◎調査・報告


平成14年度畜産物需給関係学術研究情報収集推進事業から

食肉の有する潜在的な疾病予防作用を探る

北里大学 獣医畜産学部 食品機能・安全学研究室 助教授 有原 圭三


はじめに

 食品の科学的な評価は、古くから基本的にその栄養特性により行われてきた。そ
の後、嗜好性や保健的機能性も食品の重要な評価要因となるに至り、それぞれ、一
次機能、二次機能、三次機能と称されるようになった(表1)。近年、特に食品の
保健的機能(三次機能)に対する関心が高まり、多くの研究が行われるとともに、
その成果を生かした食品が次々と登場している。三次機能を備えた食品を、今日で
は”機能性食品”と呼んでいる。

 三次機能を有する食品の摂取により、われわれの体内の生理系(例えば、免疫系、
内分泌系、神経系、循環系、消化系)が影響を受け、疾病の予防等が期待できる。
食品に期待できる具体的な三次機能として、ガン予防作用、免疫賦活化作用、抗酸
化作用、抗老化作用などが、これまでに盛んに研究されてきた。食品由来の機能性
成分として研究されてきたものには植物由来のものが多く、ファイトケミカルと呼
ばれる数多くの物質が見出されている。ファイトケミカルの代表的なものとして、
緑黄色野菜のβ-カロチン、大豆のイソフラボン、ブルーベリーのアントシアニン
などがあり、既に機能性食品やサプリメントなどにも利用されている。


 畜産食品では、牛乳・乳製品の分野で機能性成分の研究や機能性食品の開発が盛
んに行われてきた。牛乳由来の生理活性成分として幅広く検討されてきたものとし
て、牛乳タンパク質の分解により生成する生理活性ペプチドが挙げられる(表2)。

 このようなペプチドの生理機能を利用した製品も既に市場に登場しており、血圧
降下ペプチド(ラクトトリペプチド)を含む酸乳や、カルシウム吸収促進ペプチド
(カゼインホスホペプチド)を含む清涼飲料などが挙げられる(図1)。これらの製
品の中には厚生労働省から特定保健用食品の標示許可を得ているものも少なくない。
特定保健用食品は、法的なお墨付きを得た機能性食品といってよいものであるが、
今日までに300製品以上が許可を得ている。特に乳製品ではその数が多く、その中で
もいわゆるプロバイオティック乳酸菌を利用したはっ酵乳(図2)が各社から登場し
ているのが目立つ。
図1 牛乳由来の生理活性ペプチドを利用した食品の例


図2 プロバイオティック乳酸菌を利用した発酵乳製品の例

 一方、同じ畜産食品の範疇に入る食肉製品では、残念ながら乳製品ほど機能性食
品に関する研究・開発がこれまで盛んではなく、特定保健用食品も多くはない。現
在、特定保健用食品として許可されている食肉製品は、表3に示した8種のみである
(一部を図3)。いずれも食物繊維あるいは大豆タンパク質を原料に添加したもので
あり、食肉製品ならではの機能性食品とは言えないものである。今後、食肉製品な
らではの機能性食品を開発することが、食肉(食品)業界にとって重要な課題であ
り、そのような食品が選択範囲に入るようになることは消費者にとっても有益なこ
とと思える。


 食肉を原料とする機能性食品の開発が遅れているだけではなく、食肉科学領域に
おいては、これまで保健的な機能性に関する基礎的研究が極めて少なく、情報の蓄
積が乏しいことも大きな問題である。しかし、近年、ようやく食肉科学領域におい
ても、機能性に関する研究が活発化する兆しが感じられ、今後の展開が期待できる
状況になりつつある。本稿では、食肉の保健的な機能性、特に疾病予防作用につい
て注目し、筆者らが手掛けてきた研究成果を交えて解説する。

図3 食肉製品における特定保健用食品の例

食肉中の主な保健的機能性成分

 食肉はタンパク質、ビタミン、ミネラルなどを豊富に含み、栄養豊かな食品と
言える。また、主要成分以外にも保健的機能を有する物質が見つけ出されている。
そのようなものとして、カルノシン、アンセリン、L−カルニチン、共役リノール
酸、グルタチオン、タウリン、クレアチンなどを挙げることができる。特に図4に
示した4種の成分は、食肉の保健的機能性成分として比較的よく研究されているも
のである。


 カルノシン(図4a)やアンセリン(図4b)といった構造中にヒスチジンを持つ
ジペプチドは、骨格筋(食肉)に多く存在する抗酸化物質である。抗酸化物質は、
活性酸素による生体へのダメージを軽減することから、食品成分としても注目度
が高いものである。カルノシンは哺乳類の筋肉に多く、牛骨格筋では150mg/100g
程度含まれている。一方、アンセリンは鳥類の筋肉に多く、鶏骨格筋では980mg/
100g程度含まれている。カルノシンやアンセリンは、創傷治癒の促進作用や各種
ストレス性疾患に対する予防作用が報告されている。


 L−カルニチン(図4c)は、生体内において脂肪を燃焼させるのに欠かせない物
質である。食肉には比較的多く含まれ、特に牛肉には多い(130mg/100g程度)。
L−カルニチンは脂肪酸の分解を促進することにより、中性脂肪の蓄積を抑制し、
脂肪肝の生成を予防するのに役立つとされている。また、スタミナ維持や疲労回
復にも効果があるため、スポーツ飲料の素材としても利用されている。欧米では、
L−カルニチンを含むダイエット用サプリメントも市販されている。


 共役リノール酸(図4d)は、リノール酸の幾何異性体であり、反芻動物の脂肪に
多く含まれる。反芻胃に棲息する微生物は、リノール酸を共役リノール酸に変換し、
生成された共役リノール酸は乳房や筋肉に移行する。このため、牛乳や牛肉は最も
共役リノール酸を多く含む食品となっている。共役リノール酸は、抗ガン作用を持
つことで注目され、多くの研究が行われた。また、興味深いことに、加熱処理によ
り牛肉中の共役リノール酸含量は増えることも示されている。このことは、加熱に
より食品中に変異原物質を生成する場合があることと併せて考えると、重要なこと
であろう。抗ガン作用以外にも、抗動脈硬化作用、抗酸化作用、免疫賦活作用など
が報告されており、食肉由来の生理活性成分として最も注目されているものの1つ
と言っても過言ではない。


 ここで取り上げた食肉由来の成分は既にサプリメント等に利用されているものも
あり、今後、加工食品にも利用されていく可能性が大きいものである。また、食肉
そのものにもかなりの量が含まれているので、これまで一般の消費者には知られて
いなかった食肉の持つ保健的な付加価値をPRすることにより、消費者が食肉を安心
して積極的に摂取する判断材料の1つともなり得るものであろう。

食肉成分の糖尿病性白内障予防効果

 筆者らは、食肉にはまだ知られざる保健的作用が隠されているのではないかと考
え、検討を行ってきた。その結果、いくつかの興味深い知見を得ることができたの
で、ここで紹介する。


 糖尿病はわが国でも多くの患者がいる重要な生活習慣病である。この疾病は多く
の合併症を伴うことも知られており、これが治療をさらに困難なものとしている。
糖尿病の合併症として重要なものの1つとして糖尿病性白内障が挙げられる。糖尿
病患者では、水晶体内に過量に輸送されたグルコースがアルドース還元酵素により
ソルビトールに変換され、ソルビトールの過剰蓄積が起こる。これが水晶体中のカ
ルシウム濃度を上昇させ、カルシウム依存性タンパク質分解酵素であるカルパイン
を活性化させる。この酵素により水晶体タンパク質(クリスタリン)が分解され、
白内障が発症する(図5)。健康な状態では、ソルビトールはソルビトール脱水素
酵素によってフルクトースに代謝されるので、ソルビトールの細胞内での急激な蓄
積は起こらない。実験的に白内障を発症させるのによく用いられているのが、動物
にガラクトースを連続投与する方法である。ガラクトースはグルコースよりもアル
ドース還元酵素との親和性が強く、ガラクチトール(ソルビトールと同様の性質を
有するポリオール)の生成はソルビトールの生成より速やかに進行する。さらに、
ガラクチトールは、ソルビトールのように代謝する酵素(ソルビトール脱水素酵素
の類)が存在しないため、急激な蓄積をもたらす。ガラクトースの摂取を続けるこ
とにより、ラットは糖尿病性白内障を発症し、図6に示したように眼球の白濁が肉
眼的に観察される。
図5 糖尿病性白内障の発症メカニズム


図6 ガラクトース摂取による白内障(ラット眼球の濁度変化)

 糖尿病患者のように高血糖状態では、活性酸素あるいはフリーラジカルの生体内
での生成が亢進し、グリセロアルデヒド三リン酸脱水素酵素の低下が起こる。これ
がポリオール代謝系(アルドース還元酵素)の代謝を亢進し、ソルビトールの過剰
蓄積を招くと言われている。このため、ビタミンEなどの抗酸化物質が、白内障の
予防・治療のための点眼薬として検討されている。このようなことから、抗酸化物
質を含む食品の摂取により、白内障を予防できることも期待できる。食肉中にもカ
ルノシンやグルタチオンといった抗酸化活性を有する物質が存在することが明らか
にされている。そこでこのような低分子成分を含む食肉抽出液を、ガラクトースと
共にラットに摂取させた場合の効果を検討した。その結果、表4に示すように、牛
肉抽出液をガラクトースと同時に与えられた群は、ガラクトースのみを与えられた
群よりも白内障の発症が遅延された。また、この時、それぞれのラットの水晶体タ
ンパク質を調べた結果、牛肉抽出液の投与により水晶体タンパク質の分解が抑制さ
れていることが明らかにされた。また、ガラクトースの投与により水晶体のカルシ
ウム濃度が上昇するが、牛肉抽出液の投与によりこれが抑えられることも示された。
これらのことより、牛肉抽出液中には白内障の発症を遅延させる何らかの成分が存
在するものと考えられた。さらに、このような成分として有力と考えられる抗酸化
物質であるカルノシンを用いて、同様に白内障予防効果を調べた。その結果、カル
ノシンにも牛肉抽出液と同様の遅延効果が認められた。従って、牛肉抽出液の示す
白内障発症遅延作用の一部に、カルノシンなどの抗酸化物質の働きが関与している
ことが強く示唆された。

 糖尿病合併症として重要視されている白内障の予防に注目して検討した結果、食
肉成分摂取の白内障予防作用が明らかにされ、酸化的ストレスに起因する糖尿病性
白内障のような疾病の予防に食肉成分を含む素材が利用価値の高いものであること
が推測された。抗酸化物質の経口投与が白内障の予防に役立つことは、これまでに
も報告されているが、食品由来の抗酸化物質としては香辛料として用いられる植物
であるターメリックから精製されたクルクミンなど、特殊なものに限られており、
通常の食生活において頻繁に摂取される食肉においてこのような作用が見出された
意義は大きい。白内障の発症が食生活と密接な関わりがあることは、疫学調査の結
果が示しているが、食肉の摂取は、白内障の発症と負の相関関係があることが報告
されており、今回の実験結果はこれを裏付けるものとも言えよう。

食肉成分のDNA損傷予防効果

 さまざまな変異原や酸化ストレスによるDNAの損傷は、発ガンに至る最初のステ
ップと考えられる。これまでに筆者らは、食肉抽出液あるいはカルノシンやグルタ
チオンなどの食肉成分に、DNAの損傷を予防する効果があることを示した。ここで
は、喫煙(タバコ主流煙)をDNA損傷要因(ストレス因子)として用い、牛・豚・
鶏肉より調製した抽出液の投与が喫煙によるDNAの損傷を予防できるかを検討した
結果を示す。


 牛・豚・鶏のいずれかの食肉抽出液をマウスに7日間投与した場合、喫煙による
DNA損傷が予防できるかを検討した結果が図7に示したグラフである。喫煙前に食
肉ホモジネイトを予め摂取(経口投与)することにより、肺においてDNAの損傷が
予防できることが示された(肝臓でも同様の結果)。このような実験結果から、
いずれの食肉ホモジネイト中にも、何らかのDNA損傷予防効果を持つ成分が含まれ
ていることが推定された。


 多くの疫学調査では、ガンの寄与危険因子として喫煙と食事内容が上位にランク
され、ガン予防上、これらの因子は最重視すべきものであることは疑いがない。従
来は、喫煙による発ガンは、タバコの煙の中に含まれている多くの変異原物質の体
内への取り込みによるものと考えられていた。しかし、今日では、変異原物質より
も、活性酸素がより危険な因子であることが定説化している。喫煙により、肺や肝
臓など多くの臓器の細胞DNAに損傷が生じることが明らかにされており、これが発
ガンのイニシエーションに密接な関わりがあるとされている。喫煙によるこのよう
な臓器DNAの損傷は、タバコの煙中の過酸化酸素や、喫煙により新たに体内で生成
する活性酸素による酸化的ストレスに大きく起因すると考えられるようになってき
ている。このようなDNAの損傷が、抗酸化ビタミン(ビタミンCやビタミンE)をあ
らかじめ経口投与することにより予防できることが示されている。これは、喫煙に
より体内にもたらされたり、新たに生成する活性酸素の作用が、抗酸化物質により
軽減されるためと考えられる。今回の検討ではDNA損傷因子としてタバコ主流煙を
利用したが、酸化ストレスに起因する多くの疾病予防に対して食肉成分の摂取が効
果的であることが期待できる。また、食肉を原料とする新しい機能性食品素材やこ
れを利用した機能性食品の開発につなげていくことも考えられる。
図7 各種食肉抽出液の肺DNA損傷予防効果

食肉タンパク質からの生理活性ペプチドの生成

 食肉タンパク質は、熟成過程中にペプチドやアミノ酸に分解されていくことが知
られている(図8)。これにより食肉の嗜好性が向上するが、同時にさまざまな生
理活性ペプチドが生成することも期待できる。これまで、筆者らは食肉タンパク質
を酵素や微生物により分解させると、血圧降下ペプチドなどの生理活性ペプチドが
生成することを明らかにした。このような生理活性ペプチドは、食肉や食肉製品の
熟成過程においても生成することが十分に考えられるが、このような観点からの検
討はこれまで行われていなかった。
図8 食肉タンパク質の分解メカニズム

 牛肉を貯蔵した場合、0℃付近の低温であっても、貯蔵中にタンパク質の分解と
それに伴う形でアミノ酸やペプチドの生成が進行し、このとき血圧降下ペプチドを
始めとする生理活性ペプチドも徐々に蓄積していくことが、筆者らの実験により示
された。これは、食肉の熟成は、嗜好性を高めるだけではなく、保健的な機能性を
も高めていることを示唆する事実である。


 このような生理活性ペプチドの生成は、ヒトが食肉を摂取したときに、食肉タン
パク質が消化管内で分解される場合にも起こり得るものである。そこで、代表的な
食肉タンパク質であるミオシンに消化酵素を作用させた場合の血圧降下ペプチドの
生成を調べたところ、いずれの消化管由来のタンパク質分解酵素(ペプシン、キモ
トリプシン、トリプシン)を用いた場合でも、比較的高いレベルでの生成が認めら
れた。従って、食肉(未分解の食肉タンパク質)の摂取も、体内における生理活性
ペプチドの生成による何らかの保健的作用をもたらすことが十分に考えられる。食
品タンパク質由来の生理活性ペプチドには多くのものが報告されている(表2)こ
とから、今後、食肉由来の生理活性ペプチドについてもさまざまな角度から研究が
行われることを期待したい。

おわりに

 本稿で紹介したように、食肉にはこれまでに知られていなかったさまざまな潜在
的な保健的機能性が存在する。しかし、食肉の有するこのような保健的機能は、ご
く一部が示されたに過ぎず、今後、さらに多くの事実が明らかにされていくことで
あろう。食肉は栄養豊かな食品として古くから認識されてきた一方で、さしたる根
拠がないままに生活習慣病を招く食品との誤解も根強く持たれている。食肉はその
美味しさも災いし、「良薬、口に苦し」の感覚が深く浸透しているわが国では、健
康のためには食肉の摂取を極力控えた方が良いと強く信じている人々が少なからず
いることは残念な限りである。近年、ようやく徐々にではあるが、食肉摂取の健康
に対するプラス面に注目した研究が世界的に増えつつある。今後、食肉の摂取と健
康の関係を、科学的なアプローチによりさらに解明し、客観的事実を消費者に伝え
ることがわれわれ食肉科学に携わる研究者の重要な責務と考えている。


参考文献 ─────────────────

有原圭三 (1998a) : 乳・肉・卵製品の機能性食品としての展開 (1) 
 −畜産食品領域における特定保健用食品−.  畜産の研究 52:459-465.
 
有原圭三 (1998b) : 乳・肉・卵製品の機能性食品としての展開 (2)
 −機能性畜産食品の現状と展望−.  畜産の研究 52:575-584.

有原圭三 (2001a) : 乳・肉・卵を原料とする機能性食品の開発動向.  
 畜産コンサルタント 37:10-16.

有原圭三 (2001b) : 微生物を利用した新しいタイプの食肉製品の開発.  
 畜産の情報 140:18-26.

有原圭三 (2002b) : 微生物や酵素を利用した保健的な付加価値の高い食肉製品
の開発.  畜産の情報 155:24-28.

元のページに戻る