◎今月の話題


発酵乳の機能と活用について

(財)日本乳業技術協会
   常務理事 細野 明義

ヘルスフードとしての機能性食品

 食品に対して従来認識されていた栄養面での働き(一次機能)とし好面での働き(二次機能)のほかに、予防面での働き(三次機能)についての概念がつくられたのは1980年代に入ってからのことである。厚生省(当時)も予防医学の立場から「機能性食品」を取り上げ、1991年に「機能性食品」の概念を「特定保健用食品」(Foods for Specified Health Use, FOSHU)というかたちで実現することになった。「特定保健用食品」でうたう生体調節機能(三次機能)とは、免疫系、内分泌系、神経系、循環器系などの調節に関与する機能のことで、いわば人の高次の生命活動に対する調節機能をいい、生活習慣病の予防と改善に貢献するヘルスフードのことである。ここで記す「ヘルスフード」とは俗にいう「健康食品」のことではない。有効性が科学的に証明され、安全性が確保され、作用機序が解明、もしくは推定可能であること、の3要件が満たされた食品のことを指している。


生活習慣病を予防するプロバイオテイクス

 プロバイオテイクスという言葉を確立させたのはイギリスの微生物生態学者、フラー博士である。彼は1989年に「腸管フローラバランスを改善することにより動物に有益な効果をもたらす生きた微生物」と定義した。プロバイオティクスには生活習慣病の予防上極めて重要な消化管の環境を正常に整える作用が期待され、乳酸菌やビフィズス菌の多くにそれらの機能が見出されている。今日では発酵乳に高い機能性をもたせる目的で多種多様のプロバイオテイクスが用いられ、また臨床的にも乳糖不耐症、便秘改善、急性胃炎、食物アレルギー、クローン病(末端回腸炎)、骨盤放射線治療後の腸内菌叢の改善などに広く用いられている。


発酵乳の保健機能

 発酵乳(ヨーグルト)の保健機能は多様である。

 まず、栄養機能であるが、発酵乳は牛乳がもっている栄養的価値をほぼそのまま保持している。そもそも牛乳が優れた栄養価値を有していることは親牛が仔牛を育てるために牛乳を分泌するものであるとの生物の本質を考えると当たり前のことではあるが、人間にとっても優れた栄養源であることは牛乳の栄養密度(単位エネルギー当たりの栄養素量)が卓越して高いことからも明白である。特に良質のタンパク質と豊富なカルシウムは牛乳の最大の栄養的特徴で、発酵乳もその本質は変わらない。

 次に、発酵乳は優れた生理機能をもっていることである。その一つ一つを解説する紙面はないが、今日まで科学が指摘してきた保健効果として免疫賦活化作用、抗変異原性、腫瘍抑制作用、血中コレステロール低減作用、血圧低下作用、病原菌に対する拮抗作用、糖尿病予防作用、腸管内有害物質の生成抑制といった腸内環境改善作用などが挙げられ、現在も世界中で活発に研究されている領域である。すでに、腸内環境改善作用のある多種多様の特定保健用食品が市販されて久しいが、現在では上記の諸機能が期待できる製品の市販化が急速に進んでいる。乳酸発酵を促す第一スターター(主に乳酸菌)を用いるのが伝統的な発酵乳の作り方であるが、近年は様々な高い保健機能の付与が期待できる第二スターター(adjuncts)が用いられている。adjunctsとしてはプロバイオテイクスなど発酵乳を特化させる作用のある微生物が挙げられる。


高齢化社会に向けての期待

 日本人の生活水準が向上するにつれて、食生活が多様化し、食品に対する考え方も変わってきた。かつて食料が不足していた時代には、栄養補給のための一次機能が何より重要であったが、次第に味覚やし好を満たすための二次機能が要求されるようになり、さらに飽食の時代と言われる昨今は、食品を通じて生活習慣病(成人病)や老化を予防したいとする三次機能が求められるようになってきた。近年の日本人の平均寿命は女子が世界一位、男子が二位にある。しかし、健やかに過ごせる人生の長さを意味する健康寿命は日本人の場合男女共平均寿命より8歳低いと言われる。生活習慣病(成人病)や老化を予防したいとする願いは老若男女を問わないが、加齢に伴う代謝機能、運動能力さらには疾病治療からくる栄養のインバランスなどは高齢者にとって極めて深刻な問題である。健康寿命を1年でも長く維持するためには適宜な運動と栄養バランスのよい食事に気を配ることは最低限の健康法になってくる。一点豪華的に発酵乳の良さを主張するはずもないが、多品目の食物を摂取しながら、牛乳や発酵乳を一日に必ず摂取することに心がけることの重要性は専門家達が指摘するところである。

 上記した発酵乳の諸機能の追及に加えて、今日ではカロリー値の低減の観点から発酵過程で高エネルギー(カロリー)を有する乳糖を低カロリーのソルビトールにできるだけ変換させる研究やリボフラビン、葉酸、ゴバラミンといったビタミンB群を高めるためのadjunctsの研究も進められており長年発酵乳の研究に取り組んできた一人として大変興味深く思う。「医食同源」の故事に従い、発酵乳の高機能化への科学的手法による取り組みが今日、益々盛んになっていることを喜びとしている。


ほその あきよし

プロフィール

信州大学名誉教授。東北大学農学部卒業。農学博士。現在、(財)日本乳業技術協会常務理事、国際酪農連盟日本国内委員会常任幹事、帯広畜産大学客員教授。
乳製品関連の乳酸菌の研究に長年従事。読売農学賞、日本農学賞などを受賞。著書に『乳酸菌とヨーグルトの保健効果』、『ヨーグルトの科学』など多数。


元のページに戻る