★ 事業団から


牧場から食卓へ −十勝ナチュラルチーズ振興会の取り組み−

企画情報部情報第一課 武田 紀子




ナチュラルチーズ生産で健闘する十勝

 (社)全国牛乳普及協会が作成した「国産ナチュラルチーズマップ」(平成10
年4月)に登録されている全国78の工場、工房のうち半数弱が北海道にある。そ
のうち十勝及びその周辺に約3分の1が集中し、平成10年に開催された第1回ALL 
JAPAN ナチュラルチーズコンテスト((社)中央酪農会議主催)では、生産組
織に授与される最高賞である畜産局長賞と優秀賞(2つ)が、また昨秋行われた
第2回コンテストでも審査員特別賞と金賞、優秀賞(4つ)が十勝の工房に授与さ
れた。

 こうした成果の背景には、十勝ナチュラルチーズ振興会(以下「振興会」)の
長年にわたる努力と研鑚があった。同振興会は、十勝のナチュラルチーズ生産者
と流通・販売業者及び支援者の組織で、3年に設立され、現在の会員数は約40名
に上る。この10年間、先頭に立って、 フェルミエタイプのチーズの生産振興と
普及に力を注いできた。

 フェルミエ(Fermier)とは、フランス語で「農家」または「農家製の」といっ
た意味で、フェルミエタイプのチーズは、家畜の飼養、搾乳、チーズ作りまでを
個人の牧場内で一貫して行い、多くは手作りによるため生産量も限られている。
フェルミエタイプのチーズ作りは十勝の風土に合っており、酪農家の食生活を潤
し、付加価値をつけた販売が収入を豊かにするほか、酪農家に自信と誇りをもた
らした。近年は各所で作られ、生産量も増加して、地元消費者や旅行者を楽しま
せている。一方、微生物が相手であるだけに、製造技術の改善、製品の品質管理
には難しい点も多く、常にチャレンジが続いている。
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【「ナチュラルチーズサミット in 十勝99」
に集合した十勝のフェルミエタイプチーズ】

日本におけるナチュラルチーズの需給

 日本のチーズ消費はプロセスチーズ中心であったが、近年はチーズ全体の消費
が伸びる中、直接消費用(プロセスチーズ原料用を除く)ナチュラルチーズがプ
ロセスチーズを上回って伸びている(図1)。直接消費用ナチュラルチーズの消
費量は2年には7万7千トンであったが、8年後の10年には11万9千トンと約1.5倍と
なった。伸び率は、7年度の10.4%増をピークに落ち着きを見せている。うち、
国産は1万5千トン(10年度)にすぎないが、9年度に17.8%増と大幅な伸びを示し、
10年度は7.2%の伸びとなった。直接消費用ナチュラルチーズにおける国産の比率
は、10年度でまだ12.4%であるが、8年度以降上昇傾向にある(図2)。

 仮に生乳10キログラムで1キログラムのチーズが生産できるとすると、1万5千
トンの国産ナチュラルチーズは15万トンの生乳に相当する。これは、国内生乳生
産量の2%弱、乳製品向け仕向け量の4%強にすぎない。フェルミエタイプに限れ
ばもっと少ないことになる。しかし、フェルミエタイプのチーズは高付加価値商
品であり、販売が軌道に乗れば、規模拡大とは別な形での成果、土地基盤に立脚
した酪農として再生産を可能とする1つの方向となるであろう。

◇図1:チーズの総消費量◇

◇図2:直接消費用ナチュラルチーズの総消費量と国産割合◇


農事組合法人共働学舎新得農場の取り組み

 新得農場は、全国に7ヵ所ある共働学舎の農場や作業所の1つで、現在振興会会
長を務める宮嶋望氏が、昭和53年に新得町の通称牛乳山(468メートル)山腹に
ある30ヘクタールの町営牧場跡地を無料貸与され、入植したのが最初である。

 現在、乳牛はブラウンスイス種が39頭、ホルスタイン種50頭の計89頭が飼養さ
れており、うち50頭を搾乳している(12年4月現在)。ブラウンスイス種は、元
来スイス原産の乳肉兼用種で、アメリカで乳用種として改良された。放牧に適し、
乳質は特にカゼインを多く含むことからチーズ作りに適している。夏期(5月下
旬から10月下旬まで)は21ヘクタールの草地を大きく5つに分け、その日の天候
や牧草の状態を見ながら放牧している。放牧地が複雑な地形の斜面で、一部は斜
度がきついなどの問題があるが、より集約的な放牧を目指している。今後は全体
の増頭や1頭当たりの乳量は追求せず、ブラウンスイス種を受精卵移植により加
速度的に60頭規模の牛群に増やし、放牧を拡大する方針である。十分に運動し、
ストレスのない健康な牛から搾った乳を原料に使用することは、よいチーズ作り
の第一条件であるからだ。

 搾乳牛50頭規模の生乳出荷では、1家族が生活するのがやっとである。しかし、
50人が生活する同牧場では時間と人手をかけられる環境から、自然に頼ってじっ
くり時間をかけて作り上げるフェルミエタイプのチーズを選択し、付加価値を付
けた「本物」を目指した。現在は、代表的なラクレットの他、カマンベール、ク
リームチーズ、モッツァレラなど8種類を製造、販売している。

 ラクレットは、「アルプスの少女」の物語にも出てくるスイス原産の平らな円
盤形(約6キログラム)のチーズで、熟成期間は3カ月以上。切り口を熱で溶かし、
ナイフで溶けたチーズをラクレ(削り落と)し、ゆでたジャガイモにつけて食べ
る。共働学舎では、十勝地方の中山間地という冷涼な気候と、夏の放牧で青草を
たっぷり食べた良質な乳を最大限に生かすことができるラクレットを寒い冬に暖
かく食べられるチーズという意味でも「十勝の風土に最も合ったチーズ」として、
将来的にも力を入れていきたいと考えている。

 共働学舎の経営でチーズの生産量と販売額の推移を見ると、10年度は約160ト
ンの生乳をチーズ製造(一部バターを含む、以下同じ)に仕向け、4,300万円の
売上となっている。同量を生乳出荷した場合、成分加算を勘案しても1,280万円
程度の売上にしかならず、チーズに加工することにより売上は3.4倍近くになっ
ている。11年度予算ではチーズ向け生乳200トン、売上高5,400万円程度を見込ん
でおり、順調に進めば3年間で倍増となる(表1)。 

 共働学舎では、地域に根差した酪農を目指し、乳製品製造技術の確立と付加価
値を付けた販売により規模拡大をせずに経営の安定を図ってきた。ここで賞賛す
べきは、共働学舎のチーズは品質がよく、消費者から評価を得、高く売れている
時にこそ一層の品質管理と固有性の確立を目指す必要があると強く確信している
点である。この強い確信は、10年前の運命的な出会いに発している。
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【(農)共働学舎新得農場でのブラウ
ンスイス種の放牧】
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【ラクレット用の電気オーブンを使用
したサービス】
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【モッツァレラで小型のカチョカバロ
を作る宮嶋会長(カチョカバロは、イ
タリア語で「馬上のチーズ」の意味。
巾着型にして麻ひもで縛り低温で熟成)】
表1 チーズ製造に使用した乳量とチーズの売上高
(一部バターを含む)
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 資料:チーズ向け乳量は聞き取り
    チーズ売上高のうち9年度及び10年度は会計報告から
 

ヒュベール氏と十勝チーズの出会い

 昭和63年、現在の振興会会長を含む2名が、十勝国際ネットワーク研究会の海
外農業地域視察事業でヨーロッパに派遣され、フランスのアルザス州コルマール
市でフランスのチーズ原産地呼称証明協会会長のジャン・ヒュベール氏に会う機
会に恵まれた。そこで、AOC(Appellation d ’Origine Controlee、「原産地限定
呼称」あるいは「原産地管理呼称」)承認制度が伝統的で小規模な製造法を守る
チーズを法的に保護し、固有の文化として高め、経済的発展につなげていること
を知る。この時、2人の「十勝で何とか本物のチーズ作りをしたい」との強い熱
意がヒュベール氏に訪日を決意させた。関係者の多大な努力とヒュベール氏の協
力が何とか実り、2年後に第1回「ナチュラルチーズサミットin 十勝 90」が実現
した。

 その翌年には、「十勝ナチュラルチーズ振興会」が誕生。その後も振興会が中
心となって、フランスから技術指導者を招へいしたり、日本の酪農家の主婦がフ
ランスのフェルミエタイプの製造工場を訪問するなどのほか、平成6年からの4
年間はフランスチーズ製造販売事情研修事業で毎年10名をフランスに派遣するな
ど、ヒュベール氏の協力の下で交流を図りつつ技術を高めてきた。


10周年を迎えた「ナチュラルチーズサミット in 十勝」

 「ナチュラルチーズサミットin 十勝 99」(以下「サミット」)が、昨年11月
4日、北海道帯広市で開幕した。初日、10周年を記念し、振興会の設立、発展に
大きく貢献された前フランスチーズ原産地呼称証明協会会長ジャン・ヒュベール
氏を招いての記念講演が行われ、振興会からは感謝状が贈られた。翌日からの2
日間は場所を上川郡新得町に移し、約100名の参加のもと、官能検査及び品質管
理に関する技術研修が行われた。

 「本物の食文化を求めて」と題された今回のサミットは、新たな段階として、
チーズの固有性をどのように評価し、確立すべきかを学び、経済的に産業として
成り立たせていくばかりでなく、農業地域の持続的な発展に貢献できるチーズ作
りを目指している。

 ヒュベール氏は記念講演で、フランスのAOC、ヨーロッパのAOP
(Appellationd’Origine Protegee、 「原産地保護呼称」)に代表される各種呼称
制度を具体的に紹介した。フランスのAOCチーズ認定制度は、呼称を認定する個
々のフェルミエタイプについて、生産地、原料乳、生産量、生産方法などを細か
く規定し、伝統的製法・技術を保護、規制すると同時に、高品質な内容を保証し、
固有性を文化として高め、経済効果を生み出している。その基盤として、味覚・
風味に対する評価基準の確立と認定機関の普及による品質管理体制の確立がある。
そして、フランスでは品質管理基準を徹底した輸送管理がフェルミエタイプを含
めて実行された結果、この25年間でチーズの品質が飛躍的に向上したのである。

 日本のフェルミエタイプのチーズ製造については、製造技術をマスターするに
つれ、消費者の信頼を得るためには独自の品質管理体制の確立が必要になってき
ていることを指摘した。個性的で高品質な十勝チーズの確立には、第1に品質管
理の体制作り、第2に味覚、風味、生地断面の状態などについて評価できる体制
作り、第3にそうした評価方法のトレーニングによる専門家の養成。以上がヒュ
ベール氏の提案である。
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【「ナチュラルチーズサミットin十勝99」
で講演するジャン・ヒュベール前フラン
スチーズ原産地呼称証明協会会長】

振興会の新たな取り組み

 振興会のこれからの取り組みについて宮嶋会長にお聞きした。熱のこもった話
は尽きなかったが、いくつかのポイントを紹介してみたい。
 1つには、「十勝ブランド」の確立ということであろう。「十勝」という冠り
は、十勝周辺で生産される食品に使用され、その数は年々増加している。単なる
地域の生産という意味を超えて、小規模生産による高品質の証しとして「十勝ブ
ランド」を確立しようという試みが、(財)十勝圏振興機構(とかち財団)と道
立十勝食品加工研究センターが協力して始まった。すでに、11年には第1に豆類
(製品としては納豆と豆腐)、第2に食肉加工品が登録され、これに第3の柱とし
てナチュラルチーズを加えることになる。十勝地域は北海道でも最大のナチュラ
ルチーズ生産地であり、「十勝ブランド」を名乗るチーズは、大量生産によるも
のや技術の未熟なものとはっきり区別されなければならない。そのためにはまず、
個性的なチーズの製造技術と個性を確定するための評価技術が必要である。もち
ろん、そうした製造技術は生産規模に合った衛生管理が徹底されることが前提と
なる。
 「十勝」ブランドの確立に向けて、2月27、28日と3月1日の3日間は(農)共働
学舎新得農場、3月2日は(有)カシユニふうど工房槲館(幕別町)において、全
仏チーズコンテスト審査暦30年のフランス人モラン氏を招いて、モラン氏による
官能テスト評価を実施し、実際にチーズを作る工程を確認する中で問題点解決の
ための指導をお願いした。このセミナーには内地からも参加者があり、20名以上
のフェルミエタイプチーズ製造関係者が集まった。世界的スタンダードに基づい
た官能評価により、製造したチーズの長所、短所を明らかにし、その原因を探り
出して製造過程に反映し、より高品質のものを目指すという体験を初めてした参
加者は、チーズの個性を確立し、長所を守りながらお客様のニーズに応えていく
ためには非常に高レベルの技術が要求されていることを実感した。
 将来的には、地元十勝でモラン氏のような世界的スタンダードに基づいた官能
評価ができるプロを育てることが必要である。現在、十勝食品加工研究センター
とフランスのエアリアル研究所(食品関係の技術資源開発機関)の提携を提案し、
専門家を育成すべく準備にかかっている。

 これまでの一連の取り組みは、まさにヒュベール氏の提案に沿ったもといえる。
もう1つは、十勝ナチュラルチーズマーケティングプロジェクトの結成である。

 十勝ナチュラルチーズマーケティングプロジェクトは、十勝の小さなチーズ工
房の職人のうち5名(振興会会員)が集い結成した。11年6月に東京都板橋区高島
平に開店したチーズ専門店「オーレ」と提携し、同店や百貨店などの催事での販
売、PR、市場指向性などの情報のフィードバックを委託している。

    こうした販売ルートの開発により、

@遠隔地の催事に参加する際の時間と多額の交通費、宿泊費の節約

A出荷後、生産農家の手を離れた後のオーレの専門家による行き届いた管理

Bホール(カットしない状態)での納品が可能となり、品質が良好に保持される
 とともに、真空パック等の包装にかける手間と費用の節約

C顧客が必要なだけを最良の状態でカットして販売すること

D催事で売れ残ってしまった場合でも、同店での販売に回すこと

E各生産者の製造方法や製品の特性を熟知した専門家が販売することによる効果
 的なPR

F催事の成果、消費者の反応などについての報告、苦情等の当初の対応と迅速な
 連絡

などが可能となった。費用負担は歩合の部分と、各生産者の販売量に比例する部
分の2本建てとなっている。また、十勝支庁を通じて北海道の補助(補助率1/2)
があり、生産者ごとのパネルを作成するなどPRに役立てている。

 最近、厚木ミロード(神奈川県厚木市)にもオーレの新しい支店を開店した。
将来的には、新宿伊勢丹の地下食品売り場に出店を予定しており、同店で試験販
売を行う等準備中である。
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将来へのメッセージ

 新たな取り組みのほとんどは、サミット前後から相次いで計画され、進められ
つつある。フランスのさまざまな産地呼称制度を学んだ結果、目指す方向は現在
のところ、フランスで主に家きん肉等の食肉及び加工品で使用され、製品の原産
地、特性及び高品質を公認の認定機関が保証するラベルルージュ(赤ラベル)的
な地域限定ブランドに近いようだ。フランスをはじめヨーロッパ諸国には、チー
ズの長い歴史と伝統があるが、日本で最初から同じ物を求めても不可能である。
チーズ文化はまだないが、古来から酒、しょう油、味噌に代表される微生物を活
用した食品の製造及び管理技術の伝統と文化はある。その意味では大きな可能性
を持っているといえるかもしれない。最近では機械化が進み、忘れられがちな微
生物を生かした食文化を再興し、自然を生かした農業、食料を考える上でも大き
な意味がある。また、個性的で高品質なチーズ生産には、放牧で青草をたっぷり
食べた牛(または羊、山羊)の乳がより適しており、フェルミエタイプのチーズ
作りは、振興会が目指す次のステップを確実にクリアすることにより、十勝の自
然を生かしながら、草地を守り、景観を維持することで、農村を活性化し、訪れ
る人々にも多くの恵みをもたらすであろう。自分たちの未来を開くために自分た
ちで投資をしてきた振興会の活動は、日本のナチュラルチーズの将来への発信源
としてこれからも注目していきたい。
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