★ 農林水産省から


家畜の遺伝資源の保護・活用のあり方について
─「家畜の遺伝資源の保護に関する検討会」中間取りまとめの概要─

生産局畜産部畜産振興課
課長補佐 犬塚 明伸


 和牛はわが国固有の品種であり、改良機関や生産者などの関係者の努力の積み重ねによって育種・改良され、他の品種には見られない優れた肉質などを備えたわが国の財産であり、そのおいしさは海外まで知られ高く評価されている。

 このような中、平成9年〜10年には、米国に和牛の生体128頭、精液1万3千本が輸出され、かつその遺伝資源が豪州に渡り、外国種との交配により交雑種などが生産されてきた。そしてそれらがわが国に牛肉または子牛として輸入されている現状にあり、17年には子牛の輸入頭数が和牛の交雑種以外のものも含み2万5千頭程度になっており、国内生産に影響を与えかねない状況となっている。

 一方、15年3月に政府に知的財産戦略推進本部が設置され、また農林水産分野における知的財産をめぐる検討を行うため、本年2月に農林水産省内にも知的財産戦略本部が設置されたところであり、知的財産を巡る検討が進展している。家畜については前出のような遺伝資源の流出を踏まえ、また関係者の努力の結晶でありわが国の財産である和牛の遺伝資源の価値について、社会情勢や技術レベルを踏まえて整理し、今後の進むべき方向性を戦略的に定めていく必要性が生じてきた。

 農林水産業における知的財産権の一つとして、植物の場合は育成者権が種苗法により設定されているが、家畜の場合、育成者権は設定されていない。これは家畜では、保護の検討対象となりうるのは一般的に増殖に多く用いられている精液と考えられるが、精液の段階では形質が未確定(均一性の欠如)、かつ精液だけでは産子の能力は不明であり、同じ能力の牛を増殖するということは困難(安定性の欠如)であるため、種苗と同様な育成者権が設定されていない状況となっている。

 以上のような状況を踏まえ、知的財産権の活用も含めた幅広い観点から和牛の遺伝資源の保護・活用のあり方について検討するため、「家畜の遺伝資源の保護に関する検討会」を設置し、1 遺伝子特許の戦略的な取得・取得した特許の積極的な活用、2 精液の流通管理の徹底、3 「和牛」表示の厳格化(下図の赤枠)について各委員に検討していただき、8月3日には大きな4項目からなる「中間取りまとめ」
(http://www.maff.go.jp/www/counsil/counsil_cont/seisan/idenhogo/ir/20060803b.pdf)が策定されたため、今回はその概要を紹介する。

 なお今後はこの中間取りまとめを受け、各提言を実行する段階に入るが、短期的に実施できるもの、長期間の時間を要するもの、関係者と良く協議しなければならないものなど様々であり、いずれの場合も関係者の協力なしには実現し得ないものと理解しているため、皆様方のご協力をお願いしていきたいと考えているところである。

図 和牛の遺伝資源をめぐる状況と課題


家畜の遺伝資源の保護・活用のあり方について


(検討会中間とりまとめの概要)
(http://www.maff.go.jp/www/counsil/counsil_cont/seisan/idenhogo/ir/20060803a.pdf)

1 和牛における知的財産制度の活用

(1)和牛の遺伝子特許等の戦略的取得

○ 特定の遺伝子について、塩基配列を解析し、その機能解明を行うことで、遺伝子特許を取得することは可能であり、我が国の豊かな遺伝資源を最大限に活用して、取得した特許を知的財産として戦略的に活用し、国際競争力をさらに強化。

○ 遺伝子の機能解明の分野における激しい国際競争の下、和牛の他の品種にない優れた肉質等に関する遺伝子及びその機能については、海外に先んじて解明できるよう、研究開発を加速化。

○ 遺伝子機能の解明、遺伝子機能と改良増殖技術を結びつけた新しい技術の開発等に当たっては、全国の研究機関・研究者が連携して、戦略的に取得する体制を構築。

○ 海外での和牛の遺伝資源を利用した生産による権利侵害等への対抗措置として、和牛遺伝子と関連する生産技術を併せて総合的に特許取得することが有効。

(2)和牛の遺伝資源保護のための遺伝子特許等の活用

○ 和牛の遺伝資源の保護・活用を効率的に進めるためには、特許権等の融通、国民サービスの向上のための活用等、知的財産の戦略的マネジメントの仕組み(「パテントプール」等)が必要。

○ 遺伝子を利用した品種鑑別法は、牛肉トレーサビリティ法を補完し、遺伝子レベルで品種等を明確化することにより、輸入牛肉等との峻別に活用できることから、攻めの農政の観点からも一層の取組が重要。


2 精液の流通管理の徹底

(1)流通管理の徹底のための関係者間の意識の醸成と自主的な取組

○ 「和牛の遺伝資源は、関係者の長年の育種改良の努力による国の財産」という認識を、関係者間に醸成することが重要であり、その財産を国内で最大限に活用するため、関係者の自主的な取組が必要。

○ 和牛を繋養する家畜人工授精事業体による協議会が核となって、関係者に和牛の精液は国内で活用すべきものであるという共通認識を醸成するとともに、精液の利用状況をフィードバックするシステムを構築。

(2)精液流通管理体制の構築

○ 精液証明書と一体となった精液ストロー等の流通管理の強化を図るため、バーコード等を活用し、精液の利用状況を生産者等へフィードバックしていくシステムを構築する等、流通管理体制を確立。

○ 精液ストローの流通管理体制構築に当たっては、複雑な流通経路を考慮し、地域において実際の利用者間のコンセンサスを得ながら着実に実施。

(3)家畜改良増殖法に基づくチェック体制の構築

○ 中間段階における確認のためには、家畜改良増殖法に基づく精液証明書の「譲渡・経由の確認」欄を見直し、種畜検査委員制度を活用して譲渡履歴の管理徹底を図るための仕組みを検討。


3 「和牛」表示の厳格化

(1)消費者の認識に合致した「和牛」表示

○ 多くの消費者は「和牛」は国産牛であると認識しており、消費者の誤解を招かない表示のあり方を検討することが重要であり「和牛」表示を見直し、国内で生まれた和牛のみを「和牛」とすることとし、消費者の認識とのギャップが生じないようにすることが有効。

(2)諸制度を活用した「和牛」表示の厳格化

○ 食肉公正競争規約に基づく「和牛」表示の根拠となる品種の確認方法について「和牛」表示の適正さを確保するために、家畜登録制度、牛トレーサビリティ制度を活用して、黒毛和種等の品種の証明手段を厳格化。

(3)わかりやすい表示と消費者への情報発信

○ 和牛が、他の品種に見られない優れた産肉特性を備えた我が国固有の財産であることなど、和牛に対する消費者の理解度を更に高めていくことも、和牛遺伝資源の保護のためには重要であり、和牛の良さを理解してもらうため「和牛」の統一マークや新たな表記を作成するなどにより、消費者に対してわかりやすく情報を発信。

(4)地域団体商標制度の活用

○ 国産の和牛肉と輸入牛肉の差別化を促進するため、地域名と商品名からなる地域団体商標を取得し、地域ブランドを適切に保護するとともに、生産管理方法や肉質等の品質に関して消費者ニーズを踏まえた一定基準を定めること等により、当該商標に対する消費者の信頼を高めていくことが重要。


4 和牛の改良・生産体制の強化等

(1)遺伝子特許等を活用した和牛改良速度の向上

○ 今後とも着実に和牛の育種改良を進めることは極めて重要であり、従来の手法に併せ、優れた肉質等に関連する遺伝子特許等を和牛の育種改良に活用し、改良速度を更に向上。

(2)海外の追随を許さない優れた和牛の生産

○ 我が国の和牛と海外の和牛交雑種等との競争が始まっていると認識し、海外の追随を許さない優れた品質の和牛をいかにして生産していくかという視点に立ち、既に構築している改良体制の更なる充実を図って、高品質な和牛肉を安定的に供給していくことが重要。

○ 家畜改良増殖目標の達成に向けた取組や家畜個体識別システム・肉用牛枝肉情報全国データベース等を活用した全国的な改良体制の強化を推進。

○ 和牛は他国に求めることのできない我が国に限定的な資源である点を考慮し、各県、各地域単位で造成された和牛の遺伝的多様性の確保に配慮。

(3) 「和牛」=「国民の財産」

○ 「安ければ良い」という判断から、和牛本来の良さを理解した能動的な選択につなげていくことで、国民の財産である和牛の遺伝資源が海外に流出することを良しとしないという認識を持っていただけるよう働きかけていくことが必要。

○ 改良等により今後も更に和牛そのものを磨き上げ、高品質な和牛肉を低コストで生産していくことが、最終的には和牛を遺伝資源として守ることにつながり、また、消費者にとっても有意義なことであることを理解してもらうことで「和牛」=「国民の財産」という消費者と生産者の共通の認識を醸成することが重要。


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