流通事情牛肉の流通過程におけるピッシング
九州大学大学院農学研究院 |
調査研究の背景と課題 畜産物と耕種農産物の利用上の大きな違いは、畜産物の場合、家畜をまずと畜・放血する必要があることである。特に、牛の場合はスタンニング(気絶)させても四肢を激しく動かす場合があるので、そのためにと畜場の作業員がけがをするケースがあり、それを防止するための不動化処置としてピッシング(ワイヤーによる脳および脊髄の破壊)がわが国では従来実施されてきた。一方、このピッシングは、米国では家畜愛護の視点から古くから禁止されており、欧州ではBSE対策として2000年から禁止されている。
|
表-1 ピッシング中止によるけが人と作業時間の比較
文献〔3〕より作成。 |
ピッシング中止後、けが人も作業時間も増加していない施設が大半であるが、しかし、けが人が1人増加した施設が5施設あり、また作業時間が増加した施設が8施設あった。これらの事例からも明らかなように、不動化設備の設置をしないままのピッシング中止には問題があることが指摘できる。
同アンケート調査によれば、ピッシング中止に当たり、と畜場の現場が一番心配しているのは、作業員のけがであるが、「熟練した作業員を配置することで対処した」との回答が多い。また、作業時間に変化がないと回答した施設がほとんどであるが、「牛の完全停止を待つには4、5分の放置が必要」であった。
同アンケート調査によれば、「ピッシング中止後1ヵ月間における、中止前1ヵ月間との枝肉へのスポット(毛細血管の破れによる血判)発生数の比較」によれば、発生数減少12施設、変化なし17施設、発生数増加1施設であった。
また、「ピッシング中止前後の肝臓の放血不良発生数」を比較すると「減少または増加なし」が27施設であった。このように枝肉の単価を引き下げる要因のスポットが、むしろピッシングの中止により減少し、また放血の不良も発生していないことが明らかになった。
以上のように、ピッシングの中止は(1)BSE汚染の軽減、(2)肉質の改善という食の安全性に効果があるが、(3)けが人が増加する危険性が残るという作業員の安全性確保には問題がある。今後、食の安全性と作業員の安全性を両立させる不動化設備の設置が必要である。
このような状況の中で、ピッシングを中止したと畜場、継続していると畜場の実態をそれぞれ調査したので、その概要を紹介する。
〜牛肉の安全性か作業員の安全性か〜
A食肉卸売市場は、1959年9月卸売市場として開設され、2000年4月に移転し、全施設を一新して全国屈指の衛生管理の徹底と品質システムの向上に努める市場として生産者や買参者から利用されている。A食肉卸売市場は、食肉市場としては日本初のISO9000s(品質管理システム規格)を認証取得し、更に最先端情報システム並びに最高水準の衛生管理体制の部分肉加工機能を完備する食肉市場の機能も果たしている。1日当たりの解体能力は牛120頭、豚450頭である。
と畜の手順は、と畜場に運び込まれてきた牛の眉間のところにスタンガンでボルトを打ち込んで気絶させている。気絶させた後、喉を切開して放血する。スタンガンで気絶させただけであるので、牛刀などで喉を切開すると反射的に四肢の運動を起こす。600キログラム以上の体重を支えている足で作業員が蹴られると大けがをする危険性がある。そのような反射運動を防止するために眉間に空けた穴からワイヤーを入れて中枢神経を破壊している。
このピッシングは中枢神経組織を破壊することによって血液や枝肉を汚染する可能性があるが、ピッシングをしなければ作業者が牛の動きによりけがをする恐れがあるので、作業員の安全の確保の視点から現状では中止できない状況にあり、適切な不動化対策を模索している。
A食肉卸売市場のと畜スペースは、ほかのと畜場に比較して相対的に狭く、「牛を寝かせておくだけの余裕がないのもピッシングが廃止できない要因の一つであり、牛が動かなくなるまで待っていると作業効率が落ち、血液を抜く放血作業が遅くなる。」と悩んでいる。さらに「処理場が狭いので、懸垂中のと体が落下した場合などに作業員が逃げるスペースがない。現場の安全確保を優先して考えているところである。ピッシングなしの作業には熟練がいる。簡単には切り替えられない」と関係者は対策に苦慮している。
「2001年のピッシングの中止推進から2005年の完全中止までの間に、A食肉卸売市場では、どのような不動化対策によって、牛肉の安全性と作業員の安全性を両立させるか、真剣な検討が始まっている。
〜不動化装置の未導入と今後の対策〜
(1)B畜産流通センターの概要
1972年に社団法人として設立され、85年に株式会社となったB畜産流通センターの業務の中心は、牛と豚のと畜業務と委託カットである。今後は整備されたトレーサビリティを利用して付加価値をつけた商品をつくり、その販売までを行っていきたいと考えている。
B畜産流通センターの抱える最大の問題は、と畜の処理頭数が伸び悩んでいることとセンターの老朽化が進んでいることである。B畜産流通センターは、閉鎖した県内の食肉センターと町営のと畜場の担当していた分のと畜業務を引き次いだものの、処理頭数はやはり減少傾向にある。原因の一つには、牛の処理を午前に行うようになったことが挙げられる。BSE発生前は午前に豚を、午後に牛を処理していたため夕方の6時〜7時までも牛の処理ができ、1日170頭ほど処理していた。しかし、午前になった現在では1日当たり130頭の処理が限界となっている。
午前中に牛を処理するよう変更をした理由は、BSE検査に約4時間を要するためである。検査結果をその日のうちに出し、その日のうちに内臓などの副産物を流通させる必要があるからである。
また、当センター内での焼却炉ではSRM(特定危険部位)の一部のみを焼却しており、それ以外のと畜残さはレンダラーに渡している。
(2)B畜産流通センターの改善工事
B畜産流通センターは、今年2005年秋に機械の入れ替え工事をすべて終了する予定である。工事では3,000万円の費用を予定しており、電極による不動化装置の導入などピッシングを完全に止めるための工事となる。また工事後は、と体が放血台へ流れる際の回転が、これまでの1回転から半回転で済むような構造となる。さらに1,000万円の追加で、喉を切開した後、2頭のと体を放血しておくコンベアーの導入も考えている。
電極による不動化装置の使用の流れとしては、放血したあと不動化装置(頚椎に電極を差込む)にかけ、シャックリング(牛の後肢に掛けられた鎖にシャックル(吊具)をかけること)後に電極を外すことになる。既に不動化装置を使用している施設では、肉質などについて問題は発生していないとのことである。この装置は施設を大型化せずに取り入れられる点が特長である。
コンベアーを入れた場合、1頭の待機牛を置くことになるため、スタンニングからシャックリングまでの時間は、これまでの1頭80秒サイクルから160秒サイクルとなる。このと体を2頭並べる装置はある程度のスペースのあると場でなければ難しく、どこででも可能な工事ではない。
(3)現在のピッシングの中止の態様
ピッシングは2003年9月末より止めているが、全頭ではなく8割での中止である。暴れる牛、もしくは正常に回転しなかった牛に対しては、改めて銃で撃ちピッシングをするためである。正常に回転する場合とは、殴打されて放血の台に落ちるとき1回転して右後ろ足が上にくることである。ピッシングを中止したことでスポットの発生数は減少している。
作業員はピッシング中止前と変わらず2人であり、1人が殴打式エアガンとシャックリングを分担し、1人が放血を行っている。午前中ずっと同じ担当者が作業にあたる。不動化装置を導入しないままに、ピッシングを中止したために、昨年2004年に、作業員が後ろ脚で蹴られた反動で後ろへ倒れ、頭部を打つ事故が一件起こっている。
スタンニングには殴打式エアガンを使用している。重量は13キログラムと重く、両手で操作している。殴打式エアガンの価格は2,000万円であり、高価である。殴打式エアガンで撃つのは目と角の対角線上であり、ここに撃つことで運動神経を麻痺させ失神させる。脳を貫通しないため、脳が流れ出る恐れはない。両手で殴打式エアガンを操作しなくてはならないため、B畜産流通センターは牛の首を固定する装置を備えている。左右から牛の首を固定するものであるが、それでも首は上下にはまだ動くという問題がある。
ホルスタインとF1は頭部が固いため殴打式エアガンが効かず、銃を使うことになることがある。また経産牛は特に殴打式エアガンが効きにくく、また放血台へと移動する際正常に回転しないことが多いため手間が余計にかかっている。そのため今後は処理頭数の少ない木曜日に経産牛の受け入れをすることを考えている。
一般に、と畜場では、内臓の取り出しが遅くなると内臓が痛むため、ピッシングを止められないという意見がある。牛をと畜すると体温が42℃ほどにまで上がり、その熱が内臓を痛める。そのために、迅速に内臓を取り出し、また、迅速にと体の温度を下げることはとても重要である。それは、B畜産流通センターでも同意見であるが、同センターではピッシングを中止しても内臓の取り出しは遅くはならなかったし、スポットの発生も増加していない。しかし、作業員の安全性確保には課題が残されている。
殴打式エアガン |
スタンニング直前 |
スタンニング直後の正常回転 |
放血しながらの移動 |
〜広い作業スペースと熟練工によるピッシング中止〜
(1)C食肉株式会社の概要
と畜場における牛のと畜頭数は年間15,000頭弱であり、1日当たりに換算すると60頭である。豚のと畜頭数は年間66,000頭、1日当たり260頭である。C食肉株式会社は年間250日稼動している。
C食肉株式会社の牛の処理の内訳は、和牛77.3%、F1が14.3%、ホルスタインが8.4%である。近年、ホルスタインが伸びてきており、今年は10%を超える可能性もある。2005年6月より牛のと畜料は6,000円から7,600円に値上げしている。これはBSE問題に伴う頭部などの焼却費のためである。格付け料は全国一律540円で、検査料は各自治体で決定しており、600円である。
カットは隣接他社の処理場で行われ、と畜解体だけがここの役割である。ただ内臓の販売はC食肉株式会社が行っている。
豚は「道の駅」での販売が盛んになっているため、カットまでをC食肉株式会社に頼み、持ち帰るところも増えている。C食肉株式会社での取引はすべて相対取引であり、価格はA食肉卸売市場を参考にして決定される。
(2)ピッシングを止めた経緯
C食肉株式会社では、ピッシングを2004年10月中旬に中止している。ピッシングを止めた理由は全国の食肉センターが中止する方向に動いていたということもあるが、一番の理由は、ピッシングをやめた食肉センターでスポットが減ったとの声を聞いたためである。食肉センター協議会でもピッシングを中止するための検討会を何度か開いていた。ピッシングの中止に当たっては、広い作業スペースを持っていたため設備などは特に変えずに中止することができた。
(3)ピッシング中止前後の変化
ピッシングを中止したことでスポットの発生率は2.0%から0.3%(月に2,3頭)に減少した。これは放血までの時間が早くなったためと考えている。スポットが発生すると1キログラム当たり1,200円〜1,500円の枝肉価格が、約300円下落する。東京などでは500円下落することもある。関連の経済連が連携してスポットに関する保険制度を設けている。スポットは以前は大きな血判であったが、今は針のような小ささであり、時間の経過とともにわからなくなるほど小さくなっている。
ピッシング中止により、一般的には遅くなるといわれていたと畜のサイクルが、ピッシングの工程がなくなったことでむしろ短縮した。スタンニング後、牛が動き出す前に食道結紮とシャックリングを済ませるようにしている。和牛はおとなしくあまり暴れることもないが、F1はやや暴れる。ホルスタインには暴れるものが多く、3分ほど暴れることもある。
放血の作業にはベテランを当てている。そのため、軽い接触はあったものの、事故というほどのものにはいたっていないとのことである。ただ、ピッシングを中止したらシャックリングされた牛が落下する事件が2件起こっている。また脊髄吸引時にも少し動くことがあるが問題はない程度である。ピッシング中止が危険であるという意見もあるが、それほど危険はないと担当者は認識している。
スタンニングからシャックリングまでは1分30秒である。ピッシングをやめるとともに、放血台での不可食部分のテールカットを止めている。これは後脚付近での作業は危険なためである。スタンニングの銃は片手で操作できるため、首を固定する装置も必要はない。
(4)と畜工程での工夫
放血は、頚動脈を切った後に大動脈を切る。スタンニングの場所には牛の腹部が接触する部分にスプリング(バネ)をおいている。スタンニングにより倒れる際、自重で腹部を損傷しないためのクッションである。
近年、牛の除角が進んでおり、このC食肉株式会社に運ばれてくる牛も7割くらいは除角されている。通常、スタンニングの際作業員は、牛の角をつかんで固定し、狙いを定めるが除角された牛はつかむところがなく作業に不便なことがある。また除角した牛は頭部を守るよう額が硬くなるためか銃が効きにくい。
放血作業場の作業員は、ピッシングをやめる以前から3人で行っており、スタンニング、放血、食道結紮の作業を分担している。BSE発生前は2人でも出来ていた。食道結紮はO157事件発生以降、汚染を防ぐためにシャックリング前に行っている。前処理から内臓の摘出までは15分かかっているが、これはほかの処理場と比べると早い方である。豚では9分である。内臓の摘出までの時間は内臓の鮮度に強く影響する。
〜内臓重視の地域事情〜
(1)D食肉センターの施設概要
D食肉センターは1963年に隣接する2つのと畜場の合併により設立された。牛の処理能力は、設立当初、けい留場の収容限界の100頭であったが、近年は牛の体が大きくなってきたこともあり、80頭を上限にしている。D食肉センターでは、高齢者や若い女性など幅広い年齢層の方が解体作業などに25人従事している。
当該地域では牛の内臓の需要が強いため、内臓の取り扱いに力を入れている。内臓の価値に影響する最も大切な要素の一つは鮮度であり、そのため放血してから内臓を取り出すまでの時間短縮が重要となってくる。
牛は前日に搬入され、当日と翌日に2度の生体検査を獣医師が実施する。けい留所は、施設を建てた当時、窓がなく夏場などは非常に温度が上がり、牛が衰弱したので、窓を急きょ取り付けている。
施設の外部に4台の冷凍コンテナを設置しており、処分する廃棄物などが腐らないよう回収まで保管している。骨は1頭ごとに区別されており、BSE検査が終わるまで処分していない。また、油脂原料は1頭ごとの区別はなく、およそ10頭分ごとに缶に入れ保管している。大量の油脂は焼却が厄介なため受け入れ先が嫌い、処分先には困っている。なおコンテナの設置には70万円の費用が必要であったが、国から半分の援助を受けている。しかし冷凍コンテナを動かすための電気代などの運転費用がかさんでいる。肺など不可食分の廃棄物は1日4,5トン出ており、それらは肉骨粉の原料にして搬出している。
D食肉センターにとって高額な水道費が悩みの種の一つとなっている。剥いだ皮や内臓などを3階から1階にパイプを通して移動させるために上水を使用しており、1カ月当たり600万円を要している。毎年2回実施しているパイプの清掃には、1回で50万円を要している。
(2)D食肉センターのピッシング中止に対する意見
D食肉センターによると、ピッシングを中止できない理由として第一に、シャックリングの時と、懸垂してと体を移動させる時に牛が暴れると作業員の安全が脅かされるということを挙げている。次にピッシングせずに暴れ終わるのを待つと内臓摘出までに時間を要し内臓の品質が落ちると指摘している。またピッシングには放血を促す効果もあり、ピッシング中止により放血に影響がある。
また、妊娠している牛はピッシングしても暴れるので、適切な対策がなければ、ピッシングはとてもやめられないと訴えている。さらに、と畜場の作業員の賃金は日給制でけがなどで休業すると賃金が支払われないで、センターの責任者は、解体を行う25名の従業員の安全を一番に考えざるを得ない立場にある。確かにほかのと畜場に比べると、銃が小型のためか牛が暴れるし、放血台周辺の作業スペースが狭いので、もしと体が落下した場合は逃げ場がなく、危険であると思われた。
火薬と銃 |
スタンニング |
銃により作られた穴 |
ピッシング用のワイヤー |
(3)と畜作業の工程
(1)スタンニング
ノッキングペン内(生体をと畜のために固定する場所)で利用されるスタンニングのための小銃は片手で操作できるほど小さいものを使用している。牛の頭を固定する装置はなく、牛の首にかかっている縄を片手で引っ張りながらもう片手で額を撃っている。そのため動く牛もおり、構えてから撃つまでの時間には個体によりバラツキが見られた。
放血台周辺の作業には2人で当たっている。一人当たりの作業手順が多いため、ほかのと畜場に比較して、シャックリングまでに時間がかかっているように思われた。またこの工程に限らず、同じ作業員が複数の作業をしており、全体的にラインのスピードは遅いように感じられた。
(2)喉刺・放血およびピッシング
喉に刃を入る放血作業の後にピッシングを行っている。これまで上記のと畜場では、放血作業とピッシングの工程はこれとは逆である。牛の暴れを心配するのであれば、ピッシングを先に行う方が良いように思われる。またピッシング前に放血できる技術があるのであれば、ピッシングを中止してもと体が暴れだす前にシャックリングまでを行うことも可能であるように思われる。またピッシングには放血を促す働きもあるようで、確かにピッシング後、勢いよく血が流れ出していることが確認できた。
(3)食道結紮
器具により食道を結紮し、胃の内容物の逆流による枝肉などの汚染を防いでいる。
(4)顔の皮剥ぎとシャワーによると体の洗浄
作業員がナイフにより顔の皮を剥ぎ、また皮1枚残して首を切断する。この工程をシャックリング前に行うと畜場はめずらしい。シャックリングまでの工程が多ければそれほど、ピッシングを止めることは難しくなる。この工程をシャックリング後に回すことが出来るのであれば、放血台周辺での作業は短くなる。
シャワーによる洗浄が丁寧に行われているが、これも放血と並行してあるいはシャックリング後に行うことで、内臓摘出までの時間が短縮できそうである。
(5)シャックリング
シャックリングまでの時間が、A食肉卸売市場で1分50秒、B畜産流通センターで1分20秒であるのに対し、D食肉センターでは2分50秒を要している。D食肉センターでは、ノッキングの10秒後に放血、20秒後に喉の切開、40秒後にピッシング、60秒後に食道結紮、90秒後に顔面の皮剥ぎ、さらに皮1枚残して首の切断、120秒後に鎖の足掛け、140秒後にシャワー洗浄、170秒後にシャックリングの手順である。
(6)シャックリング後の肛門結紮
シャックリング後は放血などの前処理ラインから解体ラインへと移る。この後の作業は他のと畜場とほぼ同じであったが、肛門結紮工程では、体内に水を入れ、体内温度を下げることで内臓の劣化を遅延させる工夫をしていた。肛門結紮リングは外国製であり1個20円ほどする。リング以外にも施設に入っている機械のほとんどは外国製であり、修理や清掃に高額な費用が必要になっている。
内臓の鮮度を保つためには内臓の取出しまでを30分で終わるよう努力している。
(7)皮はぎ・延髄の摘出・脊髄吸引・背割り
皮は作業している3階から、パイプを通して1階へと流れていく仕組みになっている。
検査員(獣医師)の手によって、頭部からBSE検体である延髄が摘出され、BSE検査にまわされる。
大きな牛の脊髄は吸引ホースの中で引っかかることがある。1度で脊髄すべてを除去することは難しく、何回かに分けて丁寧に除去している。また脊髄吸引と背割りは同じ作業員が行っている。この工程に限らず、同じ作業員が複数の作業をしており、ラインのスピードは遅いように感じられた。
切り取られたSRM(特定危険部位)は保管して翌日焼却となる。脊髄とともに硬膜も剥ぎ取られている。硬膜はそれ自体が危険なわけではないが、脊髄を包んでいるため、特定危険部位扱いとしている。特定危険部位は処分するまで施錠可能な冷蔵庫で保管される。
(4)内臓摘出と内臓検査
解体ラインは4分毎に自動的に動く仕組みになっている。取り出された内臓をラインに乗せて移動させ、仕分けや回腸遠位部の除去がなされる。回腸遠位部は2メートルほどの長さであり、周辺部分は油脂原料となる。また内臓検査は頭部検査と同じく、市役所職員である検査員(獣医師)の手により同ライン上で行われる。
(5)内臓などの加工と衛生管理
牛の内臓やテールや豚足を貴重な収入源とするD食肉センターでは、その取り出し加工段階にも多くの人手が必要となる。内臓の仕分け・洗浄の作業員はすべて女性であり、7,8名ほどの手によって手洗いされていた。内臓は1頭ごとに分けて管理されている。豚の足と耳はミキサーにかけ丁寧に脱毛していく。
また牛のタンも商品となる。SRM(特定危険部位)である扁桃腺は、舌にはほとんどつかないように除去されている。舌の粘膜はすべて人の手で剥がす必要があるが、この作業は難しく、技術を持っている人は非常に少ない。そのためアメリカからの輸入がストップして以来タンは貴重品となっている。
ピッシング |
食道結紮 |
脊髄硬膜の除去 |
回腸遠位部の除去 |
厚生労働省のピッシング中止の決定を受けて、4ヵ所のと畜場の調査を実施した。2ヵ所はピッシングを継続しており、2ヵ所は不動化施設を導入しないままに、ピッシングを中止していた。得られた結論は以下の通りである。
(1)狭いと畜スペースの中での危険な作業と日給制の労働者
4ヵ所のと畜場の調査によれば、(1)概してと畜場のスペースは狭く、(2)2〜3人の作業員がそこでと畜作業をしており、(3)熟練した作業員を配置することによって、不動化装置を導入することなく、ピッシングを中止したと畜場があったが、それでは牛の激しい四肢の運動によりけがをする危険性がある。また、(4)ピッシングも不動化処置もしなくてシャックリングすれば、懸垂中に牛が暴れて、落下し、作業員が逃げ場を失いけがをする危険性もある。(5)作業員の給与は日給制であり、けがをすれば収入を得られなくなくなる可能性があるので、ピッシングを簡単に中止できない。しかし、(6)ピッシングの中止により、むしろスポットの発生を減少させることが可能になり、ピッシングの中止は肉質の向上にはプラスの効果がある〔4〕、などの結果が得られた。
(2)不動化装置の導入と導入支援の必要性
と畜場が広ければ、スタンニング直後の牛を放血後、4〜5分放置しておけば、ピッシングも不要であるが、と畜スペースが狭いと畜場は建物の改築が必要になり、莫大な費用の追加投資が伴うことになる。狭いスペースでも安心してピッシングを中止できる不動化装置の導入が不可欠である。建物の改築に比較すれば、少ない経費で済むパルス電流による不動体化装置が近年開発されている〔5〕、それらの積極的な導入と政府による支援が必要である。
(3)と畜場の再編統合
表−2に日米の牛肉産業構造比較を示す。ピッシングに関しては米国が実施していないのに対して、わが国は中止が完了していない実態にある。ピッシングに関しては不動化装置の導入で中止が可能になるであろうが、と畜場の効率化と一層の安全性の確保を促進するためには、と畜場を含む食肉処理場の再編統合による規模拡大が必要である。
表-2 日米の牛肉産業構造比較
|
例えば、米国の4大パッカーは25の処理工場を有しているが、その4大パッカーの工場数と年間処理頭数は次の通りである。第1位のタイソンフーズ社が10工場で943.5万頭、第2位のカーギルミート社が7工場で800万頭、第3位のスイフト社が6工場で500万頭、第4位のナショナルビーフパッキング社が2工場で320万頭である。4大パッカーの25工場の工場数シェアは全米の3.54%であるが、と畜頭数シェアは全米の80.3%であるので、4大パッカーの競争力指数(と畜頭数シェア÷工場数シェア)は22.7となる。日本の4大市場の牛取扱い頭数は、東京が15.98万頭、大阪が5.16万頭、仙台が2.86万頭、埼玉が2.33万頭であり、それらの4市場の市場数シェアは2.3%であるが、取扱い頭数シェアは20.9%であるので、競争力指数は9.1である〔6〕。
日米には、と畜場を含む食肉処理場に関して大きな規模格差があり、それが1頭当たりの処理経費と安全性確保施設導入投資可能性の格差を引き起こす。今後は、県境や市域などの行政区域を越えたと畜場を含む食肉処理場の再編統合が望まれる。
〔1〕食品安全委員会「我が国における牛海綿状脳症(BSE)対策に係わる食品健康影響評価」2005年5月。 |
本調査研究に際し、A食肉卸売市場、B畜産流通センター、C食肉株式会社、D食肉センターの関係者から熱心な御説明を頂き、特別に写真の撮影も許可して頂いた。また厚生労働省からはアンケート結果の御提供を、農畜産業振興機構と日本食肉生産技術開発センターからは御助言をそれぞれ頂いた。記して皆様に感謝の意を表します。 |
元のページに戻る