◎調査・報告


飼料イネ付着乳酸菌の多様性と
稲発酵粗飼料の発酵特性

独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構
畜産草地研究所 飼料調製研究室長 蔡 義民



1.緒言

   飼料イネサイレージ(稲発酵粗飼料)とは、乳酸菌の力を巧妙に利用して調製された家畜の貯蔵飼料の一つである。稲発酵粗飼料は遊休水田の有効活用、耕畜連携、飼料自給率の向上、水田機能の維持および資源循環型畜産の促進などに、極めて重要な役割を果たしている。現在、稲発酵粗飼料の普及定着に向けた取り組みが推進され、飼料イネの品種の育成、専用収穫・調製機械の開発、良質なロールベールサイレージの調製技術および乳牛や肉用牛への給与技術に関する研究が積極的に取り組まれている(吉田・蔡2003、小川2003)。平成15年度の飼料イネの作付け面積は5,000ヘクタールまでに拡大しており、今後、飼料イネの生産量は、急速な増加が期待されている中で、稲発酵粗飼料の高品質調製および安定供給技術の確立が極めて重要である(蔡2003、蔡ら2004)。

 稲発酵粗飼料の発酵過程において多くの微生物が関与するが、その発酵品質の決め手が乳酸菌である。乳酸菌は分類学的にDNA低G+C含量のグラム染色陽性、カタラーゼ陰性、原則として非運動性、リジン型を中心とした細胞壁ペプチドグリカンなど、多くの共通の性質を持っている細菌の総称であるが、複雑な栄養要求性から、多くの種類のアミノ酸、ビタミン類が存在する環境でなければ増殖できない。したがって乳酸菌は動物・植物界を中心に生息し、人間とも親しい細菌ということができる。

 サイレージ発酵乳酸菌はLactobacillus、Leuconostoc、Lactococcus, Enterococcus、PediococcusおよびWeissellaなど多数の属に分類される(Cai 1999、Cai et al. 1998、蔡ら2004)。飼料作物に付着する乳酸菌の種類、その菌数、発酵形式および生成乳酸の光学異性は、サイレージの発酵品質ばかりでなく、栄養価値や反すう家畜の生理代謝に影響を与える(蔡2001)。また、材料草に共生する酪酸菌、好気性細菌、糸状菌および酵母などの微生物は、乳酸菌の発酵を競合的に阻害し、サイレージ品質の劣化や発酵損失を招く原因となる(蔡2001、2002)。したがって高品質サイレージを調製するための微生物的制御が必要であり、サイレージ発酵乳酸菌の分離、分類および機能解析など、有用な菌株の探索や発掘は重要である。

 本研究は飼料イネ付着乳酸菌の多様性と稲発酵粗飼料の発酵特性について取りまとめたものである。なお、本研究の一部は、プロジェクト『新鮮でおいしい「ブランド・ニッポン」農産物提供のための総合研究』の研究費によるものである。

2.飼料イネに付着する乳酸菌の分離法

 飼料イネに付着する乳酸菌は平板培養法で分離した。試料10gをストマッカ−用積層フィルム袋に採取し、滅菌した生理食塩水90mlを加えて10倍希釈液とし、次にこの液をさらに108倍まで希釈した。乳酸菌はLactobacilli MRS寒天培地およびGYP白亜寒天培地を使用して、嫌気培養装置により37℃で2日間培養した。これらの培地から分離した菌株について、乳酸菌同定マニュアルに従い、菌形態観察、グラム染色、胞子形成、カタラーゼ反応、乳酸異性体に関する試験および糖類発酵性試験を行った。

3.飼料イネから分離された乳酸菌の同定

 微生物系統・分類は、微生物間で普遍的に存在し、同じ機能を持ち、長い進化過程で保存されてきた相同な巨大分子の配列を比較分析して行われる。細菌系統学的研究のマーカー分子としてもっとも適しているものは、16S rRNA遺伝子である。この分子の一次構造には、保存領域や次第に保存の程度が弱くなった領域で配列の違いが見られ、それは異なる系統発生レベル、つまり進化の種々の段階を反映している。配列の相同性の程度は、進化の過程で蓄積された塩基あるいはアミノ酸の変異の数に反映される。距離マトリックス解析やparsimony解析によって系統樹を構築し、菌種間の進化関係を反映することができる。

 微生物の分類学上、独立した菌種には基準株(type strain)が存在し、菌種の分類同定は分離菌株がこの基準株にどれだけ近いかによって決定される。近年、細菌トータルDNAの直接比較による系統関係の推定および菌種の同定を可能とし、実際の進化過程に基づいた分類体系が確立されている。

 16S rRNA遺伝子の塩基配列解析とDNA−DNA相同性に基づいた乳酸菌同定法については、専門文献(Ezaki et al.1989、平石1997)を参照されたい。

4.飼料イネ乳酸菌の多様性

 MRS等の寒天培地を用いて飼料作物やサイレージなどから多種多様な乳酸菌を分離した(図1、図2)。乳酸菌の生理・生化学性状試験は表1に示したように、それら分離株の表現形質から10菌群(A−J グループ)に分けられた。分離菌株はすべてグラム陽性、タカラーゼ陰性で多量の乳酸を生成する乳酸菌であった。RO3、RO6、RO95、RO17およびRO90菌株はグルコースからガスを産生しないホモ発酵型で、主にL(+)あるいはDL型乳酸異性体を生産する乳酸球菌であったが、RO1とRO5菌株はグルコースからガスを産生するヘテロ発酵型で、主にD(−)型乳酸異性体を生成する乳酸球菌であった。一方、RO7菌株はホモ発酵型で、DL型乳酸異性体を生成する乳酸桿菌であったが、RO66とRO97はヘテロ発酵型でDL型乳酸異性体を生成する乳酸菌であった。

図1 乳酸球菌Lactococcus lactis
subsp.lactis
の形態
 
図2 乳酸桿菌Lactobacillus
plantarum
の形態
 


表1.飼料イネから分離された乳酸菌の形態、生理生化学性状および基準株とのDNA−DNA相同性
+,陽性反応; −,陰性反応;w,弱陽性反応


 各菌群の代表株について全領域の16S rRNAシークエンスを決定し、他菌種の分子系統位置と比較したところ、これら菌群の代表株ではRO1がLeuconostoc 属, RO3とRO6がLactococcus 属、RO17とRO95がPediococcus属、RO90が Enterococcus 属、RO7、RO66とRO97がLactobacillus 属、RO5がWeissella 属のクラスターにあった(図3)。

図3 サイレージから分離されたLeuconostocLactococcusPediococcusEnterococcus 属菌種と関連乳酸菌の16S rRNA分子系統樹(Knucで求めた進化距離をNJ法で作成)


 分離菌株のDNAG+C含量とDNA−DNA相同性は表1に示したように、これら分離菌株のDNAG+C含量は36.9−48.5%の範囲であった。DNA−DNA相同性試験の結果、これらの分離株はそれぞれの基準株との間に85%以上のDNA−DNA相同性を示した。このため、RO1はLeuconostoc pseudomesenteroides、RO3とRO6は Lactococcus lactis subsp. lactis、RO17はPediococcus acidilactici、RO95はPediococcus pentosaceus、RO90は Enterococcus faecalis、RO7はLactobacillus plantarum、RO66とRO97はLactobacillus brevis、RO5はWeissella sibariaとそれぞれ同定された。このように、飼料イネには多種多様な乳酸菌が分布しており、その中には優れた機能を示す菌株が存在していた。これらの結果は、乳酸菌の多様性とサイレージの発酵機能の探索について興味深い示唆を与えている。

 飼料イネ材料草に付着するWeissella、Leuconostoc、Lactococcus、EnterococcusおよびPediococcus 属などの乳酸球菌は酸素が比較的少ない環境でよく発育する菌であり、サイレージ発酵の初期段階でスターターとして活発に増殖する。これらの菌株が生産する乳酸やバクテリオシンなどの抗菌物質が好気性細菌や酪酸菌を抑制する先兵的役割を果たし、その後の乳酸桿菌による優勢発酵へのスムーズな移動を助ける環境造りをする(蔡2001、2002)。サイレージ発酵初期における乳酸球菌の増殖は重要であるが、これらの菌は耐酸性が弱く、pH4.2以下の条件下では生育ができないため、発酵品質の充分な改善は難しいと考えられる。一方、Lactobacillus plantarum および Lactobacillus casei 等の乳酸桿菌は、サイレージ発酵過程において長期にわたって増殖し、旺盛な乳酸発酵によってサイレージのpHを低下させるとともに、発酵品質を安定に保持できると考えられる。



5.稲発酵粗飼料の調製と発酵品質

 農家で栽培した飼料イネの品種「はまさり」と「クサホナミ」を黄熟期に刈取って供試した。両品種を使用し、ロールベールサイレージを調製した。乳酸菌の添加はロールベーラに装着した自動添加装置によって行った。乳酸菌は嫌気条件下において30℃で16時間培養してから使用した。菌培養液の濃度を調整して添加用タンクに入れ、1ロール当たり1,200mlを添加した。ロールベールのサイズは直径900mm×幅860mmで、平均重量と乾物梱包密度はそれぞれ200kgと141−171kg/m3であった。材料草の切断長は100‐150mmであった。調製されたロールベールサイレージは野外に貯蔵し、鳥害を防ぐため網ネットをかけた。なお、貯蔵期間中の温度は−8.6℃〜34.8℃の範囲であった。貯蔵後60日と370目に、ロールベールを解体し、稲発酵粗飼料の化学成分を分析した。

 サイレージの調製過程においては、飼料作物に付着する乳酸菌が嫌気条件下で材料草中の可溶性糖類(WSC)を乳酸に変換し、それによってpHが低下する。その結果として、不良微生物の増殖が抑えられ、良質サイレージとして長期に貯蔵することができる(蔡2001、2002)。したがって、良質サイレージを調製するためには、嫌気条件の保持、材料草中の糖含量および優良乳酸菌の存在という条件が重要である。飼料イネサイレージの調製においても、適期での収穫、適切な調製方法、十分なラッピングおよび貯蔵ロールの適切な管理が欠かせない。しかし、飼料イネの材料草には、サイレージ発酵を促進する乳酸菌と発酵基質のWSCが少ないため、「サイレージ自然発酵」による高品質調製・貯蔵は困難であることが推察される。本試験でも無添加サイレージでは乳酸含量が少なく、酪酸やアンモニア態窒素が高く、品質は劣化していた。とくに乳酸発酵が十分でない稲発酵粗飼料では好気性細菌が多く、pHの低下も不充分で長期貯蔵すると糸状菌の増殖が見られた。従って、サイレージ調製の際、優良乳酸菌を添加して、良質なサイレージの発酵制御が必要であると考えられる。

6.乳酸菌製剤の開発と添加効果

 これまで分離された野生乳酸菌株の中から、乳酸発酵能力が優れ、稲発酵粗飼料の品質改善効果を有する優良菌株を選定した。この菌株はサイレージ発酵過程において、多量の乳酸を生成し、サイレージpHを4.0以下まで低下させ、長期貯蔵しても、その品質が安定に保持することが可能となった。この菌株をラクトバチルス・プランタラムと同定し、「畜草1号」と名前づけた。雪印種苗(株)より、「畜草1号」凍結乾燥添加剤が商品化された(図4)。「畜草1号」製品は水溶・噴霧タイプで、調製現場での添加水準は発酵粗飼料用稲の新鮮材料草1トン当たり5gである。水道水で溶かして添加することもできるので、20個分のロール調製には試作品の添加準備時間が5分程度である。添加方法はロールベーラに装着する自動添加装置で集草しながら噴霧する。本製品はすでに市販されおり、添加した稲発酵粗飼料は嗜好性や採食量も改善され、酪農家で好評を博している。また生稲わらや牧草サイレージの調製にも活用でき、その添加方法と品質の改善効果は飼料イネと同様である。


図4 乳酸菌「畜草1号」製剤(左)と凍結乾燥粉末(右)

 調製作業の風景と稲発酵粗飼料の発酵品質は図5に示した。乳酸菌「畜草1号」を添加した稲発酵粗飼料では無添加区に比べ、乳酸菌数が高まり、好気性細菌、酪酸菌とバチルスの菌数が減少した。乳酸菌添加により材料中の初発菌数は高く、他の微生物との競合でも優勢となり、しかも添加したホモ発酵型乳酸菌の強力な乳酸生成能はpHを速やかに低下させることなど、他の不良微生物の増殖を有効に抑制した。「畜草1号」菌株は、飼料作物から由来するため、サイレージ環境に馴染んでおり、稲発酵粗飼料の発酵過程においても旺盛に増殖し、酪酸菌と大腸菌群などの有害微生物を強力に抑えることが明らかとなった。また、小規模発酵試験法で調べた結果、乳酸菌を添加した稲発酵粗飼料は無添加区、他分離株および市販菌より、発酵品質を改善し、サイレージのガス生成量および乾物損失率が顕著に減少した。この発酵品質の改善と乾物損失の抑制は、「畜草1号」添加によって旺盛に増殖することによって、他の有害微生物の活動期を短縮し、サイレージ発酵が順調に行われた結果であると考えられる。したがって、この乳酸菌を活用した飼料イネロールベールサイレージの調製はサイレージ発酵品質を効率的に向上し、長期貯蔵もできることと考えられる。


図5 稲発酵粗飼料の添加調製(左)と発酵品質(右)

7.おわりに

乳酸菌の稲発酵粗飼料への新しい利用方法の開発を目指し、乳酸菌の多様性や発酵機能など種々な探索を行い、基礎的な新知見を得ているだけでなく、新規に分離された乳酸菌「畜草1号」を活用し、稲発酵粗飼料用乳酸菌製剤の開発や高品質な稲発酵粗飼料の調製に成功した。これらの成果は、稲発酵粗飼料の良質調製と安定的な供給に役に立ち、また耕畜連携や飼料自給率の向上につながると考えられる。

 近年、動物腸管に定着した乳酸菌によるプロバイオティクス効果が取り上げられ、乳酸菌による動物の整腸効果および家畜生産性向上への応用について注目を浴びている(蔡2004)。草地・畜産の分野でも飼料自給率の向上、環境負荷の低減および安心で安全な畜産物の生産など先端的な視点から、乳酸菌の多様性やその役割を見つめることにより、未知乳酸菌の探索や潜在機能の発掘がますます重要となっている。近い将来、動物腸管に定着し、腸内環境を改善できるプロバイオティック効果を有する乳酸菌が、高品質の飼料調製や健全な家畜飼養など、抗生物質に依存しないより安全安心な畜産物の生産に利用されることも期待される。

8.謝 辞

 本研究の実施にあたり、畜産草地研究所の小川増弘博士および吉田宣夫博士から貴重なご助言を頂いた。また、乳酸菌製剤の試作や現地実証試験は雪印種苗株式会社にご協力を頂いた。ここに記して謝意を表する。

<主な引用文献>

Cai, Y. (1999) Identification and characterization of Enterococcus species isolated from forage crops and their influence on silage fermentation. J. Dairy Sci. 82, 2466-2471.
蔡義民(2001)サイレージ乳酸菌の役割と高品質化調製. 日本草地学会誌 47, 527-533.
蔡義民(2002)サイレージ発酵の微生物的制御.土と微生物 56, 75-83.
蔡義民(2003)飼料イネサイレージ調製用乳酸菌の開発.畜産の研究57, 861-866
蔡義民(2004)乳酸菌のプロバイオティック能を活用した家畜生産技術。関東畜産学会報45(1):69-74.
蔡義民・藤田泰仁・村井勝・小川増弘・吉田宣夫・北村亨・三浦俊治(2004)飼料イネサイレージ用乳酸菌(Lactobacillus plantarum 畜草1号)のスクリーニングとその利用.日本草地学会誌 49, 477-485.
Cai, Y., Y. Benno, M. Ogawa, S. Ohmomo, S. Kumai and T. Nakase (1998) Influence of Lactobacillus spp. from an inoculant and of Weissella and Leuconostoc spp. from forage crops on silage fermentation. Appl. Environ. Microbiol. 64, 2982-2987.
Ezaki, T., Y. Hashimoto and E. Yabuuchi (1989) Fluorometric deoxyribonucleic acid-deoxyribonucleic acid hybridization in microdilution wells as an alternative to membrane filter hybridization in which radioisotopes are used to determine genetic relatedness among bacteria strains. International Journal of Systematic Bacteriology 39, 224-229.
平石明(1997)PCRを利用した16S rRNA遺伝子の解析と系統研究−追補版−,日本微生物生態学会報12,19-26
小川増弘(2003)稲発酵粗飼料の技術開発と利用拡大に向けた取りこみ.Grass 16,33-34.
吉田宣夫・蔡義民(2003) 飼料イネサイレージ用乳酸菌「畜草1号」の開発と普及。ブレインテクノニュース(BRAIN TECHNO NEWS)100,32-36.



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