◎専門調査レポート


 

地域で取り組む新規参入 −担い手育成 岩手県一戸町奥中山農協

日本大学 生物資源科学部 助教授 小林 信一

 




1 .はじめに

 日本農業の持続的発展にとって、農地の確保と並んで、担い手の育成・確保が
その鍵であることに異存がある人はいないだろう。しかし、この担い手確保が、
日本農業にとって最大の課題といっても過言でない状況にある。本報告は、酪農
における担い手、特に新規参入について、地域一体となって取り組んでいる岩手
県一戸町奥中山地域の事例を紹介し、困難と言われる都府県における新規参入の
可能性と方向について考えてみたい。

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2 .酪農における担い手問題

 高校や大学など学校を卒業してすぐに就農する「新規学卒就農者」は、農業全
体で見ても毎年ほぼ2,000人にすぎない。これは、大企業ならば1つの会社の年間
採用人数ほどの数でしかない。1世代30年とすると、このままのペースでは30年
後の農業者数は6万人程度になってしまうという推計もできる。もちろん新規学
卒就農以外に、Uターンや最近話題になっている定年帰農あるいは新規参入など
を含めて考えれば、最近では年間6万人程度までになっている。しかし、そのう
ち40歳未満に限れば、1万人になってしまう。どちらにしても、日本農業が担い
手の面から見ても危機的な状況にあると言わざるを得ない。

 畜産経営、特に酪農経営は、他の経営部門に比較すると後継者確保率が高く、
経営主の平均年齢も50歳程度と相対的に若い労働力によって支えられている。
しかし、酪農全国基礎調査((社)中央酪農会議)の結果を見ると、経営主年齢
が上昇している一方で(平成7年50.9歳→10年51.7歳)、16歳以上の子供がいる酪
農家の後継者確保率は、同年37.6%から33.7%に低下してしまっている(表1)。
とりわけ、都府県では経営主の高齢化と後継者確保率の低下が著しく、経営主年
齢は北海道の47.1歳に比べ都府県では53.0歳、確保率は前者42.8%に対し後者
31.5%と大きな差がついている。

 また、酪農経営体数自体の急激な減少の中で、地域において酪農経営が少数化、
孤立化する傾向も、特に都府県において著しい。例えば、生乳出荷を行っている
都府県の農協管内では、1農協当たり平均わずか29戸(平成7年)の酪農家が存在
するにすぎない。また、酪農家戸数が20戸未満の農協割合が63.1%と3分の2に近
く、酪農家が組合員の1割未満の農協割合も57.4%と半分を超えている。酪農家
数の減少は集乳コストの増や情報交換の機会の減少につながり、酪農の活力を削
ぐ結果となりかねない。また、酪農家は地域の中で、いわゆる畜産公害の元凶と
して問題視されることもあるが、耕地利用率が低下し、耕作放棄地が増大する中
で、農地の管理主体としての期待も高まっており、一定の戸数維持が重要な課題
となってきている。

 こうしたことから、担い手の育成につながる施策が望まれている。食料・農業
・農村・農村基本法の中で制定された「基本計画」においても、「農業外からの
新規参入等を含め多様な就農ルートを通じ農業を担うべき人材の幅広い確保及び
育成を図る」ことがうたわれており、また今回改正された「酪農及び肉用牛生産
の近代化を図るための基本方針」の中でも、担い手の育成が最重要課題の1つと
して掲げられ、後継者確保対策とともに、新規参入の促進の必要性が強調されて
いる。昨年8月には、「日本型畜産経営継承システム検討委員会」による報告書
が出され、多様なルートによる第3者への経営継承システムの構築が提唱され、
その具体的な展開が今後の課題となっている。


表1 後継者確保農家率と不在農家率(平成 7 年度、10年度)
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 資料:(社)中央酪農会議「酪農全国基礎調査」


3 .都府県における新規参入の可能性

 新規参入については、北海道ではすでに北海道農業開発公社による牧場リース
制度が実績を積み重ねている。昭和57年にこの制度が開始されて以来、平成10年
までに135戸の新規就農酪農家がこの制度によって生み出された。このうち92戸
は、すでに5年間のリース期間を終え、公社からの譲渡を受け、自家所有牧場と
なっている。

 一方、都府県酪農における新規参入は遅々として進んでいないのが現状である。
北海道でリース牧場制度による新規参入が成功している要因としては、@北海道
では入植以来の歴史が浅く、「家意識」が希薄で、所有地に対する執着心も都府
県に比べ薄いこと、A都府県では酪農中止後も、耕種生産や肉牛生産など何らか
の農業を継続するケースがほとんどであるが、北海道の酪農地帯では、酪農を止
めることは離農・離村を意味することが多いこと、B農地も都府県のような分散
錯圃ではなく、農場としての一定のまとまりを持っていること、C新参者を受け
入れるという点で、地域が開放的であること、D都府県と比較できないほどの地
価水準の低さ等があげられるだろう。こうした北海道の成功の要因は、そのまま
都府県における新規参入の難しさの原因にもなっている。

 もっとも、北海道との比較という以前に、酪農における新規参入は、他の農業
部門に比較しても難しい。10年6月からの1年間に新規参入した460人中、酪農は
わずか3〜4%程度でしかないとみられる。酪農の場合は、耕種生産に比べ施設や
乳牛などに多額の投資を必要とし、また技術習得に長期間を要する点などが、新
規参入を困難にさせている一般的な要因と考えられる。  

 以上見てきたように、確かに都府県における酪農への新規参入は困難ではある
が、全く無理ではないだろう。酪農全国基礎調査によると、都府県においても後
継者のいない酪農家の約15%が、土地を含めた酪農資産の第3者への移譲を可と
している(表2)。つまり、酪農経営を中止した後に、土地およびその他の資産
を一括売却してもよいとする回答が北海道では42.3%(平成10年)、都府県では
4.2%、土地、酪農資産の一括賃貸がそれぞれ10.5%、4.9%、土地賃貸、その他
売却が9.3%、6.3%となっている。確かに、北海道に比べ第3者への経営移譲は困
難と言わざるを得ない調査結果だが、それでも1割を超す農家がその可能性に言
及していることに注目したい。

 現実に、都府県でもいくつかの新規参入の事例が見られる。例えば、岡山県で
は県の公社が北海道のような一種のリース牧場方式によって新規参入の実績を上
げているし、熊本県ではある酪農家が自ら58歳定年制をしいて、第3者への移譲
の準備を行っている。奥中山のある岩手県においても、何人かの新規参入者の例
がある。

 岩手県Y町のI氏(37歳)は大学の畜産学科を卒業後、北海道庁勤務やニュー
ジーランドでの牧場研修、酪農ヘルパーを経験した後に、6年4月からN農協のほ
育育成センター肥育部門が運営中止になったのに伴い、施設を借り入れて就農し
た。現在経産牛50頭飼養で、1頭当たり乳量1万キログラムを達成している。草地
は30アールの借地のみだが、牛舎、倉庫、堆肥舎の一部、および住宅は農協から
安く借り入れている。今後は放牧を主体とし、ファームインも行える酪農経営を
実現するというビジョンも持っている。

 同じY町のS氏(49歳)は、秋田県大館市の非農家出身者で、やはり大学農学
部卒業後、北海道の酪農家や米国で実習し、帰国後Y町の民間観光牧場のマネー
ジャーを務めていた。農協の和牛繁殖センター中止に伴い、昭和57年に現在地に
入植した。農地20ヘクタールはすべて町有地で、牛舎も繁殖センター時代(昭和
40年代、償却済み)のものを修理して使用するなど、経産牛45頭規模でも町や農
協のバックアップを受け、投資を抑えた経営を実践している。また、氏は農協理
事や町の英会話サークルの代表、地元高校の講師を務めるなど地元にとけ込んで、
既存農家と新規参入者の架け橋としても期待されている。

 また、S町に平成6年に新規参入したO氏も、大学の畜産学科を卒業後、育成
牧場や酪農協に勤務したが、40歳になって新規就農を決意。県公社保有の約20ヘ
クタールの草地を買い取り入植した。総事業費は、約1億3,000万円(うち土地
6,300万円)であったが、自宅などすべてを抵当に入れ、総合施設資金を借りて
スタートした。しかし、入植地は表土がほとんどない状態で生産力が低く、当初
計画した草地酪農経営も難しく、いまだ経営が軌道に乗ったという状態ではない。
土地は永年借地か、新規就農当初3〜5年はリースでやりたかったというのが、現
在の心境という。

 こうしたいくつかの実例から言えることは、都府県における新規参入は、集約
酪農地帯の旧開拓地などで、可能性が大きいのではないかということであろう。
それは、まず酪農が重要な農業部門で専業経営が展開している反面、他の部門へ
の転換が難しいこと、また、開拓地であることから「よそ者」を受け入れやすい
など、総じて北海道と似た状況があるからである。こうした地域からまず実績を
積んでいくことが、都府県における新規参入をレールに乗せる方策ではないか。
もちろん、こうした地域でも簡単に新規参入が実現できるわけではない。むしろ、
地域全体で新規参入の必要性についての認識を持ち、その上で組織的に新規参入
者の受け皿を作り出すことが不可欠であろう。今回の対象である奥中山地域は、
こうした都府県において組織的、政策的に新規参入者を受け入れる先駆的な例と
することができると思われる。


表2 後継者がいない場合の酪農経営資産の処分意向
(平成 4 年度・10年度)(後継者不在農家対象)
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 資料:(社)中央酪農会議「酪農全国基礎調査」


4 .奥中山地域の概要

 奥中山地域は、岩手県内陸北部の一戸町最南部に位置する標高327〜793メート
ルの高原地帯で、総面積は東西9キロメートル、南北8キロメートルにわたる約
8,000ヘクタールに及ぶ。年間平均気温は7.7度と低く、およそ4ヵ月間雪に覆われ、
さらに土壌は火山灰土で地力が低く、農業には厳しい環境下にある。

 この地が最初に畜産に使われたのは、明治期の陸軍軍馬補充部の放牧場として
であった。戦後この放牧地など4,000ヘクタールと周辺国有林地の一部が開拓地と
して開放され、ここに、農業の経験のない勤め人、旧軍人、中国や樺太など海外
からの引き揚げ者、海外抑留の旧軍人、地元の次・三男など567戸が入植した。
入植者は当初あわ、ひえなどの雑穀やジャガイモなどを栽培したが、冷害や霜害
に悩まされ、生活苦と戦わなければならなかった。しかし、奥中山の人々は、借
金の返済に追われる中で、試行錯誤を続け、現在では全国でも有数の高原野菜
(レタス)と酪農の産地に育て上げた。平成9年度の農協販売高は約42億円であ
ったが、そのうち42%が酪農、37%が野菜、19%が肉牛などの個体販売となって
いる。

 生乳出荷農家数は全部で85戸だが、そのうち7戸はジャージー乳出荷農家で、
ジャージー乳のみの出荷も3戸を数える。ジャージー牛は昭和63年に導入以来、
現在では経産牛約200頭、未経産牛100頭の計300頭にまで増え、全乳牛頭数の7
%程度となって、奥中山の酪農を特徴付けるものになっている。平成11年11月に
は「奥中山高原ルネッサンス計画」の第1ステップとして、牛乳・乳製品工場が
完成し、奥中山高原ジャージー牛乳など独自ブランド品による付加価値追求も行
われている。また、農協の乳雄牛ほ育育成センターを核とした地域内肉牛一貫生
産体制や、有機センターによる畜ふんのたい肥化と、その野菜農家での活用によ
る地域複合の推進など、農協を中心とした地域全体での取り組みが、地域の農業
を支える力となっている。
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【昨年11月に完成した奥中山高原
農協乳業(株)の新工場。】


 

5 .奥中山地域における新規参入

 そうした地域をあげての精力的な取り組みにもかかわらず、近年酪農家の離農
が目につくようになってきた。これまで離農者は小規模層中心であったが、最近
は経産牛30頭以上の、地域のなかでは中核的な酪農家の離脱も出始めており、酪
農生産の維持ばかりでなく、地域の活力維持のためにも新規参入者の受け入れが
必要との認識が高まりだした。その背景には離農の増加ばかりでなく、新規に農
業を開始したいと考える若者の存在もある。

 例えば、野菜部門では最近3人の新規参入者あるいは希望者があった。3人と
も関東地方や県内の非農家出身者で、2人は農家研修後に就農し、残り1人は現在
新規参入をめざして農家研修中である。酪農でも同様である。今回の調査対象で
あるみどり牧場で研修を行っている西館秋男氏の他にも、県内の観光牧場を併設
しているリゾート施設で営業の仕事を行っていたIさんがいる。氏は昨年3月に
同社を退社し、同4月からは奥中山地域の牧場で研修中である。住居は農協の肥
育牧場の管理棟を利用しているが、将来は放牧を取り入れた酪農を目指しており、
3年程度の農家研修終了後に奥中山での新規参入を希望している。

 しかし、新規参入は必ずしもいつもうまくいくとは限らず、野菜でも酪農でも
すでに新規参入後に離農したケースも見られる。にもかかわらず、農協をはじめ
地域の新規参入への熱意が大きい背景には、こうした事業の中心を担っている農
協の松川専務自身が新規参入者であることも影響していると思われる。氏は昭和
44年に仙台の工業大学を中退した後、以前から知り合いだった奥中山の農家で働
きはじめ、その後、その農家のリタイアに伴って5年間の賃貸借契約を結び、酪
農経営に踏み出した。契約期間後に現在地の4ヘクタールを離農者から購入し、
その際に、実習元の経営者からせんべつ代わりにもらった乳牛と育成牛を基礎に、
現在のジャージー牛95頭の飼養経営までに発展させてきた。こうした実績が、以
下に述べるみどり牧場設立の伏線をなしていると考えられる。


6 .みどり牧場の挑戦

 みどり牧場は、廃業した大規模酪農場を引き継ぐ形で、平成11年4月に設立さ
れたが、農事組合法人として再スタートするに当たり、農協の理事で酪農部会の
リーダーである川又紀元氏ら3名が構成員となった。この組合法人のユニークな
ところは、あくまで第3者に経営を移譲するための受け皿として作られた点であ
る。つまり、新規参入希望者を将来の法人構成員候補として受け入れ、リース期
間中に(計画では3年研修後の4年目をめどに)、構成員が交替し新規参入者に経
営を任せることを想定している。
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【(農)みどり牧場の入口】
 牧場の農地16ヘクタールは、県農地開発管理公社の農地保有合理化事業により
5年間のリースを受け、また施設、機械(フリーストール牛舎、ミルキングパー
ラー、TMRミキサーなど)については、
農畜産業振興事業団指定助成対象事業の新規就農円滑化モデル事業により経営体
験研修牧場として整備し、牛も同事業によって導入している。このモデル事業は、
(社)酪農ヘルパー全国協会が事業主体となり、農協や農業生産法人などが、新
規就農者の育成を図るため、新規就農予定者を対象にした経営体験研修を行うた
めの牧場整備や研修の実施などに対し、助成するものである。

 みどり牧場は、経営体験研修牧場として全国で2番目で、牛床整備や搾乳機の
修理、TMRミキサーやトラクターなどの機械、および乳牛70頭の導入など、経営
をスムーズに再開するための投資に対し、半額助成を受けた。また、新規就農予
定者指導経費として、3年にわたって月19万円の助成を受ける。

 牧場の運営に当たって、法人構成員は農協とともに給与飼料や個体管理につい
ての指導を行っているが、日常の飼養管理作業は新規参入予定の西館秋男氏が中
心的な役割を担っており、実践的な研修となっている。
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【ミルキングパーラー。以前は10頭の
ダブル型であったが、 6 頭ダブル型
に整備し直した。自動離脱装置付き。】
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【牛舎とは別に給餌場があり、専用
トラックでTMRを給与。】


 

7 .ヘルパー出身の新規参入予定者

 新規参入予定の研修生である西舘秋男氏(29歳)は、地元酪農家の10人兄弟の
4男として生まれた。現在、父親は亡くなっているが、17歳違いの長兄(酪農生
産部会長)が後継している。本人は中学卒業後、通信制高校で勉強しながら、牛
群検定員の仕事や、家の酪農の手伝いをした。7年前からは専任酪農ヘルパーと
して月の半分は、他の農家の搾乳作業に従事してきた。
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【4 月 1 日から経営体験研修に入った
西館秋男氏(29歳)。】
 かつては家を出て自活してみたい気持ちもあったが、牛が好きなので家に残っ
たという。5年前に野菜農家の出身である現在の奥さんと結婚し、4歳になる男の
子がいる。

 みどり牧場の件は、酪農ヘルパーをしていた10年12月頃に農協から話があり、
不安はあったが、やってみたい気持ちが勝ったという。奥さんの「やってみたい
のなら、やったらいい」という言葉も後押しになったようだ。長兄とは直接相談
せず、自分で決めたが、農協の話では、これから新規に投資して経営的にやって
行けるか心配していたという。長兄の話によると、家の酪農の手伝いをしていた
時にも、肥育部門を任せる形で経営感覚を養い、将来の自立に備えさせたという
ことで、弟の挑戦を心配しつつも、やっていけるのではないかという期待をにじ
ませておられた。
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【牧場事務所入口。
右から西館さん、筆者、鈴木所長
(奥中山農協肥育一貫事業所)。】
 

 

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【夕方の搾乳作業】

 

8 .今後の課題

 みどり牧場のケースは、酪農資産の第3者への継承の具体的な1つの方法として
注目される。この方式が成立した背景にはいくつかの要因が考えられる。

 まず、自らのリスクを引き受けてまで、新規参入者の受け皿作りに協力された
3名の法人構成員の存在が大きい。経営が順調に行けばよいが、赤字になれば経
営責任は自らかぶらねばならず、また、そうした経営ではスムーズな経営継承は
難しくなる可能性が高い。その場合は、リース期間終了後に農地買い取の必要も
出てくる。牧場長の川又紀元氏は、すでに後継者に経営は譲っているが、元々分
家して酪農を開始したという経歴を自ら持っていることもあり、奥中山の酪農を
存続、発展させる上での新規参入の必要性を熱く語ってくださった。今後、第2、
第3のみどり牧場を作り、地域の酪農後継者を生み出すのがこれからの自分の仕
事であるとまで言われた。

 第2の要因としては、新規参入予定者の西館氏の存在である。氏が地元酪農家
の出身で長く家の経営の手伝いをしたり、酪農ヘルパーとして地域の人々と日常
的に接していたことが、受け入れをスムーズに進める要素となっていることは否
定できないだろう。地域外からの参入希望者の場合は、域内の農家なり法人経営
で実習し、あるいは酪農ヘルパーとして働くなど受け入れ側との信頼関係を構築
することが不可欠と思われる。

 さらに、みどり牧場の成立要因として忘れてはならないのは、農協を中心とし
た地域の理解と支援、そして助成事業の存在である。この2つがなければ、みど
り牧場の実現は困難であっただろう。

 西館氏のみどり牧場での実践研修は始まったばかりだが、いくつかの課題も見
られる。第1には、3年間の研修終了後のことについてである。当初予定のように、
研修生が構成員となって牧場を継承するという方法があるが、農地の取得をはじ
め、多額の投資を新規参入者に負わせて、経営的に成り立つかという点である。
今後の経営展開次第という面もあるが、例えば新規参入者が土地については賃貸
を続けられるような仕組み作りも必要になってくるだろう。

 また、西舘氏の給与は研修費としての月15万円のみで、社会保険、税金などを
差し引くと手取りで10万円程度になってしまう。牧場の日常管理はほぼ氏が責任
を持って行っているわけで、経営成果に見合ったボーナス制度などを導入して、
経営改善のためのインセンティブを高める必要があるだろう。こうした制度につ
いては牧場側も考慮したいということだが、前述した新規参入時の自己資金蓄積
のためにも、金銭の他、乳牛によるボーナス支払いなどのやり方も考えられるだ
ろう。

 最後に、繰り返しになるが、みどり牧場は「地域の酪農家を育てるという」意
気に感じた個人の決意に支えられて成立した面が大きい。こうした存在は貴重で
あり、必要なことではあるが、残念ながら実際には一般化しにくいと言わざるを
えない。

 ニュージーランドでは、民間投資会社による新規酪農場の開設が南島を中心に
行われているという。投資家は投資行動に従って農場への投資を行い、新規参入
希望者はシェアミルカーとして経営を任されるというシステムが、酪農新興地南
島での酪農発展に大きく寄与している。新規酪農場開設が、投資行動からも成立
し得るような収益状況が、背景にあることは言うまでもない。みどり牧場の場合
は、単なる投資行為ではない「地域の酪農を支えるという」使命感からの行為で
あることは敬意に値するが、一般化するためには、例えば土地への投資を抑える
ことのできるような施策−農地の保有合理化法人による取得と長期の定期借地権
契約を可能とするといった−によって、投資行動からも合理的になり得るような
仕組みを作り上げる必要があるだろう。

 最後に本調査に際して、お世話になった奥中山農協松川専務、目時部長、鈴木
所長、インタビューにお答え下さった西館ご兄弟、みどり牧場の川又牧場長に記
して感謝の意を表します。また、調査に同行いただいた(社)酪農ヘルパー全国
協会平瀬部長からは、貴重な示唆をいただきました。
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【奥中山農協のパンフレットから】

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