◎今月の話題


自給粗飼料多給の乳肉生産を目指す

農林水産省 草地試験場場長 中島 皐介








新基本法の理念

 新しい食料・農業・農村基本法が平成11年7月に制定された。この基本法は、
これまでの農業基本法にない新たな視点から農業をとらえている。1つは、食料
を人間の生命と健康を守る糧であると位置付け、国内生産を基本として国民に健
全な食料を安定的に供給していくことをうたった点である。そのために食料自給
率の向上が必要とされる。次に、国土保全、水源かん養、自然循環機能、景観形
成、文化の継承等の農業がもつ生産活動以外の多面的な機能の重要性を打ち出す
とともに、これらの機能が発揮できる場としての農村の振興を挙げた点である。

 ところで、最近の大家畜生産では、国際価格との差の大きい濃厚飼料はさてお
き、これまで自給率の高かった粗飼料までも輸入に依存する体質が強くなってお
り、熱量供給ベースの自給率を下げている。また、飼料作物生産離れは家畜排せ
つ物の土壌還元の受け皿となるほ場の減少となり、環境問題の招来を加速してい
る。さらに、濃厚飼料多給の乳肉生産は、家畜の生産病を多発してきていること
も懸念される。こうした状況は、新基本法の理念とは違った方向へ進んでいると
いえる。これらの問題の解決には、飼料増産を図り、粗飼料多給で環境調和型の
大家畜生産への転換を目指すことが基本的な方向といえよう。しかし、一方では
国際化対応としての生産性向上が常に要請され、家畜飼養頭数に見合った飼料生
産ほ場が確保できない経営体が多いのである。


飼料増産推進のための4本の柱

 畜産局は、11年11月に「飼料増産推進計画」の策定に向けて、自給飼料増産推
進委員会の中間取りまとめを行った。そのなかで増産の基本方向として次の4本
の柱を建てている。この柱に沿って、飼料増産運動にインセンテイブを与えるよ
うな主な研究の開発状況や今後の目標を紹介したい。

@飼料生産基盤の強化

 飼料生産基盤の弱い都府県では、転作水田の有効利用が必要である。湿田に対
応したホールクロップサイレージ用イネ収穫調製機が開発、商品化された。また、
トウモロコシでは、ワンマン対応が可能なホールクロップサイレージ用収穫調製
機が開発され、商品化が進められている。

A生産性及び品質の向上

 飼料作物の有望品種が続々と誕生している。以下は、最近登録された、または
1〜2年以内に登録予定のものである。トウモロコシでは、消化性、収量、耐倒伏
性に優れた「ゆめそだち」「九交B93号」、ソルガムでは消化性、耐倒伏性に優
れ、ロールベールが可能な「葉月」、イタリアンライグラスでは超極早生の「シ
ワスワセ」、ギニアグラスでは踏圧抵抗性、消化性に優れた「ナツコマキ」、ホ
ールクロップサイレージ用イネでは、高収量、耐倒伏性の「関東飼206号」等が
あり、今後の普及が期待される。

B飼料生産の組織化、外部化

 飼料生産の受託組織、コントラクターが増加しており、その中には家畜ふん尿
の処理も請け負う組織も増えている。また、食品残さなどの地域飼料資源の飼料
化と供給も含めた地域資源循環センターのような組織の育成が必要で、低、未利
用飼料資源の飼料化研究も盛んになってきた。ホールクロップサイレージ用飼料
イネの栽培を通じて飼料生産とたい肥のほ場還元による耕種農家と酪農家をつな
ぐ資源循環型農業の優良事例が各地で出てきている。

C日本型放牧等の推進

 草地試験場が開発してきた集約放牧は北海道や九州などの乳肉生産現場での試
験が進み、その普及は点から線となってきている。また、中山間地域に分散する
水田等の耕作放棄地を、牛の移動によって活用する小規模移動放牧が開発され、
一部農家での実証が始まった。ノシバを活用した棚田放牧が中国、四国地方で増
え、九州や沖縄では、暖地型牧草と寒地型牧草の季節的な使い分けや混播による
周年放牧が研究され、普及してきている。


研究と実践で時代の要請に応える

 この3月に沖縄県の黒島を訪れた。黒島はサンゴ石灰岩の岩盤に覆われた面積
983ヘクタール海抜8メートルの平坦な島である。この島に岩盤破砕能力があるス
タビライザー工法が導入され、草地造成が始まってから28年が経つ。島のほとん
どが放牧草地となり、肉用牛飼養頭数も平成10年には2,652頭と約4倍になった。
毎年増える若い後継者たちは、競って人工授精師の資格を取得し、互いの作業協
力や高齢の農家の手助けをするなど、黒毛和種の肉用子牛生産を軸とした地域づ
くりの中核となっている。黒島の活性化は、行政の強力なバックアップと研究蓄
積の貢献が大きいが、優秀な若いリーダーたちの存在も見逃せない。

 4月に策定される「飼料増産推進計画」では、行政、研究をはじめ関係者が一
体となって飼料増産に取り組むことになっている。生産性の向上と環境問題の解
決というベクトルの方向が大きく違う課題を調和させるために、われわれ研究サ
イドでできる限りの努力を積み上げ、健全な乳肉の生産につなげていきたい。そ
のことが、コストが高くても国産の安全な農産物に期待と信頼をもっている国民
の負託にこたえることになろう。新たな時代の要請に対応できる多様で個性的な
大家畜生産の経営体が全国各地で芽生えてきた。


なかじま こうすけ  昭和46年3月東京大学農学系大学院博士課程卒業、同年10月農林水産省入省、 平成2年農業生物資源研究所細胞育種部長、7年草地試験場企画連絡室長を経て、 11年3月より現職。

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