◎調査・報告


放牧繁殖雌牛の肉は
体脂肪燃焼作用を持つカルニチンを豊富に含有

独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構
九州沖縄農業研究センター 栄養生理研究室 常石 英作



1.はじめに

 国産牛肉に対する安心感の醸成には「安全なえさで健康な牛」が基本となり、放牧飼養に対する関心が高まっている。しかし、肉牛肥育における放牧は肉質等級の評価でマイナスとなるため困難であり、対象はあくまで繁殖雌牛であろう。そこで、長期間放牧された繁殖雌牛の肉について、その化学成分を一般的な黒毛和種去勢肥育牛と比較したところ、食品栄養学的に極めて優れていることが明らかとなったので紹介するとともに、その利用方法を検討した。


2.畜産物(肉)にも機能性成分がある!

 消費者の牛肉に対するイメージは『おいしいけど‥‥なんとなく健康に悪そう』というのが一般的ではないか。これは正しいのだろうか? もちろん「否」。脂肪燃焼作用を持つカルニチン、運動機能を高めるクレアチン、体の錆び付き防止のアンセリンやカルノシンというペプチドなど、多くの機能性成分が含まれている。

 食品中の機能性成分というと、ポリフェノールなど植物由来のものが注目されている。これに対し、畜産物(特に食肉)中の機能性成分は、基本的にヒトも体内合成可能であるためほとんど無視されてきた。しかし、偏った食生活や老化などによって合成量は不足気味となる一方で、ストレス社会における消耗により必要量は増大している。したがって、健康な家畜たちが体内に有している貴重な機能性成分を、食事から摂取することの重要性は高まっていると考えられる。


3.カルニチンを知っていますか?

 多くの機能性成分の中で、牛肉中に際立って多く含まれているものとしてカルニチンが挙げられる。カルニチンの食品中含有量調査*文献−1によると、図1に示すとおり植物にはほとんど含まれておらず、肉類とりわけ牛肉に多い。各種畜肉の調査*文献−2では、鹿、馬、牛など草食動物の肉に多く含まれている。糖質の燃焼に関わるビタミンB1が豚肉に多いことは良く知られているが、カルニチンが牛肉に多いことは余り知られていない。さらに、その役割についても知られていないと思われるので、簡単に記述しておこう。

図1 食品中のカルニチン含量


 脂肪酸が体内で燃焼するためには、ミトコンドリア内への移行が必要であるが、長鎖脂肪酸はミトコンドリア膜を通過することが出来ない。カルニチンと結びつくことによってはじめて通過できる。ということで、カルニチンは脂肪酸の燃焼を助ける働きを持ち、体脂肪の燃焼には不可欠な物質といえる。

 ラットにおけるカルニチン投与効果に関する実験*文献−3では、表1に示すとおり、カルニチンを摂取すると餌を沢山食べても体脂肪が付きにくく(1区と2区の比較)、運動とカルニチン摂取の併用で体脂肪が効率良く燃焼され、ダイエット効果がある(3区と4区の比較)。すなわち、体脂肪を気にして牛肉を避けると逆に脂肪を燃やせない体になってしまうのではないか。ダイエットには「(カルニチンの多い)牛肉を食べて適度な運動」が推奨されることとなろう。


 この他にも、スタミナ源としての効果も認められている。体組織がエネルギー源としてグリコーゲンを利用する場合、直ぐに枯渇してしまうのに対し、脂肪を利用すれば持続的な運動が可能となる。実際にヒトへのカルニチン投与で酸素摂取量の増大による持久能力の向上も明らかにされている。一般的に『スタミナをつけよう』という場合、何となく牛肉を食べることが多いが、豊富なカルニチン含有量から考え、実に理にかなった行動といえる。さらに、カルニチンがヒトの体内で代謝してできるアセチルカルニチンは、精神疲労回復物質といわれ、脳の疲労抑制にも役立つことが明らかにされている。


4.どんな牛肉に多いのか?

 以上のような現代人にとって重要な機能を有するカルニチンが牛肉に多く含まれていることは図1のとおりであるが、どのような飼養管理をされた牛の肉に多いのだろうか。月齢の異なる肉用牛(ホルスタイン種の雄子牛と去勢牛)のロース芯における遊離型カルニチン含量を調査したところ、図2に示すとおり加齢によるカルニチン含量の増加が示唆された*文献−4

2 ホルスタイン種牛ロース芯における遊離カルニチン含量
(平均値とSD)


 同じ月齢の牛でもバラツキがあり、成長の劣った子牛(図3)や、と畜間際の増体成績が劣る肥育牛(図4)でカルニチン含量が高くなる傾向を示した*文献−4

図3 子牛の体重とロース芯カルニチン含量との関係
*:P<0.05
 
図4 肥育牛の屠畜前15週間のDGとロース芯カルニチン含量との関係
*:P<0.05


 去勢ヤギを用いて栄養条件の影響を検討したところ、ロース芯の遊離カルニチン含量は、維持飼料で飼養した場合は136.1mg/100gと、飽食飼養の103.5mg/100gよりも高い値を示した*文献−5。すなわち、エネルギー摂取量が少ない場合、体内蓄積脂肪の代謝が必要となり、カルニチンの体内合成が盛んになったものと考えられる。これらのことから、低栄養で長期間飼養(加齢)された牛の肉にカルニチンが多く含まれるものと考えられる。

 どうも機能性とおいしさとは両立し難いもののようである。このような低栄養での長期飼養という条件を満たす肥育牛は皆無であるが、繁殖雌牛はほとんどが該当する。すなわち、「お母さん牛」は機能性を有する高付加価値牛肉になっているものと期待できる。


5.高付加価値牛肉=放牧雌牛

 長期間にわたり久住高原で放牧飼養された黒毛和種繁殖雌牛2頭の、ロース芯における遊離型カルニチン含量は202.3mg/100gと、27ヵ月齢の黒毛和種去勢肥育牛の68.3mg/100gと比較して、図5に示すとおり著しく高い値となった*文献−5。なお、肥育牛の値でも豚肉の値(20mg/100g以下)と比較すれば、はるかに高い値であることは理解しておいて頂きたい。

図5 ロース芯遊離カルニチン含量
平均値±SE


 また、カルニチンには報告した遊離型の他に脂肪酸と結合している結合型があり、この放牧雌牛と図2の49ヵ月齢と3ヵ月齢のホルスタイン種における総カルニチン含量は図6のとおりであった。

図6 各区のカルニチン含量


 放牧雌牛はカルニチンだけではなく、多くの栄養成分で優れた値を示していた。筋肉へのエネルギー供給を増大し、有名スポーツ選手による利用で注目を浴びているクレアチン含量も、放牧雌牛が4.5mg/gと、肥育牛の3.9mg/gと比較して高い値となった(図7)。

図7 ロース芯クレアチン含量
平均値±SE


 クレアチンは高齢者の日常的な運動能力の改善にも役に立つといわれており、高齢者の健康への貢献も期待される牛肉である。


6.老廃牛に代わる名称が必要

 ところで我々が、肉屋でカルニチンなどの機能性豊富な放牧雌牛の牛肉を購入したくても、表示がないので不可能であろう。これに対し、羊肉ではラムとマトンという呼称があり、マトンがこれに類似している。放牧繁殖雌牛からの肉については「老廃牛」という名前を返上し、新しい価値を有する肉を連想させるような「○○高原放牧牛」などの良い名称を付けて欲しいものである。

 ちなみに羊肉ではマトンという市販品があるので、羊肉にカルニチンが特別多いような錯覚に陥りやすいが、子羊の肉ラムであれば一般的な牛肉と大差がない。消費者は価格と美味しさと栄養成分を考慮して選択すれば良く、生産者や流通業者には、判断材料となる情報提供が求められている。


7.放牧牛活躍のための舞台作り

 放牧雌牛の肉は、一般的な和牛肉と比較して硬くにおいがあることが欠点であり、単に「国産牛肉」としての販売は不適当であろう。利用法としては、食味性における欠点である硬さを細切で、においをスパイスで補うような焼き肉が適していると思われる。

 放牧雌牛の肉が、重要な機能性を有するカルニチンを多量に含むことは明らかであるが、余りにもこれを強調することは食物機能の過大評価であるフードファディズムに陥ることとなる。あくまで、放牧という好ましいイメージにプラスする形で優れた栄養成分を紹介し、食べ物に関する楽しい話題の提供というスタンスを維持したいものである。

 例えば、放牧地での焼き肉提供の場に『カルニチンの多い放牧牛肉を食べて、30分ぐらい草原を散策しよう。体脂肪の燃焼と、心も体も疲労回復!』などというお誘いがあっても良いのではないか。放牧飼養に話題性を持たせ、地域のイメージアップにもつながるものと期待される。

放牧牛の肉にはカルニチンが豊富に含まれる


8.おわりに

 以上、放牧雌牛からの牛肉における機能性成分カルニチンを中心に、クレアチンについても述べてきた。これらは牧草で出来た牛肉という好ましいイメージだけではなく、栄養学的に優れた成分値を示したことから、ある程度裏付けのある高付加価値牛肉としてアピールできるかもしれない。

 しかし、あえて機能性を高めるような飼養をするのではなく、結果として享受すべきものであろう。雌牛は放牧飼養で健康になり、長期間にわたって繁殖能力が持続するため、廃用時には高齢となり、飼い直しを行っても良質牛肉とは成り難い。しかし、貴重な機能性成分であるカルニチンの増加要因である「低栄養で長期間飼養」を実現している。すなわち、機能性成分は長期間にわたって快適な環境で育てられたことに対する、雌牛からの最後の贈り物と捉えるべきであろう。放牧雌牛からの牛肉が機能性成分含量の面から評価され、放牧飼養の普及に貢献することを期待する。

【文献】

《1》多田真瑳子・杉山理・小澤高将「食品中カルニチン含量の酵素法による検討」日本栄養・食糧学会誌37号:pp13−17.1984.
《2》島田謙一郎・関川三男・三上正幸・福島道広・若松 純「日本畜産学会第98回大会号」pp165
《3》辻原命子・谷由美子「高脂肪食飼育ラットの脂肪代謝におよぼすカルニチンおよび運動負荷の影響」日本家政学会誌48号: pp 5 − 9 .1997.
《4》常石英作・松崎正敏・柴 伸弥「牛肉中の遊離型L-カルニチン含量に及ぼす月齢と増体の影響」西日本畜産学会報46号:pp83−85.2003.
《5》常石英作・柴 伸弥・松崎正敏「機能性成分カルニチンを多量に含む高付加価値牛肉の生産(栄養制御と放牧雌牛の活用)」肉用牛研究会報76号:pp53−55.2004.




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