◎調査・報告


生産/利用技術

食肉の呈味性向上における飼料タンパク質の効果とその調節機構

新潟大学大学院自然科学研究科 江口 淳史
新潟大学農学部 助教授    藤村 忍



はじめに

 食肉に関わらず、第一次生産品における安価な海外産製品の輸入増加は、国内生産者にとって大きな脅威となっている。この価格差は圧倒的なものであり、大量生産、破格の低賃金といった生産背景を持つ低価格の輸入品と同一品質のもので価格競争を行うのは厳しいと言える。

 一方、消費者の立場としては製品に求める価値の多様化が進んでおり、食糧の安全性や独自の品質にこだわった食材を求めるためには多少の出費は惜しまない、という傾向が増えてきている。こうした背景から、高品質化による差別化が国内生産者にとって有効な手段の1つになる。またBSEや、鳥インフルエンザなどの家畜伝染病に絡んだ一連の問題から消費者に不信感が広まり、品質に対する安全性の保証がより一層求められている。

 これまで食肉生産分野の主たる改良は、遺伝子的改良を主体とし、増体重、飼料効率、抗病性といった生産性に重点をおいて進められてきた。このことはタンパク質供給という面で本質であるが、消費水準の高くなった現在の日本では、どんなに多く肉が生産できたとしても、味の面で他と劣っていては消費者の購買意欲を高めることは難しいと言える。そこで高品質の食肉の作出を検討することになるが、近年では上記の遺伝子的な改良のほかにも栄養的制御も少しずつ解明されてきている。またこの場合には食品化学的な呈味成分や指標、評価法の設定について考慮しなければならない。

食肉のおいしさの本質

 食品の味は、舌表面、口蓋内および咽頭部に分布する味覚神経刺激が中枢神経に伝達されることで感じられるものである。その刺激を与える物質として遊離アミノ酸、ペプチド、核酸関連物質、有機酸、無機イオンなどが挙げられる。またおいしさには「香り」や「テクスチャー」なども関与しているが、中でも味は食品の風味を形成する最も重要な要素であり、それぞれ独自のレセプターを持つ五基本味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)により構成されている。

 この中のうま味については、コンブのダシから検出された、アミノ酸の1種であるグルタミン酸(Glu)が呈する味であることが明らかにされている(図1)。ほかにカツオブシのダシから検出されるイノシン酸(IMP)やシイタケのグアニル酸が代表的なうま味物質として知られており、特にGluとIMPは共存することでうま味の相乗効果が生まれることが知られていて、これらは食肉の呈味を左右する重要な物質である。Katoらが熟成に伴う食肉の味の改善に貢献する物質を研究した結果、鶏肉の主要な呈味成分はGluとIMPであるということが明らかになった(1989)。また、鶏むね肉においてGluはうま味および塩味、IMPはうま味、塩味および甘味、カリウムイオンは苦味の形成に関与していることが明らかになり(Fujimuraら、1995)、もも肉では同様の傾向に加え、リン酸イオンおよび乳酸が関与する(竹内、2002)。これらの検討から、呈味改善のターゲットが絞り込まれてきた。ところでNishimuraらは牛、豚および鶏の肉抽出液における食肉の味改善に貢献する物質について報告した(1988)。それによるとGluおよびIMPの含量に注目すると牛肉はどちらも少なく、豚肉はGluは少ないがIMPは鶏肉と同程度に多い、鶏肉はどちらも最も多いことが示された。また鶏肉は、牛肉や豚肉に比較して脂肪含量が格段に低いことから、脂質由来の香りが風味に貢献する度合いが小さいと考えられる(沖谷、1996)。味が品質のポイントであること、短期間で食肉となることから、飼料による味の影響を検討するモデルとして鶏を用いることにした。

図1 代表的なうま味物質の化学構造

飼料栄養による呈味の制御

 過去の報告では、飼料により肉の味やGlu量は変化しないという知見が一般的であった。これは脂肪酸組成や脂溶性ビタミンなどにより、脂溶性成分の調節、香りや融点、脂質酸化が制御できることとは全く異なるものと考えられてきた。しかし、過去のGluと飼料に関する論文をよく調べると、タンパク態についての検討が多かった。そこで呈味に関与する遊離態のGluについて検討すると、出荷前の一定期間に飼料制限を行った場合、自由摂取したブロイラーに比較して有意にGluが減少するという結果が得られた(図2、1997)。さらに著者ら(2001)は、飼料を自由摂取させたブロイラーと制限給与を施したブロイラーの浅胸筋およびその抽出液を用いて2点識別法による官能評価試験を行った。この方法は異なる2つのサンプルを被験者に順番に食べてもらい、サンプル間に何らかの味の差があるか否かを回答してもらう試験である。その結果、訓練された被験者のうち、肉試料では24人中23人が、肉抽出液においては18人中18人全員が「味に差がある」(p<0.01)という回答が得られた。また、どのような要因によって味の差が生じているかを調べるシェッフェの一対比較法により、その差は味と総合評価によって生じていることが明らかとなった。この結果は飼料制限による遊離Glu量の変動が、人間の味覚で感知できるレベルであることを示し、飼料給与と肉の呈味の関連性を示すものである。

図2 制限給与による筋肉遊離Gluへの影響



 前述のように呈味に関与する筋肉遊離Glu量は飼料制限により変動することが明らかとなった。このGluは生体内で合成できる可欠アミノ酸の1つであるが、生体内のアミノ酸代謝における非常に重要な中間代謝産物であり、複雑な機能と代謝経路を持つ(表1)。呈味の改善に当たり、どのような反応経路を介して遊離Glu量が制御されているかを理解することは有益である(図3)。

表1 グルタミン酸の機能
(Young and Ajami, 2000を一部改変)

図3 エネルギー代謝およびグルタミン酸関連図(概略)

 Glu代謝に関わる酵素としてグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)、グルタミンシンテターゼ(GS)およびグルタミナーゼ(GA)、各種アミノトランスフェラーゼなどが調節に関与する。上記の制限給与試験において、この筋肉Glu代謝関連酵素のいくつかの活性を測定すると、特にグルタミン(Gln)からGluへの反応を触媒するGAの活性が有意に低下した。これにより遊離Glu量が有意に低下する可能性が示唆された(図4、小林ら、2002)。このことからGA活性が遊離Glu量を有意に変動させ、食肉の味に関与する可能性が得られ、その重要性が認識されるようになった。ただし、生体は生命活動のために、フィードバックによる調節など複雑な制御を行っており、1酵素のみで説明できるものではない。そこで現在は条件を段階的に変えながら遺伝子解析を用いて一連の代謝系の挙動を検討しているところである。

図4 グルタミナーゼ活性と筋肉遊離Glu量の関係


高タンパク質飼料による呈味への影響

 次に飼料による呈味の改善についてブロイラーを用い、10日間の飼養試験を行い粗タンパク質(CP)と筋肉中遊離Glu量の関係を検討した。CPが要求量以下では遊離Glu量は変動せずほぼ一定の値を示し、低CP飼料の影響は遊離Gluに見られないことを報告した(2001)。しかし高CP飼料については検討が進められていなかった。このことから、著者らはCPを通常よりも増加させた飼料を用い遊離Glu量への影響を検討した。その結果、49日齢の検討にてGluは有意に増加するという結果が得られた(酒井ら、2002)。この時、肉のpHおよび物性への影響は見られず、CPの影響は熟成の進行速度の変動によるものではないことが確認された。このように飼料の影響により、食肉の呈味に有意に影響する遊離Glu量が増加するという知見が得られた。図5には14〜24日齢のモデル実験による高CP飼料の影響を示した(江口ら、2004)。

図5 高CP飼料の筋肉遊離Gluへの影響

 この高CP飼料についてさらに検討を行ったところ、飼料CPを増加させるにつれて筋肉中の遊離Glu量も増加する傾向が得られたが、CPが一定の値以上になると増加が見られず、一定ないし、微減するという結果が得られた。また基礎飼料を自由摂取させたブロイラーと高CP飼料を自由摂取させたブロイラーの肉抽出液を用いて官能評価試験を行った。その結果、2点識別法では12人中全員が「味に差がある」(p<0.01)という回答が得られた。またシェッフェの一対比較法から高CP飼料を給与したブロイラーの肉抽出液の方は、うま味、総合評価などに高い評点が得られた。このことから高CP飼料を給与することにより遊離Glu量が有意に増加し、呈味によい影響を与えることが示された(図6)。

図6 シェッフェの一対比較法による食肉の評価
(官能評価試験)


 このGluの挙動に対し、代謝関連酵素を検討したところ、GA以外の酵素活性については高CP飼料を給与することにより有意ではないが増加傾向を示した。一方、GAについては、高CPにおいて活性が有意に低下するという結果が得られた。GAはGlnからGluへの反応の触媒するのだが、この時、GAの低下と遊離Gluの増加という矛盾した結果になった。このGAに関して、Swierczynskiら(1993)はラット骨格筋GAに対するGluによる阻害作用を検討し、生産物であるGluによって阻害されたと報告している。このことから本研究でもin vitro系で鶏骨格筋を用いGAの阻害について検討したところ、ラットで見られた報告と同様の結果が得られた。このことから、本研究で見られたGA活性の変動は、高CP飼料を給餌したことにより、遊離Glu量が増加することによってGAがフィードバック阻害を受けることにより活性が減少したと考えられる(図7)。これらの結果は、本年の第50回国際食肉科学会議(ヘルシンキ)、および第103回日本畜産学会大会(東京)にて発表したところである。

図7 Gluによるグルタミナーゼ活性のフィードバック阻害

飼料栄養による食肉の品質改善への期待

 一定以上の高CP飼料条件によるGA活性の減少は前述のようにGlu量による阻害という可能性を示唆した。このことを踏まえると、高CP飼料により増加した遊離Glu量によってGA活性が阻害を受ける直前では、より好ましい結果が得られる可能性がある。そこで、これまで仕上げ期10日間で想定した飼養期間をより短縮し、短期間での遊離Glu量の変動を検討した。この結果、より短期間の高CP飼料給与で、筋肉中遊離Glu量は有意に増加し、その後、次第に減少するという仮説に合致した結果が得られた。

 実際の食肉生産の現場では、ブロイラーの出荷直前にえさ抜きを行うが、それによる体重の減少、風味の低下が生じるようであると考えられており、一部ではえさ抜きを行う直前に、これらを防ぐ目的で、経験的に高栄養価の飼料を給与している例が見られ、アプローチは異なるが、本研究での高CP飼料の効果といくつかの共通点が見られた。本研究で用いた生化学、分子生物学的手法は、食肉生産のさらなる発展を考える際に、非常に有効であると考えられる。

 本報告で紹介した高CP飼料は、環境問題に関わる窒素排せつの減少や、コストの面からみると難しいと思われるかもしれないが、長期間ではなく出荷直前のごく短期間で大きな効果を有するという点が本報告の一番の特徴である。また、近年の我々の検討から、飼料CP以外にも、呈味を向上させる可能性がある要因が数多く見つかっている。今後はこうした要因を統合的に検討していき、飼料栄養により制御した安全でかつ高品質、高付加価値を持った食肉の生産が期待される。

参考文献

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