★ 事業団から


子牛価格回復の道のり

食肉生産流通部 肉用子牛課




はじめに

 わが国で初めてBSE(牛海綿状脳症)の感染牛が平成13年9月10日に
確認された。直ちに、農林水産省や厚生労働省を始め関係者による緊急的対応
等やと畜場におけるBSE全頭検査等さまざまなBSE関連対策が実施に移されたが、
11月21日に2頭目が、12月2日には3頭目のBSE感染牛が確認され、消費者の牛肉
に対する不安に加え食に対する社会的関心の高まり等の中で1年が経過した。

 肉用子牛価格は平成13年9月に全品種において低落が始まり、「その他の肉
専用種(日本短角種に代表される区分)」を除く品種は、平成13年度第4四半
期の価格で底入れし、また、回復が遅れた「その他の肉専用種」も平成14年4
月には同様に底入れとなった。その後、新たなBSE感染牛の確認や食肉表示を
巡る不祥事も伝えられたが、関係の方々の消費回復への努力もあり、肉用子牛
価格のさらなる低落には結びつかなかった。

 ここでは、今回のBSE問題を契機とした肉用子牛価格の低落と回復の軌跡を
たどってみることとしたい。


牛肉の消費動向について

 BSEの発生は、デフレの進行が進み個人消費が一段と低迷する中で消費者
に対し、牛肉の安全・安心に不安感を与えた。全国の1カ月1人当たりの牛肉の
消費量は、昨年8月には258グラムであったものが、発生後の10月には109グラ
ムと約40%程度まで落ち込み、12月には181グラムまで回復したが、牛肉の偽
装問題の発生は、牛肉市況の低迷に更なる追い打ちをかけるものとなった。そ
の後、BSE全頭検査の実施やトレーサビリティ構築のための全国一斉の全頭耳
標装着への取り組みが進むにつれ、消費に回復の兆しが現れ始め、また一時、
豚肉や鶏肉に代替需要が発生したがそれも頭打ちとなり、本年夏以降、牛肉の
消費量は、BSE発生前の8、9割方まで回復するに至っている。ちなみに、同じ
くBSE発生を経験したヨーロッパでも牛肉消費の9割程度の回復に8カ月かかっ
ている。

表1 食肉の家計消費(全国1人当たり)

資料:総務省「家計調査報告」
 注:贈答用等自家消費以外のものを含む。



牛枝肉卸売価格の推移について

 牛枝肉卸売価格の低下の影響は、肉用子牛の価格に及ぶものであることから、
次に、牛枝肉卸売価格の推移を追ってみることとする。BSE感染牛が確認され
た9月10日の枝肉卸売価格は、1キロ1,158円(去勢牛「B−3」および「B−2」
規格で東京市場と大阪市場の加重平均価格。以下、枝肉卸売価格の定義は同じ。)
と安定上位価格の1キロ1,010円を大きく上回る価格水準であった。その枝肉卸
売価格が1カ月後の10月9日〜11日には、1キロ581円〜734円と9月10日の枝肉卸
売価格に対して、約半値近くまで低落した。その後、10月18日からと畜される
すべての牛についてBSE検査が開始され、BSEに感染していないことが証明され
た安心な牛以外、と畜場から食用としても飼料原料としても出回らない体制が
整備され、下落した枝肉卸売価格の早期回復を図るため、82.7千頭分の国産牛
肉を買い上げ、保管する事業(調整保管事業)等が行われる中で、徐々に枝肉
卸売価格の回復の兆しが見られるようになった。しかしながら、11月下旬、12
月初旬と相次いで2頭目、3頭目のBSE感染牛が確認され、12月10日〜15日の週
には1キロ356円〜481円となり、9月10日の枝肉卸売価格に対して、約1/3水準
まで下落するに至った。年末年始の需要により一時値を上げたものの、平年で
も不需要期に当たる2月はじりじりと値を下げ、3月1日、ついに枝肉卸売価格
は1キロ300円を割り込み、1キロ288円まで落ち込むこととなった。

 しかし、この今だかつてない価格水準を底として、調整保管事業の効果や消
費の回復に向けてのBSEに関する正しい知識の普及や消費回復のための宣伝の
効果も徐々に表れ、枝肉卸売価格は回復のベクトルを描き始めることとなった。
その後、4頭目、5頭目の感染牛が確認されたが、本年9月第1週の枝肉卸売価格
は、1キロ1,050円〜1,142円となり、昨年9月のBSE問題発生以前の水準に手が
届くまでに回復した。

 このように、枝肉卸売価格は1年をかけ一巡の様相を示したが、秋の行楽需
要をうまく取り込み、やがてやってくる最大の需要期である年末を中心とした
冬場に向け、需給バランスの維持が期待されているところである。

◇図1 牛枝肉卸売価格の推移(東京・大阪市場)◇


肉用子牛価格と肉用子牛生産者補給金制度の発動について

 平成13年度の肉用子牛価格は、第3四半期から各品種とも急速かつ大幅な
低落を経験することとなった。すなわち、国内産牛のうちで最も価格が安定し
てきた「黒毛和種」においても第3四半期の価格が保証基準価格水準まで大き
く低落し、第4四半期にはついに保証基準価格を下回った。具体的にいくつか
の代表的な家畜市場における「黒毛和種」の価格の推移は表2に示している。
この結果、「黒毛和種」は、平成6年度に肉用子牛生産者補給金が交付されて
以来、7年ぶりに同補給金の交付を見るに至った。また、「黒毛和種」以外の
品種の価格は、元々、価格水準の低い「乳用種」を始めとして第3四半期から合
理化目標価格をも下回る水準となった。その結果、肉用子牛生産者補給金が、
肉用子牛の制度加入生産者に第3四半期には「黒毛和種」を除き、また第4四半
期には全品種において交付され、その交付金額は第3・4四半期合計で総額264
億円にも及んだ(表2、3参照)。

表2 主要な家畜市場における子牛(黒毛和種)取引状況の推移
岩手県・県経済連中央家畜市場


栃木県・矢板家畜市場


宮崎県・都城地域家畜市場


鹿児島県・曽於郡中央家畜市場


表3 平成13年度の肉用子牛生産者補給金の交付実績
(平成14年 3 月31日現在)


肉用子牛の品種別平均売買価格
◇図2◇ 
◇図3◇ 
◇図4◇ 
◇図5◇ 
注:「肉専用種以外の品種」は、平成12年度以降「乳用種」と「交雑種」に
   分離されたことから連動していない。


肉用牛生産基盤の維持


 今回のBSE問題に対処するため、平成13年度では1,478億円の関連対策事業
が、また、平成14年度においても2,067億円規模(必要額ベース)の予算が確
保され、現在も事業が実施されているところである。いずれの事業も、肉用子
牛価格の回復に、直接的、間接的に影響するものであるが、特に、未曽有の事
態にあって、肉用牛生産基盤を縮小させないことを目的とした事業の実施状況
について報告する。

新マル緊・BSEマル緊

 従来から肉用牛肥育経営安定対策事業(新マル緊)により、肥育経営体が、
生産費のうち、家族労働費を賄えない場合、その費用の8割を補てんすること
としている。今般の事態においては、さらに、新マル緊では対応できない収益
の悪化に対処するためBSE対応肉用牛肥育経営特別対策事業(BSEマル緊)が緊
急的に措置された。これは、全国平均で肥育牛1頭当たりの粗収益が、家族労
働費を除いた生産費(物財費相当)を下回った場合にその差額を毎月補てんす
るものである(表4参照)。これら両事業は、肥育農家の資金繰りの緩和に貢
献し素牛需要の安定化の一因となった(図6)。

子牛生産拡大奨励事業

 本事業は子牛生産の拡大意欲の向上を図るため、肉専用種繁殖雌牛の飼養規
模の拡大または維持をした肉専用種繁殖経営に対し、奨励金を交付する事業で
あるが、今般のBSE発生に伴う特例措置として従前の子牛生産拡大奨励事業の
対象を拡大したものであり、新たな子牛生産計画の提出により年度途中からで
の事業参加を認めるとともに、「拡大」・「維持」した者のほか「縮小」した
者にも、子牛価格が発動基準を下回った場合に、販売または自家保留された子
牛1頭当たり、「拡大」を選択した生産者に交付される奨励金単価が適用され、
奨励金が交付されるものである。「黒毛和種」においても発動となり、平成13
年度第3・4四半期全体で約32億円の奨励金が交付され、肉用牛繁殖基盤の維持
を図る上で有益であったといえる。

 さらに、これら指定助成対象事業のほか、肉用子牛生産者補給金制度におい
ても、生産者が生産者負担金を支払うことに伴う負担をできるだけ緩和するた
め、第3四半期から生産者積立金に係る負担金納付の最大3カ月の延納措置およ
び肉用子牛価格の大幅な低落により、本制度に対する生産者の期待が以前にも
増して高まり、肉用子牛経営の安定のためには早急かつ円滑な補給金の交付が
求められていたことから生産者補給金の交付事務の期間短縮に極力努め、早期
支払いを実施したところである。また、平成14年度は、さらなる子牛価格の大
幅な低下等を踏まえ、四半期毎の生産者補給金の交付では、その時間差に肉用
牛の繁殖経営が耐えられない恐れがあったことから肉用子牛生産安定等特別措
置法施行令が改正され生産者補給金を毎月交付している。これら対策等もあり、
肉用牛農家戸数、飼養頭数は、前年同期と比べて極端な変化はなく、肉用牛生
産基盤は維持できたものと考えている(表5)。これにより、引き続き肥育経
営は維持されるとともに、価格変動はあったものの、その素畜となる肉用子牛
取引頭数は、図7のとおり、13年10月〜12月の一時期を除き、この異常事態に
おいては安定的に推移したといえる。

 肉用子牛価格の回復要因としては、これら対策等を基盤として、血統により
その品質が保証され、おのずとトレーサビリティが確保されている「黒毛和種」
が肉用子牛価格全体の牽引役となったこと。また、枝肉卸売価格が底値の状況
下にあった14年1〜3月の時期にあっても、と畜頭数が前年を上回る程、肥育農
家が出荷に努めたこと等により13年9月以降の滞留分を解消するとともに、出
荷によって空きの出た牛舎に新たな素牛が導入できたため、比較的早い時期に
肉用牛生産の回転を取り戻せたからと考えている。ちなみに図8、9を見ると、
通常は枝肉価格の変動が先行し、その後に子牛価格が追随するような価格変動
の推移が見られている。

表4 肉用牛肥育経営安定対策事業等に係る補てん単価の推移

注:(注)表上、従来から実施されていた肉用牛肥育経営安定対策事業を新
  マル緊といい、新たに実施されたBSE対応肉用牛肥育経営特別対策事業を
  BSEマル緊という。

 今回のBSE問題による価格の下落に際しても、枝肉価格の下落が先行し、子
牛価格が追随しているように見える。

 しかし、価格の回復局面では、これまでの例になく、子牛価格が先行して回
復しだしたと言える。これは、新マル緊・BSEマル緊および子牛補給金制度に
よる支援効果により、緊急時にあっても肥育農家、繁殖農家の活動が維持され
たこともその一因にあると思料される。

◇図6 新マル緊・BSEマル緊◇

表5 肉用牛の飼養動向


◇図7 肉用子牛取引頭数推移◇
◇図8 和牛価格◇
◇図9 乳雄価格◇

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