◎調査・報告


健康維持や疾病予防に役立つ
ペプチド化畜産食品の可能性

北里大学獣医畜産学部 食品機能・安全学研究室
助教授 有原 圭三


はじめに

 近年、食品の有する保健的な働き(健康維持・疾病予防作用)に対する関心が高まっており、多くの機能性食品が市場をにぎわしている。乳・肉・卵に代表される畜産食品においても、乳製品を中心としてさまざまな機能性食品が開発されてきた。そのような食品の中には、厚生労働省の許可を得た特定保健用食品であるものも少なくない。

 ところで、畜産食品は良質なタンパク質を豊富に含み、優れた栄養特性を持つが、動物性タンパク質の分解物には多くの生理活性ペプチドが含まれていることも知られている。筆者らは、このことを踏まえて畜産食品中のタンパク質を分解し、さまざまな生理活性を示すペプチドを生成することにより、健康維持や疾病予防に役立つペプチド化畜産食品の開発を目指してきた。畜産食品の一つである脱脂粉乳は、栄養学的価値が高いだけではなく、貯蔵性に優れているなどさまざまな魅力を備えた食品素材である。しかし、わが国では現在、有効な利用方法の開発が不十分であるために、供給過剰な状況になっている。脱脂粉乳中には30%以上のタンパク質が含まれている上、牛乳タンパク質からは種々の生理活性ペプチドが生成することも報告されている。このため、脱脂粉乳中のタンパク質を分解させることにより、健康維持や疾病予防に役立つペプチド化脱脂粉乳が開発可能であると考えられる。本稿では、このようなペプチド化脱脂粉乳の開発のために行った研究成果を交えて、ペプチド化畜産食品の可能性について論じることとする。

食品タンパク質由来の生理活性ペプチド

 食品タンパク質がプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)の作用を受けることにより、さまざまな生理活性を示すペプチドが生成することが、これまでに報告されてきた。食品タンパク質由来の生理活性ペプチドとして最初のものは、1950年にMellanderが報告したものである。彼は、牛乳の主要タンパク質であるカゼインの分解により生成するリン酸化ペプチドが骨のカルシウム蓄積を促進することを明らかにした。この研究の後、多くの食品タンパク質由来の生理活性ペプチドの発見が続いた。とくに牛乳タンパク質由来のペプチドに関するものが多く、代表的なものを表1にまとめた。このようなペプチドの一部は、今日、実際の食品にも利用されている(図1)。

 今回は、特に、3種の生理活性(アンジオテンシン1変換酵素(ACE)阻害活性、抗酸化活性、ビフィズス菌増殖促進活性)に注目して研究を実施した。

表1 乳タンパク質由来の主な生理活性ペプチド


図1 牛乳タンパク質由来の生理活性ペプチドを利用した機能性食品の例
(左、血圧降下ペプチドを含む「アミールS」;中央、血圧降下ペプチドを
含む「エヴォルス」;カゼイノホスホペプチドを含む「こつこつカルシウム」


図2 血圧調節におけるアンジオテンシンT変換酵素(ACE)の役割


(1)ACE阻害ペプチド

 食品タンパク質由来の生理活性ペプチドとして最もよく研究されてきたのが、ACE阻害ペプチドである。ACEは、ほ乳動物の生体内に広く存在する酵素で、血管内皮細胞に多く分布している。この酵素は血圧調節に密接に関わっており、図2に示すように、レニン−アンジオテンシン系とカリクレイン−キニン系に作用することにより、血圧上昇をもたらす。すなわち、ACEの過剰な作用が高血圧症をもたらす一因となっており、ACEの活性を抑制することにより血圧を正常なレベルに維持することができる。ACE阻害ペプチドの摂取(投与)が高血圧症の予防や治療に有効であることは、主に高血圧自然発症ラットを用いて検討されてきた。牛乳タンパク質由来のACE阻害ペプチドとしてよく知られているものにラクトトリペプチド(Ile-Pro-Pro, Val-Pro-Pro)があり、図1に示した食品にも含まれている。

(2)抗酸化ペプチド

 近年、生体内における活性酸素の生成が多くの疾病にかかわっており、その消去が疾病の予防や治療に重要であることが指摘されている。このため、活性酸素消去能を有する抗酸化物質を多く含む食品に対する関心が高まっている。このような食品の代表的なものとしてポリフェノールを含む赤ワイン、カテキンを含む緑茶、β-カロチンを含む緑黄色野菜などがよく知られている。ペプチド性の抗酸化物質もあり、食肉に多く含まれるカルノシン(ジペプチド)のようなものがある。食品タンパク質の分解により生成する抗酸化ペプチドに関する報告もいくつか見られる。牛乳タンパク質(カゼイン)分解物から見出された抗酸化ペプチドとしてTyr-Phe-Tyr-Pro-Glu-Leuがあり、フリーラジカル捕捉能や脂質酸化抑制能があることが示されている。また、筆者らは、食肉タンパク質分解物からも強力な抗酸化ペプチドを発見している。

(3)ビフィズス菌増殖促進ペプチド

 食品タンパク質由来のペプチドの生理活性は、多くのものが明らかにされてきたが、最近、新たにビフィズス菌増殖促進作用(プレバイオティック作用)を有するものが発見されている。ビフィズス菌増殖促進物質として、オリゴ糖や食物繊維といった糖質類がよく研究されてきており、数多くの食品にも利用されている。タンパク質分解物が乳酸菌やビフィズス菌の増殖を促進することは古くから知られていたが、単離されたペプチドはいずれも糖鎖をもつペプチドで、糖鎖部分がビフィズス菌に利用されているものと考えられてきた。Liepleら(2002)は、はじめて糖鎖をもたないペプチドがビフィズス菌増殖促進効果を有することを報告した。彼らはペプシン(消化酵素)処理した人乳(母乳)から、ペプチドを単離した。さらに、これらのペプチドの共通配列から、比較的小さなビフィズス菌増殖促進ペプチドをデザインすることに成功し、PRELP-I(Cys-Ala-Val-Gly-Gly-Cys-Ile-Ala-Leu)と名付けた。ごく最近、筆者らは、食肉タンパク質(アクトミオシン)のパパイン分解物から新規のビフィズス菌増殖促進ペプチドを見つけた。このペプチド(Glu-Leu-Met)は、わずか3個のアミノ酸からなるものであった。

畜産食品タンパク質分解物の生理活性

 筆者らは、タンパク質含有食品として牛乳(脱脂粉乳)、大豆、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵を用い、プロテアーゼ処理により生じる生理活性を検討した。大豆および食肉は蒸留水とともに十分に混合した後に凍結乾燥を行い、パウダー状にしたものを調製して用いた。鶏卵は卵殻を除去した後に均一になるまで撹拌し、凍結乾燥してパウダー状にしたものを調製した。食品中のタンパク質の分解のために、プロテアーゼとして、パパイン、フィチン、トリプシン、ペプシン、キモトリプシン、パンクレアチン、プロテイネースK、プロナーゼEを使用した。蒸留水にパウダー状に乾燥した上述の食品を懸濁させ、上述のプロテアーゼのうちのいずれか一種を添加し、反応させた。

(1)ACE阻害活性の測定

 プロテアーゼで処理した試料のACE阻害活性(血圧降下作用の指標)を測定した結果、いずれのプロテアーゼを用いた場合でも、活性が認められた。その中で、牛乳を処理した場合に高い活性が認められたプロテアーゼであったペプシンとパパインの結果を表2にまとめた。ほかのプロテアーゼを用いた場合、食肉や卵白をプロテアーゼ処理したものに高い活性が認められる傾向があったが、牛乳の処理にはペプシンあるいはパパインが適していると判断された。現在、これらのプロテアーゼにより処理した牛乳を高血圧自然発症ラットに経口投与した場合の血圧降下作用について検討を進めている。また、牛乳タンパク質からプロテアーゼ処理により生成したACE阻害ペプチド(血圧降下ペプチド)の精製・同定についても進めているところであるが、アミン酸残基2〜10程度の様々な大きさの多数の活性ペプチドが生成していることを確認している。

表2 プロテアーゼ処理した各種食品のACE阻害活性


(2)抗酸化活性の測定

 (1)と同様に、各種食品のプロテアーゼ処理溶液の抗酸化活性(スーパーオキサイドイオン消去能)を測定した。その結果、抗酸化活性の場合も、牛乳ではペプシンやパパインで処理した場合に比較的高い活性が認められた。これらのプロテアーゼで処理した食品の抗酸化活性の測定結果を表3にまとめた。抗酸化物質は、生体内において様々な生理機能を示すことがこれまでに明らかにされている。筆者らも、食肉タンパク質由来の抗酸化ペプチド(Asp-Leu-Tyr-Alaなど)が、抗疲労効果や抗ストレス作用を示すことを明らかにしてきた。プロテアーゼ処理した牛乳を動物に経口投与した場合の生理機能についても興味が持たれるため、現在、ラットおよびマウスを用いた検討を行っている。

表3 プロテアーゼ処理した各種食品の抗酸化活性


(3)ビフィズス菌増殖促進活性の測定

 前述したように、ビフィズス菌増殖促進作用を有するペプチドが発見され、注目されているが、筆者らも、食肉タンパク質(アクトミオシン)をプロテアーゼ処理することにより、ビフィズス菌増殖ペプチドが生成することを見出した。ヒト母乳由来のこのようなペプチドについては1例だけ報告があるが、牛乳タンパク質由来のこのようなペプチドは全く報告されていない。そこで、今回、牛乳中のタンパク質をプロテアーゼで処理することによりビフィズス菌増殖促進ペプチドを生成させることを試みた。前述のACE阻害活性や抗酸化活性の場合、パパイン処理した牛乳タンパク質から高活性のペプチドが生成することが示唆されたが、ビフィズス菌増殖促進ペプチドの場合はそのようなことがなく、消化管酵素であるパンクレアチンを用いた場合に好結果が得られた(表4)。このとき生成するビフィズス菌増殖促進ペプチドは、アミノ酸残基3〜5程度のものが主であった。現在、推定配列を基に合成ペプチドを調製し、その活性を検討しているところである。


表4 プロテアーゼ処理した各種食品のビフィズス菌繁殖促進活性


ペプチド化畜産食品の可能性

 筆者らの研究成果により、牛乳(脱脂粉乳)をプロテアーゼで処理することにより、様々な生理活性ペプチドが生成することが明らかにされた。今後、この成果を生かし、付加価値の高いペプチド化脱脂粉乳の開発が行われることが期待される。近年、乳・肉・卵といった畜産食品において、その潜在的な保健的機能性の探索に関する研究やその成果を活かした機能性食品の開発が盛んに行われている。本研究もそのような流れに沿うものであり、付加価値の高い食品素材の開発としては、自然なアプローチである。

 牛乳タンパク質由来の血圧降下ペプチド(ACE阻害ペプチド)については、冒頭で述べたようにすでにいくつかの食品でその機能が利用されており、消費者の認知度も比較的高いものとなっている。このため、この機能を付与した製品は市場に受け入れやすい素地があると言えよう。また、抗酸化ペプチドについては、今日、抗酸化物質の保健的な機能が広く認知されていることから、食品への利用に対しての理解が得られやすいものであろう。活性酸素はほとんどの疾病発症に関わっているといっても過言ではなく、抗酸化物質(抗酸化ペプチド)への期待は非常に大きい。筆者らは、すでに食肉タンパク質のプロテアーゼ処理により、強力な抗酸化ペプチドが生成することを明らかにしてきた。その中で特に、Asp-Leu-Tyr-Alaの配列を有するテトラペプチドは、マウスに経口投与した場合、顕著な疲労予防効果を示し、その産業的な利用が多いに期待されている。今回の検討により、牛乳タンパク質からも類似した活性ペプチドが生成することが示唆されたため、ペプチド化脱脂粉乳の大きな付加価値の一つとなるであろう。

 ところで、ビフィズス菌は、代表的な消化管内の善玉菌であり、整腸作用にとどまらず、多くの有益な作用を宿主にもたらしていることが知られている。消化管内のビフィズス菌を増殖させるための食物因子として、従来、オリゴ糖や食物繊維といった糖質類がよく研究され、数多くの食品にも利用されてきた。ごく最近、われわれは、食肉タンパク質(アクトミオシン)のパパイン分解物から新規のビフィズス菌増殖促進ペプチド(Glu-Leu-Met)を見つけたが、今回、同様のペプチドをプロテアーゼ処理した脱脂乳中にも見出すことに成功した。このようなペプチドもペプチド化脱脂粉乳の大きな魅力の一つとなることを確信している。

 図3にペプチド化脱脂粉乳の基本的な製造工程を示した。非常にシンプルな工程で製品が得られることに大きな特徴があるが、さらに低コストを重視するのであれば、精製や濃縮・乾燥といった部分を簡略化することも可能である。今日、過剰な在庫を抱える脱脂粉乳であるが、その栄養価値は優れたものがあり、ペプチド化することによりさらに付加価値を与えることができる。このようなペプチド化脱脂粉乳は、ヒトの食品素材だけでなく、家畜の飼料やペットフード素材としても幅広く活用できるものであろう。今後の実用化に向けたさらなる検討が望まれる。

図3 ペプチド化脱脂粉乳の製造工程


おわりに

 本稿では、ペプチド化脱脂粉乳を中心として、健康維持や疾病予防に役立つペプチド化畜産食品の可能性について論じた。良質なタンパク質を多く含む乳・肉・卵といった畜産食品を素材として機能性食品を開発する場合、このような方向は最適なものの一つと考えられる。すでに生理活性ペプチドに関する基礎的な知見の蓄積は十分にあることから、今後、消費者のハートをキャッチできるバラエティーに富んだ製品群が続々と市場に登場することが待たれる。

参考文献

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