★ 農林水産省から


新たな酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針について

生産局畜産部畜産企画課
企画班 歌丸 恵理


1.はじめに

 本年3月、新たな「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」(以下、「酪肉近代化基本方針」という。)が策定・公表されました。酪肉近代化基本方針は、「酪農及び肉用牛生産の振興に関する法律」に基づいて定められるもので、今後10年程度の日本における酪農および肉用牛生産の振興施策を講ずるに当たってのマスタープランとなるものです。以下に、その概要を御紹介します。

2.わが国酪農および肉用牛生産の基本的な指針

(1)わが国酪農および肉用牛生産の位置づけと展開方向

 
図1 農業総産出額に占める畜産
(酪農、肉用牛生産)の割合
 
  資料:農林水産省「平成15年農業産出額(全国推計額)」
   
 わが国の酪農および肉用牛生産は、食生活に不可欠な 動物性たん白質やカルシウムなどの重要な供給源であるとともに、農業総産出額の1割強を占め、わが国農業の基幹的部門として農業生産上大きなウエイトを占めています(図1)。

 また、もともと人が利用できない草資源を栄養として、人の食物(牛乳、チーズ、バターなどの乳製品や牛肉)を生産するという食料安全保障的な機能や、自給飼料生産を通じた国土の有効活用や自然環境の保全など多面的な機能を有するとともに、家畜排せつ物などの有機性資源の有効活用を図ることにより循環型社会の構築にも資するなど、その機能・役割は多岐にわたっています。

 こうした機能・役割を踏まえ、自給飼料基盤に立脚しつつ、「牛−土・草−人」のバランスのとれた発展が図られるよう、その一層の振興を図ることが重要です。

 一方で、国際化の進展に伴う安価な輸入畜産物の増加やBSEの発生などを契機とする食の安全・安心に対する国民の関心の高まりなど、わが国畜産をめぐる情勢は大きく変化しており、そうした情勢に的確に対応していく必要があります。

(2)国際化の進展に対応し得る産業構造の確立

1.「担い手」の育成・確保

 国際化が進展する中、将来にわたり畜産の安定的発展を図るためには、より競争力の高い生産構造を確立することが重要です。そのためには地域の生産構造が、意欲と能力のある「効率的かつ安定的な経営およびこれを目指して経営改善に取り組む経営」によってしっかり支えられていることが不可欠であり、「担い手」とは、このような地域の畜産生産を支える経営体です。

 担い手を明確化し、支援施策を集中化・重点化していく仕組みとして認定農業者制度があり、畜産においても、この制度を活用し「担い手」は認定農業者を基本とすることが適当と考えられます。酪農や肉用牛生産では、他作目と比べて認定農業者の認定率は高いものの、今後とも認定率の更なる向上に向けた取組の推進が必要です(表1)。

表1 認定農業者の割合
 

資料:農林水産省生産局畜産部調べ等

 また、畜産における「担い手」の育成・確保に当たっては、認定農業者のほか、
・肉用牛の繁殖経営と肥育経営の分離(繁殖経営による肥育経営へのもと牛資源の供給構造)や
・産地銘柄化などの推進(生産組織などを核とした地域ぐるみでの品質の確保・供給力の強化)
など、生産形態の特性や地域の実情を踏まえ、認定農業者に準じた一定の要件を満たす営農形態についても担い手として位置づけることとしています。なお、畜産の「担い手」の明確化と経営安定対策の見直しについては、別途、食料・農業・農村基本計画を踏まえ検討される品目横断対策の制度および担い手要件の明確化の議論を踏まえつつ、本年秋頃をめどに具体化を図る予定です。

 さらに、畜産の安定的な発展のためには、農業経営、農村社会の担い手となる有能な人材の育成・確保が必要です。そのためには、経営や地域社会への一層の女性の参画や、新規就農者への円滑な経営継承、高齢者が有する高度な技術を活用することなどにより、幅広い人材を育成・確保することが重要です。

2.コスト低減や省力化の推進などによる経営体質強化

 周年拘束性の強い畜産経営において、コントラクター、ヘルパーなどのサービス事業体を活用した作業の外部化や労働軽減は経営体質を強化する有用な手段の一つです。こうしたサービス事業体の利用のほか、畜種や飼養形態、地域条件などに応じてほ乳ロボットなどの新技術の導入による飼養管理技術の高度化、放牧の拡大、法人化や一貫経営への移行などを通じた経営の体質強化などを推進して行くこととしています。新しい酪肉近代化基本方針では、このような取り組みを通じ、平成27年度における酪農経営および肉用牛経営における生産コストを現状より2割程度低減することを目標として掲げているところです。

(3)自給飼料基盤に立脚した畜産経営の育成

 国土の有効活用、資源循環型畜産の確立、環境の保全などを図るため、輸入飼料への依存体質から脱却し、自給飼料基盤に立脚した畜産経営の育成は重要な課題です。しかしながら、労働力の不足や飼料作物用地の利用集積・団地化の遅れ、新たな投資への不安などから畜産農家だけでは自給飼料の生産拡大が困難な状況もあります。そのため、ア.耕畜連携の強化を通じた水田における稲発酵粗飼料を始めとする飼料作物の作付拡大、イ.国産稲わらの飼料利用の拡大、ウ.耕作放棄地などの低・未利用地を活用した放牧の拡大、エ.計画的な草地更新、優良多収品種への転換などによる生産性の向上、オ.コントラクター、公共牧場の活用や放牧の取り組みによる労働負担の一層の軽減、カ.公共牧場の広範な利用の推進や再編整備などによる機能強化、キ.農地の集積・団地化の推進など、関係機関が一体となった取り組みを推進することとしています。

 なお、自給飼料の生産拡大は食料自給率の向上のためにも重要であることから、食料・農業・農村基本計画においては、濃厚飼料に比べ国内生産が可能な粗飼料の自給率を現在の76%から平成27年度までに100%に引き上げる完全自給を目指した生産拡大を図ることにより、飼料自給率を現状の24%から35%に向上させることを目標として掲げているところです。

(4)畜産物の安全・安心の確保および食育の推進

 BSEや食品の不正表示問題の発生などを契機として、食の安全・安心に対する国民の関心が高まっており、こうした中で、生産・加工・流通の各段階にわたるリスク管理の徹底や消費者への的確な情報提供などにより、国民の食に対する信頼の確保を図っていくことが急務です。そのため、家畜伝染病の発生予防およびまん延防止を図るための国、地方公共団体、関係機関の連携体制を整備するとともに、生産段階における衛生管理の徹底及びHACCP手法の普及などの取り組みを推進していきます。

 また、近年はフードチェーンが多様化・複雑化し、家庭などにおける食事環境も変化しており、国民の自主的な努力だけでは健全な食生活の実現が困難な状況にあります。そのため、国民一人一人が自らの「食」について考える習慣を身につけ、生涯を通じて健全で安全な食生活を実現することができるよう、全国的な情報提供活動や地域における実践活動などを行う食育に取り組むこととしています。

(5)家畜排せつ物の適正な管理と利用の促進

 平成16年11月、家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律が本格施行したことを受け、家畜排せつ物の適正な管理とともに、たい肥化およびその農地・草地への還元を基本とした利活用の促進が一層重要となっています。そのため、たい肥の成分分析の実施やペレット化、コントラクターの活用を通じた耕畜連携など地域の創意工夫に基づいた取り組みを推進していきます。また、シートなどを利用した簡易なふん尿処理による対応で家畜排せつ物法の管理基準をクリアしている場合については、経営規模や地域の実情に照らして、たい肥舎などの施設整備を検討することも必要です。

 また、国民の信頼を得ながら畜産業の発展を図っていくためには、悪臭の発生防止や水質悪化の軽減など環境への配慮は欠かせません。そのため本年3月に、農業者が環境保全に向けて取り組むべき事項について規範を策定しました。この規範については、各種支援策のうち可能なものから規範の実践を要件とすることとしています。

3.酪農経営および肉用牛経営の基本的な指標

 酪肉近代化基本方針では、主たる従事者が他産業並みの年間労働時間で他産業並みの所得を確保し得る経営モデルとして、10年程度後を目標に経営指標を設定しています。経営指標は、経営者にとっては、立地条件、自己の経営の現状、品質・価格などの市場ニーズを踏まえて選択・実現すべき経営の将来像であり、国、地方公共団体にとっては、国全体の食料自給率を向上するために望ましい経営の姿であることから、自給飼料基盤に立脚した循環型畜産を確立するとの観点から、「牛−土・草−人」のバランスを考慮した多様な類型を設定しています(酪農経営8類型、肉用牛経営10類型)。

 経営指標はその時々に応じた見直しを行っており、例えば今回の酪肉近代化基本方針では、法人経営が規模拡大による生産性の向上のみならず、ヘルパーなどの利用による定期的な休日の確保などゆとりの創出、新規就農者の受け皿として地域農業の重要な役割を担っていることから、都府県酪農や肉用牛経営で新たに類型化するとともに、放牧利用や耕畜連携など地域の条件に合った経営の展開やコントラクターの活用による粗飼料生産コストの低減等作業の外部化といった方向についても示したところです。経営指標の数例を以下に御紹介します(図2)。

図2 経営指標の例
注:1)主たる従事者の年間労働時間は2千時間、所得は主たる従事者1人当たり
注:2)肉用牛繁殖複合経営の総労働時間および所得には肉用牛繁殖経営以外の時間・所得を含む。

4.流通の合理化に関する基本的な事項

 生産段階でのコスト低減が進んでも、加工・流通部門で必要以上のコストがかかっていては消費者に生産者の努力が伝わらないことになります。例えば、牛乳・乳製品に関しては、指定生乳生産者団体の広域化に対応した集送乳路線の合理化が十分に進展しておらず集送乳コストの地域間の格差が大きい、乳製品の製造コストが国際的にも割高であるという状況にあります。また、食の安全・安心に対する消費者ニーズの一層の高まりといったことが課題でもあることから、こうした課題に対応し、酪肉近代化基本方針では、新たに集送乳の合理化による流通コストに関する目標を設定するとともに、牛乳・乳製品の製造販売コスト、乳業工場におけるHACCP手法の普及の目標などについて示しています。

 同様に、肉用牛や牛肉流通においても合理化を進めるため、家畜市場の取引頭数の目標や食肉処理施設の稼働率の目標を定めるとともに、国産牛肉の需要拡大を図るため、家畜疾病や栄養・健康に関する正しい知識の普及、業務用・加工用の実需者ニーズにきめ細かく対応した部分肉加工などを通じた国産牛肉の需要拡大を推進します。特に、輸入牛肉と競合する乳用種牛肉については、トレーサビリティシステムの活用による信頼性の高い銘柄の確立などを通じて安定・有利な販売を推進することとしてます。

5.おわりに

 酪肉近代化基本方針は、生産者、消費者、学識経験者、流通関係者、地方公共団体などの各方面の方々から成る食料・農業・農村政策審議会生産分科会畜産企画部会の場において12回、1年以上にわたる審議を頂戴しながら、まさに関係者の総意として作成されたものであり、国が一方的に示し、押しつけるものではありません。
今後、酪肉近代化基本方針に示された課題を解決し、わが国畜産業の安定的発展と消費者から支持される畜産物の安定供給の実現に向けて、国だけでなく、農業者・農業団体、食品産業事業者、消費者・消費者団体が適切な役割分担の下、着実に取り組んでいくことが何よりも大切であると考えています。

 最後に、ここに御紹介しました酪肉近代化基本方針の全文や、食料・農業・農村政策審議会畜産企画部会の議論(全会議資料、議事録)は農林水産省生産局畜産部のホームページに掲載しています。ぜひご覧下さい。
http://www.maff.go.jp/lin/index.html


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