企画情報部
パートも含めれば従業員は合計で250人。「この頃は南州農場に勤めていると いうだけでお嫁さんが来てくれるようになりまして」と顔をほころばせるのは代 表理事の本田信一さん(56)である。もちろん従業員の皆さんに問題があったは ずもなく、要するに、大隅半島一帯ではそれほどに農事組合法人南州農場への信 頼感、親しみが高まっているということなのだ。 一度都会に出ると、Uターンするといっても故郷で仕事を見つけるのは容易で はない。それならば「うちで働かないか」と受け入れてきたケースが数多く、そ れらを含めると地元出身者の比率は既に90%を超えている。 したがって、本人だけでなく、その親御さんからも感謝されるこの上もなく頼 もしい存在となっているのが現在の南州農場だ。 平成8年度の肥育豚の出荷頭数は6万5千頭でこのうちの10%は黒豚である。肥 育牛も350頭に達する。豚の15%、牛の全量はJA鹿児島経済連に出荷され、豚の 85%については社内で食肉処理されている。ハム・ソーセージ加工、焼豚、トン カツなどの惣菜製造等、これらにふん尿のたい肥化を加えると、全体の事業規模 は50億円を超えている。 豚、牛の飼養は佐多町伊座敷を本拠地に、根占町、田代町でも行われており、 高山町にはカット処理のミートセンター、さらに鹿屋市にはハム・ソーセージの 加工場があり、東京営業所を開設してから8年が経過しようとしている。 ここまで来るにはおよそ四半世紀を要した。本田さんは富山県入善町の出身で、 実家は採卵養鶏を営んでいた。外国航路の一等航海士を長く勤めたが、脚の負傷 を機に陸に上がることを決意。「やるなら養豚」と妻子を伴って佐多町に転住し てきた。 昭和50年頃の同町は、過疎化が著しく進行しており、本田さん一家は温かく迎 えられた。地元の畜産農家4人の参画を得て、51年に(農)南州農場を設立。こ の草創時に受けた地域からの理解と協力は忘れ難く、その後の事業展開でも「地 域への貢献」が常に大きなウエイトをおいてきた。 根占町等での肉牛生産の開始も、その1つで、負債が長期固定化していた個別 経営を行政からの要望で引き受けたものだ。63年当時は牛肉の輸入自由化が決ま り、肉牛の将来展望は明るくなかったが「豚で出した少しの余裕を回せば」と。 地域からの信頼に応えられる、頼もしいばかりの強さである。
【佐多町伊座敷の南州農場本場を背に】 |
【鹿児島特産の黒豚の畜舎で】 |