海外駐在員レポート  
 

豪州の気候変動対策と畜産分野での
温室効果ガス排出削減の取り組み

ドニー駐在員事務所 玉井 明雄、杉若 知子


    

1.はじめに

 豪州政府は、「自国が世界で最も暑く乾燥した国の一つとして、適切な対策を行わなければ、気候変動による影響を最も強くそして早く受ける。」という認識のもと、(1)温室効果ガスの削減、(2)避けることのできない気候変動への適応、(3)国際的な解決策への貢献−を柱に気候変動対策を積極的に推し進めている。このうち、温室効果ガス削減対策として排出量取引制度を2011年7月から開始する計画である。農業分野については、2015年から同制度の対象に含めるかどうかを2013年までに決定することとなっている。

 また、政府は、農業分野に関連した気候変動への適応策として「豪州農業の未来(Australia’s Farming Future)」を始動させている。この中には、専門的な助言・訓練などによる農家への支援策が盛り込まれている。

 本稿では、気候変動対策の概要、温室効果ガス削減対策の動向、「豪州農業の未来」の概要、農業分野の中で温室効果ガス排出量の最も多い畜産分野での排出削減の取り組みなどについて報告する。

2.気候変動対策の概要

 豪州で2007年12月に発足した労働党政権は、気候変動対策に積極的に取り組んでいる。 同国における京都議定書への対応、現政権の気候変動対策の基本方針は次の通りである。

(1)京都議定書への対応

 地球温暖化問題については、国際的な取り組みが欠かせないとして、1992年5月に国連気候変動枠組条約(UNFCCC)が採択され、豪州は同年12月に同条約を批准している。

 1997年12月には、京都市において気候変動枠組条約第3回締約国会議が開催され、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCS)、パーフルオロカーボン類(PFCS)、六フッ化硫黄(SF6)の6種類の温室効果ガスの削減数量について法的拘束力のある京都議定書が採択された。

 同議定書では、2008年から2012年までの約束期間に先進国全体の温室効果ガスの総排出量を1990年比で少なくとも5%削減することを目標に掲げている。同議定書で附属書国Tとして掲げられている国(先進国および旧ソ連・東欧諸国)の多くは、例えば、EUが−8%、米国が−7%、日本が−6%などと削減目標が設定されたが、豪州は、堅調な人口増加や化石燃料への依存度が高いことなどが考慮され、同年比+8%とされた。しかし、ハワード前政権は国内経済への影響などを理由に、米国と同様、京都議定書を批准しない方針をとっていた。その後、2007年11月の連邦総選挙で勝利したラッド氏率いる労働党は、政権発足後直ちに、京都議定書を批准した。

 政府は、ポスト京都議定書についても、今年12月にコペンハーゲンで開催される気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)に向けた国際的な枠組みの議論に積極的に関与している。

(2)気候変動対策の基本方針


 ラッド政権の気候変動対策は、次の3つの柱で構成されている。

(1) 温室効果ガスの削減

 現政権は、2050年までに温室効果ガス排出量を2000年比で60%削減する長期目標を掲げている。一方、中期目標としては2020年までに同年比で5〜25%減(国際合意がある場合)に設定している。しかし、温室効果ガスの排出量は、1995年以降、毎年1%ずつ増加しており、追加的な対策を講じなければ、2020年までに1990年比で20%増加すると見込まれる。こうした中、温室効果ガス削減対策として排出量取引制度を導入するとともに、再生可能エネルギーの活用、二酸化炭素回収・貯留(CCS)技術の開発、エネルギーの効率的利用の促進を行うとしている。

(2) 避けることのできない気候変動への適応

 温室効果ガスの削減の取り組みを行う一方、避けられない気候変動に適応するため2007年4月、国家気候変動適応枠組み(National Climate Change Adaptation Framework)を策定し、今後5〜7年間に各分野が取るべき行動の指針を示している。農業分野に関しては「豪州農業の未来」構想(概要については後述)がある。また、気候変動に伴う水資源の減少が懸念されることから、水資源の確保や効率的な利用などのため、「未来のための水資源(Water For The Future)」構想に対し10年間で129億豪ドル(1兆449億円:1豪ドル=81円)の資金を投じることとされた。

(3) 国際的な解決策への貢献

 気候変動は、その原因と影響が地球規模にわたることから、問題解決のためには、世界全体で温室効果ガスの削減に努めることが必要である。このため、ポスト京都議定書に向け、先進国が主導的な役割を担うとともに、途上国においても主要な排出国は将来の枠組みに参加する必要がある。また、豪州は排出量取引制度の導入により温室効果ガスの削減に努めるとともに、CCS技術の活用、途上国における森林保全などを通じて世界に貢献していくこととしている。

3.温室効果ガス排出状況

(1)豪州全体の排出量

 2007年における豪州の二酸化炭素排出量は、世界全体の排出量の1.4%にすぎないが、エネルギー源として化石燃料である石炭への依存度が高いことなどから国民1人当たりの排出量は先進国の中で米国に次いで多い。

 2007年における同国の温室効果ガス排出量(二酸化炭素吸収分を含む。)は、二酸化炭素換算で5億9720万トンと、京都議定書の規定による基準年の1990年と比べ9.3%の増加となっている。

 これを分野別に見ると、エネルギー分野(発電、運輸など)が全体の約3分の2を占め最も多く、次いで多い農業分野が全体の15%を占めている。

 また、分野別の排出量を1990年と比べると、エネルギー分野が42.5%増、工業分野が25.7%増とそれぞれ大幅に増加しているのに対し、農業分野は1.5%増とわずかな増加にとどまっている。

 温室効果ガス排出量の種類別割合を見ると、二酸化炭素が全体の75%を占め、次いでメタンが20%、一酸化二窒素が4%、そのほかのガスが1%となっている。二酸化炭素の排出量は、エネルギー分野が全体の83%と最大であるが、メタンと一酸化二窒素については農業分野が最も多く、それぞれ全体の58%、82%を占めている。

表1 豪州の分野別の温室効果ガス排出量などの推移
表2 豪州の分野別種類別の温室効果ガス排出量など(2007年)

(2)農業分野、畜産分野からの排出量

 2007年における農業分野からの温室効果ガス排出量は、メタンが全体の77%を占め、残りが一酸化二窒素である。メタンの大部分は家畜の消化管内発酵(げっぷ)からの発生で、一酸化二窒素は、放牧家畜の排せつ物、肥料の施肥などに伴う農用地(草地を含む。)の土壌からの発生が多い。なお、燃料、電気などの利用に伴う二酸化炭素の排出は農業分野に含まれていない。また、畜産分野からの排出量(「消化管内発酵」と「家畜排せつ物の管理」の計)は、農業分野全体の約7割を占めている。2007年は、1990年比で7.5%減少したが、これは、肉牛飼養頭数が同年比14%増とかなり増加したものの、羊飼養頭数が同年比51%減と大幅に減少したことが大きい。畜種別の排出量のシェアを見ると、肉牛が65%と最も多く、次いで羊が20%、乳牛が11%などとなっている。

表3 農業分野からの温室効果ガス排出量(2007年)
表4 畜種別の温室効果ガス排出量(2007年)


4.温室効果ガス削減対策の動向

(1)関係法案をめぐる動き

 現(労働党)政権は、以前から気候変動対策に積極的であり、選挙公約としても、京都議定書の批准、2050年までに温室効果ガスを2000年比で60%削減、排出量取引制度の導入を掲げていた。

 同政府は2008年7月、「炭素汚染削減計画(Carbon Pollution Reduction Scheme、以下「CPRS」という。)」と命名された温室効果ガス削減対策について、排出量取引制度の導入に向けたグリーン・ペーパー(討議書)を公表し、同年12月には、同制度の詳細を明らかにしたホワイト・ペーパー(制度案、以下「白書」という。)を公表した。白書では、2020年までの温室効果ガスの削減目標を2000年比で5〜15%減に設定し、2009年3月には、同制度を規定したCPRS法案の草案を公表した。

 しかし、現政権は2009年5月、国際金融危機の国内経済への影響を懸念し、CPRS法案の修正案を発表した。主な修正内容は、排出量取引制度の開始時期を当初の2010年7月から1年遅らせ2011年7月とすること、温室効果ガスの削減目標を2000年比で5〜15%減から5〜25%減へ上方修正すること、同制度導入の初年度のみ、排出枠の取引価格を固定化し、低額に抑えることなどである。

 CPRS法案は2009年6月4日に下院を通過したが、同年8月13日に上院において野党側の反対により否決された。しかし、与党労働党は今後も法案成立に向け取り組む構えである。

(2)豪州の排出量取引制度の概要

(1) 制度設計

 政府が導入を計画している豪州の排出量取引制度は、一般的な「キャップ・アンド・トレード方式」である。2011/12年〜2014/15年度(各年度は7月〜6月)の4年間が、最初の制度期間となる。この間、政府は、毎年度設定する排出総量での上限枠(キャップ)の範囲内で排出枠(単位は二酸化炭素換算トン)を発行する。排出枠はオークション(公開入札など)により有償で排出主体へと配分されるが、一部は無償で供与される。配分を受けた排出主体は、排出量をモニターして報告する義務が課せられる。

 制度導入時における排出枠の取引価格は、1単位当たり約25豪ドル(2,015円)と見込まれていたが、初年度はキャップを設定せず、1単位当たり10豪ドル(810円)に固定化し有償割当を行う。2012/13〜2014/15年度については、割当総量に応じたキャップを設定し、排出枠取引価格の暴騰を避けるため、毎年度、一定の上限価格を設けることとしている。

(2) 規制の対象

 規制の対象となる温室効果ガスは、京都議定書で規定されている6種類のガスであり、分野別では、エネルギー分野、工業分野、廃棄物分野からの排出が対象となり、森林分野は、再植林を行う排出主体について自主的な参加となる予定である。農業分野については、排出量の算定方法が複雑であることなどから、制度開始当初は対象外とし、2015年から制度の対象とするかどうかを2013年までに決定するとしている。

 規制の対象主体は、原則として、年間排出量が二酸化炭素換算で25,000トン以上の大規模排出者であり、豪州の事業登録者数760万のうち約1,000者が規制の対象となる。これにより、豪州の総排出量の約75%をカバーすることになる。

 なお、政府によると、この大規模排出者に該当する食肉パッカー、乳業メーカーにあっては、制度開始当初の2011/12年度から規制の対象となる予定である。

(3) 産業、家庭に対する支援策

 排出量取引制度の開始当初は、制度導入による影響を緩和するための支援策がとられる予定である。政府は、制度導入により、最も影響を受けるとされる、温室効果ガス排出量が多くかつ国際競争下にある貿易関連産業(EITE:Emissions-Intensive, Trade−Exposed Industries、以下「EITE産業」という。)に対して、90%または60%の無償排出枠を割り当てることとしている。なお、この枠は年間1.3%の割合で低減される。また、制度開始年度に限り、94.5%または66%の無償排出枠を割り当てるとしている。

 なお、仮に農業を同制度の対象に含める場合でも、一定の条件のもと、肉牛、酪農、羊、養豚といった畜産業などについてはEITE産業の対象となると見込まれている。

 EITE産業以外でも、政府は、制度の導入がもたらす電気料金やガス料金などの上昇による家計への影響が予想されるため、年金受給者や低・中間所得家庭などに対しての支援策を計画している。さらに、燃料費の上昇による影響についても、農業、漁業、陸上輸送中心の運輸事業者などに対する支援策を行うこととしている。

5.「豪州農業の未来」の概要

 豪州政府は、温室効果ガスの排出規制に取り組む一方、農業分野に関連した気候変動への適応策として、「豪州農業の未来」を策定している。同適応策については、2008/09年度予算に計上され、4年間で1億3千万豪ドル(105億円)の支出が見込まれており、その概要は次の通りである。

(1)気候変動研究プログラム

 同プログラムは、「温室効果ガスの排出削減」、「土壌管理の改善」、「気候変動への適応」を重点施策とし、これらに関連する研究プロジェクトおよび実証試験に対して資金を提供するものである。実施主体は、研究機関、業界団体、州政府、大学と多岐にわたる。このうち、「温室効果ガスの排出削減」については、メタン、一酸化二窒素、二酸化炭素などが対象となっており、うち、農業分野からの排出量の約8割を占めるメタンについては、家畜管理技術、ふん尿処理、育種改良、代替飼料などについて研究が行われる。豪州農漁林業省(DAFF)によると、同プログラムのうち、「畜産からの温室効果ガス排出削減研究プログラム」として採用されたプロジェクト18本に対し、計2680万豪ドル(22億円)の支出が見込まれている。

(2)農家支援プログラ


 同プログラムは、農家などが気候変動に適応するための訓練を受ける取り組みに要する経費について補助するものである。また、農業に携わる団体組織、農業集団が気候変動に適応するための戦略を構築することなどに対しても、補助金が支給される。

(3)気候変動適応プログラム

 同プログラムでは、気候変動に適応するため、農家が財務診断、専門的な助言や訓練を受ける費用に対し補助金が交付される。また、気候変動の影響に対処できない農家が離農を決断した場合に補助金が交付されるほか、経営困難に陥った農家などに経営・財務指導を行う州や地方の組織にも補助金が交付される。

(4)短期的所得支援

 気候変動による影響で経営困難に陥った農家への支援として、短期的な所得支援と訓練や助言が行われる。

6.畜産分野での温室効果ガス排出削減の取り組み

 政府による温室効果ガスに対する規制の動きがある中、畜産分野(草地を含む。)ではどのような排出削減の取り組みが行われているのか、次に紹介する。

(1)畜産分野での温室効果ガスの排出削減手法

 豪州農業資源経済局(ABARE)が作成した報告書によると、同国の畜産分野における温室効果ガス排出削減の手法についての概要は次の通りである。

 飼養時に家畜の消化管から発生するメタンについては、飼料として摂取したエネルギーの5〜15%を占めることから、メタンとして失われるエネルギーの低減は飼料エネルギーの有効利用につながる。メタン発生の低減策としては、家畜の生産性の向上、飼料利用効率の改善、栄養管理技術の向上、育種改良、ルーメン内発酵の制御(脂肪酸、ポリフェノールなどの飼料添加物の利用など)が挙げられる。例えば、豪州の酪農業界では、ペレニアルライグラスやホワイトクローバのような消化性の高い牧用草種の利用が1頭当たりの泌乳量を増加させる上、乳牛からのメタン排出量を減らすとされている。また、特殊な抗生物質の利用がメタン発生を抑制すると報告されている。

 家畜ふん尿処理に伴う温室効果ガスの削減については、ふん尿の絶対量を削減する方法とふん尿管理の改善により削減する方法がある。前者については、飼料利用効率の改善などが挙げられる。後者については、嫌気性ダイジェスター(発酵設備)の設置により、ふん尿処理から発生するメタンを発熱・発電源として再利用することが注目されている。 草地からの一酸化二窒素を減らす方法としては、施肥管理を適正に行うこと、不耕起法の採用、雨期における家畜の保有率の低減などがある。また、進歩的な技術としての硝化抑制剤の利用があるとしている。

(2) 畜産現場での温室効果ガス排出削減の取組事例

 次に、畜産現場における温室効果ガスの排出削減の取組事例として、ビクトリア(VIC)州の1農場を訪問する機会を得たのでその概要を紹介する。

(1) 訪問農場の概要

 今回訪問したビンバディーン農場は、VIC州の州都メルボルンから車で約2時間南東に走ったヴェントナーに位置する。同農場では、アンガス種とブランガス種の種畜生産、肥育を行っている。敷地面積は188ヘクタール、うち草地が144ヘクタールで、牛飼養頭数は266頭である。同農場では、穀物は使用せず、放牧主体に、農場で生産される牧草サイレージを補助飼料として給与する。また、成長ホルモン剤や抗生物質も利用していない。

 農場(敷地内の自宅を含む。)由来の温室効果ガスは、コンピューターソフトを使って算定される。同農場からの温室効果ガスは、メタン(消化管内発酵由来)が全体の78%、一酸化二窒素(草地由来)が20%、二酸化炭素(燃料など由来)が2%の構成となっている。
ビンバディーン農場のデイビー夫妻。夫妻には、4人の子供がおり、
週末になると建設関係に従事する次男が農場を手伝ってくれるという。
ビンバディーン農場のアンガス種の雄牛。

(2) 温室効果ガス排出削減の取組

 放牧・草地管理については、良質で消化性の高い牧草の利用が家畜からのメタン排出量を減らすとして、草種の選択に留意している。さらに、良質の牧草を維持するために、放牧地を90の牧区に分け、草の状態や時期にもよるが、2〜3日といった短い期間で放牧を輪転させている。また、草地からの一酸化二窒素を減らすため、定期的に土壌を検査し、窒素肥料の利用を調整しているほか、牧草をは種する際は、なるべく不耕起としている。

 飼養管理について、夏の間、消化性の高い良質の牧草サイレージを給与している。飼料添加物としては、天然由来のポリフェノールであるタンニンがメタン生成抑制に有効であるとして、ワイン製造の副産物であるぶどうかすを試験的に利用している。また、不飽和脂肪酸を多く含む植物油も同様に有効であるとし、フィッシュアンドチップスの廃油を試験的に利用している。

 栄養管理では、複数のミネラルを添加した家畜専用の水槽を農場内のできるかぎり多くの場所に置いている。また、嗜好性が高く栄養改善につながる糖蜜も利用している。

 家畜の選抜やとう汰も重要な戦略であるとし、飼料利用効率の良い雄牛を選抜し、人工授精などを行っている。飼料利用効率が高ければ、出荷時期も早まり、家畜が生涯にわたって排出する温室効果ガスを減らすことができるとのことである。

 また、燃料や電気の利用に伴う二酸化炭素を削減する取り組みとして、敷地内の移動については、小型のトラクターや四輪バギーを使うよう心掛けている。
牛を放牧させた後、チェーンで結んだ複数のタイヤをトラクターにつなげ、
放牧地の排せつ物をならすことで、土壌は栄養分を与えられ、牧草の成長を促すとのこと。
公的な補助金を利用して自宅の裏庭に設置したヒートポンプ。
自宅でも温室効果ガスの削減に努めている。
(3)植林活動

 オーナーのデイビー氏によると、「同農場では毎年、2,500本の植林を行っている。植林された樹木は、二酸化炭素吸収源として、農場からの温室効果ガス削減に寄与するほか、夏の暑さ対策として家畜の水分摂取を節減し、冬は寒さ対策として、家畜のエネルギー消費を減らし、飼料の低減につながる。」としている。

 同農場では、以上の取り組みを通じ飼養頭数を最小限にとどめるなどの対応を行った結果、2009年の農場からの温室効果ガス排出量は、2007年比で10%低減したが、牛肉生産量や肉質に低下は見られないという。デイビー氏によると、「当農場での排出削減の取り組みについては、どの農家でも取り入れることができる。また、地域の研究者と排出削減について実証試験を行っており、こうした試験結果と併せて、農場の取り組みをほかの農家に伝えていきたい。」とのことである。同農場では、気候変動による影響や政府が進める気候変動対策を負担と捉えるよりもむしろ前向きに対策を講じていた。

7.終わりに

 CPRS法案について、現政権は、環境重視の姿勢を世界にアピールするため、今年12月にコペンハーゲンで開かれるCOP15前の法案成立を目指している。法案の通過には、下院と上院の両院を通過しなければならないが、下院を制した政権党が上院においては過半数を占めていない、いわゆる「ねじれ現象」となっている。野党保守連合の中心的人物である自由党党首は、排出量取引制度導入には前向きとされるが、国内産業への支援策の強化などについて、法案の修正が必要であるとしているほか、野党内でも意見が分かれている状況であり、同会議以前の法案成立については不透明な状況にある。

 農業分野を排出量取引制度の対象とするかどうかについて、政府は、温室効果ガス削減目標をできる限り低コストで達成するには、業界全体を幅広く対象とすることが望ましいとしている。しかし、同分野は、温室効果ガスの排出・吸収量の不確実性が大きい、個々の農家からの排出・吸収量が小さい、農家件数が多いことなどから、排出・吸収量の算定・報告・検証方法などについて課題が多いとされる。こうしたことから、政府は、今後、農業分野を制度の対象に含める手法について検討していくが、制度の対象としない場合でも、同分野に応分の負担を求めるとの意向であり、排出削減のためどのような代替措置を講じるべきか、併せて、分析や業界との検討を行うとしている。

 こうした中、豪州の畜産業界では、政府による気候変動対策や気候変動そのものが与える影響を踏まえると、気候変動へ適応するとともに、生産性を低下することなく、温室効果ガス排出量を減らすという課題に立ち向かう重要性が今後さらに高まるものと思われる。

 法案の成立時期を見通すことは難しいが、遅かれ早かれ豪州に排出量取引制度が導入されるのはほぼ確実と見られる。このような中、法案が最終的にどのような形でまとまるのか、また、農業分野の取り扱いについて、今後、政府や業界でどのような検討が行われるのかその内容が注目されるところである。

 
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