◎今月の話題


 

畜産認証制度を作るには

東京大学大学院 農学生命科学研究科 助教授 中嶋 康博





 昨年11月にオランダの安全・品質認証制度を現地で調べる機会を得た。国
の事情の違いはあるだろうが、わが国のトレーサビリティや認証制度を考える
一助になると思い、ここでその内容を紹介させていただくことにした。


オランダの取り組み

 名称はIKB(Integrale Keten Beheersing)(直訳すると統合連鎖型統治)と
いい、全国組織である「畜産・食肉・鶏卵生産協議会PVE(Productschappen 
Vee, Vlees en Eieren)」がこの制度を運営している。家畜の識別登録を必須
とし、飼養管理(飼料、薬剤、診療、衛生、動物福祉)、と畜衛生、輸送体制
に関する基準を設けていて、ISO(International Orgorization for Standard
ization)(国際標準化機構)の適合性評価をベースとした認証を行っている。

 認証を受けた製品には「IKBラベル」を貼付することができる。PVEが行った
アンケートによれば、消費者のIKBプログラムに対する満足度は非常に高く、
特に安全性と品質保証の面で消費者のイメージを大きく改善したという。

 PVEでの聞き取りによれば、IKBの特色として次の7点が重要であるという。
・全国的な認証制度であること、・自主的参加を基本としていること、・畜産
業発展のためのインフラとなっていること、・新しい品質管理の概念を採用し
ていること、・垂直的な統合管理を前提にしていること、・トレーサビリティ
を確立していること、そして・独立した審査と制裁制度を持っていることであ
る。

 IKBは目覚ましく普及した。2002年i7i月現在、生産ベースで見た参加率は、
豚80%、牛95%、子牛100%、七面鳥95%、肉鶏95%、採卵鶏90%である。


普及の背景

 これほどまでにIKBが普及していった理由の1つは、戦略的な品質・安全
対策の必要性が関係者に強く意識されていたからである。オランダの畜産業は
輸出志向型の産業であり、例えば豚肉生産量のi6i割以上はEUを中心とした輸
出に向けられる。ところが90年代にダイオキシン、BSE、サルモネラ、O-157な
ど、畜産物を中心に新たな危害が次々に発生し続け、EU全域に食の安全への不
信感が拡がっていった。信頼を回復するためには、安全な製品をつくることが
まず大事だが、そのことをどのようにすれば消費者へ確実に伝えられるのかも
重要な課題となったのである。

 筆者は調査当初、オランダが小さな国であることがIKBの普及に幸いしたの
ではないかと思っていたが、実は養豚、肉用牛の規模はわが国とそれほど違い
がない。飼養頭数は豚130万頭、成牛250万頭で同じような水準、経営体数は養
豚部門が1.3万経営体で同程度、ただし肉用牛部門は4.3万経営体で半分ほどで
ある。ちなみに、IKB規格は豚部門でまず初めにつくられたのだが、現時点で
は豚の参加率が最も低い。養豚業は規模が小さく独立経営が中心だからだとも
いう。参加率100%の子牛肉部門は最も規模拡大が進み、経営体数はわずか3,0
00強、すべてと畜業者によるインテグレーション経営である。

 このプログラムを推進するPVEは、産業団体法に基づいて設立された非政府
組織であり、と畜・輸出・飼養頭羽数などをベースにした課徴金収入を財源の
基礎としている。直接の会員は畜産関連の業界団体であり、川上から川下まで
畜産物のフードチェーン全部をカバーする。これら関連団体を通じて、すべて
の農業経営体、家畜取引商、と畜業者、食肉加工業者、GPセンター、スーパー、
食肉店が間接的にPVEへ参加していることになる。政府から受け取る収入もあ
るが、それはEU政策等の代行業務への報酬であって補助金ではないという。


対話が必要

 IKBは、畜産業界の自主的な取り組みとして進められてきた。成功の秘訣は、
川上から川下までカバーするPVE組織の特徴を有効に利用したことにある。PV
Eは、IKBプログラムの企画開発と改良、そして参加促進のためのプラットフォ
ームを提供してきた。

 ダイオキシン汚染、肉骨粉混入、成長ホルモン使用への消費者の強い懸念か
ら、飼料や薬剤はIKBプログラムにとって重要な管理項目となった。そのため、
PVEの会員ではない飼料会社や獣医師団体とも密な連携をとっている。そうい
った取り組みもすべて民間ベースで進められたことは興味深い。農業省を含め
て関係者へのインタビューで確認してみたが、政府はプログラムに特段の関与
をしていないという。

 振り返ってみると、わが国にこのような畜種横断的で、かつタテ方向の対話
ができる民間主導の「場」はないのである。近々本格スタートする牛肉のトレ
ーサビリティでも、これまでと同じように、制度を構築するための協議の場は
政府によって設定された。例えば、農畜産業振興事業団が音頭をとって、畜産
フードチェーンを統合する関連業界コンソーシアムを結成することはできない
ことだろうか。

 牛肉消費も価格も回復したが、BSE危機は過ぎ去ったわけではない。ヨーロ
ッパでは96年のBSE危機の後、2000年に深刻な危機が再び起こった。

 食の信頼を回復するため、システムを根本から見直すことは、畜産関係者に
とって待ったなしの課題である。フードチェーンを意識した生産・流通システ
ムの真の改革が不可欠だが、そのためには、業種を越えて積極的に情報と知恵
を出し合う必要があることを最後に強調しておきたい。

なかしま やすひろ

専門分野:農業経済学、フードシステム論
平成2年東京大学農学部助手、8年東京大学大学院農学生命科学研究科助教授。
著書に「フードシステム学の理論と体系」(農林統計協会、共著)など

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