◎調査・報告


食肉加工品生産量30年間の動向

農林水産省食品総合研究所 柳本 正勝




はじめに

 「食肉加工品生産量の30年間の動向は?」と問われると、関係者なら「おおむ
ね増加してきたが最近は頭打ちでしょうね。」程度の答えはできるはずである。
時々データを見ている人であれば、最近はむしろ減少傾向であると言い当てるか
もしれない。ところが、個々の品目にまで話が及ぶと、答えが曖昧になると予想
される。

 本稿では、食肉加工品生産量30年間の経年変化を表したグラフを示す。

 年ごとのあるいは月ごとの生産量の動向に対し、俊敏な対応を迫られている諸
賢からすれば、いささか悠長な話題かもしれない。しかし、長期的な動向を的確
に把握しておくことは、現在の状況に対処するうえで、近未来を見通すうえで、
貴重な知見となる。


データについて

 (財)食品産業センターが発行している「食品産業統計年報」を使用した。た
だし、(財)食品産業センターが行っているのは資料の収集と編集である。ここ
で採用したデータを提供しているのは、1975年までは日本食肉加工協会、それ以
降は農林水産省食肉鶏卵課である。

 30年間の動向を解析してある。具体的には、1968年〜1998年(昭和43年〜平成
10年)である。ただし、ショルダーベーコンだけは、初期のデータがないので、
1974年〜1998年(昭和49年〜平成10年)となった。

 資料には26の食肉加工品に関するデータが掲載されているが、このうち9に絞
って紹介する。


図の見方

 図には観測値と傾向線を示してある。単純に動向を把握する目的であれば、傾
向線をフォローするだけでよい。

 的確に解釈するためには、若干の知識が必要となる。

 用いた解析手法は、最近筆者らが提案した多項回帰・経験ベイズ型平滑化法で
ある。解析方法に関心のある方のために文末に文献を挙げてある。

 本手法で採用される傾向線は、6種類ある。表に示したように、回帰曲線と平
滑化曲線の2つに類別することができる。回帰曲線には、回帰直線と2次曲線と
3次曲線の3種類があり、平滑化曲線には、階差2曲線、階差3曲線、階差4曲
線の3種類がある。表の横に並んでいる曲線同士が対になる。

 本手法では始めに多項回帰分析を行い、回帰曲線の種類を決定する。次いで選
ばれた回帰曲線のデータへの適合性を診断し、適合性が悪い場合には、傾向線と
して平滑化曲線を採用する。

 回帰曲線は周知と思われるので、説明はしない。

 平滑化曲線は多くの読者にとってあまり馴染みがないと思われる。本稿でいう
平滑化曲線とは、ベイズ的アプローチの考え方により導かれる曲線(実際には折
れ線)である。ベイズ的アプローチでは、回帰分析でモデル式を仮定する代わり
に、滑らかさの制約を階差行列で表現する。これを事前分布とすることにより平
滑化曲線を得る。その際、偶然変動を0と見なした場合(つまりプロット)と系
統変動を0と見なした場合(つまり回帰曲線)を両端とし、周辺尤度を最大にす
る偶然変動/系統変動の値から予測値を求める。ベイズ的アプローチによれば、
モデル式に依存しないので、データに柔軟に適合した傾向線を得ることができる。

 多項回帰・経験ベイズ型平滑化法は、ベイズ的アプローチの一手法であるが、
食品生産量のような(系統変動が比較的大きい)累年データから期待する傾向線
が得られるように改良してある。

表 多項回帰・経験ベイズ型平滑化法による
傾向線の種類
cho-t01.gif (1995 バイト)


生産量の動向

食肉加工品・合計

 食肉加工品全体の生産量は、80年代までは循環変動を伴いながらも着実に増加
してきたが、90年代に入ると減少に転じた(図1)。この傾向は、前に解析した
食料需給表における肉類消費量の動向と、おおむね一致した。なお、減少に転じ
たとはいえ、この30年間で3.1倍に増加している。

◇図 1  食肉加工品・合計生産量の経年変化◇

 この傾向線をはじめ、本稿で紹介する9つの傾向線のうち、7つは階差4曲線
である。階差4曲線が選ばれるということは、偶然変動が小さいことを反映して
いる。食肉加工品のデータは、加工食品のデータの中でもとりわけ偶然変動が小
さい特徴がある。なお、このような場合は、データを結ぶだけでも(プロット)
解釈できるような気がするが、実際には主観的解釈に陥りがちである。


類別

(1)ハム類

 急速に増加してきたハム類の生産量も、90年代に入って減少に転じたといえる
(図2)。しかしながら、その程度はわずかである。

◇図 2  ハム類生産量の経年変化◇

(2)プレス類

 プレス類生産量は、70年代後半を境に減少に転じた(図3)。ただし、70年頃
に小さなピークが認められる。減少の状況は厳しいもので、鈍化はしているが、
下げ止まったとは言い難い。

◇図 3  プレス類生産量の経年変化◇

(3)ベ−コン類

 ベーコン類生産量は、長く急増を維持してきたが、90年代に入ると頭打ちとな
っている(図4)。傾向線を忠実にフォローすれば、減少に転じたと言えるが、
断言できるかは微妙である。30年間の増加率は高く(17.6倍)、4つの類別の中
では最も好調である。

◇図 4  ベーコン類生産量の経年変化◇

(4)ソーセージ類

 ソーセージ類生産量の傾向線は、食肉加工品全体とかなり似ている(図5)。
ソーセージ類は食肉加工品の中で最大の生産量を誇っており、その動向が食肉加
工品全体に直接反映されることが理解される。

◇図 5  ソーセージ類生産量の経年変化◇


個別品目

 個別品目は、生産量の多いものを取り上げるのが一般的である。ところが、そ
うすると得られるグラフはしばしば上で述べた類別と似たものになってしまう。
そこで、類ごとに最新年の生産量が第2位の品目を取り上げた。

(1)ボンレスハム

 ボンレスハム生産量は、70年代までは急増したが、80年代以降は双峰となって
いる(図6)。具体的には、80年代後半に一時期減少したが、90年代にかけて一
時期増加している。食品の生産量の経年変化でこのような挙動を示すのは、比較
的珍しい。なお、良く見ると傾向線は最後に増加に転じているが、これを強調す
るのは深読みの可能性が高い。

◇図 6  ボンレスハム生産量の経年変化◇

(2)プレスハム

 プレスハム生産量は、70年代前半に減少に転じた後は急減した(図7)。近年
減少の程度は鈍化しているが、最盛期に比べると13分の1にまで減少している。

◇図 7  プレスハム生産量の経年変化◇

(3)ショルダーベーコン

 ショルダーベーコン生産量は、80年代後半の一時期には減少したが、その前も
現在も増加してきた(図8)。現在も増加しているとはっき言えるのは、ここで
取り上げた品目の中ではショルダーベーコンだけである。

◇図 8  ショルダーベーコン生産量の経年変化◇

(4)フランクフルトソーセージ

 フランクフルトソーセージ生産量は、急増から増加の程度が着実に鈍化してお
り、現在では横ばいになっている(図9)。

◇図 9  フランクフルトソーセージ生産量の経年変化◇

 なお、傾向線が回帰曲線となった場合は平滑化曲線を参考にした方が良いが、
平滑化曲線(階差3曲線)の形を見ると、現在は減少傾向である。


おわりに

 「過去の動向を知るのに良い解析法であることは分かりましたが、将来の予測
はできないんですか」。研究会などでよく出る質問である。本手法を予測できる
ように改良するのは容易ではないが、ベイズ的アプローチには、予測ができる手
法もある。ただ、ここで取り上げたデータのように、時間だけを説明変数とした
データの解析において、将来を予測することに本当に意味があるのか、疑問に思
っている。

 本誌でも、年ごとの統計資料が数多く掲載されている。表を見るだけでも、得
るところが多い。しかし、図にすれば分かりやすくなる。信頼できる傾向線を付
ければ、もっと分かりやすく、かつ、的確に解釈できる。仕事に直結するデータ
くらいは、信頼できるグラフを作成しておきたい。何かと便利である。


解析方法に関する参考文献

1)柳本正勝・柳本武美:食品科学工学会誌, 47, 138(2000)

2)農林水産省食品総合研究所食料資源問題研究会(編):
 食料需給動向グラフ集, p.163(1999)

3)Yanagimoto, T. and Yanagimoto, M.: Technometrics, 29, 95(1987)

4)Craven, P. and Whaba, G.: Numer. Math., 31, 377(1979)

5)Simonoff, J. S.: Smoothing Method in Statistics, Springer, 
 New York, p.134(1996)

元のページに戻る