★ 農林水産省から


鶏肉のトレーサビリティ実証試験について

総合食料局 消費生活課 宇佐美 朋之




はじめに

 昨年9月から日本でも発生したBSE問題や、牛肉の偽装事件、無登録農薬
の販売および使用など、食品の安全性や品質に対する消費者の不信感がこれま
でになく高まっている。

 このような中で、生産・製造、流通の各段階での食品の安全性確保対策の充
実・強化が早急に求められており、生産者と消費者の顔の見える関係を構築し、
食の安全・安心を確保するため、消費者が自ら食品の生産方法等の情報を引き
出すことにより、安心して食品を購入でき、また、万一食品事故が発生した場
合にその原因究明を容易にする食品の履歴情報遡及システム、いわゆるトレー
サビリティシステムが注目されている。


トレーサビリティとは

 トレーサビリティは、英語のトレース(Trace:足跡を追う)とアビリティ
(Ability:できること)を合わせた言葉で「追跡可能性」と訳されている。

 トレーサビリティは、もともとは工業製品等の出所や原材料等の履歴、所在
等を追跡する能力として、民間の自主的な品質管理規格であるISO8402に、そ
の後ISO9000に「考慮の対象となっているものの履歴、適用又は所在を追跡で
きること。」と定義づけられており、これは対象物がいかなる経過をたどって
どのように実行され、どこに所在するか検索できる能力という意味である。一
方、食品のトレーサビリティについては、その定義、導入目的や適用範囲につ
いて、現在、コーデックス委員会等において作業中であり、国際的に合意を得
たものは未だ存在していない。

 このような状況を踏まえ、トレーサビリティとは

 「生産・加工・流通等のフードチェーンの各段階で食品とその情報を追跡で
きるようにすること」であり、

@ 食品の安全性に関して予期せぬ問題が生じた際の原因究明や、製品の追跡
 ・回収を容易にするとともに、

A 「食卓から農場まで」の過程を明らかにすることで、食品の安全性や品質、
 表示に対する消費者の信頼確保に資するものである。


トレーサビリティの取り組みについて

 農林水産省では、平成13年度から、トレーサビリティシステムの開発実証
試験を行っているところであり、14年度においては、青果物、米、鶏肉、養殖
水産物等7課題が採択され、現在それぞれの実施団体が、食品の特性に応じた
開発・実証試験に取り組んでおります。特に、昨今の偽装表示問題等により消
費者の食品に対する信頼が揺らいでいる中で、システムの信頼性を確保するた
めにも、第三者による検査(認証)や、偽装やデータ改ざん等を防止できるシ
ステムを踏まえたトレーサビリティシステムの実証試験を行うこととしている。
本実証試験で得られた成果や課題を整理した上で、食品のトレーサビリティ導
入の指針となるべきガイドラインを策定することとしている。

 また、9月下旬から10月にかけてトレーサビリティの概念や推進方策、先
進事例の報告等トレーサビリティに対する理解を得るため、北海道から沖縄ま
で9ブロックにおいてトレーサビリティ地域セミナーを開催した。

 同セミナーの会場アンケートにおいても、食の信頼を得るため、早急に普及
開発に努めるべき(43%)、品目に限定して普及開発に努めるべき(48%)と
9割の方が、導入を進めるべきであると回答している。

 一方、コスト負担のあり方や、入力情報項目の標準化、各段階における負担
が大きい等システム導入の課題も挙げられている。


鶏肉およびその加工品のトレーサビリティシステムの開発

 現在、食品産業においても失われてしまった消費者との信頼関係を再び取り
戻すことが最大の課題である。その信頼回復の取り組みの中でも「食卓から農
場まで顔の見える関係の構築」や「問題が生じた時、適切かつ迅速に対処がで
きるシステムの構築」が重要となっている。

 財団法人日本冷凍食品検査協会は、農林水産省の安全・安心情報提供高度化
事業の実施主体とし、「鶏肉およびその加工品のトレーサビリティシステムの
開発」に取り組んでいる。

 このトレーサビリティシステムの開発は、9月より実証試験に入っており、
その概要を紹介する(以下、財団法人日本冷凍食品検査協会資料抜粋)。

システム開発のポイント

中小企業でも対応可能なシステム

 開発されたシステムは、食品産業において広く普及されることが重要となる
が、そのためには、食品産業の98%を占める中小企業でも導入可能なシステム
であることが要求される。具体的には、ハードおよびソフトの両面においてロ
ーコストであること、また、コンピュータの専門家がいなくても対応できる操
作や、メンテナンスが簡単であることが重要である。

検証によるシステムの信頼性と安心の確保

 開発されたトレーサビリティシステムは、そのシステムが確実に機能するこ
との信頼性が重要となる。「安全」は科学的に証明できても、「安心」は消費
者の主観によるため「安全=安心」とはならない。そこで、この安心を得るた
め、第三者が消費者に代わってシステムの有効性を確認、監視することにより
可能となる。

 本システムでは、原材料、製造過程、流通過程の情報のみでなく、この第三
者監査の実施を必須とし、その情報についてもデータベースに取り込んでいる。

消費者へのリアルタイムな情報提供 

 消費者へは、「安全・安心」に係わる必要な情報が、必要とするとき速やか
に提供されなければならない。本システムでは、消費者が必要とする情報をホ
ームページ上、若しくは店頭に設置されたモニターでリアルタイムに得ること
ができる。

システムの概要

識別コードの使用

 原材料、仕掛品、製品などの各段階における識別は、生産者(養鶏農家)よ
り処理場に鶏が搬入される時点でメインコードが付けられる。このメインコー
ドは、商品が消費者の手に渡るまで同じコードとなる。

 処理場や加工場などの各段階で、複数の事業所に分かれることになるが、こ
の分岐を識別してトレースするために、サブコードが付けられる。識別コード
は、数字とアルファベットの組み合わせで構成されることになる。

 識別に先端的技術である2次元バーコードやICチップを使用しなかったのは、
前述のようにコストと設備投資(バーコードリーダーなど)を考慮したためで
ある。

情報の入力

 各段階における情報の入力は、安価で操作が簡単なPDA(携帯端末)で行
うことにした。PDAを有効につかうために、入力する情報は、重要な情報に絞
り込み、何でもデータベースに入れると言うことを避けた。

 しかしながら、処理場での一部の情報は、情報量からPDAで対応することが
困難なため、汎用型のパソコンで入力することとした。また、いったん入力さ
れたデータは、システム管理者(サーバ管理ユーザー)でなければ修正ができ
ず、不正防止対策としている。

識別コードラベルの貼付

 識別コードは、汎用性ラバーラーにて印字され、それぞれの段階で該当する
商品に貼付される。識別コードのラベルが、根付けラベルと兼用できるかは、
ラベラーの機種およびラベルのサイズによるが、個包装の段階では、別ラベル
となっている。

プログラムのメンテナンス

 品名、規格、製造基準などの変更については、プログラムのメンテナンスを
必要とするが、システム管理者がWeb通信によって変更を実施し、各段階での変
更はできないようになっている。

検証の実施と入力

 システムが適切に運用、管理されているかを第三者が監査し、その結果につ
いては、リアルタイムで監査者よりデータベースに入力される。

情報の公開

 消費者が必要とする情報について、データベースから情報公開する。具体的
には、インターネットで検索する方法と店頭のモニターで情報提供する。

システム構築上での課題

検証の方法

 システム運営の検証として第三者監査を実施するが、具体的な監査の方法を
どこまで掘り下げればシステムの保証が担保されるか今後の検討を要する。

コスト

 システムの導入時における設備投資やソフトの開発経費、およびシステムの
ランニングコストについて誰が負担するかは、トレーサビリティを普及させる
ための大きな課題となる。受益者負担ということが原則だろうが、当面、経費
の吸収に耐えられる差別化された高付加価値商品を対象とせざるをえない。

これからの課題

 消費者への情報公開をインターネットのホームページ上もしくは、店頭のモ
ニターで行うこととするが、その情報公開の範囲については、どこまでが必要
であるかに関し、リスクコミュニケーションも考慮のうえ、検討される必要が
ある。


おわりに

 トレーサビリティシステムの推進に当たっては、コストの問題や第三者監査
システムのあり方、情報開示と個人情報の保護等多くの問題があるが、消費者
の食品に対する安心と信頼の確保、食品の安全性の確保を図る上で、生産から
消費までの情報を管理し、追跡できるトレーサビリティシステムの確立は、今
後の農政の重要な課題であり、平成15年度の実施・導入に向けてその開発・普
及を積極的に推進していくこととしている。
システム概念図 「鶏肉」の例

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