◎調査・報告 


生産/利用技術

稲発酵粗飼料の嗜好性

独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構 東北農業研究センター
栄養飼料研究室長 押部 明徳


はじめに

 飼料イネサイレージ(稲発酵粗飼料)は遊休水田の有効活用と飼料自給率の向上、さらに、資源循環型畜産を目指して、強力に研究開発と普及が推し進められた結果、酪農と肥育の両部門で単味飼料あるいはTMR原料として利用されるつつある。稲発酵粗飼料を給与している農家から「とにかく良く食べる」と言う声が聞かれ、また、「食いつきの良さ故に、育成期に給与するとその後、他のえさを選択しなくなる」と言う声まで聞こえてくる。飼料の嗜好性の差は、複数の飼料を混合せずに給与した場合、選択採食の一因となり、また、他の飼料と混合して給与した場合にも混合飼料の採食性に影響を及ぼす。稲発酵粗飼料の消化性や栄養特性についての情報は既に数多く報告されているが、稲発酵粗飼料の嗜好性についての情報は少ない。さらに高度な稲発酵粗飼料の利用を目指した、稲発酵粗飼料の『食べたくなる』性質についての研究を紹介する。

好き嫌いのレベルを数値化する

 人と同様に牛にも食べ物の好き嫌いがある。人は嫌いな食べ物を先に、好きな食べ物を最後まで残すこともできるし、時と場合によっては、大嫌いな食べ物でも美味しそうに食べてみせることもできる。しかし、牛は好きなえさはまっ先に食べて、大嫌いなえさは頑固に食べ残す。えさの嗜好性(palatability)は、動物にそのえさを選択する行動を起こさせる様なえさの性質あるいはえさの状態と定義され、味、臭い、外観、温度、触感によって決定される。これに動物の側の要因、つまり経験や代謝状態が加わって、『美味しそう』と感じるとそのえさを選んで、まっ先に食べる。

 『好き嫌い』、言い換えると『快−不快』の感情を数量的に取り扱う試みは19世紀から検討されてきた。多数対象の中から最も快適と感ぜられるものを選ばせて、刺激の程良さを判定する『選択法』は20世紀初頭に工夫が加えられて(1)順位付け、(2)一対比較法、(3)価値段階法に発展し、1950年頃からはさらに、統計的検定の理論が取り入れられ、好き嫌いのレベルを数値化することが可能になり、現在では、商品のデザインやネーミング選択にも用いられている。動物のえさに対する好き嫌いも、選択行動の測定からそのレベルを数値化できる。本記事で紹介する稲発酵粗飼料の嗜好性はこの選択法により評価した。

稲発酵粗飼料の収穫調製方法

 これまで稲発酵粗飼料の収穫・調製はコンバイン型あるいはフレール型の専用収穫機による方法、あるいは比較的地耐力がありトラクターが導入できるほ場では牧草収穫用機械による方法が中心であった。近年、東北農業研究センターで、通常の自脱型コンバインのこぎ胴にカバーを取り付けて、刈り倒した稲をほ場に残し、これをイナワラ収集用ピックアップ型自走ロールベーラで拾い上げて梱包する方法が開発された(写真 1)。この方法は飼料イネ専用収穫機を新たに装備する必要がなく、また、ほ場で予乾した後に梱包することもできる。さらに、収集した稲をコーンハーベスターなどで細断した後、細断型ロールーベーラを用いて高密度に梱包する方法も試みられている(写真 2)。本記事ではこれらの方法で収穫・調製された稲発酵粗飼料の嗜好性の比較も紹介する。

(写真1)
自脱型コンバインとイナワラ収穫機による稲発酵粗飼料の収穫・調製
写真提供:東北農業研究センター 大谷隆二氏
(写真2)
コーンハーベスターと細断型ロールベーラを用いる稲発酵粗飼料の調製
写真提供:東北農業研究センター 河本英憲氏

稲発酵粗飼料の嗜好性 

 稲発酵粗飼料を一度も食べた経験のない牛に給与した場合、その嗜好性はどうなのだろうか?ホルスタイン種成雌牛を用いてカフェテリア法より測定した(図 1)。これらの牛は、稲発酵粗飼料の採食経験が無く、比較飼料であるアルファルファヘイキューブとチモシーヘイレージも1年以上食べた経験がない。 3日間連続して行ったカフェテリア試験の結果を図2に示す。給与初日は7頭中6頭の個体がチモシーをまっ先に採食し、統計的検定を行った結果、反応に有意な一致が認められ、チモシーとアルファルファヘイキューブの選択順位に有意差が認められた。しかし、給与第 2日には一定の傾向が認められなくなり、さらに、給与3日にはすべての個体が稲発酵粗飼料を第一に選択し、反応の有意な一致性と稲発酵粗飼料とアルファルファヘイキューブの選択順位に有意差が認められた。

 採食経験を有する牛での嗜好性を比較するために、カフェテリア試験の後、基礎飼料の1%重量相当の供試飼料を10日間添加給与し、連続3日間の一対比較試験を行った(図 3)。現物摂取量から算出した飼料間の嗜好性評点数は稲発酵粗飼料が最も高く、次いでチモシー、アルファルファヘイキューブの順となり、統計的にも稲発酵粗飼料の嗜好性はチモシーやアルファルファヘイキューブより高かった(図 4)。カフェテリア試験初日にチモシーを選択した原因は、臭いあるいは形状などの非接触の性質が誘因となったと推察され、その後、稲発酵粗飼料へと選択が変化することから、稲発酵粗飼料の味や食感などの接触によって感知される性質が非接触の性質より強く誘因として働くことが示唆された。

 同じ品種の稲を同一条件で栽培しても、収穫時期や調製方法によって嗜好性に差が生じるのだろうか?同一ほ場で栽培された後、異なる熟期、異なる方法で調製された稲発酵粗飼料の泌乳牛における嗜好性を一対試験により比較した。結果を図 5に示す。泌乳牛においては、黄熟期に自脱型コンバインで刈り倒した直後に収集し(ダイレクトカット)さらに、コーンハーベスターで細断した後、細断型ロールーベーラを用いて高密度に梱包(細断)した稲発酵粗飼料の嗜好性が最も高く、次いで、乳熟期にダイレクトカットし細断したものの順となり、乳熟期にダイレクトカットして細断処理をしないものは嗜好性がやや下がり、また、自脱型コンバインで刈り倒した後にほ場で一日予乾処理したもの(予乾)は細断しても嗜好性が低くなった。このことから同じ品種の稲を同一条件で栽培しても、収穫時の熟期や調製方法によって嗜好性に差が生じることが示唆された。

図1 カフェテリア試験
図2 カフェテリア試験の結果
  * ホルスタイン種成雌牛7頭(泌乳牛4頭、乾乳牛3頭)供試した。

**基礎飼料として泌乳牛にはコーンサイレージ、オーチャード乾草、配合飼料、大豆粕、ビートパルプを、乾乳牛にはコーンサイレージ、オーチャード乾草、配合飼料を給与した。

図3 一対比較試験
図4 一対比較試験の結果
図5 稲発酵粗飼料の泌乳牛における嗜好性

 同じ飼料であっても、動物の代謝条件などにより嗜好性が異なると言われているが、同じ稲発酵粗飼料であっても泌乳牛と乾乳牛では嗜好性が異なるのだろうか?先の試験で用いた 4種類の稲発酵粗飼料の乾乳牛における嗜好性を一対試験により比較した。結果を図6に示す。統計的な有意差には至らないが、泌乳牛で最も嗜好性の低かった乳熟期に予乾した後に刈り取り、細断処理した稲発酵粗飼料が乾乳牛では最も高い嗜好性を示した。次いで、乳熟期・ダイレクトカット・細断なし、黄熟期・ダイレクトカット・細断の順であり、泌乳牛で最も高い嗜好性を示した乳熟期・ダイレクトカット・細断の稲発酵粗飼料は乾乳牛では最も嗜好性が低かった。このことから同じ飼料であっても泌乳牛と乾乳牛では嗜好性が異なる傾向があることが示唆された。

図6 稲発酵飼料の乾乳牛における嗜好性

おわりに

 
以上、稲発酵粗飼料のホルスタイン種成雌牛における嗜好性は、一般的に用いられる流通粗飼料よりも高いが、収穫・調製方法あるいは給与する牛の状態によっても変化することを述べてきた。えさの嗜好性は非接触的要因と接触的要因によって決定され、非接触的の要因の中では臭いが、接触的要因の中では味が重要な要素として働いていると考えられる。従来、飼料の臭いや味と嗜好性の関係解明のために、飼料中の個々の化学成分の検出や飼料に化学物質を添加する方法が行われてきた。近年、人間の感覚器を模倣して、複数の半導体素子を用いて同時に複数の臭いを検出して解析する臭い識別装置や、複数の人工脂質膜を用いて味を総合的に判断する味覚センサーが実用化され、臭いや味をパターンとして表現することが可能となり、食品分野で応用されつつある。現在、筆者らはこのような『電子鼻』や『人工膜の舌』から得られる飼料の臭いや味パターンから異なる状態の牛における嗜好性を探る試みを行っており、近い将来、泌乳牛が最も好む臭いパターンや肥育牛が最も好む味パターンなどを数値情報として提供できるかも知れない(図 7)。

図7 嗜好試験に用いた飼料の味および臭いパターンの一例

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