★ 農林水産省から


高病原性鳥インフルエンザ感染経路究明チーム
報告書の概要について

消費・安全局 衛生管理課



 高病原性鳥インフルエンザ感染経路究明チームによる報告書が取りまとめられ、6月30日に公表された。以下、その概要を紹介する。

I 経緯

 2004 年1月、わが国で79年ぶりとなる高病原性鳥インフルエンザが山口県下で発生し、その後3月までに大分県、京都府でも確認され、合計4件の飼育施設の家きん約27万5千羽が犠牲となった。

 本病の発生は、家畜衛生上の問題のみならず、食の安全・安心の確保や人への感染防止等の観点からも総合的に対処することが必要とされ、関係府省庁の緊密な連携による対応措置が講じられることとなった。こうして、3月16日、鳥インフルエンザ対策に関する関係閣僚会合において、「鳥インフルエンザ緊急総合対策」が取りまとめられ、この中で、感染経路の究明については、農林水産省に専門家からなる「感染経路究明チーム」を設置し、早急に進めることとされた。

 農林水産省では、関係府省・機関の協力を得て、感染原因・経路を総合的に検証していくため、3月29日に専門家および発生県の防疫担当者からなる「高病原性鳥インフルエンザ感染経路究明チーム」を設置し、5月7日、6月11日および6月30日にそれぞれ検討会を開催し、取りまとめを行った。

II 検討委員

○ 伊藤 壽啓としひろ

   国立大学法人鳥取大学農学部獣医学科病態・予防獣医学学科目獣医公衆衛生学分野教授

  金井 ゆたか

   財団法人日本野鳥の会自然保護室主任研究員

  塚本 健司

   独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構動物衛生研究所感染病研究部病原ウイルス研究室長

  筒井 俊之

   独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構動物衛生研究所疫学研究部予防疫学研究室長

◎ 寺門 誠致のぶゆき

   農林漁業金融公庫技術参与

  中西 たけし

   京都府南丹家畜保健衛生所所長補佐兼業務課長

  水原 孝之

   山口県農林部畜産課衛生・飼料班主査

  吉武 まこと

   大分県農政部畜産課主幹兼衛生環境係長

  米田 久美子

   財団法人自然環境研究センター研究事業部研究主幹

注:◎印は座長、○印は座長代理。五十音順。 (平成16年6月30日現在)

III 報告書の構成

 第1章 高病原性鳥インフルエンザ発生の概要(事務局)

 第2章 発生地における疫学調査について

  1山口県における疫学調査について(水原委員)

  2大分県における疫学調査について(吉武委員)

  3京都府における疫学調査について(中西委員)

 第3章 ウイルスの性状分析について(塚本委員)

 第4章 野鳥におけるウイルス及び抗体の保有状況調査について

(伊藤委員)

 第5章 野鳥に関する調査について

(金井委員、米田委員)

 第6章 総合的考察

(寺門委員、筒井委員)

IV 報告書における総合的考察の概要

1 感染経路について

(1)発生の特徴

 ア 発生農場の飼養形態

   3府県4カ所の発生場所の飼養形態については、山口は3万5千羽の採卵鶏農場、大分は14羽の愛玩鶏飼養民家、京都は22万5千羽の大規模採卵鶏農場と1万5千羽の肉用鶏農場であり、その規模、飼育方法は大きく異なっており、相互に関連性は認められない。

 イ 発生地域の特徴

   山口の発生場所から、大分と京都の発生場所まで、直線距離にしてそれぞれ140kmと360km 離れている。また、韓国で確認された最南端の発生場所(慶尚南道)から大分・山口は350km 以上、京都は700km 以上離れている。発生地はそれぞれ山間部にあり、特に山口の発生農場、京都の初発農場は集落から離れた最も奥まったところに位置し、近隣には水きん類が生息する池や水辺が存在している。一方、大分の発生民家は山間部の集落内にあるが、山が迫ったところに位置するということでは共通するが、周辺環境は異なっている。

 ウ 発生時期の特徴

   2003年12月から2004年にかけて、わが国と同じ血清亜型H5N1による鳥インフルエンザの発生が、韓国、香港、中国で報告されている。

   発生国中最も近隣でかつ分離ウイルスの近縁性が確認されている韓国においては、2003年12月10日から23日にかけて14件の発生報告がなされ、その後散発的に翌年3月20日までに5件の発生が報告されている。

   山口で最初に鶏の異常が確認されたのは2003年12月28日であり、その後、大分で翌年2月14日、京都で2月17日にそれぞれ最初の死亡鶏が確認されている。

   鳥インフルエンザの潜伏期間は、一般的に数時間から7日間と考えられており、山口分離株を用いた鶏の接種試験では、死亡までに平均48時間を要していることから、山口では12月下旬、大分、京都では2月中旬に鶏群にウイルスが侵入したと考えられる。

(2)分離された鳥インフルエンザウイルスの特徴

 ア 分離ウイルス株の相同性

   山口、大分、京都(初発農場)の発生場所において分離されたウイルス株の遺伝子解析の結果、これらの株は相互に相同性が非常に高いが、塩基配列に若干の違いがあり、同一起源であるが、比較的近い時期に分化した異なるウイルス株であることを示していた。したがって、山口、大分、京都での発生は、それぞれ別の感染源による独立した発生であった可能性がある。また、京都における4例目の発生農場で分離されたウイルス株は、3例目の農場と同じであった。なお、いずれの株も韓国で分離されたウイルス株と高い相同性が認められている。

 イ 分離ウイルスの病原性と宿主の感受性

  (1) 鶏

    今回分離されたウイルス株(山口、大分、京都由来)は鶏に対して非常に強い病原性を示し、鶏の全身で高い増殖性を示した。特徴的な臨床症状を示さず突然死する鶏もあった。

  (2) その他の鳥類

    カラスへの感染試験では、死亡するものはなく、4羽中3羽は元気消失などの症状も認められなかったが、抗体が検出されており、感染は成立していたと考えられる。京都の初発農場では、鶏の死体があった堆肥置場に1,000羽以上のカラスが集まっていたとする報告があるが、この報告数からするとウイルス感染が確認されたカラスの数(9羽)は少ない。カラスは本ウイルスに対する感受性はそれほど高くなく、感染しても耐過するものが多い可能性がある。

    カモへの感染試験では、全身臓器からウイルスが回収されたが発症・死亡することなく耐過して、本ウイルスのキャリアーとなり、感染源となる可能性が示唆されている。また、セキセイインコとムクドリにも実験感染が成立し、特に、セキセイインコでは致死性が高いと考えられる。スズメの感染試験では、脳や呼吸器から高濃度のウイルスが回収され、高い死亡率が確認された。

  (3) ほ乳類

    マウスの感染試験では、8割近くが死亡し、ウイルスは脳および肺から高率に分離され、糞からは検出されなかった。したがって、ネズミの糞を介した伝播は起こりにくいと考えられた。ミニ豚に対する感染試験においては、ウイルスに感染が成立しなかったことから、本ウイルス株に対して豚は抵抗性であることが示唆された。

 ウ ウイルスの伝播力

   京都の初発農場から感染鶏が出荷されてしまったため、関連食鳥処理施設やレンダリング施設でウイルスが検出されたが、運搬経路近辺の農場への感染拡大は認められなかった。また、鶏舎周辺環境は高濃度のウイルスに汚染されていたと考えられるが、カラスなどの野生生物、人、車両が出入りできたにもかかわらず、近隣の1農場のみへの伝播であった。同居感染試験においても、感染鶏が少ない場合には同一ケージの鶏や隣接ケージの鶏に伝播しない場合があった。

   今回発生したウイルスの特徴として、人や物の動きによって急速に農場間に伝播していくものではなく、一定量のウイルスに鶏が暴露されなければ新たな農場への伝播は起こりにくいと考えられた。

(3)低病原性ウイルス株が高病原性に変異した可能性

  今回の発生では、(1)周辺農場の調査において、鳥インフルエンザウイルスおよび抗鳥インフルエンザウイルス抗体は検出されていないこと、(2)周辺環境の野鳥762 羽中1羽から低病原性のウイルス(H5、H7型以外)が分離されたが、この株が変異して高病原性を獲得したとは考えられず、また、陸鳥295羽から抗H5抗体は検出されていないこと、(3)2002年に分離された低病原性株H5N3 亜型は今回分離されたウイルス株とは遺伝学的に異なること、(4)3地域から分離されたウイルス株には高い相同性があり、各地で低病原性から高病原性への変異がそれぞれ偶発的に起こったとは考えにくいことから、国内で低病原性の鳥インフルエンザウイルスが高病原性に変異したとは考えにくい。

(4)海外からの侵入の可能性と侵入経路

  発生農家の疫学関連調査で韓国等の鳥インフルエンザ発生国と直接関係する人や物の出入りは確認されていない。また、地域も飼養形態も大きく異なる3農場で、感染源となるような輸入鳥や畜産物が同様に関与していたとも考えにくい。したがって、海外から人や物を介して農場に持込まれたウイルスが3か所での発生につながったとは考えにくい。

  一般に、鳥インフルエンザの侵入ルートとして、野鳥、特に水きん類の関与が疑われており、発生地域であった朝鮮半島等から水きん類を始めとする渡り鳥が多く飛来すること、カモ類は鳥インフルエンザウイルスに対する抵抗性が強いことから、ウイルスを糞中に排出するキャリアーとなることが知られている。また、本ウイルスは一般に糞中4℃で35日間程度生存するといわれており、冬季の低温環境等を考慮すれば、発生前の比較的早い時期にウイルスが持ち込まれた可能性も否定できない。

  一方、陸生鳥類の一部であるツグミ類やセキレイ類などは養鶏場の堆肥置場に直接飛来するが、これらの中には渡り性の種があることから、これらの陸生鳥類が韓国等で感染し、本病のウイルスをわが国へ持ち込んだ可能性も否定できない。

  山口、大分、京都の発生場所は水きん類が飛来する河川、池などの水辺が近隣に確認されている。

  以上を考慮すると、朝鮮半島等から渡り鳥によってわが国にウイルスが持ち込まれた可能性があると結論づけられる。

(5)農場および鶏舎内への侵入経路

  一般に、カモなどの水きん類が直接鶏舎内に侵入するとは考えにくい。この場合、カモ類では、腸管でウイルスが増殖し、その排せつ物に大量のウイルスが含まれることが知られていることから、カモなどの渡り鳥の糞が感染源となり、付近に生息する留鳥、ネズミ等の動物や人などの媒介により、鶏舎にウイルスが持ち込まれた可能性が考えられる。

 ア 人家付近に生息する留鳥

   渡り鳥と留鳥が接触する機会は少ないと考えられるものの、糞中のウイルスに汚染された水を介して留鳥が感染した場合、鶏舎内に侵入し、鶏の感染を引き起こすことは考えられる。

   山口の鶏舎内では、カラス、ハト、スズメ、セキレイが、京都で鶏舎内にスズメなどが確認されている。大分でもスズメなどが周辺にいたことが確認されている。

 イ 車両、人、物

   渡り鳥やその糞に接触した人や車両が農場へ持ち込む経路も考えられるが、調査の結果、野鳥と接触した人は確認されていないこと、汚染が疑われる器具・機材などは確認されていないこと等から、これらのものが野鳥の生息場所からウイルスを農場周辺へ運んだ可能性は低いと考えられる。

   一方、渡り鳥などにより農場周辺がウイルスに汚染された状況下では、鶏舎内へのウイルス持込みに人が関与している可能性はある。発生農場では踏込消毒槽を設置していなかった農場もあり、鶏舎ごとの防疫措置は十分ではなかったことから、作業従事者が靴や服などを介して、ウイルスを鶏舎内に運んだ可能性は考えられる。

 ウ 飲料水、飼料

   京都の初発農場では8号舎および9号舎で、カモの飛来が確認された池の水を使用していたが、初発は8号舎の中央付近に固まっており、同じ水源を使用する9号舎の発生は5〜6日遅れていることから、この池の水が直接感染源になったとは考えにくい。

   大分では鳥インフルエンザが発生した小屋のみ、前日夕方に池の水を与えていた事実があるが、池の水は常時流入・放流されており、飲水後20時間未満で鶏を死亡させるウイルス量が流水中に混入していたとは考えにくい。しかしながら、他の小屋で飼養されていたチャボには発生がなかったことを考慮すると、給与した水に偶然に感染した野鳥の糞が混入していた可能性も完全には否定できない。

   山口と京都の初発農場では、飼料の汚染自体に起因するような発生の様相は見られなかった。また、大分では共通の飼料を3つのチャボ小屋に給餌していたこと等から、飼料を介した感染の可能性は低いと考えられた。

 エ ネズミ、昆虫

   山口および京都の初発農場はともに鶏舎内でネズミが活動していた形跡が確認されている。マウスに対する実験感染において、感染性は確認されているが、腸管からウイルスが分離されていないことを考慮すれば、その伝播における役割は限定的であるが、鶏舎周辺の感染した野鳥の糞や死骸との接触によりウイルスを体に付着させて農場周辺から鶏舎に持ち込む可能性はある。また、ハエなどの昆虫が鶏舎周辺のウイルスを体に付着させて鶏舎内へ運ぶ可能性も完全には否定できない。

(6)農場間の伝播

  京都においては、初発農場に引き続いて約4km 離れた肉用鶏農場で発生が認められ、2つの農場から分離されたウイルスは遺伝子配列がほぼ100%一致していることから農場間の伝播と考えられた。

  京都の2農場を結ぶ人や物の移動は認められていないが、初発農場で死亡が増加し始めてから通報までの約10日間にウイルス拡散を防止する措置がとられていないまま人や車両が近くの一般道を通行していたこと、同様に死亡鶏を搬出していた堆肥置場へ野鳥や野生動物が自由に接触することができたことから、これらを通じた地域内でのウイルス拡散が考えられる。初発農場での死亡鶏は外界の野生動物やカラス等の野鳥が接触できる場所に放置されていたことから、4km 先の農家の周辺へこれらの野生生物が持ち込んだ可能性は考えられる。また、移動規制が行われる前に既に報道関係者が初発農場を訪れており、周辺の養鶏農家へも立ち入っていたことも確認されており、これらの人や車両が農場周辺へウイルスを運んだ可能性も否定できない。なお、鶏舎への直接の侵入経路を特定することは困難であるが、スズメやネズミなどの野生生物、昆虫などによる媒介が考えられる。

2 発生予防、まん延防止対策の提言

(1)疫学調査

  高病原性鳥インフルエンザのような伝染病が発生した場合の基本方針は病原体をいかに迅速に死滅させるかであり、病原体を保有する患畜はもとより、そのおそれのある動物、飼料、排せつ物等のすべてを迅速に処分し、消毒しなければならない。

  さらに、まん延防止のために、移動制限区域等を対象とした清浄性の確認検査が実施されるため、ひとたび発生が確認された現場では、防疫措置の実行であたかも戦場のごとき様相が展開される。

  一方、感染経路の究明には、科学的なデータに基づいた詳細な疫学的調査が不可欠であるが、通常、現場での防疫措置が終了した後に調査チームが結成されて、関係者からの聞取りや現場検証が開始される。しかしこの時点になると、究明に役立つ物的証拠そのものが防疫措置によって処分されていることが多い。

  さらに、現場の従業員等からの聞取りについても、人の記憶は時間の経過とともに薄れるためか、調査そのものを混乱させることすらある。

  これらの問題点の改善策として、以下の点が考えられる。

 (1) 平時から伝染病の発生を想定し、発生の際には疫学調査チームを立ち上げ、できるだけ早い時期から情報の収集、必要な科学的データ作成のための材料採取等の疫学的調査を開始する。

 (2) 疫学調査チームは、獣医学専門家のみならず、野生鳥類、野生動物、衛生昆虫等の専門家で構成する。

 (3) 疫学調査チームは、現地の家畜保健衛生所と連携をとりながら現場に入り込み、疫学的調査に係る指示等を行うとともに、その後のまん延防止のためのアドバイザー的役割も果たす必要がある。

(2)国際間での連携協力

  2003年に、世界中で大問題となった人のSARS 感染症に関しては、疾病の発生状況を始め、分離ウイルスの性状等に関する最新情報を各国が共有して有効な防疫措置がとられた結果、世界的な大流行には至らず、国境のない伝染病の防疫に対する国際間連携協力の必要性が改めて再認識された。

  今回の鳥インフルエンザの発生においても、同時多発的に近隣諸国でも発生していたことから、各国で分離された本病ウイルスの分子疫学に多くの関心が寄せられた。

  そのため、韓国分離株を入手し、日本分離株と比較検討し、遺伝的に近縁であることを明らかにし、さらに、死亡者を出したベトナムやタイの分離株と比較検討した結果、これら東南アジア由来株と日本分離株とは遺伝子型が異なっていることが分かった。

  当時、ベトナムとタイではH5N1 亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスによって20数名の死亡者が出ていたことから、マスコミ等では東南アジア株と日本や韓国での分離株との異同に大きな関心が寄せられていた。結果的には、情報を迅速に公開することによって、無用な恐怖心や混乱を避けることができたといえよう。

  新しい病気や病原体については、その後のワクチン開発等を考えると、研究者の知的所有権等の問題が障壁となり得るが、本病の防疫を効率的に行うためには、少なくとも国際間での情報の共有が極めて重要である。

  一方、国内では、文部科学省、農林水産省、厚生労働省、環境省関連の研究機関が参加して緊急調査研究が実施され、貴重な基礎データが集められたことは、本病に関する連携協力が生んだ大きな成果の1つであった。

  本病は国境なき伝染病であることから、日本だけでの問題解決が難しいこともある。アジア諸国はもとより、世界各国との情報交換、技術協力等を通して各国での発生を防止できれば、結果的には日本での発生防止にもつながる。このように、本病の防疫に関しては国内はもとより、国際間での連携協力が不可欠である。

(3)研究推進

  鳥類に感染するインフルエンザの自然宿主は、野生のカモを主とする水きん類とされている。カモが保有するウイルスは腸管でだけ増殖し、宿主であるカモに対しては無害である。

  ところが、このウイルスが鶏のような家きんの世界に入り込み、そこで感染、増殖を繰り返すうちに、鶏に対して強い病原性を示す変異株(高病原性ウイルス)が出現することから、本病の起源はカモなどが自然に保有している低病原性のウイルスであろうとされている。

  とはいえ、高病原性鳥インフルエンザウイルスにはいまだに不明な点が多い。このため、特に養鶏関係者からは、有効なワクチン開発への要望が強い。現在世界に存在する不活化ワクチンは、感染を受けた鶏の病勢の悪化を防ぎ、腸管からのウイルス排せつ量を低減させるが、野外でのウイルス感染そのものは防げない。そのため、国の防疫方針は摘発・とう汰を原則とし、感染が拡大して通常の防疫措置では防ぎきれなくなった場合にのみ緊急的に使用することとして、国家備蓄をしているのが現状である。最近、新しいワクチンの開発をめざした産・学・官での共同の取組がスタートしている。今後の研究成果に期待したい。

(4)今後の予防対策

  伝染病予防の原則は、3つの発生要因、(1)病原体、(2)感受性動物、(3)感染経路のいずれか1つ、または複数の要因を遮断することにある。

 (1) 本病は、国境を飛び越えて侵入してくる伝染病であることから、世界各国との情報交換を密にするとともに、中国、韓国、ベトナム、タイ等東南アジア諸国との共同研究や技術協力等を通して、各国での本病の発生防止に貢献する必要がある。

 (2) 養鶏場での野鳥対策を強化する必要がある。特に、野鳥と接触する機会の高い鶏の放し飼いには十分な注意が必要である。また、開放型鶏舎の場合は、窓等に防鳥ネットを張って、スズメ、カラス等の野鳥が舎内に入り込まないようにするとともに、鶏舎内の飼料管理の徹底、鶏糞、堆肥置場等への侵入防止対策も強化する。

 (3) 本病の発生国からは、愛玩鳥を含めて鳥類の輸入を禁止する。

 (4) 野生動物対策にも注意を払う。特に、養鶏場内のネズミ、イタチ類、さらにハエ、ゴキブリ等の衛生害虫対策を強化する。

 (5) 給水用の水は、飲用に適したものか、消毒したものを用いる。少なくとも、野鳥や野生動物との接触が考えられる生水を直接鶏に与えてはならない。

 (6) 養鶏場の出入口や鶏舎内の出入口には消毒槽を常備して、車両、器具、従業員等の消毒を徹底するとともに、部外者の農場内侵入を厳しく制限する。

 (7) 養鶏場で働く従業員に対しては、衛生管理の教育の徹底、養鶏場内での作業動線の適正化、作業記録の徹底を図るとともに、本病の発生状況等に関する最新情報を常時提供して、注意を喚起する。

 (8) 今回の発生農場のうち1例目と3例目の場合、夜間には養鶏場そのものが無人化しており、鶏舎の施錠もされていないことがあった。人里離れたところであっても、防犯対策には十分な注意が必要である。

 (9) 本病の的確なまん延防止のためには、早期発見が極めて重要である。このため、国内における適切な通年検査(モニタリング)を実施するとともに、それぞれの農場においても、日常の健康観察を徹底し、鶏群の異常をできるだけ早期に把握する必要がある。

  なお、1例目の農場では、鶏舎への出入口に消毒槽が用意されておらず、日中、鶏舎の扉は開けられたままでスズメ等野生鳥類の自由な出入りが目撃されている。さらに、鶏舎内にはネズミが外から出入りすると思われる穴、天井にはネズミが食いちぎった跡がいたるところで観察されている。したがって、これらの野生鳥類や動物が仮にウイルスを保有またはウイルスで汚染されていれば、鶏へ伝播する可能性はあったものと推察される。

  一方、3例目の京都農場の鶏舎では、給水用の水として野生のカモが飛来している池の水が無消毒のまま用いられていた。また、鶏舎に隣接する開放型の堆肥置場には、死亡した鶏が無造作に投げ捨てられており、それを狙って野生のカラス等が群がっていた。

  このように、本病が発生した農場では日常的な衛生管理においても多くの不備が認められており、そのことが発生への引き金となった可能性は否定できない。人を含めて動物は、決して無菌的な環境下で生きているわけではない。しかし、衛生管理を徹底すれば、本病の発生を予防することは可能である。


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