◎調査・報告


国際競争時代の採卵養鶏業

株式会社 ピーピーキューシー研究所
代表取締役社長 農学博士 加藤 宏光


規模拡大の歴史

 戦後の農業の歴史をたどってみても、採卵養鶏という産業は必ずしも保護の
厚い農業分野ではなかった。もっとも、古くは農業後継者育成資金や規模拡大
のための制度資金、最近では、ウルグアイ・ラウンドに基づく国際競争を前提
とした農業の構造改善事業の一環として、いわゆる《スーパーL資金》という、
金利補助のある制度資金等の低金利で返済期間の長い経営構造改善のための資
金があった。


 また、低卵価に対応するための基金としての《卵価安定基金》や飼料価格が
急騰した場合に備える《飼料価格安定基金》があるが、いわゆる補助金部分は
それらの基金組織をハンドリングするコストに消え、生産者が積み立てた金額
が緊急時に割り戻されるというのが実態といわれる。こうした歴史をさかのぼ
ってみても、採卵業界は原則として自律的に発展してきたといえる。


 採卵養鶏業界の発展史を振り返ると、規模拡大による経営の合理化の足跡が
みえる。表1に第二次世界大戦後の業界の規模拡大を示した。平均数値をその
まま鵜のみにはできないとはいえ、規模を拡大し生産工程を合理化することに
よって発展してきた歴史が如実にうかがえる。



情報のもつ意義

 情報化時代といわれて久しいが、いつの間にかすべての産業に情報が必須の
条件として組み込まれるようになっている。情報化時代が巷間にささやかれる
ようになったのは、1986〜7年頃であろうか。当時混沌としていたコンピュー
タの利用法を前提とした専門雑誌に5年余り連載したが、通常会話に使用され
る《情報》という単語と専門用語のように扱われる情報化という言葉に含まれ
る《情報》とが同じに感じられず、あえて情報という単語について辞書を紐解
いて記述したものであった。


 それからおよそ20年、当時プログラムなしで購入して、高価な、物置の肥や
しとなったコンピュータも、今ではインターネットを駆使するためのツールと
して家庭に必需のものとなりつつある。


 現代では、むしろ氾濫する情報の中でどれが自分にとって必要・重要で、ど
れが不要なものかを取捨選別する眼を養うことが最も大事といえる。


 先端産業であるIT関連業種を始めとする種々の生産分野で中国脅威論が隆盛
を極めている。数年前のシイタケ、ほうれん草のように農業分野でも安い労働
費を前提として、国産の1〜2割の価格で輸入され、市場に出回ったために、『
このままでは国内農業が壊滅する』という切迫した危機感が叫ばれ、このムー
ドは採卵業界をも席巻した。


 私に直送される業界の専門情報によれば、昨年(平成14年)初めから数カ月
は中国からの輸入卵の脅威についての啓蒙記事がクローズアップされている。
曰く


 ・ 最大の関心事は中国卵と鳥インフルエンザ
 ・ 中国産エビ・鶏肉・野菜、安全か
 ・ 消費者の信頼に応えうる安全・安心な国産鶏卵の生産
 ・ 国際競争に耐えうるコストダウンの実現
 ・ AI(鳥インフルエンザ)・中国卵対策などの推進


 この後に鳥インフルエンザの発生等の問題で中国卵の輸入ムードが静まり、
その後平成15年に至っては史上最低の卵価におののく業界にとっては中国から
の輸入は話題に上らなくなった。


 こうした中国脅威論を前提として、現地の調査をすると、意外な中国の実力
が浮かび上がってくる。確かに初生ヒナコストを初め、わが国に比較して低コ
ストの資材も多い。また、周知のように人件費は日本の30分の1を下回る。で
は彼らの生産物が直ちに果たしてわが国を脅かすものだろうか。


国際競争と国情の差異

 話は変わるが、私どもは、20年前にある人に紹介されたフィリピン人の要望
に応えるべく、パナイ島のイロイロ市という町に採卵養鶏を興す手伝いをした
ことがある。


 当時の彼の国と日本の業界状況を対比してみる(表2)。


 この折に私が協力を仰いだ生産者および流通業者との業態分析によれば、
 1) フィリピンにおいて採卵業を営めば、前途洋々たるものであろう
 2) わが国における労働者が3Kを嫌う現状(1986年当時)を前提とすれば、
   養鶏のように4K・5Kの労働環境には人が寄り付かなくなるだろう
 3) とすれば、内需を前提とする産業構造が輸入産業化するか、労働を人か
   ら機械に移す以外にない
 4) 労働力がある意味で商品であることを踏まえれば、社会が(会社が)人
   の労働力に期待しない部分が機械化され、つまりは労働が機械に奪われ
   ることになる
 5) 労働を売る市場が狭くなった結果、単純な労働力はゼロサム化し、最終
   的には労働力過剰になる


といったものであった。


 これらの予想の中で1)は完全に外れた。まず、フィリピンにおける飼料は
輸入で、円が強くなるに従ってわが国における飼料コストの方が安くなったこ
と、彼らには経営を計数管理する能力が劣り、加えてプライドが高いこと、階
層化社会で経営者若しくは指導者がどのような作業に対しても差別せずひたす
ら働くと、被雇用労働者は決して尊敬しない(らしい)こと等が原因で間接的
な指導では思うような展開ができなかった。


 期限の5年が過ぎた頃、フィリピン経営者のものである大理石製の立派な自
宅ができたものの、農場は1,500羽程度になったきりで、その後の展開は寡聞
にして知らない。


中国脅威論の検証

 中国における採卵農業は確かに成長過程にあり、中国においては多くの万元
戸(わが国でいう億万長者)を生み出している。それは、中国12億人の人口の
食生活が向上し、良質のたんぱくとして鶏卵、鶏肉、豚肉、牛肉を摂取する人
々が急増しているからであり、彼らは過当競争に苦しむわが国への輸出にはほ
とんど興味を持っていない。


 実際、2001年(大連市の大規模生産者)と2002年(瀋陽・大連の零細〜中規
模生産者)に現地調査をした経験を踏まえると、彼らの生産形態は日本の35年
前に至る過程と思われる。特に2002年の調査は興味深いので少し紹介しよう。


 この調査は、瀋陽で開発されている農業プロジェクトに意欲をもたれている
中国人R社長の要請で調査とコンサルテーションに出掛けた時のものである。


【中国(瀋陽大連)視察】
 《開発プロジェクトの概要》
 豊沢国際協力KKは瀋陽市内まで121キロメートルあり、開発区まで車で30分。
開発区は全体で172平方キロメートルあり、農場予定の国有地が隣接する。


 プロジェクトは2002年1月28日に決定され、国家計画として記者会見された。
農業に関しては初めての計画となる。


 各プロジェクトの予定地は下図のごとくで、うす水色の領域は花卉・野菜用
地となり、ピンク色の領域は中心区で技術・開発部門が入り、銀行が入る。オ
レンジ・緑色の領域は農業技術都市として将来10万人の人口を擁する都市とし
て発展させる予定である。黄色の領域は牛乳、肉加工品および微生物製品の製
造を予定しており、現在はミルクプラントのみが稼動している。この分野への
日本からの技術協力や投資を期待している。


 このミルクプラントは最大1,000トン/日の製造が可能であるが、現在、プ
ラント周囲で飼育されている900頭の乳牛の原乳が処理されるのみである。

【黒山県の採卵農場視察】
 この地域は、2,000〜5,000羽程度の小規模農場70軒以上で団地を形成し、合
計羽数で20万羽となる。農場内に自家消費用の豚が飼育されている。また団地
内の池には、アヒルが多数飼育されている。


 疾病予防に関しての指導は特になく、それぞれが経験で実施している。大ヒ
ナの導入も、個人の都合により実施している。獣医師の巡回はない。


 ● この農場は、推定2,000羽程度の飼養規模か?
 ● 育成施設がないため、大ヒナ導入
 ● 現在いるロットは2001年5月1日餌付けのもの
 ● 昨年PS(親鶏群)にAIが発生したため、ヒナが不足した(2,692万⇒
   1,814万羽という。比率から約26%の種鶏がAI被害を受けたものと推察
   される)。また孵化状況も不良という(こうした鶏病問題が何年かに1度
   ある)
 ● ヒナコスト 瀋陽のヒナ 昨年1.4元/羽
   今年は2.4元/羽に上がった
 ● 鶏種はローマンブラウンであるが、ハイラインも選べる
   ハイラインのタマゴは小さいが売りやすい(景気と連動しているのか?)
 ● ワクチネーションは行政の推奨のものあり
 ● 産卵成績  ピーク時 1,900個/2,000羽
         現    在 1,400個/2,000羽
         アウト時 1,200個/2,000羽
      廃棄するものは      10個/日
          残 存 率 1,800個/2,000羽
 ● 駄鶏はチェックしない
 ● 飼料コスト:1,240元/t
 ● タマゴ売価:3.6元/Kg
 ● 廃鶏:5元/Kg
 ● 鶏ふん:40元/t(冬場) 20元/t(夏場)[水様鶏ふんは売れないの
   で、門外に蓄積して乾くのを待つ(軟便で困っているとのこと)→自家農
   園用]
 ● 強制換羽は実施しない(廃鶏が高く売れるから)

【以下は仲買人の話】
 ● 9年の経験あり
 ● 自家農場あり(2,000羽程度)
 ● この地域で8万羽/70戸
 ● タマゴの売買は現金で実施
 ● 遼寧の2,000万羽分のタマゴは800トン(10貨車分)となる
 ● 褐色卵が多い。白いタマゴは売りにくい
 ● 買い値:3.5元/Kg 卸値(北京):3.8元/Kg
 ● 日本で用いられるコンテナに、直積みしている。こうした配送で、道路事
   情がよくない中国での流通では相当破卵がでるものと思われたが、『問題
   ない』という
 ● 正常卵は箱詰めで広州に配送(貨車)。3日かかるので、冷蔵トラックで
   貨車まで配送する
 ● 大卵はバラ積みで北京へトラック配送し、卸すとのこと
 ● 自家農場:100Kg餌(サプリメント)と150Kgコーン(自家製)を配合
   して使用する。コーンの粉砕機は全農家が持っている


 道路、建物等の傷みが早く、10〜15年経過しているか、と思って聞いても
ほとんどが2〜3年程度の新しいものであった。こうした現象は、気候条件が厳
しいためかとも想像したが、大連の保税区における日本企業の建物が12年以上
経過しているにも関わらず中国のものに比較して極めて新しくみられ、構造も
しっかりしていることを考え合わせると、材質や工程に相当手抜きがあるもの
と思われる。こうしたコストの節約が日本におけるより多く街で見られるベン
ツ等の高級外車に化けている可能性に気付かされた。

 この国では、地方行政の高級官吏が私企業を経営することを禁止していない。
こうした社会構造は、ともすると経済発展をいびつなものにする危惧を痛感す
る。瀋陽・大連の繁華街の人出や贅沢品の氾濫、あるいはあちらこちらで遭遇
する高速道路の工事の多さを見る限り、中国は好景気と思われるし、GDPの成
長率も7%(瀋陽のそれは12%という)という高い経済成長率は間違いないも
のと思われるが、実際に街で聞く声によれば不景気だという。こうした矛盾も
経済のいびつな発展に起因するものと想像される。

 この国にとって、こうした構造上のずれをどのような形と時期で修正するの
かが極めて大きな課題となるであろう。ただし、こうした富の偏在は資本主義
の実態を表すもので、中国国民が共産主義と資本主義の矛盾にどの程度気付い
ているかは不明である。

 われわれがこの国に関わるに当たって、どのような形が彼ら、われわれにと
って最も適し、それはどういった時の流れに従って変化して行くものかを十分
に理解し、協力をすることが望ましい。

 ちなみに、今回視察した、食肉加工工場における品質管理は目視と手による
秤量で、記録は手書きであったが十分に教育されている印象を受けた。手順を
マニュアル化し、教育を十分に行うこと、少量の生産物をどのようにシステム
化して大量流通に合わせるか、といった工夫とシステム・技術の組み合わせに
より、適当な時間の経過を踏まえて徐々に生産規模の進展をさせることが望ま
しいと感じた。

 一方、食の安全性確保に対する中国中産階級のニーズは高く、これに応えら
れる生産者は急速には育たないことは想像に難くない。こうした事象を踏まえ
た安全性確保へのシステム作りは高い利益性を確保するには大事で、先行者に
多く配分される利益であるので急がれねばならない。緑色革命がどの規模で行
われる場合にもっとも行政の望む基準に適合するものかが現時点では不明であ
る。為政者は、現在の産業実態を踏まえて食の緑色革命を起こしたいのか、近
代化を急いで、国際的に中国の農業が先進産業として出来上がったとして、紹
介したい、という意識が強いものかが不明である。中国では行政の意向を無視
して産業を立ち上げる事はむずかしいと想像される。


流通小作化と生き残り策

 中国やフィリピン製のタマゴが、少なくともここしばらくは、必ずしも日本
のテーブルエッグを脅かす存在でないことを前述した。

 原稿の始めに少し触れたように、平成15年現在の卵価は市場最低を記録する
であろう程の低レベルで推移している。

 平成13年と14年に4,000万円以上の所得を挙げた採卵養鶏家のリストによって
も、概して13年、14年と高額所得者の数も減り、各々の所得額も減少している。
この流れをさらに加速したのが、今年の低卵価であり、ここ数年に多額の所得
を得た大型生産者が節税を前提として急速な規模拡大を図り、不景気風の吹く
市場がこれに歩調を合わせきれないためといえる。ちなみに、バブル経済の末
期であった16〜7年前にも同レベルの低卵価を経験している。その折りには全
農中央鶏卵東京市場への一日当たりの入荷量は1,200トン程度であったが、現
時点のそれは900トン前後で、むしろ生産量は縮小している。

 ここ数年の低迷卵価の中で運営に苦労しているのは、卵価相場にそのまま影
響される、いわゆるレギュラー卵と呼ばれるものである。これまでも決して高
くなかった卵価の環境でも相場に付加価格を付けた、あるいは相場にスライド
しないブランド卵は概して健闘してきた。現在、特殊卵・ブランド卵の生産量
に対する比率はかつての10%内外から50%を上回っているといわれる。こうし
た環境ではすでに特殊種と呼ばれても現実には特殊なものでなくなってきた、
と言える。


 特殊卵の皮切りは、大手飼料会社のブランドとして25年以上の歴史で市場に
定着した、ヨード卵であろう。商品名が示すようにヨード強化をうたい文句に
した特殊卵である。現在市場でみられるブランド卵の主張する特殊性は


 1.味のよさで特殊性を説くもの
 2.DHAやカテキン、ビタミンE等を強化したもの
 3.ポストハーベスト殺虫剤処理をしていない飼料を使用したもの
 4.遺伝子操作をしない原材料で調整した飼料を使用したもの
 5.サルモネラ・エントリティディスに対する安全対策をうたったもの
 6.自然環境で生産したことを強調するもの


などが挙げられる。


 しかし、コスト制限の下で実施している、これらの特殊性は、それが市場に
出回る総量の50%にも及べば否応なしに過当な競争にさらされる。すなわち、
己の利潤追求に貪欲な流通業者の思惑によって、納入価格の競争を強いられる。

 時には、目先の利を追う生産者によって、定着している価格帯が自発的に下
げられ、業界の利益を自ら捨てる結果になっているケースも多い。私はこの情
況を【流通小作化】と呼ぶ。こうした事象は、昨年当初に騒いだ、『中国から
の輸入の脅威』よりまだたちが悪いといえる。なぜなら、『中国からの輸入卵』
の場合、国内生産者にとっては、共通の敵がみつけられる。俗にいう、《敵の
敵は味方》という言葉のとおり、国内生産者は味方と肌で感じることができる
ため、業界に一体感がある。

 私の研究所のある福島県には、15年ほど前に県立養鶏試験場が発掘した『会
津地鶏』というネーティブチキン(地鶏)がある。源平の戦いに破れた平家の
落人が京の都から連れて来た、といういわくのあるものである。

 しばらくして、試験場は卵用会津地鶏なるものを開発した。少々専門的にな
るが、卵用ホワイトロックという外来種の雌に会津地鶏の雄を交配したもので
ある。

 その特性を表3に挙げた。この対比では経済性で外来種にたちうちできるわ
けもない。しかし、マイナス要因ではあるが、これほどの悪い特殊性のニワト
リはそうそういない。そこで、この特殊性をプラスに転じる模索を試みた。す
なわち、ニワトリの経済寿命に目を付けて分析し直したのである。


 若メス1羽の育成コストをその個体の生涯生産卵量(キログラム)で割った
金額を若雌償却費という。外来種では通常の生産期間(18ヶ月・28Kg)で概
ね35円となる。しかし、会津地鶏では産卵率が一定のまま3年でも4年でも産
み続ける。これを前提とすると、8〜10円/Kgとなる。すなわち、ニワトリの
更新負担が極めて低い。また、産卵率が低いため、低栄養の飼料で済むため、
使用する飼料単価も比較的低い(とはいえ、効率が悪いので飼料コストが重む
ことは否めない)。

 紙面の都合で、詳細は割愛するが、これらの諸条件を加味した生産コストは
1個当たり18円程度となった。この程度であれば、濃厚な味を前提とした総合
特殊性で対抗し得る。ハンドリングコストを踏まえて、最終的に1個28円で売
れればペイできる、という結果がでた。そこで、1,500羽の直営の実験農場を
建設して放し飼システムで経営シミュレーションを実施した。

 結論を急げば、3年間の実験結果によって、総飼育羽数を2,500まで増羽す
れば十分にペイできる目処がついた。ちなみにこの事業は当時のスタッフが受
けついで独立して運営している。

 このケーススタディで現在のゼロサム化した採卵業界に対して、以下の事項
を主張し稿を終える。


 ● 国際競争がいわれる中に、時には形を変えた国内競争も有り得ること
 ● こうしたケースでは、国内競争で対抗し得る経営体質の確立が重要である
   こと
 ● デメリット条件をメリットに変えられる事例もあり、常に水平思考を要す
   ること
 ● 現在の流通主導の経済を自分のペースに変える努力が必要であること

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