★ 農林水産省から


「食料・農業・農村基本計画」について

農林水産大臣官房企画室 企画官  辻 貴博


 平成12年3月24日、「食料・農業・農村基本計画」(以下「基本計画」という。)
が策定された。この基本計画は、11年7月に制定された「食料・農業・農村基本
法」(以下「基本法」という。)の理念を具体化し、農政の今後の基本方針とな
るものである。本稿では、この基本計画の策定に至る経緯、具体的内容と基本計
画に基づく施策の推進のあり方について簡単に説明したい。


1.基本計画の策定に至る経緯

食料・農業・農村政策審議会における審議

 基本法上、基本計画を策定する際には、食料・農業・農村政策審議会の意見を
聴かなければならないこととされている(第15条第6項)。この規定に基づき、
基本計画の策定について、11年9月6日に食料・農業・農村政策審議会(会長:今
村奈良臣日本女子大学家政学部教授)に対し、小渕総理大臣から諮問がなされた。
以降、同審議会では、企画部会(部会長:渡辺文雄栃木県知事)において、計11
回にわたる精力的な審議を行い、12年3月15日に答申を取りまとめた。


都道府県との意見交換等

 基本法においては、地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえ、地域の
自然的経済的社会的諸条件に応じた施策を策定・実施していく責務を有すること
とされており(第8条)、新基本法農政の推進に当たっては、地域の実情を踏ま
えた地方公共団体の施策の推進が不可欠である。そのため、基本計画の策定に当
たっては、都道府県の農業担当主務部長を招き、当省幹部との意見交換を行うな
ど、地方公共団体の意見の反映に努めたところである。

 また、基本計画の策定に広く国民の意見を反映する観点から、食料・農業・農
村政策審議会が計画骨子案を取りまとめた際に、農林水産省のホームページ上で
意見募集を行っている。


関係省庁との調整

 食料・農業・農村施策については、食品の衛生管理、食生活指針の策定・普及
啓発等については厚生省、食料消費や農業に関する教育の振興については文部省、
農村の振興等については国土庁、建設省など、農林水産省以外にも多くの省庁が
関係している。そのため、基本計画については、これらの関係省庁との連携・協
力の下、関係する広範な施策につき、基本的な展開方向等を盛り込んだものとな
っている。


2.基本計画の内容

食料自給率の目標

(1)食料自給率目標の策定の意義

 食料自給率は、国内の農業生産が国民の食料消費にどの程度対応しているかを
評価する上で有効な指標であることから、基本法は、基本計画において食料自給
率の目標を掲げ、生産及び消費の両面にわたる国民参加型の取組を促進すること
としていた。

 また、食料自給率の目標を定め、平常時において、その達成に向けて農地、農
業用水等の確保、担い手の確保及び育成、農業技術水準の向上等を図ることは、
不測の事態が生じても最低限必要な食料を供給し得る食料供給力の確保にもつな
がるものと考えられる。

(2)食料自給率目標の水準

 我が国の食料自給率が年々低下し、供給熱量ベースで4割程度と先進国の中で
最も低い水準となっており、国民の多くが我が国の食料事情に不安を抱いている
という状況にある中で、食料自給率の目標についてはできる限り高い水準とすべ
きとの意見も根強い。他方、基本計画で定める食料自給率の目標は、計画期間内
における食料消費及び農業生産の指針となるものであることから、実現可能性や、
関係者の取組及び施策の推進への影響を考慮して定める必要がある。

 そのため、基本計画は、食料自給率の目標について、「基本的には、食料とし
て国民に供給される熱量の5割以上を国内生産で賄うことを目指すことが適当」
という基本的な認識を示した上で、22年度までの計画期間を、「食料自給率の低
下傾向に歯止めを掛け、その着実な向上を図っていく期間」と位置付け、計画期
間内において生産・消費両面の課題が解決された場合に実現可能な水準としてカ
ロリーベースで45%を食料自給率の目標として設定している。

(3)望ましい食料消費の姿

 食料消費については、近年、米を中心に地域産品も含めた多様な食品をバラン
ス良く摂取する食生活が変化しており、脂質の摂取過多等栄養バランスの崩れや
食品の流通・消費段階における廃棄・食べ残しによる食料資源の無駄といった問
題が生じており、こうした問題に対する国民の関心も高まっている。

 そのため、基本計画では、消費者、食品産業の事業者その他の関係者が食料消
費の課題に関する理解を深め、食生活の見直し等に積極的に取り組むことの必要
性を明示するとともに、食料自給率の目標における食料消費については、望まし
い栄養バランスが実現するとともに、食品の廃棄や食べ残しが減少することを前
提とした「望ましい食料消費の姿」が実現することを見込んでいる。

 具体的には、まず、栄養バランスについては、国民の健康の観点から摂取ベー
スでの脂質熱量割合を2%程度引き下げる必要があるとされていることに対応し
て、供給ベースの脂質熱量割合を現状の29%から27%程度に低下すると見込んで
いる。また、脂質を多く含む品目の消費が減少する一方、米を中心とする穀類の
消費が堅調に推移し、糖質(炭水化物)の消費が増加するとともに、カルシウム
等微量栄養素及び食物繊維の摂取を増やす観点から野菜、豆類及びいも類の消費
が増加すると見込んでいる。

 他方、食品の廃棄や食べ残しについては、その現状を示す適当な統計データが
存在しないが、農林水産省の統計による1人1日当たりの供給熱量と厚生省の統計
による1人1日当たりの摂取熱量の差(650キロカロリー程度)の相当部分が廃棄
や食べ残しによるものと考えられている。そこで、11年9月のダイオキシン対策
関係閣僚会議において、22年までに、一般廃棄物の1割を減量するとの目標が掲
げられたことを勘案して、この供給熱量と摂取熱量の差の約1割が減少し、供給
熱量が2,540キロカロリー程度となることを見込んでいる。

(4)農業生産の努力目標

 国内生産については、麦、大豆等について品質、価格等の面で、需要に見合っ
た生産の徹底が十分図られておらず、また、消費構造の変化への対応が十分でな
かったこと等から、多くの農産物の生産が減少する傾向にある。

 このような状況を踏まえ、基本計画では、品目ごとに、品質の向上、生産性の
向上等の面で農業者その他の関係者が取り組むべき課題を明確化し、それらの課
題が解決された場合に22年度において実現可能な国内生産の水準を「生産努力目
標」として提示している。

 また、生産努力目標に係る品目ごとの単収を前提とした場合に必要となる作付
面積、耕地利用率及び農地面積等を併せて提示している。

 なお、生産努力目標の達成には、地域段階において、地方公共団体等による地
域の条件や特色を踏まえた取組が進められることが不可欠であり、基本計画にお
いても、地方公共団体等による生産努力目標の設定を促進していくべきこととさ
れており、実際にかなりの都道府県において、農業振興計画等の見直しの一環と
して、生産努力目標を策定することが検討されている。


食料の安定供給の確保に関する施策

 食料の安定供給の確保という課題に的確にこたえるため、基本計画においては、
消費者の視点を重視しつつ食料消費に関する施策の充実を図るとともに、事業基
盤の強化、農業との連携の推進等を通じた食品産業の健全な発展や、農産物の安
定的な輸入の確保、不測時における食料安全保障、世界の食料需給の安定に資す
るための国際協力の推進等に関する施策を実施することとされている。以下、主
なものについて解説する。

(1)食料消費に関する施策

 基本計画では、食品の衛生管理及び品質管理の高度化、食品の表示の適正化等
の施策を講ずるとともに、主食としての米等の穀類に地域食品も含めた多様な食
品をバランス良く組み合わせること等を内容とする健全な食生活に関する指針の
策定や国民各層への普及啓発等の取組を推進することとされている。この健全な
食生活に関する指針に相当するものとして、農林水産省、厚生省、文部省の3省
で「食生活指針」を取りまとめるとともに、3月24日に、その推進のための食生
活改善分野、教育分野、食品産業分野及び農林漁業分野における推進について閣
議決定がなされている。

 また、食品産業と国内農業との連携等を推進するとともに、食品流通の合理化
を図るため、取引の電子化の進展等を踏まえた集出荷・流通システムの高度化や
産地直販、地場流通等の多様な取組を推進していくこととされている。

(2)不測時における食料安全保障

 基本計画では、不測の事態にはさまざまなレベルのものが想定されることを踏
まえ、レベルに応じて食料供給の確保を図るための対策を講ずることとし、その
ためのマニュアルの策定等を実施していくこととされている。


農業の持続的な発展に関する施策

 農業の持続的な発展を図るためには、効率的かつ安定的な農業経営(主たる従
事者が他産業と同等の年間労働時間で他産業とそん色ない生涯所得を確保し得る
農業経営)を育成し、これらの農業経営が農業生産の相当部分を担う農業構造
(「望ましい農業構造」)を確立するとともに、農業の自然循環機能の維持増進
を図ることが必要である。

 このため、このような農業経営及び農業構造の姿を「農業経営の展望」及び
「農業構造の展望」(いずれも3月24日農林水産省取りまとめ)として明確にし
つつ、基本計画では、望ましい農業構造の確立と経営意欲のある農業者による創
意工夫を生かした農業経営の展開、農地の確保及び有効利用と農業生産の基盤の
整備、農業経営を担うべき人材の育成・確保及び女性や高齢農業者の活動の促進、
農業等に関する技術の開発及び普及、需給事情等を反映した農産物価格の形成と
農業経営の安定、農業の自然循環機能の維持増進による環境と調和のとれた農業
生産の確保等に関する施策を実施していくこととされている。以下、主なものに
ついて解説する。

(1)望ましい農業構造の確立

 「望ましい農業構造」を確立するため、営農類型及び地域の特性に応じ、認定
農業者を中心とする担い手への農地の利用集積等による農業経営基盤の強化の促
進等の施策を実施していくこととされている。なお、農業者年金制度について、
これまでの政策効果、年金の財政状況及び基本法の基本理念を踏まえつつ、制度
のあり方の見直しを実施することとされている。

(2)技術の開発及び普及

 基本計画では、研究開発の目標の明確化とこれに基づく研究開発の効果的・効
率的な推進、国及び都道府県の試験研究機関、大学、民間等の連携の強化、農協
等との役割分担の下での普及事業の効率的・効果的な推進等の施策を実施するこ
ととされている。
 なお、基本法に基づき農業に関する技術の研究開発目標を明確化する等の観点
から、既に「農林水産研究基本目標」(11年11月農林水産技術会議決定)が策定
されており、今後は、これに即し、技術開発を重点化するとともに、研究、行政、
普及組織を含めた関係者共通の具体的目標を掲げ、それを達成するために必要な
具体的な戦略を分野ごとに策定することとされている。

(3)農産物の価格の形成と農業経営の安定

 基本計画では、農産物の価格が需給事情及び品質評価を適切に反映して形成さ
れるよう、麦、大豆等主な品目ごとの価格政策を見直すとともに、農産物価格の
著しい変動が育成すべき農業経営に及ぼす影響を緩和するために必要な施策を実
施することとされている。

 また、育成すべき農業経営を経営全体としてとらえ、その安定を図る観点から、
農産物価格の変動に伴う農業収入又は所得の変動を緩和する仕組みについては、
品目別の価格政策の見直し及び経営安定対策の実施の状況、農業災害補償制度と
の関係等を勘案しながら検討することとされている。

(4)自然循環機能の維持増進

 農業の自然循環機能を維持増進するため、農薬や肥料の適正な使用の確保、家
畜排せつ物等の有効利用による地力の増進、稲わら、食品残さ等の有機物の循環
利用の促進等、農業の自然循環機能の維持増進により環境と調和のとれた農業生
産の確保を図るための施策を実施することとされている。


農村の振興に関する施策

 農業の有する食料の安定供給の機能及び多面的機能が十分発揮されるようにす
るためには、農業の生産条件の整備及び生活環境の整備その他の福祉の向上によ
り、農村の振興が図られることが必要である。

 このため、農業の振興はもとより、自然、歴史、文化、景観等の地域資源を活
用しながら、農村の有する豊かな自然環境との調和を保ちつつ、個性的で魅力あ
る地域づくりを総合的に進めること等により、農村が、地域住民にとって、また、
都市住民からみても、快適な地域社会となるよう努める必要がある。

 このような観点に立ち、基本計画は、農村の振興に関する施策として、農業の
振興その他農村の総合的な振興、中山間地域等の振興及び都市と農村の交流等に
関する施策を実施することとしている。以下、主なものについて解説する。

(1)農村の総合的な振興

 地域の農業の健全な発展を図るとともに、景観が優れ、豊かで住みよい農村と
するため、基本計画では、地域の特性に応じた農業生産の基盤の整備と交通、情
報通信、衛生、教育、文化等の生活環境の整備その他の福祉の向上とを総合的に
推進することとされている。

(2)中山間地域等の振興

 基本計画では、地域の特性に応じて、新規の作物の導入、地域特産物の生産及
び販売等を通じた農業その他の産業の振興による就業機会の増大、生活環境の整
備による定住の促進、適切な農業生産活動が継続的に行われるよう農業の生産条
件に関する不利を補正するための支援等の施策を実施することとされている。


食料、農業及び農村に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために必要な事項

 基本計画では、最後に、同計画に沿って施策を実施する際に留意すべき事項を
「食料、農業及び農村に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために必要な
事項」として列挙している。具体的には、施策の評価と見直しの実施、財政措置
の効率的かつ重点的な運用、情報の公開、国と地方の役割分担、国際規律との調
和、定期的な見直し等である。

 このうち、最後の「定期的な見直し」においては、基本計画は、今後10年程度
を見通して定めるものであるが、食料、農業及び農村をめぐる情勢の変化並びに
施策の効果に関する評価を踏まえ、おおむね5年ごとに見直すことが明らかにさ
れている。


3.今後の取組

 基本計画の策定により、今後おおむね10年にわたる農政の基本指針が定められ
たことから、今後はその着実な推進が必要となる。

 そのため、政府として、3月24日に、総理を本部長、官房長官及び農林水産大
臣を副本部長とし、文部大臣、厚生大臣など関係する19大臣を本部員として、
「食料・農業・農村政策推進本部」が設置された。今後は、同本部を中心として、
関係省庁連携の下、基本計画の着実な推進が図られることとなる。

 農林水産省としては、これまでの施策の検証を行い、関係法制度の整備や農業
予算の抜本的な見直しにより、所要の施策の推進を図っていくこととしている。

 そのうち関係法制度の整備としては、今国会に、農業生産法人として一定の株
式会社を認めるための「農地法の一部を改正する法律案」等6法案を提出したと
ころである。

 また、基本計画に即した施策の計画的な推進に向け、既に、「農用地等の確保
等に関する基本指針」、「食生活指針」、「飼料増産推進計画」、「酪農及び肉
用牛生産の近代化を図るための基本方針」及び「果樹農業振興基本方針」といっ
た指針・計画等が策定されており、引き続き「花き産業振興計画(仮称)」、
「研究・技術開発戦略(仮称)」等の策定が予定されてところである。

 しかしながら、食料・農業・農村政策、とりわけ食料自給率の目標は、こうし
た政府の取組のみ実現できるものではなく、地域の実情を踏まえた地方公共団体
の施策の推進と併せ、農業者・農業団体、食品産業の事業者、消費者の実効ある
取組が不可欠である。農林水産省を中心に、国としても、関係者の取組を促進す
るための施策の枠組みづくりや、情報開示などを行っていくこととしているが、
国民全体が食料・農業・農村問題への理解を深め、主体的な取組を進めていくこ
とが期待されるところである。

平成22年度における望ましい食料消費の姿
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 注1:上段は1年当たりの国内消費仕向量(万トン)、下段の( )内は
    1人1年当たりの供給純食料(kg)である。
  2:砂糖の〈 〉内は、加糖調製品等に含まれる砂糖を除いた数量である。
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平成22年度における生産努力目標
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 注1:米のうち「主食用」の平成22年度の数値は、ウルグァイ・ラウンド
   農業合意によるミニマム・アクセスに係る米が主食用に消費される
   場合には、それに見合う国産米を主食用以外の用途に振り向けるこ
   とにより、国産米の生産量に影響を与えないようにすることを前提
   としている。なお、平成22年度における「主食用」以外の米の生産
   量については、平成9年度の実績値を用いている。
  2:飼料作物は可消化養分総量(TDN)である。
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品目別食料自給率目標等
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 注:望ましい消費の姿及び生産努力目標を前提とした平成22年度の金額
  ベースの総合食料自給率は、各品目の単価が現状(平成9年度)と同水
  準として試算した場合、74%となる(平成9年度71%、(参考)平成
  10年度70%)。
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生産努力目標の実現に向けて取り組むべき課題(抄)
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