消費・安全局 衛生管理課
第18回牛海綿状脳症(BSE)に関する技術検討会・第7回BSE疫学検討チーム 合同検討会が9月30日に開催された。この会議において、BSEの感染源及び感染 経路に関する調査について、BSE疫学検討チームによる疫学的分析結果の報告 が行われ、その内容が了承された。報告書の概要は以下のとおりである。なお、 報告書の全文については、農林水産省のホームページ(http://www.maff.go.jp /soshiki/seisan/eisei/bse/ekigaku.pdf)に掲載している。
2001年9月に我が国で最初のBSE 感染牛が見いだされ、大きな社会混乱が引 き起こされた。しかし、1か月余りの間に特定部位(SRM)の除去、全頭検査、 肉骨粉の全面的流通禁止など一連の安全対策が実施され、食の安全、牛の間で の感染防止対策が確立されたとみなせる。 しかし、我が国で発生したBSE の感染源は何か、どのような感染経路で発生 したのか、この問題は未解決のまま残された。農林水産省ではこれまで発生し た7例について、発生農家を起点とした調査、及びBSE発生国から輸入された肉 骨粉等を追跡する調査を実施し、その結果は2回にわたる報告書として発表さ れている。しかしながら、これらの調査は行政によるものであって、感染原因 の解明の重要な科学的手段である疫学的観点での評価が行われたものではなか った。 そこで、農林水産省では「牛海綿状脳症(BSE)に関する技術検討会」のも とに2002年11月、「BSE 疫学検討チーム」を結成し、感染源・感染経路に関す る疫学的検討を行ってきた。本報告書は、6回の委員会及び持ち回り審議を通 じて得られた検討結果をまとめたものである。 疫学は、病気の発生状況の分析や発生原因の解明などを通じて、有効な対策 の確立に役立てることを目的とする科学であり、主に感染症の分野で発達して きたものである。発生原因の解明には、さまざまな手法が用いられるが、BSE のように発生率が低く、潜伏期間が長い病気に関しては、発生の特徴を記述し て明らかにし、発生原因に関する仮説を検討する手法や特定の要因に着目して 過去にさかのぼって調査を行う手法などが用いられる。 本検討チームでは、これまでに見いだされたBSE7例について、感染源・感染 経路として想定されるものを仮説として網羅的に拾い上げ、それぞれの仮説の 蓋然性を検討することを中心に作業を行い、更に可能性が高いと考えられる感 染経路についてモデルを作成することによって定量的なリスク評価を行った。 通常の微生物感染とは異なり、BSEでは潜伏期間が数年にわたる長期であり、 また、微量の病原体の検出は技術的に不可能である。しかも、症例数がきわめ て限られている。疫学的解析を行う上でこのような大きな制約があるため、今 回の疫学的検討結果は感染源・感染経路に関するおおよその推測にとどまった。 しかし、これらの検討結果は、疫学の主要目的である、今後の発生予防に役立 つものと期待される。 (財団法人日本生物科学研究所主任研究員 東京大学名誉教授 山内一也)
2001年(平成13年)9月に我が国で初めてBSE感染牛が確認されて以来、これ まで7例の発生があった。 表1 これまでのBSE感染牛の概要
図1 (BSE発生農家の位置関係) 編集部注)報告書公表後の10月6日、「非定型的なBSE」感染牛が確認された。
農林水産省では、発生農家を起点とする川下からの調査及び輸入肉骨粉等を 起点とする川上からの調査を行ってきたが、感染源・感染経路の特定には至ら なかった。このため、専門家からなる「BSE疫学検討チーム」を設置し、疫学 的観点からの分析・評価を実施した。
BSE疫学検討チーム委員(五十音順) 門平 睦代 名古屋大学農学国際教育協力研究センター助教授 志村 亀夫 独立行政法人農業技術研究機構動物衛生研究所 企画調整部実験動物管理科長 山内 一也 財団法人日本生物科学研究所主任研究員(座長) 吉川 泰弘 東京大学大学院農学生命科学研究科教授(座長代理) 吉田 泰治 農林水産政策研究所評価・食料政策部長 |
(1)発生原因として考えられる仮説とその可能性(仮説・検証方式) (担当:独立行政法人農業技術研究機構動物衛生研究所 実験動物管理科長志 村亀夫、予防疫学研究室長筒井俊之) 我が国におけるBSEの発生原因となり得た仮説を以下のとおり網羅的に取り 上げ、それぞれについて分析・評価した。 @配合飼料中の成分である肉骨粉 農林水産省が反すう動物由来肉骨粉の使用自粛を指導した1996年4月以前に 製造された牛用配合飼料に含まれていた肉骨粉によりBSEが発生する可能性は あり得るものの、発生例に給与されていた配合飼料には肉骨粉が用いられてい た証拠はなく、7例の直接的な原因となった可能性は低いと考えられる。 A交差汚染により配合飼料に含まれた肉骨粉 この仮説を明確に否定できる根拠はなく、交差汚染した牛用配合飼料によっ て感染した可能性は否定できない。この場合、7例に共通する配合飼料工場が ないこと等から、共通の感染源によって感染したのではなく、北海道と関東に それぞれ感染源があった可能性が高いと考えられる。 B補助飼料中の肉骨粉又は肉骨粉の直接給与 発生農家で肉骨粉又は肉骨粉入り補助飼料を給与した事実は確認されていな いこと等から、7例の発生原因となった可能性は低いと考えられる。 〔補助飼料:主としてビタミンやミネラル等の補給を目的として配合飼料に混 合して給与される飼料(例:ビタミン補給飼料、ビタミン・ミネ ラル混合飼料等)〕 Cペットフードに含まれた肉骨粉 理論的にはこのルートによる感染はあり得るが、実際にこれらを通じて感染 した可能性は極めて低いと考えられる。 D代用乳に含まれた動物性油脂 7例のBSEが単一の共通感染源により発生したと仮定すれば、代用乳における 病原体の汚染が最も説明しやすい。その場合、代用乳の成分のうち、感染源に なり得るものは動物性油脂であり、7例すべてでオランダ産の動物性油脂が用 いられていたことからこれに病原体が存在していたことになる。しかし、輸入 状況や周辺農家での使用状況等を考慮すると、使用された動物性油脂に関する 事実関係で、この可能性を示唆するものは見いだされていない。 E代用乳以外の配合飼料に使用されていた動物性油脂 子牛用配合飼料に用いられた動物性油脂に、不純物として特定部位の組織由 来のたん白質が含まれていた場合、感染する可能性はあり得るものと考えられ る。しかし、7例のうち2例の農家では動物性油脂入りの配合飼料が用いられて いなかったことを考えれば、これらが感染源になった可能性は代用乳に含まれ る動物性油脂の場合よりもさらに低いと考えられる。 Fその他の原因 上記のほか、配合飼料中に含まれる魚粉に混入した肉骨粉、及び動物用医薬 品についても分析・評価した結果、発生農家で使用された魚粉の製造工場に共 通性がないこと等から、これらが感染源となった可能性は極めて低いと考えら れる。 (2)発生農家と非発生農家に係る感染要因の統計学的解析(症例・対照研究) (担当:農林水産政策研究所評価・食料政策部長吉田泰治 名古屋大学農学国 際教育協力研究センター助教授門平睦代) 発生農家と周辺の非発生農家で給与された飼料に関する情報をデータベース 化し、感染牛に原因として疑われるような特定の銘柄の飼料が与えられていた かどうかを、疫学的手法の一つである症例・対照研究を用いて比較・検証した。 その結果、例えば代用乳の給与はBSEの発生と統計的な関連性はないとの結 果を得た。その他の飼料についてもBSEの発生と統計学的関連性のある因子 (飼料)は見つからなかった。 (3)感染経路モデルに基づく定量的リスク評価 (担当:東京大学大学院農学生命科学研究科教授 吉川泰弘) ア 目的 BSE発生国から輸入された生体牛、肉骨粉及び動物性油脂について、BSE病原 体の侵入リスク及び国内での暴露リスクの組み合わせによる複数シナリオを作 成してリスク評価を行い、今後のBSEの発生規模を推定し、発生時の疫学調査 とリスク管理に役立てる。 イ リスクのシナリオによる発生規模予測の考え方 @感染リスクの計算に当たっては、リスクの単位を汚染牛に換算して整理する こととし、肉骨粉や動物性油脂の感染リスクについては、数量に特定の係数 をかけて汚染牛相当数に換算して計算する。 A1頭の発症牛を含む牛群がレンダリングされ肉骨粉としてリサイクルされる 場合、その牛群には感染牛が4頭(3〜5頭)いて、それに由来する肉骨粉の 増幅値は4倍(3〜6倍)とする。これにより、1頭の発症牛を含む牛群がレン ダリングされ、感染を増幅した場合の最小規模は9頭、最大規模は30頭とな る。 B感染牛1頭からの動物性油脂による増幅値は8/100倍(6/100〜12/100倍)と する。 C以上のような増幅値を基本とし、BSE発生国から輸入された生体牛、肉骨粉 及び動物性油脂について、その輸入時期や量等の実績と、現在想定されてい る感染経路に基づいて、BSEの病原体の侵入リスク及び国内の暴露リスクを 算出し、これまでの発生例の検証と我が国における2003年以降のBSE発生を 推定した。 ウ 発生規模の予測 作成したリスクのシナリオを用いて、BSE発生国から輸入された生体牛や肉 骨粉等が感染源になったと仮定し、これらの輸入量等に基づいて発生規模を予 測すると、2003〜2006年の間のBSE感染牛は、東日本・西日本で10〜20頭、九 州地方で8〜13頭程度になると試算される。このうちの約6割は、30か月齢未満 の健康畜(BSE病原体が蓄積していない状態)のままと畜されるので、と畜場 や農場サーベイランス等で摘発されるものは、関東地方で7〜9頭、九州地方で 5〜7頭、北海道で3〜4頭程度と試算される。ただし、肉用牛の飼養割合の高い 九州地方では肉骨粉の暴露リスク及び肉骨粉を介した増幅係数が理論値よりも 低くなる可能性が高く、汚染が進んでいなかった可能性も考えられる。
これまで、BSEの発生があった英国、オランダ、デンマーク等において原因 究明に係る調査が行われている。それによれば、感染源・感染経路としてBSE 病原体に汚染された肉骨粉の直接給与又は牛用飼料への交差汚染が疑われてい るが、その特定はなされていない。
仮説・検証方式による感染源・感染経路の分析、及び感染経路モデルに基づ く定量的リスク評価により、我が国で発生したBSEの病原体は英国由来であって、 直接又は間接的に輸入されたと考えられ、その感染源・感染経路としては、以 下のように考察された。 (1)感染源 @1982年又は1987年に英国から輸入された牛の中にBSE感染牛が含まれていて、 これがと畜・解体後、レンダリング処理されて肉骨粉となり、それに含まれ た病原体に国内牛が暴露され、更にもう一巡リサイクルされて製造された肉 骨粉が感染源になった可能性がある。 A1990年以前に輸入されたイタリア産肉骨粉に含まれていたBSE病原体に国内 牛が暴露され、これにより感染した個体がと畜・解体後、レンダリング処理 されて肉骨粉となり、感染源となった可能性が否定できない。
輸入生体牛に由来するリスク 肉骨粉の生産・使用過程におけるリスク
Bオランダ産動物性油脂については、7例に共通していた事実は無視できない。 しかし、動物性たん白質が混入していた可能性は低く、病原体に汚染してい た可能性は否定できないものの、低いと考えられる。この面からは、これま でに発生した発生例の直接的な感染源とて結びつけることは難しい。 (2)感染経路 @上記の感染源のうち、肉骨粉を介した感染経路としては、配合飼料工場で牛、 豚、鶏用の製造ラインを共有していた例が多く見い出されたことから、製造・ 配送段階において牛用配合飼料に交差汚染した可能性があり得る。 A英国では、禁止後出産(BAB:born after ban)例と呼ばれる肉骨粉の牛への 給与を禁止した1988年以降に生まれた牛においても、多くのBSE例が確認され ており、これらは主に交差汚染により感染したものと推測されている。我が 国の場合も交差汚染により感染の起きた可能性は高いと考えられる。 B動物性油脂については、代用乳の原料として添加されているため、病原体が 含まれていれば直接感染が起こる可能性があるが、前述のようにこれを直接 感染経路として結びつけることには難しい面がある。
(1)感染経路の遮断 平成13年9月のBSE発生以来、肉骨粉等の飼料への利用に係る規制を始め、そ の導入リスク及び暴露リスクを抑制し、新たな感染を遮断するための各般の対 策がとられている。 我が国のBSEの発生要因とリスク管理 BSEの発生要因としては以下が考えられ、新たな感染防止のためのリスク管理 が行われている。 @発生国産の輸入汚染生体牛の国内リサイクル(と畜後肉骨粉に加工されたも のが、牛用飼料に混入(交差汚染)すること)による感染 A発生国産の輸入汚染肉骨粉が牛用飼料に混入(交差汚染)し、これを摂食す ることによる直接感染及び国内リサイクルによる感染 B発生国産の輸入汚染動物性油脂を原料として使用した牛用飼料の摂食による 直接感染及び国内リサイクルによる感染 (2)今後のBSEまん延防止のための提言 現在とられているBSEのまん延防止対策を検証してみると、第1に、肉骨粉等 の飼料・肥料としての輸入・製造・出荷が一時全面的に停止され、法的にも飼 料安全法(平成13年10月15日)及びBSE対策特別措置法(平成14年7月4日施行) により、肉骨粉等の反すう動物への給与が禁止された。第2に、平成13年10月1 8日以降と畜場における全頭検査が実施され、更に、と畜場において解体され た牛の特定部位(SRM)を焼却することが義務付けられた。そのほか、牛用飼 料に使用される動物性油脂は、食用の肉から採取した脂肪由来であって不溶性 不純物が0.02%以下のものに限定されたこと(平成13年12月27日付け生産局長 通知、平成14年8月2日付け省令改正、平成15年3月19日付け生産局長通知)等 の対策がとられている。 今回の疫学的検討で想定されたさまざまな感染源・感染経路はこれらの対策 によりほぼ完全に遮断されているとみなせる。 疫学的な視点からのBSEまん延防止に関わる要点を整理すると以下のように なる。上記の対策の適正な運用に当たっては、これらの要点を参考にすること が望ましい。 @リスクシナリオの解析では、導入及び暴露リスクとして英国からの生体牛の 輸入、EUからの動物性油脂の輸入、EUからの肉骨粉の輸入、更に国内でのレ ンダリング処理による汚染増幅の可能性が示されている。 A7頭のBSE例が非常に近い出生日のもので、かつ東日本に分布していることは、 汚染源が広範囲に行き渡っていないことを示唆しているのかも知れない。 Bリスクのシナリオでは、複数の汚染経路の可能性が推定される。仮説・検証 方式では北海道と関東に別々の感染源が存在していた可能性が指摘されてい る。 C2001年までのBSE汚染牛がレンダリングに回ったと仮定した場合、今後、95、 96年生まれのBSE例とは別の感染源によるBSE陽性例の発生の可能性がある。 D疫学的に感染源の可能性が低いと判断されたもの、例えば動物用医薬品など は、見方を変えれば、もしも感染源になった場合には、大きな発生につなが る可能性を有する。 E今回の検討はいくつもの仮定条件を設定して行われている。英国の実質的禁 止後出産(BARB)例では、輸入飼料原料の汚染の可能性までが推測されてい ることを考えると、新たな条件が加わる可能性もある。 F今後、新たなBSE例が確認されるたびに、本報告で提示した仮説との整合性 を検証しなければならない。今後はサーベイランスの中で疫学的検討を持続 させて行くことが必要である。 G医学領域では疫学手法の応用が古くから行われているが、家畜の病気に関す る感染源や感染経路の分析に当たって網羅的な記述疫学的手法や定量的なリ スク評価手法が用いられた例は多くない。今後、家畜感染症対策の検討にお いて、これら獣医疫学的手法を積極的に活用すべきである。
グローバル化した現代社会において、新興・再興感染症対策の重要性が認識 されている。中でも、BSEは近代畜産が産み出した典型的な新興感染症である。 BSEの発生はヨーロッパ諸国を初め、日本、イスラエル、カナダと世界的広が りを示している。これらはと畜場検査やサーベイランスにより見いだされたも のであって、このような対策が実施されていない国におけるBSE汚染状況は現 在も不明である。英国におけるBSE牛の大量発生時に製造されBSE汚染が疑われ る肉骨粉が英国から世界各国に大量に輸出されていた事実は、BSE汚染が世界 的に存在している可能性を示唆している。現在、我が国はBSE侵入阻止のため の万全の措置を実施しているが、本報告書で指摘したようなさまざまな経路で 海外からBSE病原体がふたたび我が国に侵入するおそれはこれからも続くもの と考えなければならない。本報告書が、今後のBSE侵入防止対策に生かされる ことを切に希望する。
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