◎今月の話題



米国におけるBSEの発生にあたって

東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授 小野寺 節


1. 米国のBSE

 平成15年12月9日に、米国ワシントン州ヤキマで、立上がれなくなった牛の材料が、アイオワ州の獣医局研究所に送られた。その結果、予備検査でBSE(牛海綿状脳症)であるとされた。その後、軍用ジェット機で、材料は、検査のために英国に送られた。同牧場では4,000頭の牛が飼育されている。テストの結果が出るのに時間がかかったために、肉は流通されてしまった。その背景には、米国特有の事情がある。つまり、農場の省力化、国境を超えての多数の牛の移動、機械化による大量の牛解体・搾牛・飼料生産で、その結果、汚染の拡大が容易である。

 米国では、3,500〜3,700万頭の牛が毎年と殺されている。その中で病牛2万頭がBSE検査を受けている。2003年12月26日にその中の1頭がBSEである事が英国の獣医研究所(VLA)の確定診断により明らかにされた(表1)。

 米国で問題とされているのは、Downer cow(歩行困難牛)を食用とするか否かである。これについて年間20万頭がDowner cowと考えられているが、これについて、BSE検査をすべきか、否かが議会で問題とされている。

 しかしながら、現在最も問題とされているのは、米国のBSE牛がどの様な飼料を食していたかと、同様な飼料を食した牛が現在どの程度、どこに存在するかである。

表 1  12月24日の米国農務省のプレスリリース(概要)
 

 米国は、2003年12月30日にBSEに関する追加安全対策を発表した。それは、(1)downer cowの食用流通を全面的に禁止。(2)特定危険部位の食用禁止について、法的に禁止を拡大。具体的には、生後30ヵ月齢以上の牛の脳や脊髄、目などの食品化を禁止する。骨に残った肉片を回収する際、神経組織の混入を防止する品質管理を強化する。頭部に圧縮空気を当てて牛をと殺する処理方法を禁止する(脳の断片が特に肺に混入する可能性があるからである)。機械で分離した牛肉(Mechanically Separated Meat)の流通を認めない(特定危険部位が充分に除去されないからである)。(3)BSEの安全認証制を拡大、である。Downer cowは日本では、食肉処理場に送られないため、食用にされる事はない。したがって、米国の対策は日本の制度に一歩近づいたものといえよう。

 日本の農水省は、動物検疫所に対し、米国からの牛およびめん羊・山羊並びそれら動物由来の肉製品等(肉および臓器並びにそれらを原料とした加工品等)の輸入検疫証明書の発行を一時停止するよう指示し、緊急に輸入停止措置を講じた。

2. 牛海綿状脳症とは

 牛海綿状脳症(BSE)は、羊のスクレイピー病原体が牛に伝達された結果と考えられている。スクレイピーは欧州で1755年に最初に報告されている。スクレイピーは、オーストラリア、ニュージーランドを除く世界各国に伝播していると考えられている。しかも英国で特に多く、この国は1988年まで羊、牛、内臓を化製工場で処理し、肉骨粉化し、栄養補給剤として反芻動物を含めさまざまな動物に給餌していた。

 BSEの病原体の起源がスクレイピーか否かについては未だにさまざまな論議を呼んでいる。2000年10月26日の英国BSE inquiry(調査報告)では、この病原体は1970年代、英国牛の体細胞変異(プリオン遺伝子変異)で出現したとの説を出している。これはこの調査委員会の委員が弁護士を含む法律専門家であったため、プリオン遺伝子の変異の確率計算の数字を重要視した結果である。しかしながらこの報告は、2001年の英国海綿状脳症諮問委員会(SEAC)によって否定された。病原体起源説のいずれが正しいにせよ、70年代後半における世界的な石油危機によりエネルギーコストが低減され、80年初頭に英国で導入された化製方法が、病原体消毒不完全をもたらしたと考えられる。病原体が消毒されないまま肉骨粉に含まれ、牛に感染したと考えられる。感染した牛の死体は回収されて化製工場で肉骨粉化された。その結果、病原体が牛でさらにリサイクルされて、病原体が強毒となり、最終的に牛型病原体が出現し、BSEの大発生になったと考えられている。

 病原体の肉骨粉由来はすでに86年には推測され、英国および他の国では牛に対する肉骨粉の給与が禁止された(表2)。英国では88年から肉骨粉を反芻動物に与えることが禁止され、その結果、92年からBSE発生が減少した。しかしながら今まで18万頭以上の牛が発病した。96年には、450万頭の30ヵ月齢以上の牛が殺処分されたことから、この病気は英国畜産業に重大な被害を及ぼしている。また、牛由来産物を用いる獣脂、ゼラチン、製薬業界も同様に重大な被害を受けている。

 BSE発生は英国に限らない。英国からの生牛あるいは肉骨粉の輸出により、欧州および日本でBSEが発生している。英国では92年以来発生件数が減少しているが、フランス、ポルトガル、ドイツ、スペイン、アイルランドでは症例は増加している。増加の原因は、後述する(1)食肉処理場におけるアクティブ・サーベイランスと(2)免疫学的検査手段の改良によるところが大である。また本来、豚・鶏に用いられるはずであった牛肉骨粉がそれらの国で牛用に用いられていることも増加の原因と考えられている。BSEは多くの国の国内産牛で発生しているが、その感染経路については不明な点が多い。それは海外からの肉骨粉に直接由来するのか、国内産牛で増幅された病原体の肉骨粉に由来するかは不明である。病原体がどこに由来するかは別として、病原体が肉骨粉でリサイクルされる経路は、英国以外でも同様に実行されたと考えられる。

 BSEはオーストラリアをはじめ、農地の大きい国には発生しない。それは、牛、飼料原料その他を歴史的に全くあるいは少ししか、海外から輸入していないからである。英国に限らず、ほとんど全ての国において化製過程が省エネルギー化したのにもかかわらず、BSEは最初は英国にのみ発生した。その原因は(1)英国において特に、肉骨粉材料における羊の割合が大であった点と(2)70年代後半に英国でスクレイピーが発生したことによる。

 いずれの仮説においても、病原体が肉骨粉化を通じて増幅された点に変わりはない。BSE病原体としての突然変異が英国のみに起こり、なぜ他の国に発生しなかったのかについての説明はなされないので、英国のみにBSEが発生した原因の根拠としては弱い。ヒトにおいてプリオン遺伝子の突然変異による病気(家族型CJD)は世界中で発生している。したがって、ヒトと同様の変異は牛に限らずさまざまな動物で発生していると考えられる。BSEが英国の牛の突然変異によって起こると仮定したならば、英国の牛は世界で最も不幸な事件に遭ったと考えられる。


表 2  各国のBSEに対する対策
 

各国の変異型CJD予防に対する対策
 

表 3  牛海綿状脳症の症状
 

3. 2003年までの米国における動き

 米国においては、1989年に英国からの禁輸を行なうとともに、1990年よりアクティブ・サーベイランスを開始した。1993年にはサーベイランスをへい死牛(fallen animal)まで拡大した。また2001年には、FDA(米食品医薬品局)長官代行を議長として、海綿状脳症問題に関する各省庁運営委員会を設置している。当時、米国は清浄国であるが、BSE発生を完全には否定できない国(レベル2、EU委員会)の1つと考えられていた。

表 4  米国政府によるBSE関連対策
 

 以上米国におけるBSE対策を述べたが、未だ農場における飼料の品質管理の問題が充分になされていない。現在は少なくともPCRや、ELISA法により、餌に反芻動物由来の蛋白が混入しているか否かの検査は可能である。将来は、飼料製造、販売社、学識経験者を含めた飼料の監視機構が必要とされよう。

参考文献
1.Bovine Spongiform Encephalopathy in Great Britain, A progress report June 2001, DEFRA Publications, London 2001.
2.Transmissible Spongiform Encephalopathies: the European initiative, Offices for Official Publications of the European Communities, Luxembourg, 2000.
3.USDA action to prevent Bovine Spongiform Encephalopathy, FDA background, www.aphis.usda.gov,
www.fas.usda.gov 2002.
4.Key dates in the history, www.affa.gov.au 2002.


おのでら たかし

プロフィール

 74年 東京大学医科学研究所助手
 77年 米国国立衛生研究所(NIH)上級研究員
 84年 農水省家畜衛生試験場製剤研究部主任研究官
 86年同免疫研究室長
 91年より現職


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