◎今月の話題


食品の安全の確率のために積極的な発言を

日本生活協同組合連合会 組織推進本部 本部長 石川 廣





 




はじめに

 日本の食品安全行政と社会システムへの信頼が大きく揺らいでいる。一連の偽
装事件も発覚し、食品表示制度のあり方も重要な問題として浮上した。この4月
2日、「BSE問題に関する調査検討委員会」が報告書を発表した。この報告書で
は、「消費者の健康保護の最優先」と「リスク分析の採用」を食品安全行政の基
本原則とすること、新しい独立した「リスク評価」と「リスクコミュニケーショ
ン」を分担する行政機関の設置と新しい食品安全に関する包括的な法制度、食品
衛生法などの関連法制の抜本見直し、などを含む積極的な提言を行った。この報
告を受けて国は、新行政組織や法律制定等について、この夏までに大枠の結論を
出す予定とされる。その結論は、消費者が求めてきた今日的な食品安全確保のた
めの社会システムが実現するか否かのみでなく、日本の農業・食品産業が国際化
の中で消費者の支持を受けて力強く発展するか否かをも左右することとなる。


今日の食品安全をめぐる問題

 今日の食品安全問題の特徴は、食中毒や添加物、残留農薬などの問題に加えて、
ダイオキシンや環境ホルモン、遺伝子組み換え食品、BSE、再興・新興感染症
の問題などのように大きな広がりを持ってきていることである。これまでのよう
に清潔・衛生の観点からのみでは対応できない。また、事故が大規模化し、しか
も世界同時多発的に発生する事態が増加している。問題をシロかクロかでは判断
できず、高度な科学的知見に裏打ちされたリスクの評価と管理が求められている
こと、情報化の進展もあいまって消費者の選択の影響が極めて大きくなっており、
食品消費の当事者である消費者への情報開示や参加が不可欠となっていることな
ども大きな特徴である。BSE発生以降の牛肉消費の低迷は、消費者への情報提供・
開示の立ち後れが大きな要因である。日本では、こうした今日的な食品の安全確
保のテーマへの対応が大きく立ち後れてきた。


欧米の食品安全行政の転換

 欧米ではこの間、行政機関の再編も含めて今日の食品安全問題に対応するため
の政策転換が行われてきた。日本では認知が不十分な「リスク分析」手法の導入
は既に常識となっている。

 EUでは、平成9年に「食品法の一般的原則に関する緑書」が発表され、12年1月
には「食品安全白書」が公表された。白書はその中で、「消費者の健康保護の最
優先」を位置付け、「EUの食品政策は、消費者の健康を保護・促進する高い食品
の安全性基準をめぐって作られねばならない」としている。EU委員会におけるこ
の認識は、国際化時代におけるEU域内の農業・食品産業の強化という戦略をも背
景にしている。白書はその冒頭で、EU域内における農業・食品産業セクターの経
済的重要性を指摘し、「この重要性故に、行政や生産者が食品の安全性を第一に
重要に扱わねばならない」としているのである。こうした認識の下に、リスク評
価とリスクコミュニケーションを分担し強化するための独立した新たな行政組織
として食品安全庁の設置(この夏に正式発足が予定されている)を提言した。

 米国では、7年に食品品質保護法が制定され、各行政機関の連携も含めた今日
的な食品安全システムの構築が開始されてきた。リスク評価や管理を強化するだ
けでなく、情報公開やリスクコミュニケーションも一段と強化してきた。HACCP
についても、農務省、食品医薬品局によって事業者に対する導入義務を段階的に
進めてきている。食肉事業者に対しては、大企業については10年から、従業員10
人未満の小規模事業者に対しても12年から義務化を行ってきた。


日本の食品安全行政の現状

 さて、日本の食品安全行政はどのようなものであろうか。厚生労働省が管轄す
る日本の食品安全行政の中心的法律というべき食品衛生法は、「衛生」規制が中
心である。法の目的に消費者の健康の確保などは無い。また、行政の裁量権のみ
を定めていて行政の責務規定はない。法の理念・体系がこのようなものであれば、
国内のBSE発生の経過で見られたように、行政の危機意識は希薄なものとならざ
るをえず、消費者の健康保護の観点から他省庁に対して意見を述べたりけん制す
るなどの行動は期待できない。残留農薬や動物用医薬品、飼料添加物等の規制も
立ち遅れている。農林水産省は産業の振興とリスクの評価・管理の機能を混然一
体として持っており、結果として生産者にも深刻な事態をもたらした。


生産者も食品安全の確立のために積極的な発言を

 「BSE問題調査検討委員会」の提言は、消費者として積極的に支持できるもの
であるが、今後の国の施策に確実に反映されるであろうか。

 食品摂取の当事者である消費者の健康をないがしろにした食品安全行政が、生
産者に取り返しのつかない結果をもたらすことは今回のBSE問題の大きな教訓と
言える。農畜産に携わる関係者が、消費者の願いをくみ取り、協同する立場で、
今後の食品安全行政のあり方にどのような声をあげるのかによって、今後の日本
の農業・食品産業の発展の成否もまた占えると思えるのである。

いしかわ ひろし

昭和47年 早稲田大学政治経済学部卒業、同年 日本生活協同組合連合会 入協、
平成8年 政策企画部部長、10年 農政審議会専門委員就任、
12年 組織推進本部本部長
現在に至る。

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