はじめに
鹿児島県種子島は、サトウキビ生産とともに酪農や肉用牛の繁殖を中心とした畜産業が盛んである。サトウキビ産業と畜産業のつながりは深く、サトウキビの
梢頭部 は冬場の貴重な粗飼料として、製糖工場から排出されるバガスは飼料や敷き料として利用されている。また、畜産業から供給されるたい肥は、貴重な有機質資源としてサトウキビほ場などに還元され地力維持に貢献している。同地域において将来にわたり持続的農業を実現していくためには、サトウキビ産業と畜産業がともに発展し、連携をさらに強化していくことが重要である。農家戸数の減少が続く畜産業の発展には、一戸当たり飼養頭数の増加が必要であり、粗飼料の増産による自給飼料基盤の強化が求められている。しかし、作物が栽培できるほ場が限られることから、飼料作物栽培面積の拡大は一方でサトウキビなどとのほ場競合につながり、新たな問題を生じている。その解決には、飼料作物の大幅な収量の向上が必要であるが、既存の飼料作物では大幅な収量の向上は難しい。そのような現状に対応するため、九州沖縄農業研究センターバイオマス・資源作物開発チームでは、初期伸長性や株の再生力が優れ、乾物生産力が高い日本初の飼料用サトウキビ品種「KRFo93-1」を育成した。本報告では、「KRFo93-1」の特性と普及に向けた課題について報告する。
飼料用サトウキビ品種
「KRFo93-1」の育成とその特性
サトウキビは、世界の熱帯・亜熱帯地域において、主に砂糖生産やエタノール生産のための原料として利用されているイネ科サトウキビ属の多年生草本で、ネピアグラスやソルガムなどと遺伝的に比較的近い作物である。C4型光合成*を行うため他作物と比較して高温・強日射条件下での光合成能力が高く、水利用効率も優れることから、熱帯・亜熱帯地域での周年栽培の場合には、ソルガムやトウモロコシなどよりも高い物質生産力を発揮することができる。窒素固定能力1)
や比較的深い根系を備え、収穫後ほ場に残る有機物が豊富で地力維持能力が高く2)、やせ地や干ばつに対する適応性が比較的高いという優れた特徴も併せ持っている。種間交配および属間交配が比較的容易で、近縁種・属植物の多様な優良特性を取り込むことが可能であり、交雑により糖含率は低いが乾物生産力が高い系統が出現することが知られている3)。
九州沖縄農業研究センターでは、種・属間交雑により作出される乾物生産力が高い系統の、種子島さらには南西諸島各地域における新規飼料作物としての利用可能性を検討するため、平成9年から現地畜産関係者(西之表畜産経営確立対策協議会など)の協力を得ながら研究開発を実施してきた。その結果育成されたのが「KRFo93-1」である。「KRFo93-1」は、製糖用サトウキビ品種「NCo310」を種子親、分げつがおう盛で茎数が多く、株の再生力が優れるインドネシア原産のサトウキビ野生種「Glagah
Kloet」を花粉親とした交雑により獲得した後代集団を、初期伸長性や萌芽性、乾物生産力に注目して選抜し、育成した品種である。製糖用サトウキビの栽培試験では、畦(あぜ)幅は110〜120センチメートルで高培土を実施しているが、「KRFo93-1」の栽培試験では、飼料用としてコーンハーベスタでの収穫を想定し、畦幅は80センチメートルで高培土は実施せず、平培土のみとした。また、収穫後の株出し管理は、製糖用サトウキビで実施している、根切り・排土、ビニールマルチでの株被覆を行わず、畝(うね)間の中耕のみ実施した。「KRFo93-1」は、「NCo310」よりも萌芽性が優れるため、収穫後の再生株の茎数は多く、生育はおう盛である(図1)。「KRFo93-1」の最大の特徴は生産力が高いことであり、2年3作、3年4作で栽培することにより、種子島の主力飼料作物であるローズグラスの2倍程度となる年間17トン/10アール程度の生草収量が期待できる(図2、3)。
図1 「KRFo93-1」の萌芽状況
図2 2年3作、3年4作での収量性
図3 「KRFo93-1」の株だし栽培での立毛状況
数年間の放任栽培における多回収穫試験では、植付け4年後の第6回目の収穫まで生産力を維持できるデータが得られていることから、省力的な栽培管理でも、一度の植え付けで数年間にわたる多回収穫が行えると期待される(表1)。原料草の飼料成分は、粗たんぱく質は少ないが、その他の成分は稲わらやローズグラス(1番草、出穂期、生草)と同程度であり(表2)、し好性も良好である。また、コーンハーベスタによる収穫、細断型ロールベーラによるサイレージ調製が可能であり、サイレージの発酵品質、し好性は良好である(表3)。利用に当たっては、たんぱく質を補う必要があるが、粗飼料として十分利用可能であると考えられる。種子島では、全飼料作物栽培面積(約1600ヘクタール)の約30%を占めているローズグラスを置き換え作物として考えている。ローズグラスに置き換えて「KRFo93-1」を作付けすることにより、飼料作物栽培面積を増やさずに粗飼料の増産が可能となり、種子島の畜産業が発展するとともに、耕畜連携の強化により、サトウキビを含めた地域内農業全体の発展にも貢献できるのではないかと期待している。現在、鹿児島県の奨励品種採用に向けて試験を実施している。
表1 放任株出し栽培での収量性
表2 「KRFo93-1」の飼料成分(生草乾物中%)
表3 細断型ロールベーラで作成した
「KRFo93-1」のサイレージ発酵品質
今後の普及に向けて
飼料用サトウキビ「KRFo93-1」は、今までにない新しい飼料作物であることから、今後の普及に向けて、栽培から収穫・調製、給餌に至る各段階での更なる技術開発とそれらを有効に組み合わせた生産システム開発が必要である。サトウキビの初期生育は、トウモロコシやソルガム、ネピアグラスなどよりも遅く、生育初期の雑草との競合が起こりやすい。これは製糖用サトウキビよりも初期生育が早い「KRFo93-1」も例外ではなく、生育初期の雑草との競合による萌芽の抑制と分げつの減少が収量に与える影響は大きい。栽培技術開発では、生育初期の雑草との競合を回避しつつ、省力的な管理で安定多収を実現するためのワンポイント肥培管理技術の開発が必要である。収穫時期の選定や、収穫後の管理、利用可能な除草剤の登録も含め技術開発を行っていく必要がある。「KRFo93-1」の品種登録に向けた試験では、最大多収を目指し、2年3作、3年4作での収穫試験を実施した。現場農家からは、サトウキビが大きくなりすぎるとコーンハーベスタでの収穫がしにくい(台風での倒伏の影響もあり)といった意見や、生育期間が長くなりサトウキビの茎が硬くなりし好性が落ちるといった意見もあることから年2回収穫の試験についても実施していく必要がある。収量が多い飼料用サトウキビにとって収穫・調製技術の開発は、普及に向けた最も大きな課題である。現在は、手刈りもしくはコーンハーベスタでの収穫を想定しているが(青刈り、サイレージとして利用)、手刈りは労力が大きく、コーンハーベスタでは、生育が進み、茎が硬くなった場合や、倒伏した場合に収穫しにくいといった問題がある。また、コーンハーベスタを保有している農家が少ないという現状もあることから、今後は、現在島で稼働しているサトウキビ収穫機(ケーンハーベスタ)の利用を検討していく予定である。ケーンハーベスタは製糖用サトウキビの収穫期(12月から4月まで)のみの稼働であることから、それ以外の期間は、飼料用サトウキビ収穫に利用可能であり、ハーベスタ稼働率の向上も期待できる。調製に関しては、細断型ロールベーラの利用が可能であることから、ケーンハーベスタと細断型ロールベーラを利用した収穫・調製体系の確立が期待される。飼料用サトウキビの給与では、現在も多くの畜産農家がサトウキビ梢頭部を利用していることから、飼料用サトウキビを利用することへの抵抗は少ないと考えている。今後、乳牛や肉用牛に対する飼料用サトウキビの給与試験を実施し、その影響を評価していくとともに、飼料用サトウキビの栄養性を考慮した給与メニューを作成し提案していく。
今後の普及に当たっては、技術開発とともに、サトウキビ産業などとの連携を強化していくことも重要である。特にサトウキビ産業では、糖度の低い飼料用サトウキビの原料混入や飼料用サトウキビほ場からの製糖用サトウキビほ場への病害虫の拡散を危惧している。話し合いなどにより相互の理解を深めていくとともに、そのような事態が起こらない体制作りを行っていく必要がある。
おわりに
今回紹介した飼料用サトウキビ品種「KRFo93-1」は、黒穂病抵抗性が「中」であることから、製糖用サトウキビに黒穂病の発生が見られる種子島より南の島々を普及対象地域とはしていない。種子島より南の南西諸島においても畜産は盛んであり、飼料用サトウキビへのニーズは大きい。今後は、種子島にて飼料用サトウキビの利用モデルを構築するとともに、南西諸島各地域で利用可能な、黒穂病抵抗性や不良環境適応性を強化した飼料用サトウキビ品種の育成に取り組んでいく必要がある。
飼料用サトウキビが南西諸島各地域で利用され、畜産の発展に貢献するとともに耕畜連携の強化により、サトウキビを含めた地域内農業全体の発展にも貢献できることを期待して今後も研究開発を行っていきたい。
参考文献
1)R. M. Boddey et al., Plant Soil., 137, 111-117 (1991)
2)A. Nose., Japanese Journal of Tropical Agriculture., 40, 222-228 (1996)
3)D. J. Heinz., Suarcane Improvement through breeding., elsevier, Netherlands
(1987)
*C4光合成:CO2を効率よく固定する光合成、高温で日光の強い熱帯・亜熱帯地方で高い生産性をもつ植物(サトウキビ、トウモロコシなど)の光合成の一形態。
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