海外駐在員レポート

EUにおけるBSE検査月齢変更の経緯および背景について

ブリュッセル駐在員事務所 前間 聡、小林 奈穂美


1.はじめに

 EUでは2009年1月1日より、EU15カ国注1(以下「EU15」という。)において死亡牛などのいわゆる「リスク牛注2」および食用に供される「健康と畜牛」に対するBSEサーベイランスの検査月齢を、それぞれ現行の24カ月齢以上、30カ月齢以上から48カ月齢以上に変更することが可能となった。

 本稿では、EUにおけるBSE対策の見直しの方向性を示すため2005年5月に取りまとめられた「TSEロードマップ」(詳細は、「畜産の情報(海外編)」2005年9月号参照。)以降、どのような手順を経て今回のBSEサーベイランスの検査月齢の変更が講じられることとなったかについて報告することとしたい。

注1:EU15カ国とは、2004年5月のEU拡大以前の加盟国であるベルギー、デンマーク、ドイツ、アイルランド、ギリシャ、スペイン、フランス、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、オーストリア、ポルトガル、フィンランド、スウェーデンおよび英国のこと。

注2:「死亡牛」、「緊急と畜牛」および「と畜前検査で何らかの臨床症状が認められた牛」

2.EUにおけるBSEサーベイランスの状況

 1986年に英国でBSEの発生が拡大して以来、EUでは1990年に届出義務疾病とされたほか、以下の主要なBSE対策が講じられており、リスク牛および健康と畜牛を対象とするBSEサーベイランスはともに2001年より導入された。

 2001年の伝達性海綿状脳症(TSE)の防疫、管理、撲滅に関する規則(999/2001/EC、以下「TSE規則」という。)制定以降、基本的に同じ枠組の下で実施されているBSEサーベイランスの状況を追うことにより、EUにおいて講じられているBSE対策の効果やBSEの侵潤状況の程度をうかがうことができる。図1は、2001年以降EU15におけるBSE陽性例の月齢分布がどのように推移してきたかを示したものである。

図1 BSE陽性例の月齢分布の変遷(EU15)

注3:「BSEの能動的サーベイランス」とは、リスク牛および健康と畜牛を対象としたサーベイランスを指し、「BSEの受動的サーベイランス」とは、BSEを疑う症状を示した牛などを対象としたサーベイランスを指す。

 図1からは、EU15におけるBSE陽性の総数が2001年以降大幅に減少してきていることはもちろんのこと、BSE陽性例の分布が年を追うごとに高齢化していることが読み取れる。この傾向は、BSE陽性件数と平均月齢の推移を見ても明らかである。(図2)

図2 BSE陽性件数と平均月齢の推移(EU15)

 これをさらに詳細に分析したものが表1である。これは、2001年以降実施されてきたBSEサーベイランスの陽性例を出生年別に整理したものであり、
(1) 2001年以降BSE陽性件数が漸減していること、
(2) 出生年の最頻値は各年とも1994年または1995年と変化していない一方、若齢層の陽性例が漸減してきているため、結果として各年の陽性例が全体的に高齢化してきていることが読み取れる。2001年1月より導入されたほ乳動物由来たんぱく質のすべての動物飼料への利用禁止(トータルフィードバン)以降においても24例の陽性例が確認されているが、基本的に現行のトータルフィードバンはBSEの拡大防止に有効に機能していることが読み取れる。

表1 BSEサーベイランスにより摘発された出生年別BSE発生件数の実績など(EU15)

 表内の推計値は、2008年7月に公表された欧州食品安全委員会(EFSA)のリスク評価報告書注4を転記したものである。2通りの前提(シナリオ)のうち、「1」は2003年以降BSEの発生頻度は一定(減少しない)と仮定したもの、「2」は2003年以降BSEの発生頻度は徐々に減少していくと仮定したものである。いずれの前提においても、48カ月齢未満の陽性例(赤線より下の数値)は1頭未満という結果となっている。これが、リスク管理者である欧州委員会および各加盟国が能動的BSEサーベイランスの検査対象月齢について、一定の条件を満たせば48カ月齢以上に変更可能と判断する際の基礎となった。

注4:Risk for Human and Animal Health related to the revision of the BSE Monitoring regime in some Member States(The EFSA Journal(2008)762)

 この能動的BSEサーベイランスの検査対象月齢の変更に関する一定の条件とは、2006年12月30日付で公布されたTSE規則の改正の時点で大枠が規定され、更にその詳細について2008年6月30日付けで公布された同規則の別添で次のとおり規定された。

TSE規則(規則(EC)No 999/2001)[抜粋]

第6条(監視システム)[2006年12月30日公布]

第1b項

 適切な科学的委員会での検討の後、第1a項(a)および(c)に規定されている月齢注5は科学の進展に伴い、第24条第3項の手続きに沿って変更することができる。

 自国の疫学的状況の改善を証明することができる加盟国からの申請の際、以下の基準に照らし、第24条第3項に規定されている手続きに従い、当該加盟国の年次監視プログラム注6は変更することができる。

注5: 「第1a項(a)および(c)に規定されている月齢」とは、それぞれ以下を指す。
・「緊急と畜牛」または「と畜前検査で何らかの臨床症状が認められた牛」:24カ月齢以上
・「死亡牛」:24カ月齢以上

注6:TSE規則上は能動的BSEサーベイランスを「年次監視プログラム」と表現している。

 当該加盟国は、講じられている措置の有効性を示す証拠を提供するとともに、包括的なリスク評価に基づき、人および動物の健康保護を確保しなければならない。当該加盟国は、特に、以下の事項を示さなければならない。

(a)最新の検査結果において、BSEの有病率が明らかに減少または一貫して定率で推移していること

(b)完全なBSE検査制度(生体牛のトレーサビリティ・個体識別およびBSEサーベイランスに関するEU規則)が少なくとも6年間にわたって導入・実施され続けていること

(c)家畜に対するトータルフィードバンに関するEU規則が少なくとも6年間にわたって導入・実施され続けていること

別添3(監視システム)[2008年6月20日公布]

A章

7 TSE規則第6条第1b項で規定するBSEに関する年次監視プログラムの変更

7.1 加盟国からの申請

 自国の年次BSE監視プログラムの変更について加盟国から欧州委員会に提出される申請は、少なくとも以下の事項を含まなければならない。

(a)自国内で過去6年間実施されてきた年次BSE監視システムに関する情報。ただし、7.2において規定する疫学的基準を満たすことを示す詳細な記述を含むこと。

(b)同第6条第1b項の第3段落の(b)で言及されているとおり、自国内で過去6年間実施されてきた牛の生体に関する個体識別およびトレーサビリティのシステムに関する情報。ただし、欧州議会および理事会規則No. 1760/2000の第5条で規定されるコンピューター化されたデータベースの機能に関する詳細な記述を含むこと。

(c)自国内で過去6年間実施されてきた動物用飼料の禁止に関する情報。ただし、TSE規則第6条第1b項の第3段落の(c)で言及されているとおり、家畜に関する飼料規制の実施に関する詳細な記述を含み、かつ、試料の抽出計画、違反の数・種類とそれらの追跡結果を含むこと。

(d)提案されている新たなBSE監視プログラムについての詳細な記述。ただし、当該プログラムが適用されることとなる地域、検査対象月齢の下限および検査数といった牛群に関する記述を含むこと。

(e)変更後のBSE監視プログラムが人および動物の健康保護を確保することとなることを示す包括的なリスク評価の結果。当該リスク評価は、出生年別の分析、もしくは、同第6条第1b項の第3段落の(c)で言及されている飼料規制などのTSEのリスク軽減措置が効率的に実施されてきたことを示すことを目的としたそのほかの適切な研究を含むこと。

7.2 疫学的基準

 BSE監視プログラムの変更申請は、申請加盟国が同第6条第1b項の第3段落の(a)、(b)および(c)で規定されている要件に加え、自国内で以下の疫学的基準を満たすことを示すことができた場合にのみ認可され得る。

(a)同第6条第1b項の第3段落の(b)で規定されるEUのBSE検査制度の導入日以降少なくとも連続した6年において、

(1)成牛群(24カ月齢以上)で観察される年間BSE発生率の平均減少率が20%以上であって、かつ、同第6条第1b項の第3段落の(c)で規定されるEUの家畜に対するトータルフィードバンの導入以降に出生したBSE陽性牛の総数がBSE陽性総数の5%を超えないこと。

(2)成牛群(24カ月齢以上)で観察される年間BSE発生率が常に100万分の1未満にとどまっていること。

 もしくは

(3)成牛(24カ月齢以上)頭数が100万頭未満の加盟国に対するさらなる選択肢として、累計のBSE陽性数が5件以下であること。

(b)(a)で言及されている6年間以降、BSEの疫学的状況が悪化しているといういかなる証拠も存在しないこと。

 このように、EU15における能動的BSEサーベイランスの検査月齢の見直しは2006年12月の時点ですでに政策判断がなされており、その後の2年間に、検査月齢の下限をどのように設定するのか、また、その実施時期をいつにするのかについて、EFSAによるリスク評価を含め慎重に検討が進められてきたことが分かる。なお、2004年5月以降にEUに加盟したいわゆる新規加盟12カ国は、上記の基準の「6年間」という基準を満たすためにはまだ時間を要することから、今回の能動的BSEサーベイランスの検査月齢変更に関する申請資格を有するのは事実上EU15に限られることとなり、前述のEFSAの報告書においてもその旨言及されている。

 また、各加盟国の申請状況については、表2のとおり2008年12月5日付で官報掲載された委員会決定(2008/908/EC)で公表されたが、当該委員会決定により申請国(EU15)すべてについて申請が認められ、EU15については2009年1月1日より能動的BSEサーベイランスの検査月齢を48カ月齢以上に変更することが可能となった。

表2 能動的BSEサーベイランス検査    
月齢の変更に関する申請日
2008/908/EC: 特定の加盟国に対し自国の年次BSE監視プログラム変更を認める2008年11月28日付委員会決定

第1条  2009年1月1日より、本決定の別添に掲げられた加盟国注7は、規則(EC)No 999/2001の第6条第1項に規定する自国の年次監視プログラムを変更することができる。

第2条 この変更年次監視プログラムは当該加盟国の牛群のみに適用され、以下の区分に属する48カ月齢以上のすべての牛を対象としなければならない。

(a)規則(EC)No 999/2001の別添3のA章第1の2.2で規定されている牛注8
(b)規則(EC)No 999/2001の別添3のA章第1の2.1で規定されている牛注9
(c)規則(EC)No 999/2001の別添3のA章第1の3.1で規定されている牛注10

第3条 本決定は、ベルギー、デンマーク、ドイツ、アイルランド、ギリシャ、スペイン、フランス、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、オーストリア、ポルトガル、フィンランド、スウェーデンおよび英国に通知される。

注7:第1条の「別添に掲げられた加盟国」は、第3条に記載されたEU15カ国
注8:「健康と畜牛」
注9:「緊急と畜牛」および「と畜前検査で何らかの臨床症状が認められた牛」
注10:「死亡牛」

 このように、関係法令上は、EU15では2009年1月1日より能動的BSEサーベイランスの検査月齢を48カ月齢以上に変更することが可能となったが、実際にサーベイランスシステムをどのように変更するかについては各加盟国に委ねられている。このため、今回の報告ではEU15における変更の状況を紹介するまでには至らなかった。しかしながら、欧州委員会関係者によれば、少なくとも健康と畜牛に対するサーベイランスについては、EU15横並びで2009年1月1日より48カ月齢以上のみ検査する方式に変更されたとしている。この横並びの理由については、英国環境・食料・農村地域省(DEFRA)が2009年10月末に公表した資料の中で次のように言及されていることからみても、条件をほかの加盟国と合わせたいという各国の事情によるものと思われる。

影響の評価

(中略)

 英国以外の(14の)加盟国は健康と畜牛に関する検査月齢の下限を2009年1月1日より引き上げる見込みである。万一、30カ月齢以上の英国産牛に対する検査義務が継続され、かつ、英国がこれらの加盟国から検査対象外となった30カ月齢以上48カ月齢未満の牛肉を輸入するような事態となれば、英国の食肉生産者は競争において不利益を被ることになるであろう。

Consultation on Changes to BSE Testing(DEFRA)

3.BSE検査月齢の変更による経費削減効果

 能動的BSEサーベイランスの検査月齢を48カ月齢以上と変更した場合、検査頭数の減少による経費削減が見込めるが、その効果について検証してみることとしたい。

 図3は2001年から2004年までの4年間に、BSE感染牛1頭を摘発するために要した費用を示したもので、若齢になればなるほど陽性の頻度が少なくなるため、結果としてBSE感染牛1頭を摘発するために要する費用が高額となっていることが分かる。2007年のEU15におけるBSE陽性件数は2001年から2004年までの4年間の平均値の1割程度まで減少していることから、直近ではBSE感染牛1頭を摘発するための費用は、各月齢区分とも図3よりも大幅に増加していると考えられる。また、近年特に若齢牛における陽性例が減少していることを踏まえれば、若齢層では摘発頭数ゼロとなる可能性も否定できない。実際、表1のEFSAによる推計では、EU15においては能動的BSEサーベイランスの検査月齢の下限を48カ月齢以上に変更しても、それによる摘発頭数の減少は1頭未満という分析結果が示されている。

図3 BSE感染牛1頭を摘発するための費用
(2001〜2004年)

 次に、検査対象頭数の減少の程度を予測したものが図4である。図4は、DEFRAによるイングランドおよびウェールズにおける試算結果で、能動的BSEサーベイランスの検査対象月齢を48カ月齢以上に変更した場合、健康と畜牛、リスク牛ともに約25%の検査対象頭数の減少が見込まれることが分かる。また、英国食品基準庁(FSA)では、英国のグレートブリテン島(イングランド、ウェールズおよびスコットランド)における健康と畜牛の費用削減効果は、検査の直接的な費用(1頭当たり11ポンド(1,540円:1ポンド=140円))で年間約140万ポンド(1億9千6百万円)、採材・輸送などの間接的な費用(1頭当たり約8.5ポンド(1,190円))で年間約100万ポンド(1億4千万円)に上ると試算している。

図4 2009年における検査対象頭数の推計値
[英国(イングランド、ウェールズ)の例]

4.リスクコミュニケーションの状況

 2009年1月1日の能動的BSEサーベイランスの検査月齢の変更に先立ち、英国では、2008年11月から12月初旬にかけて、能動的BSEサーベイランスの検査月齢を48カ月齢以上に変更することに賛成か反対か、また反対の場合はその理由は何かについて関係者に対し意見照会が行われた。

 FSAの公表資料によれば、その結果、以下のとおり合計28団体から書面で回答が寄せられ、これらの回答には、能動的BSEサーベイランスの検査月齢を48カ月齢以上に変更することについての反対はなく、牛肉産業関連団体からのすべての回答はすべて提案に「賛成」で、中には提案の即時実施を強く求めるものもあった。また、「Which?」発行機関などのそのほかの団体も「提案は受け入れ可能」と回答し、2009年1月1日からの導入に当たって障害となるいかなる問題も提起されなかった。

 これを受け、FSA理事会は能動的BSEサーベイランスの検査月齢の変更に同意し、当初の予定通り2009年1月1日より検査月齢の変更が実施に移されることとなった。

回答状況

5.終わりに

 今般、EU15におけるBSE検査月齢変更について、特段の混乱もなく2009年1月1日を迎えたということは、多くのEU国民においては、健康と畜牛に対するBSE検査はサーベイランスとして受け止められており、EFSAのリスク評価報告書でも言及されているとおり、人と動物のBSE病原体への暴露防止およびBSE病原体の増幅防止については、それぞれSRMの除去および飼料規制により確保されるべきものとの考え方が比較的受け入れられていることによると考えることができる。

 今後とも、EUが、人および動物の健康を保護するにあたり、保護の水準をどのように設定し、どのような手順を経てBSE対策を見直していくのかという動きについて注視していきたい。

(参考資料)
・規則999/2001/EC
・委員会決定 2008/908/EC
・欧州委員会 Report on the monitoring and testing of ruminants for the presence of transmissible spongiform encephalopathy(TSE) in the EU(2008)
・欧州食品安全機関 Risk for Human and Animal Health related to the revision of the BSE Monitoring regime in some Member States in 2007(2008)
・英国環境・食料・農村地域省 Proposed increase in the age over which UK cattle are BSE tested(2008)
・英国環境・食料・農村地域省 Consultation on Changes to BSE Testing(2008)
・英国食品基準庁 Consultation on changes to BSE Testing(2008)



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