◎調査・報告


畜産物需要開発調査研究から 微生物を利用した

新しいタイプの食肉製品の開発

北里大学 獣医畜産学部 食品科学講座 助教授 有原 圭三




はじめに

 今日、食肉や食肉製品の食品としての最大の魅力は、なんと言ってもそのおい
しさであろう。健康を損ねたときに、滋養豊かな食品として乳・肉・卵といった
畜産食品を食べさせられた時代はすでに遠くなってしまった。残念なことに、健
康面から言えば、食肉や食肉製品の摂取を避ける中高年の方々も少なくない。し
かし、これは科学的根拠のある行動ではなく、食肉の保健的な価値が見直され、
中高年こそ積極的に食肉を食べる必要性が訴えられるようになってきている。

 一方、同じ畜産食品でも、牛乳・乳製品は、健康に役立つイメージがかなりよ
く浸透していて、あまり牛乳が好きでなくても、健康のために牛乳・乳製品を摂
っているという方が結構おられる。また、近年、乳製品では機能性食品と呼ばれ
る保健的機能性を高めた新しいタイプの製品も次々と登場している(図1)。こ
れらの乳製品には、乳酸菌を利用したヨーグルトなどの発酵乳が多い。
◇図1:機能性食品の範疇に入る最近の乳製品の例

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 ところで、われわれ日本人にはなじみが薄いが、乳酸菌などの微生物を利用し
た食肉製品も存在する。発酵食肉製品と呼ばれるこれらの食品は、世界各地で種
々のものが作られている。筆者は、食肉製品においても微生物を利用することに
より、日本人に合った、おいしくて健康に良い食品が開発できないものかと考え
てきた。本稿では、これまでに筆者らが手がけてきた微生物を利用した新しい食
肉製品の開発を目指した研究の成果を紹介する。


発酵食肉製品

 欧米では古くから発酵食肉製品がごく一般的な食品として親しまれてきた。日
本で良く販売されているサラミも、原型は乳酸菌を利用した発酵食肉製品である。
欧米の店頭でソーセージ類を手にとって見ると、乳酸菌を意味する"Lactic Acid 
Starter Culture "の表示をしたものが、驚くほど多い(図2)。図3に発酵ソー
セージの製法例を示した。乳酸菌以外にも、カビや酵母を表面に接種したハンガ
リアンサラミのような製品もある。発酵食肉製品は、非常にバラエティーに富ん
だ食品であり、われわれ日本人の好みに合う風味を備えたものも少なくないとい
うのが、筆者の持っている印象である。
◇図2:乳酸菌を利用した米国の発酵ソーセージ◇

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◇図3:発行ソーセージ(セミドライおよびドライ)の製法例◇
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 これまで、わが国で発酵食肉製品の市場が発展しなかったのは、食文化の違い
もあるが、食品衛生法によるこの種の製品の製造規制が厳しかったことも挙げら
れる。しかし、平成5年の食品衛生法の改正により、発酵食肉製品の製造は日本
でも行いやすくなった。すでに小規模ではあるが、国内でも一部で製造・販売が
行われている(図4)。また、海外からのこの種の製品の輸入量も、わずかずつ
ではあるが増えており、これからに期待が持てる状況にはなってきている。日本
人のニーズに合った製品開発を進めれば、日本でも発酵食肉製品はしっかりと根
付いて発展するものと、筆者は確信している。チーズやはっ酵乳のような、今日
われわれの食卓でポピュラーな存在になった畜産食品も、以前は微々たる消費量
でしかなかったのである。

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◇図4:乳酸菌を利用したわが国の食肉製品の例
(発酵ベーコン)◇

プロバイオティック乳酸菌の利用

 本誌3月号でも、ヤクルト本社中央研究所の田中氏が書かれているが、プロバ
イオティクスのコンセプトを導入した乳製品の開発が盛んに行われている。プロ
バイオティクスとは、体に良い影響を与える乳酸菌などの生きた微生物やこのよ
うな微生物を含む食品などのことである。プロバイオティクスに期待される主な
機能を表1にまとめた。プロバイオティック乳酸菌を利用したはっ酵乳は、日本
で盛んに開発されているが、海外でも多くのものが見られる(図5)。

表1 プロバイオティクスの効果
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◇図5:プロバイオティック乳酸菌を利用した各国のはっ酵乳◇

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 欧米で製造されている発酵食肉製品の多くには、乳酸菌が利用されてきたが、
その目的は貯蔵性やし好性の向上が主なものであった。乳酸菌を利用した、健康
に役立つ食肉製品というものは、これまで存在しなかった。われわれは、食肉製
品においても、プロバイオティクスの概念を導入することにより、おいしくて健
康づくりに役立つ付加価値の高い製品が開発できるのではないかと考え、研究に
着手した。その結果、健康なヒトの腸管内由来の乳酸菌の中から、食肉の発酵に
適した乳酸菌を発見することに成功した。この菌は、Lactobacillus rhamnosus 
FERM P-15120であり、その後、これを用いた新しい発酵食肉製品の誕生に至って
いる(図6)。現在、このような乳酸菌を利用した発酵食肉製品の開発がさらに
続けられている。また、通常の食肉製品とは明らかに異なる生理的な機能を有す
ることを、科学的に明確にすることも、大きな目標である。
◇図6:プロバイオティック乳酸菌を利用した発酵ミートスプレッド◇
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伝統的発酵食肉製品の再評価

 発酵食肉製品では、微生物の利用により、腐敗しやすい食肉の貯蔵性が高まる
と共に、豊かな風味が形成されることによりし好性も向上する。発酵・熟成過程
において、風味に関与する物質以外にも、さまざまな成分が生成されることが予
想される。こういったものの中には、保健的な効果を持つものがあることも期待
できる。事実、チーズ、みそ、しょうゆ、納豆といった伝統的発酵食品から見つ
けられた生理活性物質は多い。このような観点から、海外の伝統的発酵食肉製品
を再評価すれば、新たな発見があるのではないかと考えた。

 そこで、図7に示した海外で製造された発酵食肉製品10種から調製した抽出液
の生理活性を測定した。その結果、血圧降下作用のin vitroでの指標として用いら
れるACE阻害活性が高いものがあることが判明した(表2)。また、別の実験か
ら、さまざまな疾病予防効果が知られる抗酸化活性が高いものがあることも示さ
れた。これらの知見から、発酵食肉製品の中には、すでに保健的な機能性の高い
ものが存在することが示唆されるに至っている。

表2 発酵食肉製品のACE阻害活性
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◇図7:実験に用いた海外で製造された発酵食肉製品◇
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【1.Salami Felio(イタリア)】
【2.Salami Fiorillo(イタリア)】
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【3.Wine Flavored Salami(米国)】
【4.Le Bastou(フランス)】
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【5.Kachatore(スイス)】
【6.Abruzzese(米国)】
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【7.Salami Norcinetto(イタリア)】
【8.Saucisson Sec(フランス)】
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【9.Gold Salami(オランダ)】
【10.La Estrella(アルゼンチン)】

微生物酵素の利用

 微生物の利用方法の1つとして、微生物の菌体そのものを用いる以外に、微生
物由来の酵素を利用することが挙げられる。われわれは特に微生物のプロテアー
ゼ(たんぱく質分解酵素)活性に注目した。食肉を構成する主要たんぱく質であ
るミオシンに、細菌(Bacillus thermo proteolyticus)由来のプロテアーゼ
(サーモリシン)を作用させた結果、血圧降下ペプチドが生成することが明らか
にされた。2種のペプチドの構造解析を試みたところ、いずれもアミノ酸5つか
らなるペンタペプチドであり、新規の血圧降下ペプチドと判明し、ミオペンタペ
プチドAおよびBと命名した。さらにこれらのペンタペプチドの部分配列を有する
トリペプチドにも強い血圧降下作用が認められた(表3)。これまでに、ミオシ
ンのプロテアーゼによる分解物中には、血圧降下ペプチド以外に痴ほう症予防活
性ペプチド(プロリルエンドペプチダーゼ阻害ペプチド)や抗ストレス活性ペプ
チド(抗酸化ペプチド)の存在を見出しており、現在、それらの精製を進めてい
る。

表3 ミオシン由来のペプチドの自然発症高血圧ラットにおける
  血圧降下作用(経口投与6時間後の血圧降下値)
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 *:n=5
 **:P<0.01

 また、乳酸菌のプロテアーゼ活性に注目し、豚肉ホモジネイトにプロテアーゼ
活性の高い乳酸菌を接種し、培養したところ、血圧降下作用、抗酸化作用、細胞
DNA損傷予防作用、ストレス性胃かいよう予防作用などを有する乳酸発酵豚肉ホ
モジネイトが得られた。これらの作用は、豚肉タンパク質が乳酸菌のプロテアー
ゼにより分解して生成した生理活性ペプチドによるものと推定しており、現在、
さらに検討を進めている。

 以上に述べた研究は、新しい食肉製品の開発を目指すために行われたものであ
るが、一方で、食肉の保健的な価値を見直すことにも貢献できると考えている。
われわれ人間が、食肉を摂取した場合、食肉中のたんぱく質は、消化管内で消化
酵素(プロテアーゼ)により分解を受ける。このとき、当然、前述のような生理
活性ペプチドが生成されているはずである。実際に、われわれの得たデータでも、
未分解の食肉たんぱく質を長期間にわたり、高血圧自然発症ラットに経口投与す
ると、高血圧の発症を予防することができた。


おわりに

 本稿で紹介したように、食肉製品への微生物の利用は、大きな可能性が秘めら
れた研究領域である。そして、得られた研究成果は、新しい製品の開発に直接生
かすことができるものである。これまでの研究成果の一部は、すでに実際の製品
の開発に生かされてきた。われわれは、今後、さらに、多くの食肉製品の開発に
役立ちたいと考えている。微生物を利用することにより、おいしくて体に良い食
肉製品を誕生させ、このような食肉製品の摂取による消費者の健康増進と、新し
い市場開拓による食肉産業の健全な発展を願いたい。

 本稿で紹介した研究成果の一部は、農畜産業振興事業団の平成12年度畜産物
需要開発調査研究事業によって行われたものである。この事業により、われわれ
の研究は大きく進展することができた。ここに感謝の意を表する。


参 考 文 献

1)有原圭三(1997):プロバイオティック乳酸菌の食肉製品への利用. 
 食肉の科学 38:47-56.

2)有原圭三(1997):食肉製品にも乳酸菌の利用を! 
 ミートジャーナル 34シ:135-141.

3)有原圭三(1998):乳・肉・卵の機能性食品としての展開ク
 −畜産食品領域における特定保健用食品−. 畜産の研究 52:459-465.

4)有原圭三(1998):乳・肉・卵の機能性食品としての展開ケ
 −機能性畜産食品の現状と展望−. 畜産の研究 52:575-584.

5)有原圭三(2000):乳・肉・卵製品へのプロバイオティック乳酸菌の利用. 
 ミルクサイエンス 49:183-188.

6)有原圭三(2001):乳・肉・卵を原料とする機能性食品の開発動向. 
 畜産コンサルタント(印刷中).

7)田中隆一郎(2001):牛乳、乳製品の栄養機能性:
 アンチバイオテックスからプロバイオテックスへ. 畜産の情報 137:2-3.

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