海外駐在員レポート  
 

米国の食品安全をめぐる最近の情勢

ワシントン駐在員事務所 上田 泰史、中野 貴史


    

1.はじめに

 米国はHACCP(危害分析重要管理点)による食品の衛生管理を開発するなど、世界でも最高水準の食品の安全性を確保するシステムを実現していると言われているが、数名の死者を出すに至った本年1月のピーナッツ製品による食中毒や大腸菌O157:H7(以下、「O157」という。)によるひき肉の大量リコールの発生など、食品安全を揺るがす事件が相次いでいる。米国の食品安全に係る各種法律、制度の多くは1900年代前半に制定され、その後の食品産業の発展に対応した大幅な変更がなされていないことなどから、これまでも組織改正を含めたさまざまな法案が議会に提出されてきた。これらの法案の多くは成立には至らなかったが、今般の食品安全に関する米国内の関心が高まっている情勢を追い風に、食品安全の強化に向けた改革の動きが出てきている。

 その具体的な動きとして、オバマ政権は本年3月、政府内に「食品安全ワーキンググループ」を立ち上げたところである。このワーキンググループは、食品の安全性を所管する農務省(USDA)、保健福祉省(HHS)のトップを長とし、関係省庁の調整や政府としての統一的な基本方針の策定などを担っており、本年7月には、基本方針を踏まえUSDAが、O157の検査強化などを打ち出したところである。このような動きに呼応して、下院においては、HHS食品医薬品局(FDA)の機能強化などを含む食品安全強化法案が提出され、本年7月に同院を通過している。

 本稿では、米国の食品安全に係る組織体制や最近の問題点を述べるとともに、これらを踏まえた法律改正、検査強化など食品安全をめぐる最近の動向について報告する。   

2.食品安全行政組織の現状

 米国において、食品安全を所管する省庁は複数存在するが、主な役割を担っているのは、USDA食品安全検査局(FSIS)とFDAの2つの組織である。FSISは食肉、加工卵の安全性を、FDAはそれ以外の食品の安全性を所管する役割分担となっている。このように、品目ごとに所管が分かれていることが米国の食品安全に係る行政組織体制の特徴である。また、それ以外の主な組織としては、農薬の使用・販売などの承認や残留基準を定めている環境保護庁(EPA)が存在する。FSISおよびFDAの食品に関する検査体制などの概要は以下の通りである。

(1)FSIS(農務省食品安全検査局)

 FSISはUSDAの公衆衛生担当部局であり、消費者に販売される国産および輸入品の食肉、食肉製品、加工卵などの安全性確保について責任を有している。具体的には、「連邦食肉検査法(Federal Meat, Inspection Act)」に基づいて、と畜および加工過程における牛、羊、豚、山羊、馬の検査がFSISに義務付けられている。さらに、「連邦家きん肉検査法(Poultry Products Inspection Act)」に基づいて加工過程における家きんの検査が、「連邦卵検査法(Egg Products Inspection Act)」に基づいて、液卵、乾燥卵などの加工卵の検査がFSISに義務付けられている。

 FSISには約9,400人の職員がいるが、そのうち8,000人(うち獣医師1,000人)が全米6,300カ所のと畜場、加工施設に配置され、と畜場については、稼働している間は、生産ラインに常駐し、食肉の衛生検査を行うこととなっている。加工施設については、検査員が最低1日1回の頻度で加工施設を訪れ、衛生管理状態をチェックすることになっている。

 輸入食肉については、FSISは輸入先国における食肉の衛生管理を調査するとともに、実際に輸入食肉が処理される海外施設を訪れ、当該施設が米国と同等の安全性を確保できるかを調査することになっている。この調査をクリアしなければ、海外施設は食肉を米国へ輸出することはできない。また、FSISは港周辺に150の施設を有し、そこで輸入品のサンプル検査を行っている。(サンプル検査の抽出割合は10%)。

 なお、リコールについては、FSISには食品の事故が発生した場合の強制権はなく、企業の自主的なリコールに委ねられることになっている。

(2)FDA(保健福祉省食品医薬品局)

 FDAの組織上の位置づけはHHSの下部組織となるが、独立した行政機関として、「連邦食品・医薬品・化粧品法(Federal Food, Drug, and Cosmetic Act)」などに基づいて、FSIS所管以外の国産および輸入食品の安全性確保に対する責任を有している。対象食品は農産物、乳製品、海産物および加工食品にわたっている。

 FDAには現地検査官1,900人とワシントンDC区域に900人の職員がいる。このほかに、必要に応じて、州の食品安全担当者にFDAの検査を実施させることができることとなっている。検査対象となる国内施設は、FDAへの登録が義務付けられ、現在136,000施設(食品工場、倉庫など)となっている。検査対象施設の食品安全管理については、原則として施設の自主的な衛生管理に委ねられている。また、施設に対する明確な検査回数は定められていないが、リスクが高いと見なされる6,000施設を対象に年1回、残りの施設に対しては5〜10年間に1回の抜き打ち検査を行うこととしている。

 輸入食品については、法律違反を見つければ、FDAには輸入を禁止する権限が与えられている。しかし、検査に関しては、港での書類審査や輸入者の事前申告に頼っているのが現状である。また、450人の検査官で300以上の港を担当しているという現状にあり、輸入食品のうち実際に検査が行われる割合は1%にすぎないと言われている。 なお、FSIS同様、FDAにも食品(乳児用の特殊調製粉乳を除く)の事故が発生した場合のリコール強制権はなく、企業の自主的なリコールに委ねることになっている。

(3)FSISとFDAの比較

 FSISとFDAの最大の違いは、FSISが検査員を各と畜場に配置し検査に合格したものでなければ流通が認められないとするなどの、いわば能動的検査体制をとっているのに対して、FDAは、原則、企業などの自主的な報告に頼っているという受動的検査体制をとっていることにある。また、食品供給量の20%に当たる食品をカバーするFSISが、残り80%の食品をカバーするFDAの予算、職員数を上回るなどの違いもある。これらを踏まえて、米国内では、FSISと比べFDAの検査体制は脆弱であり強化が必要であるとの意見が一部に認められる。しかしながら、FSISが所管する食品は食肉および食肉加工品であり、家畜が食肉に至るまでの過程では、搬入、と畜、解体、加工などの工程があり、食品が家畜排せつ物などに汚染されるリスクが非常に高いという実態があることを踏まえれば、FSISがFDAに比べて体制が充実していることは当然であると言える。要するに、食品の衛生検査は、そのリスクに応じた検査体制が整備されるべきであり、単なる食品の流通量で判断される性質のものではない。従って、FDAの検査体制については、FSISとの比較論ではなく、現行のシステムが食品の安全性を担保する上で機能しているのかどうか、ということが論点になるものと考えられる。

表1 FSIS(農務省食品安全検査局)とFDA(保健福祉省食品医薬品局)の比

3.食品安全に係る最近の状況

(1) ピーナッツ製品によるサルモネラ食中毒

ア 事故の概要

 米国における最近の大きな食品安全に係る事故として、ピーナッツ製品によるサルモネラ食中毒が挙げられる。2008年秋以降に発生していたサルモネラ菌による食中毒について、Peanut Corporation of America(PCA)のピーナッツバターなどの製品が原因であることが本年1月に判明した。同社の製品は、クッキー、キャンディー、アイスクリームなどの食品の原材料として使われていたため、最終的に、200企業以上にわたる2,100以上もの製品の大規模なリコールにつながることとなった。米国疾病予防管理センター(CDC)によると、この食中毒によって2008年9月1日から2009年3月中旬までの間に、6州で700人近くの被害が発生し、そのうち9名が死亡している。

イ FDAの監視・検査体制の不備が明らかに

 今回の事故については、PCAが過去の自主検査を通じて自社製品のサルモネラ感染を把握していたにもかかわらず、約2年間も製品を出荷し続けていたという事実が認められた。このため、FDAの監視・検査体制が機能していないことが明らかとなり、米国内に、FDAの現行システムでは、食品安全が確保されないのではないかとの議論が巻き起こった。また、オバマ大統領もこの事故を受けて、本年3月14日に、「食品安全に係る多くの法律、規則はルーズベルト大統領時代に制定されて以来修正が加えられていない。現在の食品安全に係る検査は複数省庁にまたがっており、政府として情報を共有することは難しい状況にある。また、FDAの予算、人員不足も深刻である。」と法律、制度の不備を述べたほか、ピーナッツバターという、とりわけ米国民に広く親しまれている食品から広がった食中毒事故であったため、「大統領としてだけではなく、一人の親としても食品安全が心配である。ピーナッツ製品が汚染されていると聞いて、昼食でピーナッツバターサンドウィッチを週に三回は食べる娘のことがすぐに心配になった。どの親も、昼食から子供が病気になるのではないかと心配する状況は正常ではない。」と発言した。世論もFDAの機能強化論を後押しすることとなった。

(2) O157などによる食肉製品リコールの多発


ア 過去15年間のリコールの発生状況

 FSISは所管する食肉製品のリコール状況を公表している。これによると、1994年〜2007年までのクラスT(注)のリコールが75.6%、クラスUのリコールが16.6%、クラスVのリコールが7.7%という結果になっている(クラスが断定されていないリコールは除外して計算)。

  (注)クラスT: その食品を摂取することによって、健康に悪影響もしくは死をもたらす可能性が
            あるケース。例としては、リステリア、O157などに汚染された食品。
      クラスU:その食品を摂取することによって、健康に悪影響をもたらす可能性が低いケース。
      クラスV:その食品を摂取することによって、健康に悪影響をもたらさないケース。

 リコールの大半は、リステリアとO157の汚染によるものである。リステリアによる汚染は主に調理済み加工食品(ハムなど)で、O157については主にひき肉、ハンバーガーのパテなどに認められている。リコール件数の内訳については、1994年〜2005年までは、リステリアによるリコールの方が多いが、それ以降は、O157よるリコール件数がリステリアを上回る傾向にある。特にリステリアについては、FSISが2003年に工場におけるリステリアの衛生管理などを強化する規則を出して以降、リコールの発生件数、発生数量が減少傾向にある。

図1 食肉製品のリコール発生件数(FSIS)
図2 食肉製品のリコール発生数量(FSIS)

イ O157の検査強化の必要性

 FSISは1994年から、牛ひき肉製品(牛ひき肉、ハンバーガーのパテなど)のO157のサンプル検査を行っている。これに加え、FSISは、O157の汚染が想定より広範に及んでいる科学的データが示されたことを受け、2002年に生の牛肉を取り扱う全ての施設に対して、HACCPプランを再評価するとともに、O157が危害要因として認められる場合は、当該施設のHACCPプランにO157の重要管理点(CCP:クリティカルコントロールポイント)などを設けることによって、管理体制を強化するよう要請している。このことから、米国におけるO157の衛生管理は、各施設のHACCPによる管理を基本としており、FSISが行うO157のサンプル検査などは、それらが正確、または有効に機能しているかを確認するために行われる作業と言えるであろう。

 FSISが行うO157のサンプル検査結果を見ると、2001年の陽性率0.80%をピークに、全施設へのHACCP管理を義務付けた2002年以降は、減少傾向で推移している。このため、HACCPによる衛生管理が成功したかに見えたが、2005年以降は横ばいないし増加傾向にあることから、現行のHACCPによる衛生管理に何らかの問題がある可能性があるが、増加の原因について、FSISは現段階で特定するに至っていない。
図3 牛ひき肉製品のサンプル検査におけるO157の陽性率の推移

(3)輸入食品などの安全性に係る事故

ア 中国からの輸入食品による事故

 ここ最近、米国では輸入食品の安全性が脅かされる事故が続いている。大きな事故としては、2007年の前半、中国からの輸入原料を使用したペットフードにより多くの犬や猫が死亡した一件が挙げられる。これは、ペットフードの製造に使用された中国産小麦グルテンにメラミンなどが添加されていたことが原因とされている。これ以降も、FDAは、2007年6月に、中国で養殖された魚介類から米国での使用が禁止された薬品が検出されたとして輸入禁止措置を行ったほか、2008年11月には、中国において粉ミルクにメラミンが混入されていた一連の問題を受けて、全ての中国産乳製品および乳製品原料について、メラミンが含まれていないことを確認するまでは、輸入を禁止するとの発表を行った。これらをきっかけとして、米国内に輸入食品の安全性に対する関心が高まることとなった。

イ 輸入食品検査強化の声

 このように、輸入食品の安全性が懸念される事故が続いていることから、輸入食品について、事前に輸入先国の施設を調査するシステムなどの構築が必要ではないかなどの意見が出ている。また、FDAの輸入食品の検査をFSIS並みにできないかとの意見も出ている。

4.食品安全の強化に向けた最近の動き

(1) 政権内に食品安全ワーキンググループを設置

 オバマ大統領は、こうした事態を受け、本年3月14日、政権内にセビリウス保健福祉長官、ヴィルサック農務長官を長とする「食品安全ワーキンググループ」を設置した。設置の狙いは、食品の安全性を所管する省庁が複数に分かれている米国において、それらの調整を行い、政府として、食品安全に係る短期的、長期的な統一的戦略を立てることにあると考えられる。このワーキンググループは、公聴会を経て、7月7日、食品安全システムの改善を図るための方針を以下の通り示した。この基本方針に則して、USDAおよびFDAは食品安全強化のための具体的な対策に取り組むこととなっている。

ア  サルモネラ対策:卵、鶏肉、七面鳥について新たな基準の作成

 サルモネラ菌は米国において年間100万件もの被害を出している。サルモネラ菌の食中毒は卵、家きん肉由来が多いため、それらの衛生管理を強化する。卵については、FDAが鶏舎のサルモネラ菌の定期検査を含む新たな規則を既に作成したところであり、鶏肉、七面鳥については、FSISが年末までに新たな基準を作成する。

イ  O157対策:牛肉施設の検査強化、葉物野菜などへの汚染防止策の強化

 O157は米国において年間70,000人もの被害を出している。O157は牛肉からの感染が多いが、葉物野菜から感染した事例もあるため、牛肉、葉物野菜などの衛生管理を強化する。牛肉については、FSISが、サンプル検査の回数を増やすなどの強化策により感染源の特定を図るとともに、葉物野菜、トマト、メロンについては、FDAが、汚染防止リスク減少のためのガイドライン案を策定する。

ウ  消費者への情報提供新たなトレースバック、レスポンスシステムの構築

 食中毒事故の原因を早急に突き止めるシステムは、消費者の健康を保護するとともに、企業の早期立て直しの一助となる。このため、FDAは企業の製品トレースを支援するガイドライン案を作成するとともに、食品由来疾病発生時の緊急指令システムを構築する。また、消費者が食品安全に係る情報を入手できるよう、既存の政府HPを強化する。

エ  組織体制の強化:ワーキンググループの継続および新たなポストの創設

 効率的な食品安全システムの構築には、食品安全業務に係る省庁間の管理、調整が必要となる。このため、「食品安全ワーキンググループ」を継続する。また、FDAおよびUSDAに食品安全に関連する新たなポストを設置する。

(2)基本方針を踏まえた具体的取り組み

 この基本方針を踏まえ、具体的な取り組みとして、主に以下の施策が動きだしている。

ア  O157などの検査強化:ベンチトリムを検査対象に追加

 USDAとFDAは7月31日、「食品安全ワーキンググループ」の基本方針を踏まえた対策を公表した。具体的には、USDAが、これまでFSISが行ってきたO157の検査について、牛ひき肉製品に使われるベンチトリム(部分肉から発生する肉片)を食肉加工施設における新たな検査対象として追加するとともに、FDAは、葉物野菜、メロン、トマトのそれぞれの作目について、栽培農家などが細菌の汚染を最小限に防ぐため、ほ場への家畜の侵入防止や従業員の衛生管理の徹底などを含むガイドライン案を公表した。このうち、前者の概要は以下の通りである。

 FSISは、従来から実施している牛ひき肉製品についてのO157のサンプル検査に加え、2007年3月からは、と畜場で枝肉から部分肉に加工する際に発生する肉片でひき肉製品に使用されるトリム(枝肉から発生する肉片)についても検査を行ってきた。これらのサンプル検査数は現在では年間1万件を超えるものとなっており、検査結果はHACCPが有効に機能しているかを評価するための指標などに用いられてきた。しかし、ここ数年、サンプル検査の陽性率が増加傾向にあることから、その原因究明が必要とされていた。

 今回、検査に新たに追加することとしたベンチトリムは、加工施設で部分肉をステーキ用カットなどに加工する際に発生する肉片であって、牛ひき肉製品に用いられるものとしており、これまでは、検査の対象品目ではなかった。FSISとしては、と畜場で発生するトリムのO157陽性率が0.28%(2007年)と低かったことなどから、ベンチトリムが汚染源になっている可能性があるのではないかと考えている。

 具体的には、FSISは、今後約1年間で、全米約600施設を対象に1,500のサンプリングを行うことを予定しており、その結果などを活用して、O157の汚染原因を探り当て、ベンチトリムの取り扱いなどを含め、O157の汚染を防ぐためにどのような衛生管理を講じるべきか、と畜場レベルの川上まで遡って検討することとしている。

 また、このような対策に加え、ヴィルサック農務長官は10月5日、O157についてひき肉の検査体制の強化などが必要と主張するニューヨーク・タイムズの記事を踏まえ、ひき肉製造業者に対して、ひき肉の原材料となる肉の購入記録を義務付ける規則の作成に取り掛かると発表した。

イ  食品安全に関する新たなウェブサイトの立ち上げ

 USDAとFDAは、9月9日、複数省庁にまたがる食品安全に係る情報を一元化し、消費者に提供する新たなウェブサイトを共同で立ち上げた(www.foodsafety.gov)。具体的には、消費者はこのウェブサイトにアクセスすれば、FDA、FSISなどが提供する、食品リコールの発生状況、牛肉の調理時の適正な加熱温度、新鮮な野菜の選び方、各分野の専門家のアドバイスなど、各省庁にまたがる食品安全に係る情報を入手することが可能となる。消費者にとっては、これまで個別のウェブサイトにアクセスしなければ入手できなかった情報が、同サイトのみで入手できることとなり、まさに、食品安全の情報提供といった点からはワンストップサービスを実現していると言えるであろう。

(3)食品安全強化法の成立に向けた動き

ア 食品安全強化法案の下院通過

 食品安全の強化に関する法律については、従来からFDAおよびFSISの食品安全に係る規制の根拠となる法律が1900年代前半に制定され、その後大きな変更が行われず、現代の食品流通システムなどに適応していないとの指摘が出されていた。これに対し、多数の法案が提案されてきたが、包括的法案の成立には至らなかった。しかし、今般世論の高まりを背景に、FDAの機能強化や食品供給システムの監視体制の強化などを内容とする包括的な「食品安全強化法案(H.R.2749 Food Safety Enhancement Act of 2009)」が7月30日、下院本会議を通過した。この法案は1938年に制定された「連邦食品・医薬品・化粧品法」を約70年ぶりに大きく修正するものである。

 新たな内容としては、検査回数の増加、登録施設からの登録料の徴収、食品トレーサビリティシステムの構築、輸入食品に対する検査強化、リコール権限の付与などが盛り込まれている。概要は以下の通りである。

(1) 検査回数の増加

 FDAの対象施設に対する検査回数が少ないとの批判を踏まえ、検査回数を増加させる内容が盛り込まれている。具体的には、全ての施設に対して最低検査回数を設け、高リスク施設に対しては6〜12カ月ごとに1回の検査を、低リスク施設に対しては、18カ月から3年ごとに最低1回の検査を実施することとしている。また、食品倉庫の施設に対しては、5年ごとに最低1回の検査を実施することとしている。

(2) 食品施設の登録更新、登録料の徴収

 食品を製造、加工、包装する国内、国外の全ての施設に対して、年1回のFDAへの登録更新を義務付ける内容が盛り込まれている。これまでも登録は必要とされていたが、年1回という規定はなかった。また、検査回数の増加に伴う経費増大に対処するため、それら施設から年間500ドル(2010会計年度のみ。その後は物価修正)の登録料を徴収する内容が盛り込まれている(消費者に直接販売する農場、レストラン、食品小売業は適用除外)。なお、連邦議会予算局(Congressional Budget Office)は、この登録料収入で法律によってFDAの検査費用などの40%が賄われると試算している。

(3)  製造記録などへの調査権限強化、食品 トレーサビリティシステムの構築

 これまで、FDAが食品の製造記録などを調査するためには、当該食品が健康被害を起こしているという合理的理由および文書による事前通知が必要であったが、今回の法案では当該部分が削除されている。FDAの製造記録などへの調査がより容易になったと言えるであろう。また、汚染食品をトレースできるよう、FDAが食品の生産、製造、加工、流通、販売に関する個人、企業などを、特定できるトレーサビリティシステムを構築する内容が盛り込まれている。なお、消費者やレストランへ直接販売している農家や生産者から穀物倉庫までの工程については、システムの対象外となっている。

(4) 輸入食品に対する検査強化

 FDAは、ある国、またはある地域において当該政府の食品安全に係る管理が適当でないとする科学に基づいた証拠がある場合、追加的条件として、輸入先政府機関に対して、米国の基準に合致していることを示す認証機関の証明書を求めることができることとなっている。また、輸入業者は、FDAが今後策定する輸入業者規範(Good Importer Practice)に従うことが必要となっている。

(5) リコール権限の付与

 FDAは、食品が健康に深刻な悪影響もしくは死をもたらすとの信頼できる証拠、もしくは情報があれば、当該食品の流通を停止させるとともに、リコールを要請することができる内容が盛り込まれている。

 このほかにも、この法案には、加工品については最終加工国の表示がなければ、非加工品については原産国の表示がなければ、当該食品を不正表示と見なす旨の内容が盛り込まれている。つまり、加工品に対して最終加工地の表示を、非加工品に対して原産国の表示を求めている。

イ 畜産業界に与える影響

 今回の法案が下院に提出された時は、畜産農家(酪農家を除く)、食肉等関連施設がFDAの監視下に置かれる可能性もあったが、最終的には、関係団体の後押しを受けたピーターソン下院農業委員長(民主、ミネソタ)らが積極的に働きかけた結果、現行のFSISが所管している畜産物(食肉、加工卵)の関係施設、農家については対象外とする条文が法案に盛り込まれた。このことにより、畜産農家、食肉等関連施設においては、今回の法案の影響は直接的にはないものと思われる。

 また、FSISに対するリコール権限の付与については大きな議論とならなかった。これは、2008年農業法により「連邦食肉検査法」、「連邦家きん肉検査法」が修正され、流通している食肉製品の汚染を確認した場合のFSISへの報告や、リコール計画の準備などが企業に義務付けられたことから、リコール措置に関しては既に強化されていると見なされたことが理由として考えられる。

 また、FSISは、施設の衛生管理が基準に合致していないと判断される場合は、検査員の派遣停止により実質的に当該施設の生産を中止に追い込むことができる強い権限を有している。そのためリコールは企業の自主性に委ねられているものの、これまでFSISからリコールの要請を受けた企業は、100%実行していることも理由の一つとして考えられる。

ウ 今後の見通し

 下院の法案は上院に送られたが、上院は上院議員による食品安全強化に関する法案を別途準備し、これから議論を開始するところである。下院と上院の法案は、最終的には両院協議会において調整されることとなる。食品安全の強化に関する法律は、総論として誰もが賛成しやすい性質のものであることから、多少の修正が加わるとしても、法案自体は成立する可能性が非常に高いと考えられる。また、成立時期については、オバマ政権で最大の懸案事項の1つである医療保険改革法案の審議状況が大きく影響してくるため、今のところ目途は立っていない。

5.おわりに

 食品安全強化法案は、今年1月から始まった第111回議会において医療保険改革法案、気候変動法案に次ぐ重要案件として認識されており、オバマ大統領も強い関心を示している。オバマ大統領の就任以降、米国内で高まった「CHANGE」のムードや、議会において民主党が多数を占めていることなどから、これまで成立に至らなかったFDAの機能強化を含む法案も、下院で圧倒的多数(賛成283 反対142)をもって通過したところであり、現段階では、食品安全について70年ぶりの改革が行われることは間違いないものとみられる。

 一部では、FDA、USDAおよびEPAなどの食品安全に係る権限を一つの省庁に統合するプランやFDAから食品安全部門を切り離しHHSの中に新たな局をつくるプランなど、組織の改編を含む抜本的な改革案も議論になった。しかし、下院を通過した法律は、検査体制が充実しているFSISについては現行通りとし、ピーナッツバターの一件で実力不足を露呈したFDAについて、検査回数の増加、リコール強制権の付与などその機能強化を目的とする内容となっていることから、組織体制見直しの点からは、トーンダウンしていると言えるであろう。

 ただし、海外施設に対しても、年間500ドルの登録料の徴収や、FDAが必要に応じて追加的な証明書を要求することができる点など、わが国に影響を与える内容が含まれており、今後の動向を注視することが必要である。

 また、O157の予防策については、サンプル検査の対象をベンチトリムにまで拡大する対策が打ち出されたが、その結果が具体的にHACCPなどの予防対策に反映されるのは約1年後となるであろう。ベンチトリムのサンプル検査を踏まえてどのような具体策を講じるのか、今後の動向が注目される。

 
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