海外駐在員レポート  
 

全豪肉牛品評会  「ビーフ・オーストラリア 2009」の概要
〜肉牛取引課徴金に関する勧告を中心に〜

シドニー駐在員事務所 玉井 明雄、杉若 知子


    

1.はじめに

 畜産業の盛んな豪州北部クイーンズランド(QLD)州のロックハンプトンで2009年5月4〜9日、全豪肉牛品評会「ビーフ・オーストラリア2009」が開催された。歴史と伝統を誇るこの品評会は、3年に1度の催しとして、地元のみならず国内外の畜産関係者に広く知れ渡っている。開催期間中は、品評会はもとより、農畜産業に関連した各種セミナーなども行われる。また、このイベントは、畜産関係の重要情報の発信拠点の一つとなっているが、開催3日目のセミナーにおいて関係委員会より、生産者が肉牛の取引を行う際に課せられる肉牛取引課徴金に関する勧告内容が発表され、現地紙でも大きく取り上げられた。

 今回、「ビーフ・オーストラリア2009」について、セミナーで発表された肉牛取引課徴金に関する勧告を中心に、同イベントの概要を紹介する。

「ビーフ・オーストラリア2009」のユニークな看板
会場の風景。畜産関係者、一般市民など大勢の見学者が訪れる。

2.「ビーフ・オーストラリア2009」の全体概要について

 今年開催された「ビーフ・オーストラリア2009」には、33種類もの肉牛が揃い、メインの品評会のほか、農畜産関係の施設・機械メーカー、関連商品の販売店など420もの展示ブースが設置された。農畜産業に関連した数々のセミナーも開催され、82人のゲストスピーカーが招かれた。また、料理のデモンストレーション、子供向けの料理教室などのイベントのほか、農場見学ツアーも開催され、多彩なプログラムとなっている。なお、主催者側の発表によると、開催期間中、世界32カ国からの代表者を含め約6万8千人が来場した。
品評会で審査を受けるブラーマン種。全国各地から数多くの肉牛が出品されるが、北部地域で飼養されている肉牛は、ブラーマン種やサンタ・ガトルーディス種などの熱帯系の品種が主体である。
開催日後半のメインイベントである品評会受賞牛のパレード
人気料理家や有名シェフを起用した料理のデモンストレーションが行われる。
農畜産関係の施設・機械メーカー、関連商品の販売店、家畜の品種協会など数多くの展示ブースが設置されている。
農場見学者を受け入れたアクトン・ランド&キャトル社のオーナーのグラエム・アクトン氏。同社は、QLD州に7牧場、158万ヘクタールの土地を所有し、サンタ・ガトルーディス種、ブラーマン種、シャロレー種、アンガス種など約18万頭の肉牛を飼養している。
アクトン・ランド&キャトル社の施設で穀物主体に肥育されるサンタ・ガトルーディス種

3.肉牛取引課徴金に関する勧告について

 開催3日目の5月6日に行われた豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)主催のセミナーにおいて、関係委員会により、生産者にとっても関心の高い肉牛取引課徴金に関する勧告内容が発表されたので、その概要を紹介する。

(1)肉牛取引課徴金についての経緯

 肉牛取引課徴金は、第一次産業課徴金法により定められ、その使途は、MLAによる食肉の研究開発や販売促進の財源の一部として、また、豪州動物衛生協議会(AHA)が行う家畜疾病対策や全国残留物調査(NRS)となっている。その額は、1991年の1頭当たり6.25豪ドル(約500円:1豪ドル=80円)を頂点に引き下げが続き、1996年8月以降、3.5豪ドル(約280円)で据え置かれた。しかし、課徴金の引き上げが業界の将来的な利益につながるとして、2006年に1.5豪ドル(約120円)引き上げられ、5.0豪ドル(約400円)となっていた。なお、この引き上げの際の取り決めでは、業界側が豪州農漁林業大臣に代替案を提出しなければ、2011年1月以降、前回水準の3.5豪ドルに引き下げられることになっている。

 肉牛取引課徴金の使用内訳は次のとおりである。

肉牛取引課徴金の使用内訳

 こうした中、2008年10月、課徴金引き上げ後における牛肉販売促進活動の検証などを踏まえ、同活動に要する拠出金額を勧告するため、独立した組織として牛肉マーケティング資金拠出委員会が設置された。同委員会は、QLD州の肉牛生産者を議長に、MLA、肉牛の牧草肥育牛や穀物肥育牛に関する部門を代表する豪州肉牛協議会(CCA)、豪州フィードロット協会(ALFA)、食肉処理加工業者や輸出業者などで構成される豪州食肉産業協議会(AMIC)、肉牛生産者、生体家畜輸出業者から選出された計14名の委員により構成されている。

 具体的に、同委員会は、以下の検討事項について6回にわたり協議を実施するとともに、この検討に当たり、独立した民間の調査機関に、課徴金引き上げによる業界への利益について分析を委託した。

(1) 2006年の肉牛取引課徴金引き上げの業界にもたらした利益

(2) 2006年以降の肉牛価格に影響を与えた要因

(3) 今後5年間に業界が直面する課題と好機

(4) 今後必要な牛肉販売促進活動

(5) 肉牛取引課徴金の適正額

(2) 現行の1頭当たり5ドルに据え置く旨を勧告

 同委員会は、今回のセミナーで肉牛取引課徴金について、委員会での協議内容や調査機関による分析結果を踏まえ、現行の1頭当たり5.0豪ドルに据え置く旨の勧告を含む報告書「Beef Levy Review 2009」を発表した。この発表に際し、同委員会のヒューズ議長は、現行の課徴金額は、決して高くはなく、業界の将来にとって適切な投資であると述べた。

 なお、同委員会は、今回の勧告内容については、2009年11月のMLA年次総会の際に行われる課徴金負担者による投票でその是非が問われるとしている。

(3)勧告に当たっての所見の概要

 今回の勧告に当たり、同報告書で、前述の検討事項について委員会がまとめた所見の概要は次のとおりである。

(1) 「2006年の肉牛取引課徴金引き上げの業界にもたらした利益」

 調査機関による分析により2006年の引き上げ分(1.5豪ドル)は、生産者に投資額の約5倍の利益をもたらした。また、次の点で、業界に大いに貢献した。

・ BSE発生の影響で米国産牛肉の輸入が制限されている日本および韓国市場において、販売強化により豪州産牛肉の地位を高めた。

・ 環境問題や健康上の理由から牛肉消費を避ける風潮もある中、国内の牛肉消費支出を高い水準で維持させた。

・ ロシアおよび中国における販売促進のための事務所設立などにより、新興国での豪州産牛肉の地位を高めた。

・ インドネシア向けの生体牛輸出を促進した。

(2) 「2006年以降の肉牛価格に影響を与えた要因」

 2006年に肉牛取引課徴金が引き上げられた一方で、2006年から2009年はじめにかけて肉牛価格が下落基調で推移した要因について、2007年から2008年前半にかけては、豪ドル高で推移した為替相場、2008年終わりから2009年はじめにかけては、豪ドル為替相場の急激な下落による牛肉貿易の混乱、世界的な経済・金融危機の影響による皮革など副産物の需要の減退を挙げている。しかし、肉牛取引課徴金の引き上げにより販売促進活動がもたらした利益は、価格下落による生産者へのマイナス面での影響を緩和したとしている。

(3) 「今後5年間に業界が直面する課題と好機」

(ア)課題

・ 牛肉生産による環境への影響に対する誤った情報が国内外の市場において増えていることからこれに対処する。

・ 日本および韓国市場において、米国産牛肉に対する月齢条件緩和後の豪州産牛肉のシェアを維持する。

・ 牛肉の栄養価に対する消費者の認識を高める。

・ 安価な南米産やインド産牛肉の動向を注視し、対処する。

・ 豪州産牛肉の主要仕向け先において懸念される景気後退に伴う牛肉消費の減少に対処する。

(イ)好機

・ 国外市場において、全国家畜個体識別制度(NLIS)、家畜生産保証制度(LPA)、牛肉の食味保証制度(EQA)といった豪州産牛肉の安全性や品質などに関する制度の認知度の向上を図る。

・ 世界の牛肉消費が、人口増加により中長期的に増加すると見込まれる中、国外市場における豪州産牛肉のシェアを高める。

・ 国外市場において、豪州産牛肉の新たな市場やニッチな市場を開拓する。

・ 国内外の市場において、牛肉の栄養価、健康上の利点、業界の環境や動物福祉への取組みに対する消費者の認知度を高める。

 このように、業界は、牛肉に対する誤った見方や主要市場における競争激化への対応など重要な課題を抱えている。

(4)「今後必要な牛肉販売促進活動」

 豪州産牛肉・肉牛の主要仕向け先において必要な主な販売促進活動の方向性については、次のとおりである。

(ア)日本および韓国市場

・ 貿易関係の強化、小売・外食部門の豪州産牛肉販売力強化、販売促進活動の拡充を行う。

・ 豪州産牛肉の輸出を促進するためのMLAと輸出業者による共同プログラムを推進する。

・ NLIS、LPA、EQAといった豪州産牛肉の安全性や品質などに関する制度の認知度の向上を図る。

・ 牛肉の健康上の利点を消費者にアピールする。

(イ)国内市場

 国内市場は、景気後退による牛肉消費減退が懸念されていることなどから、次について優先的に取り組む。

・ 牛肉を使った家庭での食事の頻度を増やすための販売促進を行う。

・ 牛肉の栄養価に対する消費者の認識を高める。

・ 牛肉に対する環境面や健康面での非難に対処する。

・ 小売部門や外食部門における商品の付加価値、販売技術などを高める。

(ウ)北米市場

 北米市場向け輸出は、冷凍加工用牛肉主体であるが、これに加えニッチなマーケットである冷蔵牛肉輸出を伸ばす。

(エ)生体牛輸出市場

 生体牛の主要な輸出先であるインドネシア市場を中心に、牛肉の栄養価に対する消費者の認識を高めるとともに、カットや調理の方法などの普及啓発を行う。

 これらを実行するためには、業界は、牛肉市場における豪州産牛肉の地位向上を図るためのさまざまなプログラムに投資を続けなければならない。

(5)「肉牛取引課徴金の適正額」


 家畜販売額に占める肉牛取引課徴金の割合は、牧草肥育牛が0.45%、穀物肥育牛が0.43%と、羊(1.2%)や豚(1.05%)に比べて低い。また、インフレ率が毎年2%ほど上昇すると仮定すると、2015年の肉牛取引課徴金は5.63豪ドルと試算される。

 以上から、現行の肉牛取引課徴金は、決して高い金額ではない。

4.おわりに

 「豪州の肉牛の首都」を自称するロックハンプトンにおいて開催された「ビーフ・オーストラリア2009」は、数多くの地域住民や国内外の畜産関係者などの来場により、今回も盛況のうちに終了した。この催しでは、家畜品評会をメインとする多彩なプログラムが行われ、同国がいかに肉牛・牛肉産業に立脚しているかを実感した。

 同国の肉牛・牛肉の輸出先を見ると、米国におけるBSEの発生で日本や韓国向けの輸出が増加した一方、ブラジルやインドなどとの価格競争に直面している。また、国内市場を見ても、景気後退による牛肉の消費支出の減少が懸念されている。こうした中、「ビーフ・オーストラリア2009」のMLA主催のセミナーでは、牛肉販売促進活動の重要性が再認識される一方、その資金源となる肉牛取引課徴金に関する勧告内容が発表された。これについて、業界団体の一部から引き下げを求めるなど反対の声が出たものの、同セミナーに参加した多くの肉牛生産者はおおむね理解を示したと現地紙は伝えた。今回の勧告内容については、全国各地において肉牛生産者など関係者の間で議論が展開され、2009年11月のMLA年次総会の際に行われる課徴金負担者による投票でその是非が問われることになるが、今後の議論の行方や投票結果が注目されるところである。
 

 
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