◎調査・報告


養豚に切っても切れない汚水処理

独立行政法人 農業技術研究機構 畜産草地研究所
羽賀 清典


養豚に切っても切れない汚水処理

 畜産業はどの畜種でも汚水処理施設があるわけではなく、肉牛の肥育農家に
は汚水処理施設が整備されていない場合が多い。しかし、養豚のふん尿処理に
とって、汚水処理は切っても切れないものである。環境基準をクリアしている
先進的な養豚農家には、必ずきちんとした汚水処理施設がある。

 養豚では、ふんと尿を分離し、ふんはたい肥化、尿は浄化槽がメジャーな方
法となっている。その理由を表1の(1)から(8)に沿って考えて見ることと
する。ふん尿分離をしない場合、ふん尿混合液は(1)臭気が強くなり、(2)
たい肥化には濃度が薄すぎ、(3)汚水処理には濃すぎる中途半端で処理しに
くいものとなる。その理由は、豚は尿の量がふんの量に比べて多いからである
(図1)。牛の尿の量はふんの量の半分以下だが、豚の尿はふんの2倍である。
アンモニアのほとんどは尿から発生し、尿の量が多いことが、ふん尿混合液の
処理を難しくしている。
表1 ふんと尿を分離し、ふんはたい肥化、尿は
  浄化槽になる筋道(1)〜(8)


図1 各畜種のふん量1に対する尿量の比率
 ふん尿混合液を液肥に使おうと思ってもままならず(4)持って行き場がな
くなり(5)素掘りになってしまう危険性がある。しかし、今回の「家畜排せ
つ物法」では、素堀と野積みは禁止である。

 ふん尿混合では処理が難しいとなると、豚舎において(6)ふんと尿を分離
し、(7)ふんはたい肥化、(8)尿は浄化槽(活性汚泥処理施設)で処理す
ることになる。たい肥化も浄化槽も確立された確実な技術だからである。ゴミ
処理においては「混ぜればゴミ、分ければ資源」という有名な格言があるが、
豚ふん尿についても同じことがいえる。
 

処理水は、最終的にどこへ行く。消えて無くなるはずはない

 汚水処理方法について、図2では、処理水が最終的にどこへ行くのかを主眼
にして分類した。処理水は消えて無くなるはずはない。処理したあとは液肥利
用なのか、たい肥なのか、河川へ放流するのか、最終的な出口によっておのず
と処理方法も異なる。
図2 最終的にどこへ行くのかを考えた豚舎汚水処理方法の特徴
 貯留槽に貯めただけの液肥は、嫌気性条件(けんきせいじょうけん)なので
臭気も強く、利用範囲も限られる。嫌気性条件とは、「空気を嫌う」と書くよ
うに、酸素がない条件をいう。一方、空気を送って好気性条件で微生物を働か
せると、臭気が低減し使いやすい液肥になる。空気を送ることを曝気(ばっき)
といい、簡易曝気法は簡易な曝気装置で好気性条件を作り、液肥の臭気を低減
する方法である。曝気槽の形状、使用する資材、曝気方法などの違いによって、
色々な方法がある。

 メタン発酵法は、嫌気性条件で大量のメタン細菌によってバイオガス(メタ
ンガス)を生産する方法である。臭い有機酸が分解されてバイオガスになるの
で、液肥の臭気は低減される。しかし、処理水を河川等へ放流する場合には、
まだ汚濁物質濃度が高いので、浄化槽で再処理する必要がある。

 発酵床豚舎は敷料のたい肥化によって水分を蒸発させ、汚水を出さないよう
にする方法である。しかし、飼養密度や衛生問題に留意する必要がある。また、
土壌を利用した汚水処理では地下水への浸透がないように、処理水を回収する
必要があり、地下水の硝酸性窒素汚染を防がなければならない。

 養豚の大多数は、処理水を放流するしかないと思う。放流できる処理水を得
るためには浄化槽(活性汚泥処理施設)が必要である。養豚ではふんと尿を分
離し、ふんはたい肥化、尿は浄化槽がメジャーな方法となっているのである。
浄化槽は好気性条件で大量の微生物(活性汚泥)によって汚水を浄化している。
 

何者だ、BODやSSは

 汚水処理には、BOD(ビーオーディー)やSS(エスエス)など聞き慣れな
い言葉が多く出てくる。表2では水質汚濁防止法で決められた放流基準項目の
中で、畜産に関係の深い項目だけを選び、基準や性質や測定法について簡単に
説明する。表2は生活環境項目だけであるが、これに加えて有害物質項目とし
て硝酸性窒素が1,500mg/L(平成16年6月までの暫定)と決められている。
暫定が切れると100mg/Lになるが、表2の窒素の日間平均60mg/Lが守れ
ればオーケーである。

 BODは「汚れ」を表しており。SSは「濁り」を表している。水質汚濁防止
法は水質の汚れと濁りを防止する法律で、BODとSSが重要な項目となってい
る。
●表2 放流基準項目の性質
 

浄化槽、汚い泥がなぜ浄化

 浄化槽の中心的な役割を果たしているのが曝気槽(ばっきそう)である。曝
気とは空気を送ることで、曝気槽にはブロアーや撹拌装置などで空気が送り込
まれている。その曝気槽の中に生きている活性汚泥(かっせいおでい)が浄化
の主役である。活性汚泥とは「活性のある汚いドロ?」。汚いドロが、なぜ浄
化なのだろうか。

 活性汚泥とは、汚水を浄化する能力(活性)のある微生物のかたまり(汚泥)
である。決して汚いドロではない。顕微鏡の写真1のような微生物の塊(かた
まり)が、汚水中のBODやSSを分解することが浄化なのである。活性汚泥の
微生物も、空気が大好きな好気性微生物なのである。

 曝気を止めると、活性汚泥は写真2のように塊となって速やかに沈み、上澄
み液が透明できれいな処理水となる。活性汚泥はこのような優れた浄化能力・
凝集性・沈降性が特徴である。しかし、活性汚泥の微生物は特殊な微生物とい
うわけではなく、メーカーによって培われたノウハウは色々あるが、豚舎汚水
に適合して自然発生的に培養される微生物の塊である。
写真1 曝気槽中の活性汚泥の顕微鏡写真
写真2 活性汚泥
(塊になって沈み、上澄みがきれいになるのが特徴)

曝気槽、4サイクルで浄化処理

 曝気槽は4サイクルエンジンと同じような特徴を持っている。自動車の4サ
イクルエンジンが吸入、圧縮、爆発、排気であるのに対し、曝気槽は図3に示
すように、沈殿、排出、流入、曝気の4サイクルである。
図3 曝気槽は4サイクルエンジン(回分式活性汚泥法の場合)
(1)沈殿では、曝気を止め、活性汚泥を沈めて、浄化した処理水を得る。
(2)排出では、きれいな処理水を曝気槽から排出する。
(3)流入では新たに汚水を曝気槽に流入させる。
そして
(4)曝気では、汚水と活性汚泥を混合・曝気して、汚水を浄化する。
以上の4サイクルを1日のタイムチャート形式で示したのが図4になる。このよ
うに1日を1回の単位として4サイクルに分ける方式を回分式(かいぶんしき)
活性汚泥法といい、豚舎の清掃パターンなどと対応する点も多く、使いやすい
方式となっている。
図4 回分式活性汚泥法のタイムチャート
 

曝気法、回分・連続二方式

 4サイクルの回分式活性汚泥法では、沈殿・排出の時には曝気が止まってい
る。一方、曝気槽に沈殿槽を付設すると、曝気を止めなくても、連続的に汚水
を処理し、沈殿・排出することができる。このような方式を連続式(れんぞく
しき)活性汚泥法という。
図5 回分式と連続式の2種類の方式がある
 図5は、回分式と連続式の2種類の活性汚泥法の違いを示したものである。
図5の上の場合、(1)の回分式には汚水が流入し曝気状態だけだが、一方(2)
の連続式では汚水の流入も曝気も沈殿も排出(放流)も4サイクルが同時に行
われる。次に図5の下の場合、(1)の回分式は曝気を止めて放流だけだが、
一方(2)の連続式では汚水の流入も曝気も沈殿も排出(放流)も同時に行わ
れる。
 このように、沈殿槽の有無と運転方式によって、活性汚泥法には回分式と連
続式の2つがある。メーカーはどちらかの方式を選択している。回分式は沈殿
槽が不要な簡易な施設で維持管理も容易な特徴を持っており、畜舎汚水処理で
は他の分野に比べて適用例が多い。連続式は大規模な汚水を効率良く処理する
には優れた性能を発揮するが、維持管理にはやや熟練を要する。また、連続式
を二段重ねた二段曝気方式を採用しているメーカーもある。
 

維持管理、豚に例えた5項目

 曝気槽の維持管理のための5項目を豚に例えると、表3のようになる。
(1)曝気槽の処理能力を越えないように汚水を適正に流入させることは、豚
のエサの適正給与量に例えることができる。汚水中のBODが活性汚泥のエサに
なり、汚水処理の専門用語では、エサの給与量をBOD容積負荷(ビーオーディ
ーようせきふか)といい、曝気槽1立方メートル当たり、1日に流入するBOD
の量で表す。おおむね曝気槽1立方メートル当たり1日0.5キログラム以下が適
正給与量である。自分の浄化槽の設計書があったら確認してみていただきたい。
表3 曝気槽の維持管理のための5項目
(2)活性汚泥の濃度は、豚の体力に相当する。エサを消化し生長する豚の体
力は、BODを浄化してきれいな処理水を作る活性汚泥濃度(微生物の濃度)に
相当し、汚水処理の専門用語でMLSS(エムエルエスエス)という。だいたい
5,000mg/Lくらいの濃度が適当である。MLSSを測定するのは大変なので、
SV(エスブイ)による簡易推定がよく行われている。SVの測定は図6に示す
ように簡単で、1Lのメスシリンダーに曝気槽の活性汚泥を入れ、一定時間(
図6では30分間)静置してそのときの容積を読み取る。例えば図6ではSVは約
58%になり、SVとMLSSは一定の関係があるので、MLSSを推定することがで
きる。
図6 SVのはかり方
(3)豚も活性汚泥も酸素が必要で、酸欠状態では、どちらも死んでしまう。
そのため、活性汚泥処理施設の設計の時に十分な酸素が供給できるように設計
計算している。稼働している施設では、曝気槽の水中に溶けている酸素濃度を
測定するが、汚水処理の専門用語では、水中に溶けている酸素濃度をDO(デ
ィーオー、または溶存酸素(ようぞんさんそ))と呼び、一般に、2mg/Lく
らいのDOはほしいものである。

(4)汚水が曝気槽の中で浄化にかける時間が重要になる。これを汚水の滞留
時間と呼んでいる。豚に例えればエサの消化時間といえる。例えば、1日に1
立方メートルの汚水を、10立方メートルの曝気槽で処理すると、滞留時間は1
0m3÷1m3=10日間と計算される。滞留時間はメーカーの方式によってさま
ざまで、1日〜数十日間の幅がある。

 最後に
(5)放流水の水質チェックが重要である。豚の出荷体重なり枝肉重を把握す
ることは養豚農家にとって非常に重要であると同様に汚水処理施設から出る放
流水質をチェックすることが重要である。しかし、BOD、SSの測定には熟練
を要し、どこでも簡単・迅速に測定するわけにはいかないのである。そこで、
透視度計(写真3)を利用して簡易推定している。豚舎汚水は濁っていて透視
度が低いが、浄化処理が進んで水質が良くなるほど透明で透視度が向上する。
従って、透視度を測定すれば、BODやSSを推定できるのである。透視度からB
ODやSSの濃度をすぐに換算できる簡易推定尺も開発されている。
写真3 透視度計
 

なんでだろう、きれいになった隅田川

 日本人、1億2,000万人のし尿(下水)は、ほとんど活性汚泥法で処理され
ている。水洗トイレから出た下水や、くみ取りし尿は、最終的には活性汚泥法
で処理され、河川や海に放流されている。あの隅田川が近年きれいになったの
も、活性汚泥法のおかげなのである。昔は汚水が隅田川に流れ込んでおり、当
時の隅田川は真っ黒なドブ川であった。近年、隅田川には屋形船が浮かび、橋
巡りは観光資源となり、夏の花火大会は風物詩となっている。なぜ隅田川はき
れいになったのだろうか。下水道関係者の努力によって下水を活性汚泥法で処
理したため、隅田川に汚水が流入しなくなったことに他ならない。

 われわれは自然の恵みのきれいな水で、豚を育てたいと願っている。水が悪
ければ豚も健康に育たないわけである。きれいな水を使わせてもらったことで
自然の恵みに感謝し、豚舎汚水は浄化してから自然に還すのが、一流の養豚人
の務めだと思う。そのために、活性汚泥法(浄化槽)をうまく使わせてもらっ
て、今からでもやろう! 環境対策である。

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