ブリュッセル駐在員事務所 前間聡、小林奈穂美
1.はじめに EUでは、過去10年の間に豚コレラ(1997〜98年、オランダ)、口蹄疫(2001年、英国ほか)および鳥インフルエンザ(2003年、オランダほか)と立て続けに家畜の流行性疾病の発生拡大が見られ、関係国に深刻な被害をもたらしたのは記憶に新しい。このような事態に対処するため、各加盟国では家畜の流行性疾病の直接的な損害(家畜の処分など)に対する公的な補償制度のほか、間接的な損害(経営の中断など)に対する互助制度や保険が提供されている例もある。 2.EUにおける共通の補償制度家畜の流行性疾病発生時においては、欧州委員会のDG SANCO(保健・消費者保護総局)およびDG AGRI(農業総局)の双方から各加盟国に対する補助が措置されている。役割分担を整理すると、家畜の殺処分をはじめとする防疫措置については前者の、移動制限などにより影響を受けた生産者・関係業者に対する特別な市場支持施策については後者の所管となる。(1)防疫措置 家畜の流行性疾病が発生した場合、防疫措置を行った加盟国が欧州委員会に補助の申請を行い、同委員会が受給要件に照らし実際の補助額を決定するという手続きを踏むこととなる。理事会決定90/424/EECで規定されている補助対象と補助率は表1のとおりとなっており、各加盟国は、防疫措置に要した費用として認定された額の一部についてEUから補助を受けることができる制度となっている。
図1は、防疫措置に係るEUの補助額の推移を示したものである。補助額は02年に急増しているが、これは01年における口蹄疫の発生により、防疫措置を行った英国、オランダ、アイルランド、フランスなどの加盟国に対する補助を02年に行ったことによるものである。01年の口蹄疫の発生に続き、03年に鳥インフルエンザが域内で流行したため、EUの加盟国に対する補助は、04年以降1億ユーロ(約133億円:1ユーロ=133円)を超える水準で推移していることが読み取れる。
(2)特別な市場支持施策 口蹄疫や豚コレラなどの疾病発生時に家畜衛生当局によって課される移動制限により市場に深刻な混乱が生じた場合には、影響を受けた生産者を支援するため、欧州委員会が特別な市場支持施策を措置することとなる。ただし、この措置は加盟国側が防疫措置を講じた場合に、必要な範囲および期間に限定して導入され得るとされており、厳格な運用が求められている。 なお、これらの措置に要する費用は、従前は欧州委員会側が100%負担していたが、92年より加盟国側の負担を求める仕組みが導入され、01年以降では加盟国の負担割合は50%とされている。 3.主要加盟国における補償制度の概要 次に、各加盟国からの畜産農家に対する補償制度がどのように運用され、その中で生産者、関係機関がどのような役割を担っているかについて、オランダ、ドイツおよびスペインを例として紹介する。
この制度は、鳥インフルエンザ、口蹄疫、BSE、豚コレラ、スクレイピーといった主要な疾病が対象となっており、生産者による疾病発生の通報後の初回の立ち入り検査において、政府の獣医師が死亡した家畜の数、臨床症状を呈した家畜の数、臨床症状を呈していない家畜の数をそれぞれ決定する。早期通報を促すため、臨床症状を呈した家畜の補償割合は市場価格の50%に減額されており、初回の立ち入り検査の際に死亡していた家畜に対しての補償はない。生産者は一定の衛生・予防基準を満たす必要があり、疾病発生が当該生産者の過失又は満たすべき基準が遵守されていない証拠がある場合には、応分の負担が当該生産者に課されることになる。 防疫措置に要した費用は、あらかじめ定められた限度額(表2参照)の範囲内までは、畜産農家が品目(畜種)別委員会に支払う賦課金を原資とする家畜衛生基金により全て賄われるが、限度額を超えた費用についてはオランダ政府の負担となる。言い換えれば、小規模の発生の場合は生産者の互助活動に委ね、大規模の発生の場合に初めて政府の支援が行われるということになる。
このほか、家畜衛生基金では対象とされていない家きんのサルモネラ症とマイコプラズ病を対象とした保険が、民間の保険会社Avipol B.A.社より提供されている。年当たりの掛金は、種鶏1羽当たり0.04ユーロ(約5.3円)、採卵鶏1羽当たり0.07ユーロ(約9.3円)とされており、同社によれば、同保険の加入割合は8割程度とされている。 (2)ドイツの事例 ドイツにおいては、2001年4月施行の家畜疾病法(Tierseuchengesetz)に基づく「Tierseuchenkasse(家畜疾病基金)」といわれる家畜の生産者と州政府が共同で造成した基金が存在する。この家畜疾病基金は、基本的にドイツの各州においてそれぞれ独立して造成されており、図3のとおり州政府、家畜衛生当局および生産者の代表などから構成される管理委員会によって管理されている。
家畜疾病基金は、BSE、オーエスキー病、炭疽などの届出が義務付けられる流行性の疾病として定義される疾病を対象としており、家畜の所有者に対しては、地域の獣医官により評価された家畜の評価額が補償される。補償額については、家畜疾病法により、牛1頭当たり3,000ユーロ(約40万円)、豚1頭当たり1,300ユーロ(約17万円)というように全国均一で上限が定められているが、同評価額はこれらの上限よりも低い水準とされ、基本的に評価額の100%が生産者に対して補償される。なお、早期通報を促すため、疾病の届出以前に死亡あるいは処分された家畜については、評価額の50%のみが補償される。評価額には、殺処分命令を受けた日における市場価格、または、疾病の流行により地域の市場が閉鎖されている場合にはEUが市場から買い入れる価格が考慮される。従って、ある疾病の流行の後期における補償水準は、市場価格の変動により、初発の農場に対するものよりも低くなる可能性がある。
上記の家畜疾病基金のほか、「Ertrags-schadenversicherung」(農業所得損害保険)と呼ばれる農業生産保険が提供されており、疾病発生による生産の中断、生産量の減少、品質の低下、販売の制限(移動制限)、販売の禁止(生乳を含む)、家畜の治療費による生産活動上の損失が一定程度補償されている。この保険には公的関与はなく、ドイツの保険協会であるGDVによれば、ドイツ国内で約10社が同様の商品を提供しているとされている。 (3)スペインの事例 スペインの制度は二つの柱から成り立っている。一つは、生産者からの拠出を受けない公的な補償制度で、家畜衛生法(Ley 8/2003 de Sanidad Animal)に基づき、流行性疾病および国家の衛生計画において撲滅すべきとされている疾病による家畜の損失を対象としている。補償額は規則で規定され、市場価格によるものではない。流行性疾病の補償額は、概して、撲滅対象とされるその他の慢性疾病のものよりも高く設定されているが、これは、慢性疾病である結核病、ブルセラ症などを防止するため、農場における高水準の衛生基準導入を促すためでもある。農場の衛生状況は、少なくとも年1回政府の獣医官により検査されている。 もう一つは、掛金に公的補助があり、再保険も大半が公的な支援を受けている保険制度である。保険商品は、農漁業食料省の外郭団体であるENESA(Entidad Estatal de Seguros Agrarios)が、33社の保険会社から組織された民間の保険団体であるAgroseguroと協力して開発する。基本的に、Agroseguroの保険では流行性の疾病は対象とされないが、事故による損失やレンダリング費用は対象とされる。政府は補償基準と補助金の額を設定する。なお、Agroseguroの畜産保険の具体的な仕組みは図4のとおりとなっている。
表4は、Agroseguroの総掛金収入などを示したもので、2004年の総掛金収入約1.6億ユーロ(約213億円)のうち1億ユーロ(約133億円)は、掛金に対する補助である。従って、総掛金収入の63%は補助金ということになる。なお、2000年から2004年にかけての掛金収入および補助金の大幅な増加は、主にBSEに関する焼却費用を対象とする保険によるものである。
以上のように、EUでは、家畜の流行性疾病発生に対して各加盟国が行った防疫措置に要した経費の一部をEUが補助するという基本的な仕組みは共通である一方、各加盟国における補償制度の運用は独自の発達を遂げていることがわかる。運用の実態は異なっても3加盟国で共通しているのは、疾病発生の届出義務は生産者に課され、届出が遅れた場合や一定の衛生基準を遵守していなかったと判断された場合には生産者にも補償の減額という応分の負担が求められるという思想である。これは、疾病の発生予防とまん延防止を図るため、生産者の自衛防疫活動と疾病発生の早期届出を極めて重視していることの表れであろう。 |
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