海外駐在員レポート  
 

豪州酪農における集約的な 生産状況について 〜飼料、水資源の関連を中心として〜

シドニー駐在員事務所 井 田 俊 二、玉井 明雄


   

1.はじめに

 豪州の酪農は、従来から牧草を中心とした放牧による生産が行われてきている。しかしながら、酪農家における穀物など補助飼料の多給や一つのパドックに多数の乳牛が放牧されている光景に接すると、これまでの豪州酪農のイメージと異なった感覚を抱くことがある。

 豪州の酪農は、長期的に酪農家戸数が減少傾向で推移する中、増加する牛乳・乳製品需要に対応するため、経営管理の合理化や、新技術の導入および家畜の遺伝的改良などによる経営の大規模化および集約化が進んでいる。また、近年の大規模な干ばつや、かんがい用水に依存する酪農地域における水不足の長期化は、こういった酪農経営の方向性に影響を及ぼしている。本稿では、豪州酪農における集約的な生産状況を飼料および水を中心として報告するとともに、その事例として深刻な水不足に直面するかんがい地域における酪農の状況について報告する。

一つのパドックにまとまって多数放牧される乳牛
酪農家で補助飼料として利用される
ペレット状の濃厚飼料

2.豪州酪農の概況

 まず近年の豪州における酪農の概況について見てみることにする。酪農家戸数が減少する中、経営規模の拡大や搾乳牛1頭当たりの生産性が向上している。

(1) 生乳生産量は2001/02年度をピークに停滞・減少傾向に

 2007/08年度(2007年7月〜2008年6月)の生乳生産量は922万3千キロリットルで、1991/92年度の673万2千キロリットルと比べ37%増加した。

 1991/92年度以降の生乳生産量の推移を見ると、90年代は増加基調が続いたが、2001/02年度の1,127万キロリットルを最高として、その後、停滞または減少傾向となっている。特に2002/03年度、2006/07年度および2007/08年度には、広範囲で厳しい干ばつに見舞われ、その結果、前年度実績を下回った。2008/09年度は、初期生産者乳価が高水準であったことを反映して3月までの累計で前年同期の実績を2.2%上回っている。しかしながら、乳製品国際価格の下落を受け生産者乳価の引き下げが行われたことなどから、年間の生乳生産量は前年度並みと予測されており、減少傾向は依然続いている状況にある。

 州別では、最大であるビクトリア(VIC)州のシェアが2007/08年度には66%を占めており、1991/92年度の61%から5ポイント上昇した。

生乳生産量および酪農家戸数

(2)酪農家戸数

 2007/08年度の酪農家戸数は7,953戸で、1991/92年度の1万4,738戸と比較して46%減少している。酪農家戸数は長期的に減少傾向で推移しており、特に2000年7月の酪農乳業改革以降、その減少率が大きくなっている。

(3)経産牛飼養頭数

 2007/08年度の経産牛頭数は172万8千頭で、1991/92年度の166万9千頭と比較して1.7%増とわずかな増加にとどまっている。 1991/92年度以降の推移を見ると、90年代は増加が続き2000/01年度に217万6千頭を記録したが、その後は減少傾向に転じている。

経産牛頭数および1頭当たり乳量

(4)経産牛1頭当たり乳量

 2007/08年度の経産牛1頭当たり乳量は5,337キロリットルで、1991/92年度の3,963キロリットルと比較して34.7%増加している。

 1991/92年度以降の推移を見ると、2000/01年度、2002/03年度、2003/04年度は前年度実績を下回ったものの、2006/07年度以降は、前年度並みとなっている。

3.豪州酪農における集約的生産の進展

 豪州農業資源経済局(ABARE)は、1991/92年度以降2〜3年に1度、生産者に対し、酪農における経営管理や技術の導入状況に関する調査を行っている。飼料に関連した経営管理として、1991/92年度〜2006/07年度の間にどの程度集約的な生産が進んだのか、その概要は次の通りである。

(1)単位面積当たりの飼養頭数が増加

 農地1ヘクタール当たりの乳用牛飼養頭数は、1991/92年度が1.36頭に対し2006/07年度が1.59頭と16.9%増加した。これは酪農家1戸当たりの飼養頭数が増加する一方、豪州酪農は、比較的降雨に恵まれた沿岸地域で多く、都市近郊のこれらの地域を中心として地価が大幅に上昇したことから、農地面積の拡大が十分に進まなかったためである。州別に見ると、いずれの地域においても単位面積当たりの飼養頭数が増加しており、中でもVIC州が1.71頭と最も多い。

1ヘクタール当たりの乳用牛飼養頭数

(2) 飼料穀物など補助飼料への依存が高まる

ア ほぼ9割の酪農家が飼料穀物などを利用

 豪州の酪農生産は従来から牧草による放牧を基本としているが、飼料穀物、濃厚飼料、副産物など(以下「飼料穀物など」という。)を補助飼料として利用する酪農家の割合は、1991/92年度の81%に対し、2004/05年度、2006/07年度にはそれぞれ92%、89%と上回っており、約9割の酪農家が何らかの形で利用している。特に飲用乳向けに生乳の周年生産を行っている地域においては、ほぼすべての酪農家で飼料穀物などを利用している。

イ 経産牛1頭当たりの飼料穀物などの給与量は15年間で倍増

 飼料穀物などの利用量は、1990年代以降、増加傾向で推移している。酪農家1戸当たり年間の飼料穀物などの利用量は、1991/92年度の109トンに対し、2006/07年度には3.5倍に当たる377トンと大幅に増加している。また、経産牛1頭当たりの年間飼料穀物などの給与量も、1991/92年度の0.9トンから2006/07年度には2倍に当たる1.8トンといずれも大幅に増加している。ただし、飼料穀物などの利用量は、水不足による牧草の生育状況や飼料穀物価格の動向により大きく影響を受ける。

 飼料穀物などを利用する理由としては、1頭当たり乳量の増加をするためとの回答が最も多く、そのほか、牧草の不足を補うため、牧草の品質低下を補うため、また牧草地の管理維持のためとの回答が多い。

ウ 干ばつ時には購入粗飼料の利用が増加

 干草やサイレージなど購入粗飼料を補助飼料として利用する酪農家の割合は、1991/92年度から2004/05年度の調査において49〜54%と安定的に推移した。ただし、厳しい干ばつとなった2006/07年度には68%と大きく上昇した。

 購入粗飼料を利用する理由としては、日常の飼養管理として利用するためとの回答が最も多く、そのほか、乳量が低下するオフシーズンにおける生乳生産量の増加を図るため、干ばつ対策のためなどの回答が多い。

エ 集約的な酪農生産が進展

 このように補助飼料への依存が高まる背景としては、牛乳・乳製品需要が強まるなか、酪農家において飼養頭数の増加に応じた飼料生産のための農地の拡大が十分進まなかったことなどが挙げられる。さらに主要酪農地域において干ばつが頻繁に発生し、また、長期化したため飼料穀物などや購入粗飼料といった補助飼料への依存が拡大し、その結果、集約的な酪農生産への移行が加速したといえる。

酪農における飼料穀物などの利用

4.干ばつ時のかんがい地域における酪農

 ABAREは2009年3月、豪州最大のかんがい農業地域であるマレー・ダーリング集水域南部における干ばつに対する取り組みに関する調査結果を公表した。調査対象となった2007/08年度は、2006/07年度に続く水不足に見舞われた。こうした中、酪農家ではかんがい用水の水利権取引を利用した経営管理が行われている。

(1) かんがい用水の流入量は記録的な低水準

 2007/08年度のかんがい用水流入量は、2,220ギガリットル(1ギガリットル=10億リットル)と117年間の記録のうち6番目に少なく、長期平均流入量8,900ギガリットルの25%に過ぎない。また、2006/07年度の流入量は過去最低の970ギガリットルで、この2年間の流入量は、過去最低を記録した1914〜16年の53%に過ぎない。この結果、2007/08年度マレー計画(マレー川流域のかんがい用水)における一般水利権に対する水配分率はゼロのままであった。

(2) 干ばつ時における水確保のための取り組み

 酪農家では、水配分率の低下による水不足の対策として、次のような対策を講じている。

ア 利用可能な水量の確保

 利用可能な水量を確保するため、短期(テンポラリー:1年間の契約)水利権を中心とした水利権の買い入れを行う。このほか、ポンプによる地下水の利用、水のリサイクル、雨水の利用などを行っている。

イ 効率的な水の利用

 作目の転換などによるかんがい農地の縮小、単位面積当たりの水使用量の削減、永年牧草から単年牧草への転換、効率的なかんがいシステムの導入などを行っている。

ウ 採算性を確保するための経営判断

 水利権を買い増した場合、これまで通り自家飼料の生産を行うこととなる。ただし、ABAREの調査によれば、取引価格が1メガリットル(1メガリットル=百万リットル)当たり300豪ドル(21,900円:1豪ドル=73円)を超えた場合、水利権の買い上げをやめ、購入飼料の買い入れに転換する。さらに採算が取れなくなった場合には、飼養頭数の減少による経営規模の縮小、経営の中止といった手段をとることとなる。

5.ビクトリア州北部における酪農経営(事例調査)

 VIC州第一次産業省カイヤブラム・センターのビル・ウェールズ氏ほか同州北部の乳業関係者を訪問し、同地域における酪農の経営状況について聞いてみた。ウェールズ氏は、同地域における酪農経営システムの事例研究などに関するプロジェクトを行っている。 

ビクトリア州第1次産業省
カイヤブラム・センターのビル・ウェールズ氏

 (1)ビクトリア州北部の酪農の概況

 VIC州北部は年間降水量が400mmと少ないものの、マレー川およびゴルバン川に由来する豊富なかんがい用水に恵まれた豪州でも有数の酪農地域である。また、大麦や小麦といった穀物や粗飼料の生産地に近いこと、海岸地域に広がるほかの酪農地域と比較して農地価格が安価であることなど酪農に有利な条件が整っているといえる。 しかしながら、同地域では近年、農業における水不足が問題となっている。特に2006/07年度以降、かんがい用水の水利権に対する配分率が著しく低下しており、農家における水不足が深刻な問題となっている。ゴルバン・システム(ゴルバン川流域のかんがい用水)について見ると、2006/07年度の配分率は29%、2007/08年度が57%と100%を大きく下回る水準となった。こういった状況は2008/09年度になっても変わらず、農家は厳しい水不足の状況に直面している。

水利権に対する配分率
乾燥した牧草地で放牧される乳用牛

(2)酪農家の経営判断のポイント

 ウェールズ氏は、現在の酪農経営においてカギを握るポイントとして次の3つの項目を挙げている。

 また、ポイントに対する酪農家の対応として、(1)飼料構成の変更、(2)永年牧草から単年牧草への転換の2点を挙げている。ただし、酪農家における対応は、従前と比較してよりダイナミックになっていると指摘している。

(3) 飼料穀物など補助飼料への依存が一層高まる酪農経営の実態

ア 飼料構成の変更

(1) 水不足下で補助飼料への依存が上昇


 VIC州北部地域における伝統的な酪農の飼料構成比は、おおむね牧草70%、飼料穀物など20%、残り10%がヘイやサイレージなどの粗飼料となっている。ところが今年の状況を見ると牧草が25%に低下する一方、穀物が30%に上昇し、残り45%が粗飼料となっており、飼料穀物などや購入粗飼料といった補助飼料への依存が非常に高まっている。

 次のグラフは同州北部地域における経産牛1頭当たりの年間飼料給与量に関する事例である。通常期と水不足が問題となった2007年の状況を比較している。2007年には牧草の給与量が通常期の3分の1以下に減少するため、通常期と比べて飼料穀物などで約3割増しの2.0トン、粗飼料で3倍の3.0トンに相当する補助飼料を手当する必要がある。

経産牛1頭当たり年間飼料給与量(VIC州北部)
ゴルバン川からポンプで運ばれたワランガ貯水池。
通常時には手前の道路近くまで水がたまる
ワランガ貯水池のレギュレータ(水門)。
遠隔操作でかんがい用水の量を調節する
(2) 補助飼料多給に対応した設備投資

 酪農家では、補助飼料への依存が高まった結果、配合飼料のロスを低下させるためのコンクリート飼料盤や飼料原料を配合するためのミキサーといった施設整備を行っている。なお、このような施設整備には、20万〜30万豪ドル(1,460万〜2,190万円)の資金を要する。




コンクリートの飼料盤。
補助飼料を給与する場合、ロスが低下
補助飼料を配合するためのミキサー。
その隣はサイレージ
(3) 購入飼料のみに依存した酪農経営も

 同地域において補助飼料への依存が高まっている中にあって、購入飼料のみに依存した酪農経営(「フィード・パッド」と呼ばれる)も見られる。2008年のデイリー・オーストラリアの調査によると、VIC州北部およびリベリナ地区において、6%の酪農家で購入飼料のみに依存した経営を行っている。

 ただし、関係者によると、このような経営形態は生産コストが高く、現時点では採算をとるのが難しい状況にあるとのことであった。

(4) 水利権取引を利用した酪農経営


 4、5年前に農家間における水利権取引が可能となった結果、酪農家では短期水利権を中心とした水利権の売買を経営判断の一つとして組み入れている。水利権の取引価格が高値で推移しているときに水利権を売却し、売却資金で飼料穀物やヘイなどの補助飼料を購入する。また、水利権の取引価格が安値の場合には、これを購入して実際に水を利用する。なお、水利権の購入者は果樹・園芸農家が中心となっている。

 2008/09年度直近までの水利権の取引価格は、1メガリットル当たり275〜650豪ドル(20,075〜47,450円)の範囲で推移している。水利権の取引価格の下落に伴い、活発な水利権の取引が行われている。なお、通常期における水利権の取引価格は、50豪ドル(3,650円)程度であることから、現時点では依然として高水準の取引価格となっている。

酪農家の牧草利用状況
2008/09年度水利権の取引価格、数量
かんがい用水と地下水を併用して
農地に供給するためのポンプ室

イ 永年牧草から単年牧草への転換

(1)  すでに6割程度が単年牧草に

 同地域の牧草は、これまで十分なかんがい用水を利用した永年牧草が一般的であった。しかしながら、近年の水不足に対応するため、単年牧草への転換が進み、この比率は60%程度(ほかの関係者によると90%)に及んでいる。単年牧草は、永年牧草と比較して単位面積当たりの収量が少ないが、必要とする水量も少なくて済む。

かんがい農地で生育する単年牧草

(2) 生乳の生産パターンに影響も

 ウェールズ氏は、このような牧草の転換は、生乳生産パターンにも影響を及ぼすと指摘している。単年牧草は春から夏に当たる11月〜2月にかけて収穫がなくなることから、これまで主流であった春子生産から秋子生産への移行が進む。この結果、生乳生産量は、これまでよりも季節変動が緩やかなものになる。 ただし、こうした牧草の転換も水不足時の対応であり、従前のように潤沢なかんがい用水の供給が回復すれば、元の生産パターンに戻るとのことである。

(4)その他の対応

ア かんがい用水の循環利用

 かんがい用水は、牧草地に浸透した後、ダムに貯められ、その水はポンプで汲み上げられ、再度、牧草地に利用される。

酪農家におけるかんがい用水の取水口。
利用量がメータで計測される
牧草地に隣接するダム。牧草地からダムに流れ込んだ
水は、再度ポンプで汲み上げられ牧草地で利用される

イ 雨水の利用

 一部の地域の酪農家では、水不足を解消するため雨水を集めるタンクを設置し、経営に利用している。ただし、関係者によるとVIC州北部では年間降水量が少ないため、こういった設備はあまり見られないとのことであった。

 このように、酪農家において各種対策がとられているほか、工業排水や生活排水を浄化後かんがい用水に放流し、再利用する対策も実施されている。

6.終わりに

 豪州では、依然として牧草を中心とした季節生産型酪農を基本とした酪農が行われているといえる。しかしながら、経営管理の合理化、新技術の導入および家畜の遺伝的改良などの結果、生産性の向上を目的とした集約的な酪農への移行が着実に進んでいる。こういった流れは2000年7月の酪農乳業改革以降加速し、その結果、生乳生産の拡大が図られるとみられていたが、度重なる干ばつは、こういった構想に大きな影響を及ぼしたといえる。その一方で、こういった深刻な水不足の対応として、結果的に飼料や水利用の面において集約的な酪農生産が進んでいるのも事実のようである。 
 
 かんがい地域における酪農は、水の供給が戻りさえすれば、従来通りの牧草を中心とした低コスト生産が可能となるとの見方がある。その一方で、さらに深刻な水不足が続いた場合、酪農の生産拠点が降水量に恵まれたVIC州西部や穀物生産地域への移転する可能性があるとの指摘もある。 

 豪州の酪農は、中長期的には拡大する乳製品需要を背景として、今後も飼料穀物や粗飼料といった補助飼料への依存が一層高まることが見込まれている。ただし、豪州の生乳生産については、VIC州北部のような酪農地域における今後の飼料の需給および水資源の動向によるところが大きいとみられる。


 参考資料:

   ・Australian dairy industry(ABARE)
   ・Australian Commodity Statistics(ABARE)
   ・Dealing with irrigation drought(ABARE)
   ・Pastures for dairy production in Victoria(Victoria, DNRE)ほか

 


 
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