◎調査・報告
日本の畜産を支える飼料穀物コンビナート
京都産業大学経営学部
教授 駒井 亨
はじめに
よく知られているように、日本は、毎年2,000万トン前後の飼料原料を輸入し
ている。昔は、飼料原料を積んだ船が入港すると、はしけ(艀)を本船に横付け
して沖仲仕たちが麻袋に詰めこんだ穀物を肩に担いで運搬していたが、大量の飼
料原料が輸入されるようになると、こんなやり方ではとても追い付かないし、費
用もかさむ。
そこで、国内の畜産や養鶏が急速に伸展しはじめた昭和30年代の後半から、主
要産地に近接した港湾に、輸入飼料原料を効率的に収容することのできる搬入設
備を整えたサイロとそれらに隣接する飼料工場(飼料穀物複合施設:飼料穀物コ
ンビナート)が続々と建設された。
これらの飼料穀物コンビナートの整備によって、大量の輸入飼料原料を極めて
効率的かつ低コストで受け入れることができるようになっただけでなく、輸入さ
れた飼料原料が隣接する飼料工場で連続的に加工されることで、配合飼料等の製
造・供給も著しく合理化された。
また、畜産・養鶏生産者は飼料穀物コンビナートの近辺に立地することにより、
畜産・養鶏生産物の生産コストの主要部分を占める飼料費の節減に成功している。
飼料原料の大半は、ミシシッピ河口のニューオーリンズからパナマ運河を経由
し、太平洋を横断して輸入されるが、その輸送コスト(海上運賃)は極めて安く、
国内陸上運賃(バルク車)50〜100キロメートル分程度にしか相当しない。これ
は海上輸送が、海水の浮力を利用していることと、穀物専用輸送船で1度に数万
トンにものぼる大量の飼料原料を輸送することができるからである。
従って、日本の畜産・養鶏生産者にとって、飼料原料の大半を輸入に頼ってい
ることは、飼料穀物コンビナートの建設・整備によって、必ずしも不利な条件と
は言えなくなり、むしろ、飼料穀物コンビナートの近辺に立地することによって、
国内での陸上運賃を節減することの方が経営上より重要な方策となっている。家
畜・家きんの中で飼料コストのウエイトが最も高いとされるブロイラーの場合、
米国では、昔(1940〜1950年代)は大消費地に近いニューイングランドやデル
マーヴァなど東部大西洋沿岸がブロイラーの主生産地であったが、現在では飼料
原料の産地に近い南部(アーカンソー州やジョージア州)に生産の中心が移って
おり、飼料の輸送コストが畜産経営上決定的に重要な要素であることを物語って
いる。
本稿では、戦後の日本の畜産や養鶏の発展を支えてきた飼料穀物コンビナート
の現状を総括し、その重要性を再認識したい。
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【ミシシッピ河口付近に停泊するパナマックス穀物専用輸送船
(5〜6万トン積載)】
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飼料の流通経路と流通コスト
家畜および鶏の主要な飼料原料であるトウモロコシ、マイロおよび大豆の大部
分はアメリカから輸入されているが、そのほとんどは、ニューオーリンズ周辺
(パナマ運河経由)および太平洋沿岸から輸出され、太平洋を横断して、日本の
港湾に入着する(表1参照)。
表1 米国のトウモロコシ、マイロおよび大豆の輸出量に占める
各輸出地域のシェア(平成9年)
資料:全農グレイン株式会社
5〜6万トン級の穀物専用船(PANAMAX)によるメキシコ湾岸(ニューオーリ
ンズ)から日本までの海上運賃は、年および月によってかなり大きく変動するが、
例えば平成12年の1月から12月までの海上運賃を円換算して平均すると、トン
当たり2,472円となる。
穀物専用船(本船)は、飼料穀物コンビナートのふ頭に直接接岸し、穀物は荷
揚機(アンローダー等)でサイロに搬入され、サイロに収容された穀物は必要に
応じて飼料工場へ搬送される。
本船で入着した飼料原料の約60%は本船から直接またはサイロを経由して飼料
工場へ搬入され、また約15%は本船から内航船に積み替えて飼料工場へ搬送され
ることから、日本に到着した飼料原料の4分の3は船舶を利用して効率的に飼料
工場へ搬入されることになる(表2参照)。
表2 飼料工場への主原料の搬入状況(工場数149)
注:主原料の搬入量は1ヶ月平均
資料:農林水産省畜産局流通飼料課、
「平成10年度配合飼料産業調査結果」
飼料原料をサイロからトラック等に積んで飼料工場へ輸送すると、小口輸送と
なるため輸送コストが割高となり、従って内陸に立地する飼料工場は臨海地帯の
飼料工場に比べて高コストにならざるを得ない。
畜産や養鶏の規模が小さかった時代は、配合・混合飼料は紙袋(20キログラム)
詰で飼料工場から出荷され、いったん特約店や農協の倉庫に収納された後、生産
農家に小口配送されるのが普通であったが、畜産・養鶏生産者が大規模化した現
在では、配合・混合飼料の約70%が飼料工場からバルク(純バラ積み)で出荷さ
れており、また飼料工場から出荷される配合・混合飼料の9割近くが、中継基地
を経由しないで直接最終需要者(畜産経営体)に送り届けられている(表3参照)。
表3 飼料工場からの製品輸送状況(複数回答)
資料:農林水産省生産局畜産部飼料課
「平成12年度配合飼料産業調査結果」
配合・混合飼料の国内運賃(陸上輸送コスト)は、前述の海上運賃に比べると
はるかに高く、また輸送距離が長くなるほど、製品1トン当たりの運賃が高くな
る。
表4は、純バラ積飼料の輸送距離別平均輸送運賃(12年度)であるが、自社等
輸送は他社輸送に比べて長距離になるほど割安となっているが、輸送距離50キロ
メートル未満と100〜200キロメートルでは、自社等輸送で飼料1トン当たり1,1
32円、他社輸送では、1,523円も運賃が違ってくる。
表4 純バラ積飼料の輸送距離別平均輸送運賃
(製品1トン当たり)
資料:農林水産省生産局畜産部飼料課
「平成12年度配合飼料産業調査結果」
いま仮に、年間2,400万羽のブロイラーを生産・処理加工する産地ブロイラー
企業があって、そのブロイラー生産農場及び種鶏場がすべて飼料工場から50キロ
メートル以内に立地している場合と、100〜200キロメートルの範囲に立地して
いる場合とを比較すると、年間の飼料輸送費は、自社等輸送で約1億5,000万円、
他社輸送では実に2億円近くもの差異を生ずることになる。
つまり、このブロイラー企業はその生産農場および種鶏場を飼料工場から50キ
ロメートル以内に立地することによって年間1億5,000万円〜2億円の利益を得
ることになる。
飼料工場にできるだけ近接して立地することはあらゆる畜産経営にとって優先
条件であると同時に、畜産の主要生産地に近接して飼料穀物コンビナートを建設
することもまた優先施策であると言えよう。
臨海飼料原料用サイロ
大型の飼料原料(主として穀物)輸送用の船舶(本船)が直接接岸できる埠頭
(臨海地帯)での、飼料原料を収容するためのサイロおよびそれに隣接する飼料
工場、すなわち飼料穀物コンビナートの建設は、昭和30年代の後半(1960年代)
に始まり、40年代から50年代にかけてを最盛期として、今日までに、表5および
図1に見られるように、全国30カ所以上に及んでいる。
◇図1:全国に建設された飼料穀物コンビナート
(@〜31は表5参照)◇
大規模なコンビナートになると、3〜5社のサイロ企業がそれぞれにサイロを
建設している。
サイロの施設の概要は図2のとおりで、本船および内航船の接岸する桟橋・岸
壁、荷揚用の機械、飼料原料を保管(収容)するサイロビン(注:円筒型の1つ
1つをそれぞれビンという)(1ビン当たり300〜2,000トン収容)、本船からサ
イロビンまで飼料原料を運ぶコンベヤー、サイロから飼料原料を運び出すための
コンベヤーなどが設備されていて、大量の飼料原料を短時間で搬入、搬出するこ
とができる。
◇図2:飼料原料用サイロの構造・設備◇
資料:(社)配合飼料供給安定機構
「飼料穀物備蓄便覧」、平成8年3月
桟橋に接岸した5万トンの穀物専用本船から全量をサイロに搬入するのに、荷
揚機(アンローダー)1日8時間稼動で約1週間を要する。
内航船は、大型船舶の接岸できないローカル港に飼料原料を分荷輸送するため
に使用される。内航船の積載能力は1,500トン前後である。
臨海飼料原料用サイロは、全農、商社、飼料会社、食品会社、倉庫会社などが
出資して設立したサイロ企業が所有・運営しており、飼料原料の保管、備蓄を主
な業務とする。
国内最大手のサイロ企業である全農サイロ株式会社(本社・東京)は、次の6
カ所に臨海サイロをもち、その合計サイロ収容能力は72万トンに達し、年間約
450万トンの飼料原料を取り扱っている。
鹿島支店:サイロ収容能力213,945トン、65,000トン級接岸
新潟支店:サイロ収容能力47,910トン、65,000トン級接岸
東海支店:サイロ収容能力152,260トン、65,000トン級接岸
神戸支店:サイロ収容能力89,160トン、71,000トン級接岸
志布志支店:サイロ収容能力108,300トン、65,000トン級接岸
釧路サイロ:サイロ収容能力106,946トン、40,000トン級接岸
全農は、飼料用穀物の原産国である米国での飼料用穀物の集荷・輸出基地とし
て、昭和57(1982)年、ルイジアナ州コンベント(ミシシッピ河口から164マイ
ル上流の東河岸)に、搬入・船積設備を完備したエレベーター(約10万トン保
管)を完成させ、また昭和63(1988)年には、ミシシッピ河上流の穀物生
産地で穀物を集荷するためのターミナル・エレベーター、生産地のカントリー・
エレベーターおよびミシシッピ河を利用して穀物をコンベントまで輸送するバー
ジ(平底のはしけ)等を運営するCGB(Consolidated Grain & Barge
Enterprises, Inc)社を取得している。
こうした米国の穀倉地帯での集荷システム、穀物輸出施設と上記の国内臨海サ
イロを結んで、全農は飼料原料の一貫流通システムによって、年間約1,000万ト
ンの飼料原料および食料を輸入している。
全農の場合は、輸入商社と飼料メーカーを兼ねているから、海外で買い付けた
飼料原料は配合・混合飼料として飼料工場から出荷されるまで途中の売買は無い
が、商系等の飼料メーカーの場合は、通常、商社が輸入する飼料原料は、本船が
臨海サイロの桟橋に接岸した時点で飼料メーカーに売り渡され、飼料メーカーは
飼料原料の荷揚げ、サイロへの搬入と保管、搬出までをサイロ企業に委託する。
サイロ企業は、飼料原料の荷揚げ、搬入、保管、搬出などの業務を行うだけで、
飼料原料の輸入や売買は行わない。
サイロ企業は、倉庫会社、食品会社、飼料メーカー等に所属するものもあるが、
大部分は全農や商社に所属していて、従って、飼料原料を、いつどこからどのく
らい輸入するか、どのように買い付け、どのように販売するかなどについては、
全農や商社の意向次第で、サイロ企業は関与しない。
表5 全国の主要飼料原料用サイロの現況(S:昭和、H:平成)
資料:社団法人配合飼料供給安定機構、飼料穀物備蓄便覧(平成8年3月)
注:上記のほか、沖縄県那覇市に1社、サイロ収容能力12,362トン、
うち備蓄用が5,406トンがある。
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【全農サイロ志布志支店の本船桟橋は、水深13メー
トルで65,000トン級の飼料原料輸送船舶(本船)が接
岸できる。写真はバラ積み穀物をアンローダー(荷揚
機)で荷揚げ(1時間1,200トン)し、コンベヤーで
サイロに搬入しているところ。サイロに通ずるパイプ
は搬入用コンベヤー。
資料:社団法人配合飼料供給安定機構「飼料穀物備蓄
便覧」、平成8年3月発行】
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臨海地帯に集中する飼料工場
前述のように、昭和40年から50年代を中心として、全国に多数の臨海飼料
原料用サイロが建設されたが、それと同時に、これらのサイロに隣接して、多数
の飼料工場が建設された。
言うまでもなく、サイロに隣接する飼料工場は、サイロから直接にコンベヤー
で飼料原料を受け取ることができるから、原料の輸送費(内航船、トラック、貨
車などによる)が掛らない上に、飼料原料の貯蔵設備をもつ必要がなく配合飼料
等のコストが大幅に節減できる。
農林水産省畜産局流通飼料課の「平成10年度配合飼料産業調査結果」によると、
調査に回答した飼料工場152工場のうち109工場(71.7%)が、本船または
内航船の接岸できる臨海地帯に建設されており、そのうち51工場は5万トン以上
の本船接岸可能な埠頭に立地している(表6)。
表6 飼料工場の立地および接岸状況別工場数
資料:農林水産省畜産局流通飼料課「平成10年度配合飼料産業調査結果」
また財団法人農林統計協会の「流通飼料便覧2000」によると、主要港に立地す
る飼料工場の配合・混合飼料の生産量のシエアは、昭和60年度の54.5%から平成
11年度には70.8%に増加しており、この間、内陸部に立地する飼料工場の生産量
のシエアは昭和60年度の18.1%から平成11年度には9.8%に半減している(表7)。
表7 飼料工場の立地別工場数および生産量比率
注1:主要港は5万トン級船舶接岸可能港
2:主要港その他は、釧路、釜石、新潟、豊橋、八代
3:データは、昭和60年度、平成11年度とも年度末におけるもの
資料:財団法人農林統計協会「流通飼料便覧2000」平成13年5月発行
日本の配合・混合飼料流通量の約3割を占める全農の飼料工場について見ても、
全国の飼料工場33工場のうち、臨海工場(内航船接岸を含む)25に対して、内陸
に立地する飼料工場は8工場に過ぎない。
飼料工場の集約化と、内陸から臨海への移動は、昭和60年代に入ってから目立
つようになったが、平成4年から12年までの期間について見ても、飼料工場の閉
鎖および製造中止は、実に38工場にも上っている。(飼料日報社、2000年度配合
飼料便覧による)
おわりに
畜産業(養鶏を含む)は、戦後の日本で最も大きく伸長した産業のひとつであ
る。
国内産食肉(牛肉・豚肉・鶏肉)の生産量(枝肉換算)は、昭和40年の86万ト
ンから平成10年には303万トンへ3.5倍に増えた。また、この間、牛乳生産量は3
27万トンから854万トンへ2.6倍に、鶏卵は133万トンから253万トンへ2倍近く
に増加した。
しかし一方では、この30年余りの間に畜産の各部門共、経営規模の拡大が進み、
生産者戸数は大幅に減少して、12年2月1日現在の統計では、肉用牛、乳用牛、
豚、採卵鶏およびブロイラーの生産者を合わせて、全国の畜産生産者戸数は17万
戸となっている。養鶏部門では特に集約化が著しく、採卵鶏とブロイラーを合わ
せて約8,000戸に過ぎない。
このような畜産の経営規模拡大に対応して、飼料工場の集約化も進み、最多期
(昭和55年)全国に208あった配合飼料工場は、平成11年には147工場に減少し、
また配合飼料企業数も昭和40年のピーク時148社から平成11年には85社に整理さ
れている。
畜産物の生産コストの最大部分を占める飼料コストを節減するために、生産者
と飼料供給者の双方で急速に集約化・合理化が進んだが、その要(カナメ)とな
ったのは飼料穀物コンビナートの整備・増強であったと言ってよい。
配合・混合飼料工場は、効率化を求めて原料に最も近い臨海地域に移動・集中
し、また大規模畜産生産者は飼料穀物コンビナートに近接することによって飼料
(輸送)コストの削減に成功した。
日本は飼料原料の大部分を、主として米国から輸入しているが、考えてみると、
畜産生産者が、飼料穀物コンビナートから50キロメートル以内に立地すれば、そ
れは米国の穀物生産地帯から150キロメートル以内に立地したのと同じことにな
る(米国から日本までの穀物1トン当たりの海上運賃は、国内の陸上運賃のせい
ぜい100キロメートル分にしか相当しないから)。
配合・混合飼料の価格とその陸上運賃とを比較してみると、飼料そのものの価
格に対して、国内の陸上運賃が極めて高い事実に気付くのであり、飼料運搬コス
トの節減こそが畜産経営の要(カナメ)であると言っても過言ではない。
この意味で、飼料原料の輸入から畜産生産者の庭先までを最も効率よく結び付
けることに成功した飼料穀物コンビナートこそ、日本の畜産を支えてきた基盤で
あったと言えるのではないか。
1960年代から今日までの40年間に、日本の港湾に面して建設されてきた多数の
飼料穀物コンビナートに投入された莫大な費用を思うとき、このインフラ投資を
無駄にしないためにも、国内畜産業の発展が望まれて然るべきではないだろうか。
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