調査・報告

酪農協による農地の一元的管理と
TMRセンターを活用した酪農経営支援体制の構築

州大学大学院農学研究院 教授 福田 晋


1.はじめに

 浜名酪農業協同組合(代表理事組合長 伊藤光男氏)は、昭和23年に設立された酪農専門農協である。平成15年に小笠酪農協と合併し、組合員は93名で、酪農家は本所(浜松市、湖西市)33戸、小笠支所(掛川市、菊川市)25戸の計58戸で構成されている。平成19年度生乳生産量は15,866トンであり、県内生乳生産量の15%を占めている。


 管内では、他の酪農地域以上に飼料作の減少による購入飼料依存型酪農が定着し、今般の飼料費の高騰により、酪農経営は危機的状況にあったといえる。高齢兼業農家を中心に離農や規模縮小が進み、耕作放棄水田が目立つ状況にあった。そのような中、平成19年2月に、当該酪農協が耕作放棄された農地を無償で借入れ、直営のコントラクターを設立してデントコーンを生産し、自ら設立したTMRセンターに原料として供給する支援体制に取り組み始めた。酪農家の農地についても全面的に一元管理し、TMRセンターで生産されたTMR製品を組合員農家に販売するというシステムを構築している。

 本稿では、酪農協自ら粗飼料生産に参入した上に、TMR供給まで行なう浜名酪農協の事業を対象に、農地の一元的管理、コントラクター組織の特徴、TMRセンターの成果、酪農家への支援体制という視点から考察する。

  1) この遊休農地の借入れに関わる詳細については、稲垣純一「耕作放棄地を活用した
     飼料用トウモロコシ生産の現状と課題」中央畜産会『水田における自給飼料生産の
     現状と課題』平成21年3月、pp43-52. を参照されたい。

2. 酪農協による農地の一元的管理とコントラクターによる粗飼料生産

1)農地の一元的管理

 現在、コントラクターとTMRセンターを利用している組合員は35戸である。コントラクターと称しているが、酪農家が飼料生産のすべてを外部化する作業委託だけではない。管内の遊休化している農地について、地主(組合員外の実質的土地持ち非農家)から無償で10年間借入れ、コントラクターがデントコーンを栽培し、ラップサイレージにしてTMRの原料として供給しているところに最大の特徴がある1)。このように、非組合員から遊休農地を借入れる方式と組合員の全面作業委託という2つの形態で、コントラクターが農地を一元的に管理し、デントコーンを栽培している。

 コントラクター職員は8名(本所5名、支所3名)であり、いずれも事業開始に当たって新規に採用している。勤務体系は不定期の週5日であり、異動のない専門職である。このコントラクター職員と酪農家の臨時出役により、堆肥散布、播種、収穫、裁断型ロール形成、ラッピングを行なっている。3条刈りハーベスタ2台、裁断型ロールベーラ2台を交付金事業によって導入している。

デントコーンの刈り取りは3条刈りハーベスタで行う
コントラクター作業場(組合長の自宅敷地)に
デントコーンを一時保管
裁断型ロールベーラーに運び入れ
成形されたロール、これからラッピング

 利用する酪農家は、堆肥舎管理、堆肥散布含めて飼料生産の全面作業委託という形をとっている。したがって、酪農家は堆肥舎に排泄物を運ぶが、堆肥処理、散布については、コントラクターに全面的に委託しており、必ずしも自らの堆肥が自家圃場に散布されるわけでもない。かつて堆肥があふれていた堆肥舎の姿はなく、必要な圃場に適切に還元されている。

2)個人農地を越えた「地域の農場」

 平成20年度の遊休農地の借入れは約21ヘクタールであり、酪農家からの全面作業委託地は60ヘクタール程度である。20年度の作付け実績は二期作を含んで約110ヘクタール程度であり、21年度は本所50.7ヘクタール、支所34.3ヘクタールの合計85ヘクタールで延べ90ヘクタールの生産を計画している。当初、120ヘクタールほどの作付けを計画していたが、後述するように、エコフィード原料が安価に大量に入手できたため、コーンの利用割合が低下して、生産力の高い農地での作付けを優先している。もっとも、TMRセンターで利用されないコーンサイレージすなわち組合員内の需要を超えるサイレージを地域外へ販売することで、現状のコントラクター規模で200ヘクタール程度までは生産拡大が可能である。圃場管理や作付け計画は、酪農協のコントラクター委員会で決定されている。当該委員会は、地区ごとに選出された農家委員と担当理事の合計5名から構成されている。

 酪農家の農地から収穫されたコーンサイレージはキログラム当たり10円でコントラクターが購入している。酪農家は、形式上は全面作業委託しているが、現物のコーンをコントラクターに供給することで委託料金を支払っていることになる。もちろん、農地間、農家間の生産力格差は存在する。しかし、その小異はすてて、コントラクターが堆肥散布を始めとした土づくりから関わることで地域全体の土地生産力をあげようとする狙いがある。個人の農地を越えた「地域の農場」という位置づけができている。

 酪農家は従来所有・利用していた機械類を全く使わなくなった。それらの機械については、コントラクターに登録され、有効に利用されている。当然、利用料金は農家の収入となり、ここでも個々の酪農家の機械を地域で有効に利用するという体制が仕組まれている。 収穫されたデントコーンはトラックで最寄りの5カ所の圃場でロールラップされて保管される。これ以降、TMRセンターの管轄となり、順次センターに輸送して原料として利用されている。

図1 コントラクターとTMRセンターの利用システム

3)連結経営利益が0でも有利

 酪農家は、委託という形で農地をコントラクターに拠出するが、牛の飼養規模によりコーンの販売量と利用量に過不足が生じる。余剰コーンサイレージはTMRセンターから県内外に相対的に高価格で販売されている。したがって、拠出面積が多くて飼養規模の小さな農家は、員外販売した分だけ手取が増えることになる。もちろん、TMR原料としてのコーンの配合割合によってコーン買取価格は微妙に変動することになる。したがって、先に酪農家がデントコーンをキログラム当たり10円で供給すると述べたが、拠出面積に応じた販売量とTMR購入量との差により農家ごとの購入価格は毎日異なる。

 コントラクター職員の人件費、物財費、その他一般管理費はコントラクターの独立会計であるが、遊休農地の開墾なども抱えている現在、コントラクターの収支は赤字である。そもそも農協直営のこの組織は赤字でも、TMRセンターで黒字になればよい。たとえ2つの組織のトータルで経常利益が0でも乳量生産が拡大し、酪農家の収益が向上して農協の取扱量が増えることで農協の収支が改善することになっていれば、当該地域の酪農業としての維持発展に貢献していると考えられる。

3.TMRセンター

1)背後に消費地圏を抱える

 TMRセンターは、平成20年度「強い農業づくり交付金事業」で設置され、21年2月から本格操業している。21年7月現在、エコフィードサイレージは日量30トン、TMRは日量60トンと90トンの生産体制である。スタッフは、センター長1名、農地渉外担当2名(遊休農地の情報収集・借入れ窓口)、事務職員4名(コントラクターの作業日誌管理、原料ロールの出し入れ管理業務、製品の販売精算業務)、TMR作業員13名、パート作業員7名の27名で構成されている。パート作業員以外の20名は農協職員であり、この人件費は農協にとっての固定費となる。

 当該センターの一つの特徴は、エコフィード原料使用の多さである。豆腐粕は毎日名古屋から搬入されて乾草を加えてサイレージ化され、TMRの原料となっている。TMRセンターは高速道路I. C. に近く、名古屋を始め消費地圏を背後に抱えており、エコフィード集積の中心地となっている。さらに、当該センターの処理能力の高さが魅力となり、仲介業者が競ってエコフィードを卸すことになる。これはセンターの操業後に明らかになったうれしい誤算である。したがって、エコフィードの配合割合を増やしてコーン割合10%程度に減らした方がコスト低減につながっている。このように、エコフィード調達能力の高さは、消費地圏立地の隠れた特徴でもある。
TMRセンターに毎日運び込まれるエコフィード
デントコーンやエコフィードを混合
2)農家にあわせたTMR製造

 TMRセンターでは乳量にあわせて農家を5つにグループ化し、5種類のTMRを製造している。乾乳用とあわせて合計6種類が製造され、トランスバック(容量350キログラム)輸送とトラックバラ輸送が行なわれている。これら6種類のTMRには小麦粉、糖蜜廃液、焼酎廃液、大豆乳しょう、おから70%サイレージ、ビール70%サイレージ、トリューブ66%サイレージ、生ビール粕、醤油粕などのエコフィード類とアルファルファ、トールフェスクストロー、配合飼料、コーンサイレージ、添加剤がミックスされている。配合割合が異なり、26〜33円/kg程度での価格設定であるが、平均33円の単価設定ができると、センターの運営も安定してくる。上述したように、エコフィードサイレージの外部販売を拡大することで収益を確保する計画である。もちろん、外部販売を積極的に行なうことは、商品の品質管理に対する一層の配慮が必要なことを示しており、飼料工場としての責任が一層高まることを示唆している。

一時保管場所、混合割合毎に配置する
 
TMRはフリーストール農家にはバラ積みトラックで輸送し、牛舎内に搬入されて給与される。つなぎ牛舎は、センターでトランスバッグに詰められ、配送される。フリーストール農家では、定時にセンター職員がトラックで給与をしてくれることになり、農家の給与作業もほとんど割愛されている。センターをより一層効果のあるものにするためにも、フリーストール牛舎への転換が求められる。
コントラクター職員が給与前に掃除する
トラック下部を消毒後、トラック毎牛舎に入り自動給
「美味しい…」し好性に優れ喰いつきが良い

4.農家への支援体制とその効果

 

従来の飼料給与からTMR給与に変えた農家は58戸のうち35戸である。これら農家も当初はTMR導入に慎重であった。モデル農家の実証結果を見ながら、徐々に転換した経緯がある。さらにTMR利用促進と普及定着を目指して、飼料設計指導、飼養管理指導、繁殖管理指導を担当するコンサルタントを20年から採用し、現在4名体制で指導に当たっている。また、獣医師による定期繁殖検診も取り入れている。このような支援体制のもとに、利用農家の効果も上がっている。以下では、3つの農家の効果について考察する。

1)T氏(つなぎ農家)

 経産牛を夫婦2人で31頭飼養している。300アールの飼料畑はコントラクターに任せているため、畑作業がなくなったことが最も大きなメリットとしている。TMR商品は、トランスバックでの配送のため給与作業は残り、給餌機を新しく導入することで1日3〜4回の給与作業が省力化されている。しかし、フリーストールタイプの給与作業の省力化と比べると、その効果は薄いといわざるを得ない。

 従来は分離給与しており、TMR導入の前にコーンサイレージ給与を始めており、TMR導入後乳量については27キログラム程度から30キログラムまで増加している。従来、自己完結型の自給飼料生産を行なっていたが、その分を外部化してTMR購入型に変更したことによって、現金支出は増えたという実感がある。しかし、配合飼料も含めた飼料の購入単価、乳量増大、省力化をトータルして考えると、乳量キログラム当りのコスト低下につながっていることは言うまでもない。

2)M氏(フリーストール農家)

 築8年のフリーストール牛舎で経産牛84頭を経営主夫婦と息子、娘で飼養している。6ヘクタールの農地で従来からコーン二期作栽培を行なっていたが、この農繁期作業がなくなったことで牛の飼養管理に時間を割けるようになったと指摘している。

 フリーストール牛舎に変えてTMR体系に切り替えたが、センターのTMRを利用して飼料配合割合も変わり、一日に一頭当たり40キログラム給与することで、乳量が27キログラムから30キログラム程度に増大している。毎日の気温や環境条件などにより微妙にTMR発注量を変えており、午前11時までにセンターに連絡すると翌日配送量の変更も可能であり、利用しやすいと指摘している。

3)N氏(フリーストール農家)

 フリーストール牛舎を建てて9年目になり、経営主夫婦と後継者夫婦で91頭の経産牛を飼養している。3.5ヘクタールの農地は同様にコントラクターに委託している。フリーストール体系に切り替える直前にTMR体系にしている。従来、コーンサイレージのできにバラツキがあり、その結果TMRの品質も良くなかったが、センターのTMRを利用することで乳量も27〜28キログラムから29〜30キログラムに上昇している。

 いずれの農家にも共通して興味深い点は、自分の農地を見に行かなくなったと言う点である。自分の農地と言う意識は薄れ、まわりの農地すべてが自分たちの飼料基盤であるという地域資源意識が浸透していることである。当初の仕組み作りが徹底しているため、このような意識が浸透していると考えられる。

N氏のミルキングパーラー内に掲げてあった標語

5.むすびにかえて −地域酪農支援体制の構築−

 酪農協が仕組んだ全国でも初めてのコントラクターとTMRセンターの組織化である。しかし、これは単なる飼料作りの組織化ではない。ハード整備ももちろん重要であるが、上述してきた組織を利用するシステム作りが極めて重要であることを物語っている。中でも以下のような3点を特筆しておきたい。

1)多彩な人材の活用

 遊休農地の情報収集と借入れ交渉役として、農地渉外課を設置し、全くの異業種から2名の女性を登用している。耕作放棄地、遊休地情報を足でかせいで探し回り、地図上で確認して、地権者から無償借入れの同意をとるまでの粘り強い作業は、このシステムの基礎となるものである。荒れた農地にコーンが栽培され、よみがえった農地をいったん目にすると、情報は自ずと集まるようになる。「浜酪さんに任せたらどうか!」という声も多くなり、コントラクターが活きる道筋をつくってきた。

 一方、コントラクター8名、TMRセンター13名の職員もすべて多様な異業種からの参入である。おそらく個別経営でこのような人材を捜し出し、登用することは困難である。安定した酪農協という組織が、人材を集めているともいえる。このこと自体が組織として取り組んだことの大きな意義である。

2)コンサルタントの設置と重要性

 個々の酪農家の飼料設計をしているのが若い4名のコンサルタントである。今年度からは1人のコンサルタントが12,13名の酪農家を受け持つ担当制を敷いている。月に1,2回の農家訪問により、乳牛個体情報、経営情報を入手し、経営指導のデータベース作りを行なっている。また、農家の抱える課題を吸い上げ、コンサルタントが組合長やセンター長と一緒に相談する機会も設けている。現在は、飼料設計が重要な役目を果たしているが、農家ごとの牛群状況を把握した飼料設計と指導が行なわれているために、TMRセンターが活かされているといえる。TMRを給与するとすべてがバラ色ではなく、その後の指導体制、ソフト部分の重要性が改めて指摘される。

3)酪農経営支援組織として一貫性

 組合長は、このコントラクター、TMRセンター構想を、今回の飼料高騰以前からあたためていた。数年前から理事会に諮っても理解されなかったが、飼料高騰というこの機に及んで一気に構想が開花したと言える。

 狙いは単なる自給利用生産の外部化ではなく、TMRセンターとセットで動かすことで経営的にも安定した組織を作ることにある。最終的には、あくまで組合員酪農家の収益向上が狙いであり、できるだけ安価なTMR商品を供給して乳量アップを図ることである。そのためには、安定した飼料基盤の確保が必要であり、「おらが農地」ではなく、コントラクターとTMRセンターが効率的に使うための「地域の農場」造りである。さらに、TMR商品を乳牛に給与して乳量アップという成果に結びつけるためのコンサルタントの設置が仕上げである。コンサルが飼料設計だけにとどまらず、経営指導すべての基礎となることが理想なのである。その意味でトータルの酪農経営支援組織を目指していたといえよう。

 ヘルパー組織はすでに相当の歴史を有して活用されており、今回のシステム化で一貫した支援体制が築き上げられたといえる。「これで搾乳ロボットでもあれば、酪農家は何もすることはない」という組合長の軽口は、まさに支援体制の究極を物語っている。訪問した酪農家は、いずれも余裕を持った酪農を実践しているように思えた。他の地域で、このような支援体制をどの主体が、どのようなシステムで構築するかが問われている。

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