◎今月の話題



鳥インフルエンザの被害とその克服

京都産業大学
名誉教授 駒井 亨



1 養鶏の大規模化と企業リスク

 農林水産省大臣官房統計部の平成15年食鳥流通統計(平成16年5月19日公表)によると、平成15年(1〜12月)のブロイラー出荷戸数は3,323戸、そのうち5万羽以上を出荷した戸数は、2,509戸でその出荷羽数は5億7,392万羽であったから、1戸当たり平均出荷羽数は23万羽弱で、年間5回生産とすると1回の生産羽数は、45,700羽、1羽400円と評価すれば1回分の評価額は1,828万円となる。

 ブロイラーの初生ひなを供給するふ化場は、(社)中央畜産会によると、ブロイラー専用ふ化場と卵肉兼用ふ化場を合わせて105カ所、年間ブロイラー用ひなのえ付け羽数(平成14年)は6億2,361万羽であったから、ふ化場1カ所当たりの初生ひな平均供給羽数は約600万羽、初生ひな1羽65円として年間売上高は約4億円と計算される。

 一方、前述の食鳥流通統計で、ブロイラー処理場は197場であったから、1処理場当たり年間処理羽数は約300万羽で、1羽当たりの製品(解体品)を550円と評価すると1処理場当たりの平均年間製品出荷額は16億5千万円となる。

 このようなブロイラー企業の大規模化を可能にしたのは、設備、資材、技術などの進歩改善に負うところも少なくないが、基本的にはブロイラーそのものが(遺伝的に)斉一、均質化され、え付け羽数の95%前後が商品化(出荷)されるほどに改良されたこと、そして何よりも、予防薬やワクチンの開発、普及によって大羽数のブロイラーや種鶏が安全かつ計画通りに飼育できるようになったことによる。

 逆に言えば、このようなバイオロジカル・リスク(感染症)予防の保証がなければ、上述のような巨額のリスクを負荷するブロイラー企業は成り立たない。



2 鳥インフルエンザの直接的被害

 今年1月から3月までの3ヵ月間に、山口県、大分県および京都府で発生した4件の鳥インフルエンザでは、合計284,640羽の採卵鶏、15,000羽の肉用鶏および14羽の愛玩用家きんがへい死または殺処分されたほか、移動制限区域内の鶏卵生産農場81戸(採卵鶏246万羽)肉用鶏生産農場90戸(肉用鶏167万羽)およびその他の家きん農場7戸(家きん約5万羽)が生産物の移動を制限され1)、移動制限区域内の種鶏ふ化場や食鳥処理場なども営業を制限されて、莫大な損害を被った。

 移動制限区域外でも、鳥インフルエンザが発生した府県内で生産された鶏卵、食鳥、初生ひなは、取引先から購入を拒否されたり、買いたたかれるなど、生産物の販売は困難を極めたという。鳥インフルエンザの終息が確認されてから2〜3ヵ月を経過した現在でもなお、販売に難渋していると聞くから、鳥インフルエンザの被害は想像以上に深刻である。



3 鳥インフルエンザの間接的被害

 鳥インフルエンザは、従来発生したさまざまな家きん疾病(感染症)と異なり、ベトナムやタイで人への感染が確認されたことから2)、消費市場で鶏卵肉が忌避されたことによる被害(いわゆる風評被害)が拡大して、直接的被害よりもはるかに大きな間接的被害が発生した。このような風評による消費減退は、地域によってかなり差異はあるが、主要消費地での小売店や卸売業者の鶏肉売上高は、対前年同月比で、1月85%、2月80%、3月60%、4月80%と大きく減少したとみられている3)

 このような需要の落ち込みを受けて、鶏肉の卸売価格(東京・もも肉)は、対前年同月比で、1月87.6%、2月81%、3月73.6%、4月80.5%と大幅に下落し4)、この4ヵ月間で、生産者(食鳥処理場)の被った損失は138億円と試算されるほか、小売業者や卸売業者なども売上高の大幅な減少によって大きなダメージを受けた。



4 鳥インフルエンザの克服に向けて

 ブロイラー産業は発足から半世紀、さまざまな家きん疾病(感染症)と戦ってきた。CRD(マイコプラズマ感染症)、ILT(鶏伝染性喉頭気管炎)、IB(鶏伝染性気管支炎)などの呼吸器病、ニューカッスル病、コクシジウム症、マレック病、ガンボロ病(鶏伝染性ファブリキウスのう病)など、いずれも産業の存続が危ぶまれるほどにまん延したが、優れた予防薬やワクチンで防圧してきた。しかも、これらの感染症は人に感染する恐れはなかったから、鶏卵肉の消費に影響することはなかった。

 しかし、鳥インフルエンザは(ベトナム、タイなどで)人への感染が確認されている以上、その克服は容易なことではない。

 鳥インフルエンザの感染経路が1日も早く解明されて、完全な清浄化と予防の方策が確立されないと、国内の鶏肉産業は国民の主要な動物性たんばく質供給源である鶏肉の安定供給を続けることはできないし、鶏卵肉に対する消費者の信頼と安心を回復することもできない。

 資料

 1)「鶏鳴新聞」、2004年4月15日号、第2面
 2)独立行政法人 農畜産業振興機構
 「畜産の情報(海外編)2004年5月号」、「各地域の鳥インフルエンザの状況」
 3)主要消費地の小売業者および卸売業者の販売実績から推定
 4)独立行政法人 農畜産業振興機構
 「畜産の情報(国内編)2004年6月号」、資料41ページ


こまい とおる


プロフィール

 昭和58年 京都産業大学経営学部 教授
 平成14年 京都産業大学 名誉教授
 社団法人日本食鳥協会 顧問
 農林水産省食鶏取引・小売規格設定委員会委員長


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