◎専門調査レポート


牛肉トレーサビリティ・システムにおける情報流通と今後の課題

九州大学大学院 農学研究院 教授 甲斐 諭

 

 




課題と方法

 BSE発生や偽装表示問題発覚以降の消費者の牛肉購買行動は、図−1のように
理解される。一般に、需要は価格と数量で決まると思われ易いが、それ以外に
所得や消費者の選好が大きく影響する。さらに、所得には現下の「不況」が悪
影響を及ぼし、選好にはマスコミ等による「狂牛病報道」による安全性への
「不安」、偽装表示問題による食に対する「不信」が、牛肉に対する需要を減
退させていた。

 不況、不安、不信の3つの嵐は消費者の購買意欲を減退させたので、図−1の
ように需要曲線を左側にシフトさせた。その結果、供給量は同じであっても価
格が暴落することになった。事実、牛肉の価格は一時期、BSE発生前の約3分の
1まで下落していた。

 消費者の国産牛肉に対する不信と不安を払拭する一つの方策がトレーサビリ
ティである。それに加えて2001年10月17日以前のBSE未検査牛肉の買取り・焼
却処分政策(一括してここでは市場隔離政策と呼ぶ)の展開により、消費者は
国産牛肉を安心して購入できるようになり、需要曲線は右側にシフトしている。
後は、不況の嵐が回復し、景気が好転するのを願うばかりである。

 本稿の課題は、消費者の国産牛肉需要回復の切り札の一つであるトレーサビ
リティ・システムの多様な実態を調査し、現実にはどのような情報が流通し、
それぞれにどのような問題点があるかを分析することである。この課題に接近
するために、産地食肉センター段階(と畜場段階)調査、生協流通調査、小売
段階調査を実施した。

◇図−1 牛肉を巡る3つの嵐と価格下落の関係◇


と畜段階におけるトレーサビリティの取り組み

 現在、わが国において生産・と畜段階で家畜改良事業団を主体として、「家
畜個体識別システム」が実施されている。本システムでは、すべての牛が対象
となり、義務として行われている。費用負担は、個体識別全国データベースの
情報処理システムの構築にかかる費用は畜産振興総合対策事業などで対応し、
耳標の装着、個体識別全国データベースへの報告および情報処理システムの維
持にかかる費用については、個体識別全国データベースの基礎情報および個体
識別番号を活用する団体・生産者などの受益者が負担する。

 システムの内容は、耳標の装着、個体識別番号での全国データベースの管理
および利用であり、個体情報の範囲は、個体識別番号、生年月日、所在地、性
別、品種、父、母、死亡年月日などである。そのため、BSEなどの疫学的な問
題が発生した際には、と畜段階までは、迅速な個体追跡は可能となる。しかし
周知の通り、川下の業者には、独自のトレーサビリティ・システムを構築しな
い限り、個体情報の追跡はできない。このため、現段階で、個体情報を小売段
階まで追跡するためには、独自のシステムを構築する必要がある。

 本稿では、全国農業協同組合連合会と全国開拓農業協同組合連合会で実施さ
れている生産・と畜段階のトレーサビリティ・システムを実態調査を基に検証
する。


全国農業協同組合連合会系列のトレーサビリティ・システム

 ここでは、2002年度から実験的に開始した農水省の安全・安心情報提供高度
化事業の事業実施主体である全農における取り組みを検証する。鹿児島県知覧
町にある鹿児島くみあい食肉(産地食肉センター)での調査をもとに分析する。
ここの産地食肉センターは、主に鹿児島県経済連の委託業務として、BSE検査、
と畜解体、カット処理、スライス、包装、保管などを行っている。まず、肥育
農家から全農に至るまでの牛(牛肉)の流れを説明する。


肥育農家段階

 肥育農家が購入する肥育もと牛には、既に全頭に耳標が装着されている。子
牛は、繁殖牛農家で出生した時に、出生届けが作成される。出生届けには、生
年月日、雌雄の別、母牛の個体識別番号等が記入される。

 耳標には、10桁の個体識別番号が表示されている。出荷する際には、飼料給
与証明書、子牛登記証明書、出荷牛履歴証明書を作成し、牛と一緒に、これら
の情報を出荷先に提出する。


と畜場(食肉センター)段階

 図−2のように、と畜場ではBSE検査を行い、BSE検査結果通知書を発行する。
と畜番号順にと畜し、牛の耳標を切り取り、耳標を外す。搬入して3日目、パ
ック肉に個体識別番号が書かれたシールを付ける。

◇図−2 食肉センター内での牛肉の流れ◇


 図−3を用いて、肥育農家から全農、家畜改良事業団に至るまでの情報の流
れを検討する。と畜前日に運び込まれた牛をと畜番号順にと畜し、耳を切り取
って、耳標をとる。食肉センターに出荷する際に、子牛生産農家、県内子牛市
場から送られてきた飼料給与証明書、子牛登記証明書と一緒に、出荷牛履歴証
明書(肥育部門での飼料給与証明書)を食肉センターに提出する。

 しかし、これらの証明書は、生産者が記入するものであり、記載内容に誤り
があっても罰則はない。現在のところは、この証明書の記載内容は「信用する」
しかない状態である。

 耳標にある個体識別番号をHT(ハンディターミナル)で読み取り、と畜日、
と畜番号なども入力して、ホスト端末にダウンロードする。飼料給与証明書、
出荷牛履歴証明書などをスキャナーで取り込み、個体識別番号、枝肉番号、と
畜番号とこれらの証明書をマッチングさせる。そして、この情報を県連本部の
県域サーバに送る。生産量の少ない都道府県では、複数の県本部が共有してい
る県域共有サーバで情報を蓄積している。ここで個体識別番号、と畜番号、枝
肉番号を家畜改良事業団に送信する。家畜改良事業団に送信された情報は、家
畜改良センターに送信されて、ここで情報を管理し、必要に応じて、農家や関
係団体に情報をフィードバックすることになっている。

 図−4のように、産地食肉センター内では個体識別番号、と畜番号、枝肉番
号を計量機連動パソコンにフロッピーディスクで送る。ウイルス対策などのた
めフロッピーディスクを使っている。そして作業場では、カット計量機で計量
し、枝肉番号をラベル発行機に入力し、出来上がったラベルを貼る。

◇図−3 肥育農家から全農、家畜改良事業団までの情報の流れ◇


◇図−4 食肉センター内における情報の流れ◇



全国(全農)段階

 生産履歴証明書とBSE検査結果通知書を全農が管理する。この全国段階のサ
ーバから取引先、販売先に情報を送る。消費者が見ることができる情報もこの
全国段階サーバの情報である。

 EUでは、スポット検査や外部査察などの検査が行われているが、ここでは、
全農職員による検査だけで、第3者機関による外部チェックは、現在のところ
は、行われていない。外部査察を行う上で係るコストは、1頭当たり最低でも
5,000円が必要であるそうであり、義務的なシステムとして行わない限り、第3
者機関による認証を取り入れることは、難しいだろう。

 一方、13年度事業予算額は、1億9,500万円となっている。また、14年度から
は、出荷1頭当たり50円のシステム利用料金が直接生産者に課せられている。
トレーサビリティを行うことで、生産者は産地証明としてのブランドを得るこ
とを考えれば、この程度の運用経費を生産者が負担するのは、やむを得ないだ
ろう。

 このように、全農では、全国の農協系統組織の強みを利用し、生産段階から
と畜段階に至るまでのトレーサビリティを全国一律で実施している。このシス
テムを全農では、「安心確認システム」として、Aコープ、生協、スーパーな
どと協力して、消費者までのトレーサビリティを行っている。このシステムを
導入して、鹿児島、宮崎県産の牛は、品薄状態となっており、川下の業者には、
大きな信頼を得ていると言える。

 しかし、このシステムには幾つかの問題がある。まず、コストの問題である。
14年度は、システム開発経費、ハード機器経費、導入費用などで約8,000万円
がかかっている。このコストの負担は、生産者団体の負担であり、消費者に負
担はかからないことから、最終的には、生産者の負担となってしまう。

 次に、認証の問題である。生産者が記載することになっている個体情報に関
する書類には、現在のところ罰則規定が無く、誤記される可能性が無いでもな
い。また、食肉センターにおいても第3者認証が行われていない。これらの問
題が解決できるシステムを構築していかなければならない。


全国開拓農業協同組合連合会系列のトレーサビリティ・システム

開拓牛の特徴

 ここでは、熊本県人吉にある全開連九州支社による生産・と畜段階のトレー
サビリティ調査を基に検証する。

 全開連は開拓農業協同組合の連合会であり、全開連九州支社では主に、農家
の生産指導・購買事業・販売事業などが行われていて、と畜・解体、部分肉加
工などをゼンカイミートに作業委託している。この全開連とゼンカイミートは
隣接しており、人吉球摩広域行政組合食肉センターも隣接している。

 また、全開連では、昭和42年度から乳用牛肥育事業に着手し、今日まで生産
現場が見える「安心・安全」をモットーとした『開拓牛』を生産・販売してい
る。開拓牛は、ホルスタイン種から生産される去勢子牛を開拓組織独自のシス
テムで育てた肥育牛であり、次の5つの証明を全開連が保証している。@成長
ホルモン剤未使用、A肉骨粉未使用、B抗生物質無添加、CnonGMO使用、DB
SE検査合格済である。現在では、全開連が取り扱っている牛肉のほとんどが
「開拓牛」となっている。


肥育農家

 全開連九州支社に牛を出荷しているのは、主に開拓農協、地元農協、地元食
肉業者であり、すべての牛に10桁の個体識別番号が入力されている耳標を装着
している。全開連が開拓牛として出荷している牛は、すべて全開連指定飼料で
飼育され、子牛段階から飼料、素性、健康状態のチェックを各農家段階で全開
連職員が確認を行っている。これを基に生産履歴証明書が作成される。


全開連九州支社およびゼンカイミート

 搬入されてからまず、BSE検査を全頭に行う。次に枝肉番号の初期値をHTに
入力する。と畜場でと畜されると、まず耳標をはずし、HTで耳標から個体識別
番号を読み取り、耳標の裏にと畜順番を記入する。ここで、HTからデータを出
力し、と畜番号、個体識別番号、枝肉番号の3つをリンクさせ、家畜改良事業
団へデータを送信する。

 現在、部分肉ラベルに個体識別番号を印字する指示が来たときは、包装機に
枝肉番号を入力し、直接耳標からバーコードリーダーで個体識別番号を読み取
り、部分肉ラベルに印字している。しかし、事務所にあるデータを包装機とケ
ーブルでつなげることで耳標に頼ることなく、効率的かつ安全で、入力ミスな
どの間違いがなく、ラベルに印字できるように計画している。

 部分肉が出来上がってから、最後に全開連食肉事業部が、生産履歴、と畜履
歴、部分肉出荷履歴を含んだ『部分肉出荷証明書』を作成する。この部分肉出
荷証明書の内容は以下の通りである。

@生産履歴(生産者、品種、飼料、個体識別番号、生年月日、出荷年月日)
Aと畜履歴(と畜場、枝肉番号、と畜年月日、と畜検査証明(BSE検査を含む))
B部分肉出荷履歴(加工場、出荷番号、出荷年月日)

 個体識別番号が貼付してある枝肉を購入する業者は、この部分肉出荷証明書
で消費者に情報を開示している。しかし、全開連職員による認証は行ってはい
るものの、第3者認証が行われていない。その上、トレーサビリティ・システ
ムの導入によるロットの確認や、ラベルの貼付など作業の複雑化や、生産性の
低下などの課題がある。

 全開連では、昭和42年度から開拓牛のような安全・安心にこだわった牛肉を
提供してきたことから地元業者、量販店から大きな信頼を得てきた。さらに上
記のようなシステムが構築できたので、消費者からさらに大きな信頼を得、最
近では、売り上げが伸びている。


生活協同組合Gにおけるトレーサビリティ・システム

 生活協同組合Gでのトレーサビリティは、牛個体の生産履歴の情報を追求し
たものではなく、全体として安全性を担保しようとするシステムになっている。
生産農家(グループ)を特定し、飼料を指定し、飼養法も統一しているので、
必ずしも個体ごとの生産履歴を追求する必要がない。また、生産された牛肉の
購入者は、生協Gの組合員であり、リピーターである。

 生協Gは、牛個体の生産履歴の追求よりも指定した少数の農家との顔の見え
る交流を重視している。

 生協Gは、図−5のように、全開連→パッカー→生協Gの3社で提携している。
農家が肥育した牛を全開連がと畜し、パッカーが加工するが、農家が出荷する
以前に生協Gは情報(個体識別番号、と畜番号、生産者など)をもらい、と畜
されたら、と畜日を入力し、ラベルを作成する。

◇図−5 生協Gにおけるトレーサビリティ・システム◇


 それをすぐに、インターネットで公開する。要するに生協Gに牛肉が来たと
きには、データとラベルがそろっていることになる。これは、間違ったラベル
を貼ったり、商品とラベルをすり替えられたりするのを防ぐためである。また、
トレーサビリティを行うための運用費用は、と畜場とカット場で1人ずつ作業
員が増加したこと(パッカー負担)と、ラベル費用(生協G負担)だけであり、
消費者価格にはまったく影響していない。

 次に、消費者向けのインターネット上での情報公開は、牛の生年月日、と畜
日、飼育期間だけを毎回更新するだけで、残りの情報は、ほとんどが据え置き
になっている。インターネット上での情報公開は、物の履歴をトレースしてい
るのではなく、生産者紹介に近いトレーサビリティを行っていて、生産者との
結びつきを重要視している。

 現在、消費者がインターネット上で、トレースできる牛肉の商品は、35種類
中(ミンチや加工品も含む)8種類と少ないが、週に数百件のアクセスがある。
これは、生協Gの組合員ということもあり、食品問題に対して強い関心がある
ためと推測できるが、それだけではない。生産者と組合員との交流を深めるた
めに、年に数回、交流会を行っている。この交流会に参加した組合員たちが、
「そこの農協の牛肉が欲しい。この生産者が作った牛肉なら安心して食べられ
る。」と思い、インターネットを検索しているのである。

 これらの状況から、生協Gにおけるトレーサビリティは、消費者から大きな
信頼を得たということが出来る。また、生産者も組合員に対して、もっと良い
ものを作ろうと努力をするようになる。このシステムは、単なる生産者と消費
者の「一般的で不特定な関係」を前提にしたシステムではなく、特定生産者と
組合員という「クローズで親密な関係」に裏打ちされたシステムである。この
ような関係にあるため、双方に信頼関係ができたのである。今後は鶏肉、豚肉、
野菜でもトレースできるような計画が進行中である。


量販店Sにおけるトレーサビリティ・システム

 量販店Sは、BSEや産地偽装問題により、消費者の牛肉に対する安心、安全へ
の不信感・不安感が根強く、また、安全性に関心のある中高年層をターゲット
にした量販店であるため、生産者段階から消費者段階までの一貫した安心シス
テムを作る必要があった。また、このシステムを実施することで他社との差別
化を図ることができるということも、動機の一つであった。このようなことか
ら、14年3月に安心システムを実験的に開始した。

 BSE発生直後の13年10月期の売上高は前年比50%となったものの、14年3月に
安心システムをスタートさせた1カ月後の4月には、前年比は100%を上回った。
14年9月には、前年比130%にまで上昇し、現在では、全開連指定7牧場では、
供給が間に合わない状況となっている。

 量販店Sはこの安心システムを構築したことで、販売額を上昇させただけで
なく、消費者の牛肉に対する信頼をも得ることができた。また、同業他社との
差別化を図れたことで、量販店Sとしての企業の特徴を消費者だけでなく、生
産者、流通加工業者にもアピールすることができた。

 現在、トレーサビリティ・システムの対象牛肉は、取り扱い牛肉全体の30%
ほどの販売額だが、この使用比率を上げるためには、産地を広げることが必要
となる。現在、全開連と協議中である。また特売商品など全商品までこのシス
テムを広げるのが望ましいが、生活協同組合Gと同様に、セット納品で仕入れ
るので、セット崩れが起き、非需要部位の販売が問題となってきている。

◇図−6 量販店Sにおけるトレーサビリティ・システム◇



イオングループにおけるトレーサビリティ・システム

 九州ジャスコ大分店における牛肉を検証する。株式会社イオンにおけるトレ
ーサビリティは、全農が事業主体となって推進する農水省の「安全・安心情報
提供高度化事業」と連携して行っているものである。全国に約300店舗を持つ
ジャスコは、全農の流通チャンネルを使うことができるため、全国規模でトレ
ーサビリティを行うことができる。

 イオンは、142の企業で構成されるグループであり、主な事業内容は、@総
合小売業(九州ジャスコなど)、Aスーパーマーケット事業(マックスバリュ
など)、Bドラッグストア事業、Cホームセンター事業、Dコンビニ事業(ミ
ニストップ)、E金融サービス事業、F物流加工事業などである。

 今回調査を行ったジャスコは、全国に290店舗を展開している。その多くが
郊外型の店舗であり、大分店においても大分市街から車で約30分の郊外にある。
これは、大規模な店舗を作ることができるだけでなく、ジャスコが売り場作り
の目標としている「憩いの場として、売るだけでなく、1日4〜5時間、居たい
と思わせる売り場」を作ることができるためでもある。また平日に、ジャスコ
食料品売場に来る客の9割が女性であり、女性をターゲットにした売場作りを
している。

 イオングループでは、独自の企業ブランドを、「トップバリュ」として食品
だけでなく、衣料品、家庭用品など約2,000品目の商品を販売している。「ト
ップバリュ」には、5つの特徴がある。@消費者の意見を生かした商品、A安
全と環境に配慮した安心な商品、B必要な情報をわかりやすく表示した商品、
Cお買得な価格を提供する商品、D満足のいかない場合には返金・取り替えを
約束できる商品、となっている。また、トップバリュのサブブランドとしてセ
レクト、グリーンアイ、共環宣言がある。内容は以下の通りである。

 @セレクト(おいしさ、素材、機能などに、特別にこだわった、特選高品質
ブランド)

 Aグリーンアイ(有機食品や、減農薬栽培、成長ホルモン不投与、抗生物質
コントロールなど、生産過程の管理によって、より高い安全・安心の提供を目
指した生鮮物や、その加工品ブランド)

 B共環宣言(環境保全をコンセプトとして、リサイクル・クリーン・ナチュ
ラルを基準として開発されたブランド)

 トップバリュの商品は、生産から流通まですべてイオングループで作ってい
る。そして現在トップバリュは、ジャスコ商品の5%であるが、2004年には15
%を目標としている。

 ジャスコ大分店では、牛肉コーナーは、対面販売コーナーとパックコーナー
の2つに分けられていた。現在は、売上げの約30%が対面販売となっている。
対面販売コーナーは、今回の調査の対象であるトレース可能な牛肉が販売され
ており、現在は主に豊後和牛が販売されている。パックコーナーにおいては、
和牛から輸入牛などさまざまな商品を販売している。

 また、ジャスコでは、BSE発生前から、上記に示したトップバリュ・グリー
ンアイとして、タスマニアビーフを販売していた。タスマニアビーフは、オー
ストラリアのタスマニア州にあるイオン直営のフィードロットで生産されてお
り、肉骨粉、遺伝子組換え飼料、抗生物質、成長ホルモンを使用せずに肥育し
ている。ここでは、徹底した衛生管理と品質検査を行っているので、タスマニ
ア州政府からも品質保証認定を受けている。このタスマニアビーフは、20年以
上前から品質にこだわって生産されているうえに、ジャスコ店内においても、
ビデオを流したりすることで、大きな信頼を得ている。

 BSE発生後は、国産牛の売上げが急激に落ち、3カ月後には、平年比40%にな
った。そのため、国産牛は、確実に検査で安全宣言されるまで扱わず(全頭検
査開始以前の国内産牛肉150トンをすべて焼却処分)、タスマニア牛しか販売
しなかった。しかし、タスマニア牛は、前々から安心を売りにしていたので、
品切れが続く状況となっていた。

 ジャスコでは、トレーサビリティを全農と連携して行っている。14年2月に
ジャスコ大和鶴間店で生産履歴や飼料などの情報を開示した「安心確認システ
ム」を初めて導入した。大分店は、14年7月16日にこのシステムを導入した。

 大分店において、現在トレース可能な牛肉は、対面販売コーナーにある牛肉
(豊後和牛)のみであり、パック肉については、県産、地方まではわかるもの
の、生産者の特定までには至っていない。しかしパック肉についても、インタ
ーネットでの生産履歴を開示する予定となっている。

(データの流れ)…生産履歴証明書、BSE検査結果通知書


 次に、全農からイオン各店舗までの情報の流れを検証する。全農から送られ
てきた情報をパソコンに入力し、各店舗にその日に販売する牛肉の10桁番号を
メールで通知する。また、産直流通を行っているため、全農は、ジャスコに対
して、どの種類の牛肉をいくらで、どれだけ販売したかを知ることができる。
パソコン端末から10桁番号を入力すると生産履歴証明書とBSE検査結果通知書
を検索することができる。そして、対面販売をしていることから、消費者がど
の部位をどのくらい求めているかなどの消費者ニーズを店側は得ることができ
る。

 商品には、10桁番号が貼付されている。仕入れたときは部分肉となっている
ため店舗でカットをする。一方、パック肉がトレースできないのは、農協系統
のパックセンターでカット・パックされ、ジャスコの各店舗に運ばれるため、
複数の牛個体の肉が混同していないことを自社で担保できないためである。

 だが、全農でパックされる牛肉も10桁番号が貼付されることからパックコー
ナーにおいてもすべての国産牛に対してトレースできるようになる。ただ、ジ
ャスコは国産牛を全農からしか仕入れていないので、種類が限定されてしまう
という問題が残っている。

 安心確認システムの導入コストは、端末などの設備費用で50万円、運用コス
トは、ほとんどかかっていない。

 対面販売コーナーでの売上げは、全体の30%であり、安心確認システムを導
入してからは、対面販売の売上げは平年比130%となっている。しかし、実際
に店舗内にある端末を使用している消費者は少なく、10桁番号をプリントアウ
トする人は、1日10人くらいでしかない。消費者の表面的な反応は少ないもの
の、売上高が平年比130%となっていることから事実上安心感を得たと言える。
長期的にみて、ジャスコに対する信頼につながっていくと考えられる。

 第3者認証については、この安心確認システム内では、全農職員が検査を行
っているというだけで、第3者からの認証はない。ただ、タスマニア牛につい
ては、タスマニア州政府から認証してもらい、養殖魚などイオングループ独自
の生産、流通を行っている商品に関しては、第3者認証機関であるJONA(日本
オーガニック&ナチュラルフーズ協会)が、認証プログラムに従って生産、加
工、出荷に至る全システムのチェックを実施し、認証を得ている。

 仕入れ方法はセット単位であり、非需要部位の販売方法などが課題となって
いる。しかし、ジャスコでは、タスマニア牛はパーツ仕入れを行っているので、
この課題を軽減できている。


考察

 わが国では、BSE発生や産地偽装事件により、牛肉への信頼が損なわれ、牛
肉の需要は激減して、価格が一時暴落した。このような事態の再発を防止する
ために、トレーサビリティが実施されることになった。

 本稿で明らかになったようにトレーサビリティは消費者に安心感を与え、牛
肉需要の回復に大きく貢献している。しかし、問題点と今後の課題も明らかに
なった。

 第1は、生産者などによる自己申告を基にした生産履歴情報であり、第3者認
証がないことである。今後は、EUのシステムのように川上から川下まで一貫し
て、第3者認証機関がそれぞれのシステム・業者を管理・検査していくべきで
ある。

 第2は、産地食肉センターなどではトレーサビリティ・システムの導入に伴
いシステム開発費、機器購入費、人件費、システム運営費などさまざまなコス
トを要し、農協系統組織がこれらを負担していることである。流通業者や消費
者はシステムの構築に伴う費用を分担していない。今後は、永続的な食の安全
性確保のために、流通業者や消費者の費用分担が不可欠である。

 第3は、トレーサビリティ・システムの導入によるロットの確認やラベルの
貼付など作業の複雑化等により食肉処理場で生産性が低下していることである。
今後は、牛肉の流れと情報の流れを統一的に把握する省力技術・省力化機器の
開発が望まれる。

 第4は、本稿の事例によるとトレース可能な牛肉の量は、金額ベースで全取
扱量の30%ほどである。この比率を上げるためには、産地を拡大する必要があ
る。

 第5は、トレース可能な部分肉は、枝肉1セット単位での仕入れが現在のとこ
ろ一般的であるので、トレース可能な部分肉を増やすと非需要部位が増加し、
販売対策上問題が発生している。

 これらの諸問題と諸課題が解決され、トレーサビリティ・システムが広範に
普及することを期待したい。

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