話題

三瓶山麓の牧場から

かわむら牧場 川村 千里

草原と放牧牛の語りべ

 「滋賀県の観光客が『放牧牛を見たい』と電話があったので西の原へ行ってくる!」里帰りしている娘は孫をチャイルドシートに乗せて出かけて行った。帰ってくると「広島県から来た男の子もいて、『昨日お友達になった牛の名前が知りたい』って!」とパソコンに向かい繁殖管理の中から探し出し伝える。来月また会いに来るとのこと。

 私が営む「かわむら牧場」は島根県の国立公園三瓶山麓の草原に早春から初冬まで繁殖牛を放牧している。また、三瓶を訪れる観光客や農業体験者、研究者や学生、マスコミ関係などからの語りべ依頼に応じて対応している。

夢の実現

 私は1973年に放牧牛に出会った。当時、有吉佐和子の「複合汚染」が話題になり、第一次オイルショックで世の中は大混乱。そんな中東京で幼児教育に携わっていたが自然から離れていく社会での幼児教育に限界を感じた。命の糧である食料を作る農業、外国に頼らない畜産を夢見て放牧牛に出会った。多くの夢と尽きることのない学びがあると思うと、不安はあったがわくわくしながら三瓶の地に飛び込んだ。今では、語りべを通じて命の尊さを子供たちに伝えてきているが、その当時掲げた夢のひとつ、大自然に抱かれた「絵本文庫」が突如できた。それまで40年間溜め込んだ絵本を並べた部屋に就学前の姉妹と両親が初めてのお客さん。好きな絵本を見つけそらんじていながら読んでもらう嬉しそうな様子に、人は自然の中でこそ命の営みについてゆっくりと学ぶのだと改めて感じた。

  
春、母子牛の放牧風景

放牧を取り入れた経営の展開

 三瓶山の放牧は400年の歴史を持つ。日々変化する広大な自然、観光地でもある国立公園での牛飼いは、粗放管理ではあるが次々と事件?が起きて対応に追われる。放牧牛は野生の牛のように季節によって居場所を変え、生えている草を食べ、子牛も産む。

 夫が農業に入った1965年の3頭から始まり、現在は90頭の繁殖牛を飼養している。放牧を活かすために子牛販売から一貫経営として枝肉販売に切り替え、BSE(牛海綿状脳症)発生危機の時には加工施設を作り放牧牛肉の精肉販売も始めた。牛肉は学校給食にも提供している。牛の命をいただくので1頭の牛の部位ごとの特徴を活かし、内臓に至るまで美味しく食べていただく努力をしている。
  
秋深まる放牧地

放牧牛と草原とうまい肉作り

 畜産危機はいつの時代も叫ばれてきた。経済危機による牛肉価格の低迷、飼料など畜産資材の高騰で採算割れが続いているが、いつでも日本の気候や草資源を活かし自給できる畜産を模索している。

 牛肉販売を始め、試食を重ねて消費者の声を聞き感じたのは、雌牛は放牧して、1,2産後に肥育する方が肉の旨みがある。肉量も多くなる。飼料の自給率も高くなり子牛も取れる。21世紀は反芻動物の特徴を活かし穀物使用を最小限にしたおいしい肉作りが必要だと考えている。

自然は生きている

 放牧牛は草原の維持に一役かっている。草原は火入れ、刈り払いなど人の手が入らないとあっという間に山林となる。三瓶山は希少生物である蝶のウスイロヒョウモンモドキ、糞虫のダイコクコガネ、植物のムラサキセンブリ、オキナグサなどが存在し保護活動がなされている。それぞれの研究に参加しているが、広い草原を維持し生息できる環境を作らなければそれらは存続できないと感じる。

 マウンテンバイク大会のコースを作るために放牧場に重機が入れられ、瞬く間に崩壊がはじまった。陥没した道で牛が骨折し自力で出られなくなった。お産間近で無事出産したが、結局は立つのが難儀でお乳も出ないので廃用牛となった。子牛は人口哺乳した。

 土砂の流出に対して大きな砂防ダムを作ったがすぐに砂で埋まってしまい、今年はその砂をダンプで運び出した。その後マウンテンバイク大会は資金不足で中止となったが、今後、砂を運び出すための莫大な資金が永遠に使われ続けることになる。

 国土を生かした畜産は小規模がやりやすい。しかし入会権を持つ三瓶でも畜産農家戸数は激減している。日本の気候と国土に根ざした家畜本来の力を生かす畜産は1,2年でできるものではない。昭和30年代までは日本にもあちらこちらに草原と放牧牛がいる風景があった。国土の利用は長期的展望を持って再構築してほしい。

  
雪の中、たくましく生きる牛たち

 

川村 千里(かわむら ちさと)

かわむら牧場(島根県大田市三瓶町志学ロ250):黒毛和牛一貫経営
昭和43年4月〜49年3月:東京にて幼稚園教諭
昭和49年5月:結婚を機に就農
平成3年  : 全国優良畜産経営技術発表会にて
        農林水産大臣賞受賞、第30回農林水産祭内閣総理大臣賞受賞
平成13年〜 :島根県指導農業士
平成19〜20年: 全国畜産縦断いきいきネットワーク副会長


 

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