海外駐在員レポート  
 

マレーシアで開催された国際的畜産展示会
LIVESTOCK ASIA 2009 EXPO & FORUM の概要について

シンガポール駐在員事務所 佐々木勝憲 吉村力
野菜業務部 予約業務課 岸本真三市


    

1.はじめに

 東南アジアにおいては、長期的には経済発展を背景に畜産物の消費の増加が見込まれる一方で、生産性やバイオセキュリティの向上の観点から、伝統的な小規模裏庭畜産からの転換が求められている。

 特に、マレーシアでは、自給率が100%を超える家きん肉、家きん卵については国際的競争力の強化、自給率が100%近い豚肉については環境問題への対応、自給率の低い牛肉、羊・ヤギ肉、牛乳・乳製品については生産性向上といった品目別の課題に加え、海外への飼料の依存という構造的な課題を抱えている。

 こうしたことを背景に、マレーシアのクアラルンプールで、マレーシア農業・農業関連産業省(MOA)獣医サービス局(DVS)の主催により、10月27日〜29日、今回で5回目となる国際的畜産展示会「LIVESTOCK ASIA 2009 EXPO & FORUM」が開催された。同展示会は2年に一度開催され、今回の展示会では、パビリオン参加の英国、米国、中国をはじめとする42カ国から265の出展者が参加した。

 また、展示会に併せて、家畜衛生、熱帯地方における酪農と反すう動物の生産性の向上、環境に優しい養豚システムといった、地域の特性に合わせたテーマのセミナーが開催された。

 本稿では、この EXPO & FORUM の概要について、開催国となったマレーシアにおける畜産業の概況と併せてレポートする。

EXPO 会場

2.マレーシアの畜産業の概況について

 マレーシアの畜産物の産出額は、2008年で約98億4千3百万リンギ(約2618億円:1リンギ=26.6円)となっており、農水産物食品部門の産出額約244億4千7百万リンギ(約6503億円)の約4割を占めている。イスラム教を国教とする宗教的背景により、畜産物産出額の約53%の約51億8千3百万リンギ(約1379億円)を家きん肉、約21%の約20億9千2百万リンギ(約556億円)を家きん卵が占めているが、人口の25%が中華系であることもあり、豚肉も約18%の約17億2千9百万リンギ(約460億円)を占めている。一方、牛肉、牛乳・乳製品、羊・ヤギ肉の産出額の割合は小さい。(図)

図 マレーシアの農水産物産出額(2008年) (単位:百万リンギ、%)

 家畜の飼養頭羽数は、総じて増加傾向で推移している。鶏は、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)の発生に伴い、2005年に約9%減少したものの、その後は増加傾向で推移している。アヒルは、HPAIの影響を受けることなく、横ばいないし増加傾向で推移している。水牛、牛は横ばい傾向で推移していたものの、2007年以降増加に転じている。豚は、増加ないし横ばい傾向で推移してきたものの、環境問題の影響などにより、2007年以降減少傾向で推移している。めん羊は増加ないし横ばい傾向で推移している一方、ヤギは、増加傾向で推移している。(表1)
表1 マレーシアの家畜飼養頭羽数の推移

 畜産物の生産量は、飼養頭数と同様の傾向で推移しており、各品目とも総じて増加傾向で推移していたが、豚肉については、2006年を境に減少傾向となっている(表2)。 国民1人当たり消費量は、2005年にHPAIの発生に伴い家きん肉で減少が見られたものの、総じて増加傾向で推移している(表3)。
表2 マレーシアの畜産物生産量の推移
表3 マレーシアの国民1人当たり畜産物消費量の推移

 自給率は、家きん肉、家きん卵は100%を超え、豚肉も約97%と高い一方、牛肉は約25%、羊・ヤギ肉は約10%、牛乳・乳製品は約5%と低い水準となっている(表4)

表4 マレーシアの畜産物自給率の推移

3.LIVESTOCK ASIA 2009 EXPO & FORUM について

 EXPO & FORUM の開会式では、DVSのアジス ジャマルディン局長が開会あいさつを行った。

 この中でアジズ局長は、近年の世界的な経済不況にもかかわらず、5回目を数える今回の展示会には42カ国から265の展示者が参加しており、この数は前回の2007年の展示者から20%増加していることに触れ、飼料、畜産業の強い回復力を感じていると述べた。また、マレーシアにおいて農業部門は経済成長のカギとなる部門であり、引き続きMOAとしても「農業はビジネスである」というスローガンのもと、生産性および競争力向上のために技術の導入や規模拡大を図っていくと述べた。一方で、まだ土地や自然資源の活用が十分ではないとし、家きん肉の生産量は過去10年でほぼ倍増したこと、家きん肉、家きん卵、豚肉の自給を確保していることを引き合いに、伝統的な生産形態が近代的な産業に発展することは可能であり、牛肉や羊・ヤギ肉などの自給率が低い部門においても改善の余地があり、DVSがそのための努力をすると述べた。

 引き続き、MOAのジョハリ バハルム副大臣が、基調講演を行った。この基調講演の中でジョハリ副大臣は、マレーシアの家きん肉生産量は世界で17番目、家きん卵生産量は世界で23番目であり、畜産が発展してきた一方で、輸入飼料原料への依存が畜産の発展の制約になっていると指摘し、飼料業者に、新技術を活用してパーム核かすや米ぬか、コプラかすといった国内で供給可能な原料を利用するよう呼び掛けた。また、ヤギに代表される小反すう家畜や肉牛のフィードロット生産、酪農の発展についても注視していると述べた。さらに、併催される家きん、飼料、反すう家畜生産などに関するセミナーにより、畜産の最新の情報と技術がマレーシアの畜産業に広まることへの期待を表明するとともに、産業として発展のみならず、食料安全保障や食品安全に対しても重要な役割を果たす必要があることに言及した。

 また、開会式の最後に、アジアとマレーシアの畜産業の発展に貢献した企業や農家に対する第5回アジア畜産賞(Asian Livestock Industry Award)および第5回マレーシア畜産賞(Malaysian Livestock Industry Award)の授賞式が行われた。アジア畜産賞は、特別賞がタイの畜産・食品複合企業であるベタグログループの革新性に富んだ企業活動に対して、新興インテグレータ部門賞がバングラディッシュ、既存インテグレータ部門賞がフィリピンのインテグレータに対して贈られた。マレーシア畜産賞は、ブロイラー農家部門、採卵鶏農家部門、酪農家部門、養豚農家部門、食肉処理部門、製品改良部門など、11の部門賞が贈られた。

 EXPO 展示会には、主催者発表で6,000人を超える参加登録があり、会場では、DVSがこれまでに行った家畜改良の成果や、国産のヤギ肉や牛乳などの畜産物のプロモーションを展示するブースや、学内の疾病診断サービスについて紹介するプトラ大学のブースなどがあった。

 また、畜産先進国の英国や、飼料産業が発展途上にある中国などの国に加えて、隣国とはいえ、自国ではほとんど農業が行われてないシンガポールが、関連出版物や病原体の迅速診断キットといった情報、ソフト関連の企業を集めてパビリオン展示を行っていたのが印象的であった。

 
開会式での第5回マレーシア畜産賞授賞式
(中央がジョハリ副大臣、その左がアジズ局長)
第5回アジア畜産賞、マレーシア畜産賞受賞者の
ポスターセッション
家畜改良の成果や国産畜産物の振興(ヤギ肉消費のプロモーション)について展示しているDVSのブース
 
実施中の研究内容や疾病診断サービスについて
紹介するするマレーシアプトラ大学のブース
飼料添加剤を紹介する中国パビリオンのブース
 
牛や豚の遺伝資源を紹介する英国パビリオンのブース
情報やソフト関連の展示が多い
シンガポールパビリオンのブース

4.ASIAN LIVESTOCK, FEED & MEAT INDUSTRY CONFERENCE 2009 について

 展示会に併せて、「畜産業の生産性と収益性を最大にするために」をメインテーマに、6つのセミナー(ASIAN LIVESTOCK, FEED & MEAT INDUSTRY CONFERENCE 2009)が開催された。各セミナーは、「家きん肉、卵の生産と加工技術」、「飼料の生産管理」、「マレーシアにおける酪農生産と課題」、「家畜の衛生管理」、「熱帯における反すう動物の生産性の向上」、「環境に優しい養豚システム」といった、地域の特性に合ったテーマで開催された。テーマごとの概要は以下のとおりである。

(1)家きん肉、卵の生産と加工技術

 アジア畜産賞特別賞を受賞したベタグログループのワヌット最高経営責任者が、「畜産ビジネスの生産性向上」と題して、経営管理の観点で、日本の「カイゼン」の考え方を導入した例などを紹介しつつ、生産性向上への取り組みを紹介した。そのほか、経営コンサルタントによる養鶏農家の利益向上に関する事例や、鶏の免疫抑制疾患についての説明、抗菌性物質の代替物として有機酸を飼料添加物に利用する研究結果、家きん産業へのプロバイオティックスの利用、家きんの代謝性ストレスへの対処法などについての報告がなされた。

(2)飼料の生産管理

 飼料原料の価格上昇と代替物としてのヤシ殻や米ぬか、パーム核かすなどの各種副産物の利用、飼料工場における生産量や栄養のロス、飼料の品質管理の重要性などについての講演がなされた。この中で、パーム核かすの養鶏用代替飼料としての利用については、マレーシアが世界一のパームヤシ産出量を誇り、パーム油の副産物として安価に十分な量を確保できることから、生産性の向上やコスト削減に資することが期待されている。しかし、その独特のにおいによる嗜好(しこう)性の悪さや、繊維質が多く、可消化アミノ酸などの栄養価が少ないことなどから、養鶏の代替飼料として利用するには、問題点がある。そこで、パーム核かすに7つの酵素(アミラーゼ、ベータグルコナーゼ、セルラーゼ、プロテナーゼ、ペクチナーゼ、フィターゼ、キシリナーゼ)を加えることにより、栄養価や消化性が高められ、かつ嗜好性も増し、増体率や鶏卵重量は通常の飼料より良好な結果が得られることが実験などによって示された。このように、パーム核かすをはじめ各種副産物を積極的に利用することは、将来的に予想される食料需給のひっ迫や、飼料価格の高騰に対応する上で、ますます重要になると考えられることなどが解説された。

(3)マレーシアにおける酪農生産と課題

 10年で生産量が倍増したことに象徴されるマレーシアにおける酪農の発展の状況と、2000年には1頭3,000〜4,000リンギ(約8万〜10万6千円)だった乳用牛の輸入価格が2009年には6,000〜7,500リンギ(約16万〜20万円)まで高騰したことに代表される生産コストの上昇といった課題、酪農家から市場や食卓まで一貫したサプライチェーンの育成といった改善点が紹介された。また、マレーシアの環境下での持続的酪農生産や飼料戦略といった題材の講演がなされた。

(4)家畜の衛生管理

 マイコトキシンの影響とこれに対するマイコトキシン結合物質、精油によるブロイラーや養豚の生産性改善、核酸技術を用いた病原体同定法、酵素や有機酸、有用細菌、電解質から成る飼料添加物、消毒薬による農場の微生物管理、酸によるサルモネラ対策、胆汁酸の生産性向上への効果と体内での胆汁酸の生成を増加させる飼料添加物、サルモネラワクチンやGallibacterium anatis感染症の養鶏産業への影響といった題材が紹介された。

(5) 熱帯における反すう動物の生産性の向上


 今後世界的に畜産物の消費の増加が見込まれる中、熱帯におけるヤギと牛の生産が重要視されているという基調講演に続き、乳用牛の輸入受精卵移植技術、マレーシアでのボーア種ヤギ生産の展望、英国の遺伝資源を用いた、酪農、肉牛生産性の向上のための生産者による交配プログラムといった題材が紹介された。

(6)環境に優しい養豚システム


 温暖化ガス排出量削減の観点からの豚の遺伝的改良、マレーシアでの環境保全型養豚の取り組み、飼料添加物や生菌製剤による栄養改善効果に基づく環境対策、日本で開発された、発酵技術を用いた環境汚染物質の排出量ゼロ養豚の技術といった題材が紹介された。

5.おわりに

 展示会に併せて、「畜産業の生産性と収益性を最大にするために」をメインテーマに、6つのセミナー(ASIAN LIVESTOCK, FEED & MEAT IN マレーシアでは、家きん肉、家きん卵の自給率は100%を超えており、鶏肉生産量の約10〜15%、鶏卵の生産量の約10%は輸出されているが、その大半はシンガポール向けとなっている。これらの品目については今後、コスト削減と生産性の向上により、競争力を強化し、新たな市場を開拓するとともに輸出量を増加させることを目標にしている。一方、自給率の低い牛肉や羊・ヤギ肉、牛乳・乳製品については、増産を図ることとしている。こうした背景により、飼料需要が増加しているものの、原料価格の高騰や食品安全に代表される課題も顕在化している。マレーシア飼料生産者協会(Malaysian Feed Millers' Association)では、このような課題の解決には、新しい技術や管理手法の導入によって、効率性と生産性を高める努力が不可欠だとしている。そのために、品質と安全性を確保する上で、Good Manufacturing Practice(製造および品質管理の基準)を実施する必要があるとも認識している。

 めん羊、ヤギに関しては、熱帯の環境への適応性が牛よりも高いとして政府も力を入れており、その成果は上がってはいるものの、自給率は10%程度であり、技術面を中心としたさらなる技術的支援が求められている。

 こうした時機を捉えて、国際的畜産展示会は開催されたが、出展者の増加という事実は、マレーシアのみならず東南アジア地域全体における畜産の可能性を感じさせるものである。また、併せて開催されたセミナーの多岐にわたるテーマは、どれも畜産が発展途上である東南アジア地域にとって喫緊の課題であり、生産者から学生といった幅広い層が聴衆として訪れていた。

 こういった取り組みが奏功するか、今後のマレーシアの畜産の状況に注目してまいりたい。

 
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