができなかったからである。第1の理由は酪農の景気が悪く、のちには
生産枠による規制、さらに何をしていいか、できないか、などの規則がよく変更
されたことによる。ほとんどの畜舎がひどい状態だったので、何とかする必要に
迫られた。3〜4年前から新築ブームが始まり、今年は700棟新築された。すべて
フリーストールで搾乳室がついている。ほとんどはヘリンボーン式であるが、並
列式、回転式もある。2年前、最初の搾乳ロボットがデンマークに導入された。
今では3〜4種類のタイプがある。あるものは比較的よくできているが、もっと改
良が必要な機械もある。この取り組みが続けば、新しい、近代的な設備を備えた
酪農産業が確立し、私たちは将来によく対応できる準備ができたと言える。


私たちの農場

 最後に私たちと農場について少し話をして終わる。私は39歳で、妻の名はウー
ラ、6歳と4歳の男の子2人と1歳の女の子がいる。前にも述べたように家族経営の
農場である。曽祖父が1882年に購入し、私は4代目である。祖父が1920年に、父
が1965年に引き継ぎ、そして1990年に私が買い取った。

 父が引き継いだときは32haであったが、後に2つの小さい農場を買い足したの
で、私が引き継いだときは45haであった。その後、3つの小さい農場と土地を買
い足したので、今では80haある。

 生乳生産枠は603トン、乳牛1頭当たり1年9,000キロである。畑には牧草、小麦、
デントコーンを栽培している。作物はすべて飼料にする。

 さて、私たちが直面している問題であるが、基本的には仕事量が多すぎる。生
産量単位当たりの収益は毎年減少している。新しい環境保全のための規制により、
これからもha当たりの牛の数は少なくなる。労賃も上がる。酪農を続けていくに
は、これらすべての問題を解決する必要がある。


目標

 私たちの目標は次のとおりである。

・酪農を続ける
・ヘルパーを1人雇う
・適切な利益をあげる
・2週間ごとの週末を休む
・1年に2週間の休暇をとる
・週に50時間の労働
・借金せずに投資資金を調達する


牛舎の新築

 これらの目標を達成できるよう、将来に向けた準備をする努力をしている。そ
のために選んだ方法は、最も少ない労働力ですむ牛舎、また維持費が少なくてす
む簡単な牛舎を建てることである。はじめはTMR給餌機の導入を考えた。これな
ら1日1回ミックスして、1日1回給餌だけですむ。その後ウィーリンクシステム
(Weelink-system)を紹介され、極めて省力的であることが分かった。これは、
中央にサイレージのブロックを積み込み、仕切り枠をだんだん近くに引き寄せて
いく方法である。最後の日に牛はサイレージを食べつくして中央に達し、私たち
はまた仕切り枠を広げて、また新たなサイレージを積み込むのである。1週間分
のサイレージを積み込むことができ、要する作業時間は2〜3時間である。

 ウィーリンクのほかに濃厚飼料自動給餌機がある。牛は首に感知器をつけてい
て一定量の濃厚飼料が食べられるようになっている。普通、1日に6回給餌できる。

 経費面ではTMRとウィーリンクに濃厚飼料自動給餌機をプラスしたものを比べ
ると費用は400〜500万円でほぼ同じである。


搾乳システム

 搾乳室は自動着脱機能がついた8頭2列のヘリンボーン式である。床は、背の高
い人でも低い人でも仕事がしやすいように調節できるようにする。搾乳ロボット
も考えたが、まだあまり性能が良くないのと、60頭用のロボットの値段が1,500
万円と高価で、私たちの70頭の乳牛には2台のロボットが必要になる。搾乳室の
経費は400万円である。


自家製

 経費を節約するために、私たちはすべての建築を自分たちで行う。2年かかり
るが費用は60%ですむ。搾乳室つきの新しい畜舎、2,500m3のスラリータンクを
合わせると全部で3,000万円かかる。


経営管理

 将来は高度な経営管理が不可欠である。利潤が少ないので、間違いは許されな
い。私はバランスの良い高品質な飼料の生産、財務管理などのことを考えてる。
1頭当たりの生産量をあげるのが経済面で重要である。


土地

 環境保全のための規制がもっと厳しくなる可能性があり、土地が売りに出され
たり、借地できるかに備えて、絶えず待機している状態であるが、価格に気をつ
けなければならない。私は1ヵ月前に9haをha当たり825,000円で購入した。価格は
正当で、自分の畑から50mしか離れていないので良い場所と言える。

 これで私たちの抱えている問題、それらを解決して21世紀を生き抜くために、
私たちがどういうことをしているか、ご理解いただけたと思う。


日本の畜産業にかかわる世界情勢

社団法人国際農業者交流協会
理事長 塩飽 二郎
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【塩飽理事長】
 WTO次期交渉において、日本農業はどのように対応できるだろうか。畜産につ
いては、豚肉、牛肉及び牛乳乳製品についての国際規律がどのようになるか、で
きるだけ傷の浅い、これ以上の国内生産の縮小を迫られないような交渉をしっか
りやる必要がある。


豚肉

 豚肉については、1971年に自由化した際に差額関税制度を導入した。これは、
輸入価格が一定の価格(基準輸入価格)を下回った場合にその差額を関税として
徴収するという一種の課徴金制度であり、これが前回のウルグアイ・ラウンド
(UR)交渉の際に問題となった。しかし、これを実質的に守りきったのが前回の
交渉であり、その一方で、関税水準が削減されるため、豚肉についての独自のセ
ーフガード(SG)を設けることができた。

 豚肉は、差額関税制度のおかげで、国内生産の落ち込みは牛肉に比べ緩やかで
あり、環境問題等の要因で生産が減っているのを輸入が補っていると言える。豚
肉については、制度が国内生産を不利にしているという面は少ないと考える。

 差額関税制度については、すべての輸出国がない方がいいと思っているわけで
はなく、必ずしもすべての輸出国にとっての不利な制度ではない。

 SGについては、四半期ごとの輸入量の合計が過去3年間の平均輸入量の119%を
超えた場合、関税が24%程度引き上げられるというものであり、この場合輸入が
ほとんどストップするという効果を持っているため、内外からの批判がある。豚
肉は一定の輸入依存度があり、輸入豚肉は食肉加工メーカーにとってなくてはな
らないものである。SGが発動されると、輸入量が落ち込み、商売がやりにくくな
るからである。このため、SGを何とかしてほしいという声は、内外を問わず強い
ものがあるといえる。

 こうした制度が次期交渉でどのようになるのかがポイントである。


牛肉

 牛肉は1991年から自由化され、現在では、国産35%:輸入65%と、主客逆転し
ている。国産が35%というのはぎりぎりの数字であり、引くに引けない状況であ
ると言えよう。次期交渉における牛肉にとっての最も大きな課題は関税水準であ
る。

 関税率は、今年度が約40%、来年度が38.5%であり、この水準を高いとみるの
か、低いとみるのか。関係者はこの水準を守ってほしいというのが実情であろう
が、米国や豪州は高すぎるという気持ちであり、この行方が今後の肉牛産業を占
うものとなろう。


牛乳乳製品

 牛乳乳製品については、前回の交渉で、関税水準が15%削減され、わが国は毎
年14万トンの輸入約束(農畜産業振興事業団輸入分、生乳換算)をすることとな
ったが、最も傷が浅かった分野である。主要国としては、豪州、NZ、カナダ、欧
州であるが、米国ももはや大輸出国となっている。URで手つかずだったのは、酪
農と砂糖という評価があり、各国とも、今度こそしっかりやろうという意識だと
思う。

 次期交渉においては、関税水準がどうなるかというのが最大の問題である。現
在のわが国の関税は高水準であるため、これが維持されれば輸入ラッシュという
ことにはならないであろうが、特に米国においては、次期交渉で関税を50%削減
させようという空気があり、そうなると、低い価格で輸入される可能性が出てく
る。さらに、アクセス約束を増やすべきとの圧力も考えられる。

 また、酪農品については農畜産業振興事業団という公的団体が輸入し、関税を
徴収する権限を持っている。こうした国家貿易が大きな問題になろうとしている。
ソ連が崩壊し、中国もWTOに加盟しようとするような中で、公的機関が商業行為
を行うのはいかがなものか、という批判が強い。前回の交渉では、国家貿易につ
いては時間切れになっている。今回の交渉でこれが「廃止」ということはないだ
ろうが、これまで以上にいろいろと制約を加える方向でのルール作りとなるので
はないか。


その他の分野

 前回取り上げられなかった安全性や環境の話も問題点となろう。WTO協定の安
全性に関する考え方は、例えば、口蹄疫のある国からの牛肉輸入は禁止されてい
るが、これは科学的に危険な病気であるとの立証がなされているため正当化され
るものである。しかし、最近では、科学的根拠も動いている。狂牛病は、当初は
動物だけとみられていたが、人間にもうつるおそれがあると示唆され、大騒ぎに
なった。世界の科学者の判断は必ずしも一致しておらず、幅のあるものとなって
いる。

 遺伝子組み換え作物にしても、わが国でも何種類か輸入されているが、その安
全性について、消費者の科学者への信頼が揺らいでおり、何らかのルールが必要
ではないかという動きとなっている。「疑わしきは罰せず」という言葉もあるが、
最近では(特にEUにおいて)“precautional principle”、「予防的原理」という考
え方も示されている。すなわち、科学者が異説を唱える場合には、予防的に輸入
を抑えたり、厳しいルールを課すことができるというものである。これを安易に
取り上げて貿易を制限するとなると、何のために自由化を進めてきたのかとなる
ので、次期交渉の大きなテーマになるのではないかと考える。わが国でも、農林
水産省は、遺伝子組み換え作物について、安全性が証明済みでも、表示をすると
いう制度を2001年から導入することを決めた。


わが国の交渉ポジション

 次期交渉における日本の思想のポイントは、「食料安全保障」と「多面的機能」
であり、この2つに尽きる。「多面的機能」とは、農業は、農産物生産という役
割だけでなく、これを通じた公益的役割も持っており、自由貿易一辺倒では困る
という考え方である。

 日本が7年半という前回の交渉で主張し続けていたのも、煎じ詰めればこの2つ
である。前回の交渉では米のことだけを言っていたのではない。日本は、次期交
渉でもこの「多面的機能」を主張しようとしており、幸いEUもこれに同調してい
るため、かなり活きてくるであろう。しかし、@ケアンズ諸国や米国などは、多
面的機能は農業だけの独占(専売特許)ではなく、特別扱いをするのはおかしい
と猛反対をしていること、AEUも、その実現手段は国内補助金を想定しているこ
と、に留意する必要がある。

 また、「食料安全保障」についてであるが、世界の人々のイメージは8億人も
の飢餓人口の食料をどうするかということであり、間違っても日本人がお金もな
くて輸入したくても買えないなどと観念する人はいない。世界の人々にとって
「食料安全保障」とは、飢餓の人々に食料を供給するファシリティーに手を打つ
べきという考えである。

 わが国はこの2つを引っ提げて交渉しようとしているが、こういった点で注意
が必要である。


米国・EUの交渉ポジション

 EUは、前回の交渉では、92年に共通農業政策(CAP)改革を実施し、これをベ
ースに交渉をまとめたが、それまでは手ぶらとも言える状況であった。しかし、
99年春、すでに先手を打って2000年以降のCAP改革の方向を打ち出している。こ
のため、今回の交渉ではすでにタマを持っており、相当のポジションがとれるも
のと考えられる。輸出補助金もゼロとは言わないまでも削減自体は可能なのでは
ないか。また、関税の削減についても、ある程度の可能性を持っているとみてい
る。

 米国も、96年農業法により、過去30年間にわたる農業政策を完全に変えた。前
回の交渉でわざわざ「青の政策」を作ったのに、不足払制度を止めて7年間の固
定支払いという新たな制度を導入し、堂々と「緑」にした。しかし、98年59億ド
ル、99年は87億ドルという追加施策を実施し、これは法律を変えずに議会のアク
ションだけで成立したものであり、その内容は誰が見ても「黄色」である。これ
については苦しい立場になるだろう。米国は、かつてウェーバーを持っており、
前回の交渉での当初の酪農団体の立場は、輸入枠の拡大すら認めないというもの
だった。しかし、交渉途中で180度方向転換し、「不足払いも輸入制限もいらな
い、今後は輸出市場で生きていく」というものに変わった。

 以上のようにEU、米国のポジションも動いているということを頭に入れておく
必要がある。

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