海外駐在員レポート  
 

米国の地球温暖化対策と 畜産業界への影響について

ワシントン駐在員事務所 中野 貴史、上田 泰史


    

はじめに

 米国は世界最大の二酸化炭素排出国でありながら、京都議定書を批准せず批判を浴びてきた。オバマ政権はブッシュ前政権とは路線を切り替え、環境問題を最優先事項の一つに挙げ積極的に取組むこととしており、本年12月コペンハーゲンで開催される国連気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)への参加を表明している。オバマ大統領は同会議の中で、温暖化対策についても世界をリードする意気込みを示しており、そのために米国国内の法整備などを急いでいる。このような中、現在、米国議会では「米国クリーンエネルギー・安全保障法案(American Clean Energy and Security Act of 2009)」(以下「気候変動法案」という。)の審議が進められているところであり、6月26日には下院が気候変動法案を賛成219反対212の7票差の小差で可決した。しかし、上院では、下院と比べ、この法案により多くの経済的負担を強いられることになる石炭や石油の産出州などの選出議員の反対の声が大きいことから、夏期休会を挟んで9月に再開される審議は一層困難なものになると考えられ、今年中に法律が成立するのは困難と見る関係者も多い。

 本稿では、米国の温室効果ガスの現状、気候変動法案の概要および畜産業界への影響などについて報告する。

表1 世界の二酸化炭素排出国(2006年)

1.地球温暖化対策における国際的な動向

(1) 国際交渉と京都議定書

 気候変動に対する国際的な交渉は1990年から始められ、1992年に国連の気候変動枠組条約が採択された。米国は世界では4番目に、また、先進諸国の中では最も早くこの条約を締結している。

 気候変動枠組条約に基づき、1997年12月11日に京都市で開かれた気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で先進各国に対して法的拘束力のある温室効果ガス削減目標値を定めた京都議定書が議決された。

 同議定書では、2008年から2012年までの約束期間に先進国全体の温室効果ガスの合計排出量を1990年に比べて少なくとも5%削減することを目標に定めている。このうち、米国の削減目標は-7%、日本は-6%とされた。

 議定書の発効は、55カ国以上の国の締結と、締結した国のうち附属書I国(先進国など)の合計の二酸化炭素の1990年の排出量が全附属書I国の合計の排出量の55%以上であることが条件になっていた。しかし、米国はこの議定書について議会の同意が得られないとして、署名はしたものの批准はしていない。その結果、米国は先進諸国の中で唯一京都議定書から離脱しており、自国の経済的利益を考えて批准を拒否しているとの非難を国内外から浴びている。

  注) 温室効果ガスとは、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、
     六フッ化硫黄(SF6)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)の
     6種類を指す。

(2) ポスト京都議定書に向けて

 ポスト京都議定書については、これまでの国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)において、2009年末までに2013年以降の枠組みについての議論を終えることとされている。

 本年7月8日、イタリアのラクイラで開催された主要国首脳会議(G8ラクイラ・サミット)では、12月のCOP15に向け、環境問題などに関する首脳宣言を採択した。具体的には、世界気温の上昇幅を2020年までに産業革命前のレベルから2℃以内に抑制するというもので、温室効果ガスの長期的な削減目標として、2050年までに世界全体で50%、先進国で80%の削減を目指すことに合意した。

 気温の上昇幅を2℃以内に抑制するという目標は、G8諸国にとって画期的なものであり、米国、ロシア、日本およびカナダがこの目標を受け入れたのは初めてである。

 オバマ大統領は約束期間の終了まで残す期間が短いことなどから京都議定書には批准しない方針であるが、京都議定書の次期枠組交渉では積極的に参加する意向を見せている。

2.温室効果ガス排出の実状

(1) 米国全体の排出状況

 米国環境保護庁(EPA)によると、同国の温室効果ガス排出は、二酸化炭素換算で1990年の61億トンから2007年には72億トンへと17%増加した。温室効果ガスの約85%が二酸化炭素で、2007年の排出量を1990年と比較すると20%増加している。

 産業部門別の温室効果ガスの排出割合は、工業部門が29%を占め、運輸部門が28%、商業部門と家庭部門が18%、17%を占め、農業部門は7%となっている。

 2007年の工業部門の排出は1990年比で4%減少したが、運輸や商業、家庭部門は約30%増と大幅に増加した。これに比べると農業部門は幾分緩やかな15%の増加となっている。
表2 米国の温室効果ガスの排出状況
 米国の場合、排出される二酸化炭素のほとんどが化石燃料由来であり、燃料を大量に使用する工業と運輸が二大発生部門となっている。また、メタンについては、主要排出元は、工業部門、運輸部門、農業部門、廃棄物である。このうち、工業部門は、天然ガスと石炭が主な排出源となり、農業部門では畜産からの排出がほとんどを占め、その内訳は家畜のあい気(消化管内発酵:げっぷ)などが4分の3で、ふん尿処理関係で4分の1である。
表3 米国の産業別温室効果ガスの排出状況

(2) 農業・畜産部門の排出状況

 農業部門の温室効果ガス排出は米国全体の約7%を占めているに過ぎない。この割合は1990年も2007年も変わっていないが、米国全体の排出量がこの間に17%増加し、農業部門の排出も4億5900万トンから5億3000万トンにと15%増加している。
 2007年の農業部門における温室効果ガスは一酸化二窒素(N2O)が最も多く43%を占め、次いでメタン(CH4)の41%、二酸化炭素(CO2)の16%となっている。
表4 農業部門の温室効果ガス排出状況

 畜産部門(草地を含む)の温室効果ガス排出は、米国全体の3.6%に過ぎないが、農業部門においては48.7%を占めている。

 畜産部門の排出する主たる温室効果ガスはメタン(CH4)と一酸化二窒素(N2O)であり、米国のメタン排出の31.3%、一酸化二窒素の24.1%を占め、個別の温室効果ガスから見れば、畜産部門の排出量は決して小さくないといえる。また、農業部門で見れば、農業部門のメタン排出の83.5%、一酸化二窒素の33.2%を占めている。

 畜産のメタン排出のうち、76.0%は家畜のあい気(消化管内発酵:げっぷ)、24.0%は家畜ふん尿から発生している。また、畜産の一酸化二窒素排出のうち、80.4%は牧草地から、19.6%は家畜ふん尿から発生している。
図1 米国の産業別温室効果ガス排出割合(2007年)
図2 米国の産業別メタンガス排出割合(2007年)
図3 米国の産業別一酸化二窒素排出割合(2007年)
表5 畜産部門の温室効果ガス排出状況

 2007年の畜産部門(草地を含む)の温室効果ガスの排出は、1990年と比較して7.5%増加しているが、一酸化二窒素の排出量は2.0%減少している。これは牧草地における排出量が減少していることによる。

 すべての家畜の中で牛は最大の温室効果ガスの排出源であり、2007年において家畜に占める割合は、肉牛が55.3%、乳牛が27.3%、牛全体では82.6%を占める。次に続くのが豚の11.8%で、牛と豚で全体の約95%を占めている。この割合は1990年と変わらないが、内訳として牛が3%減り、豚が3%増えている。これは、この間の飼養頭数の増加率が牛が1%であるのに対し、豚は21%となっていることが要因と考えられる。

 家畜のメタン排出の地域分布を見ると、最大の牛飼養州であるテキサス州を含む中南部をトップに、2番目、3番目の飼養頭数を誇るカンサス州、ネブラスカ州を含む中北部が続き、カリフォルニア州のある西部が3番手につけるなど畜産業が盛んな地域の排出量が多い結果となっている。
表6 畜種別のメタン排出状

 2007年におけるふん尿処理に伴う温室効果ガスの排出は、1990年と比較して38.1%増加した。このうち、乳牛と豚がそれぞれ37.5%と36.2%を占め、2大排出源となっている。家畜排せつ物は、固体で処理される場合に比べ、液体で処理される場合の方がメタンを多く排出する。近年、乳牛、豚のふん尿処理に伴うメタンの排出は増加する傾向にあるが、これは酪農、養豚において大規模化が進み、ふん尿の排出量が増大していることに加え、液体でのふん尿処理が増加していることを反映している。

図4 家畜のメタンガスの地域別排出量
図5 ふん尿処理によるメタン排出の増減率
表7 ふん尿処理に伴う畜種別の温室効果ガス排出状況

3.温室効果ガスの排出規制の現状

(1))連邦政府および州政府などにおける規制の現状

 現在、連邦政府による温室効果ガスの排出に係る規制はない。2007年に最高裁判所の裁決により温室効果ガスは大気浄化法(Clean Air Act)の下で大気汚染物質として取り扱うこととされ、これを受けてEPAは現在、規則案を作成しているところである。

 連邦政府レベルでの規制がまだないにもかかわらず、州および地域レベルでは将来の削減目標を含む温室効果ガス排出削減政策を策定、あるいは策定過程にあり、中には先進的に実施しているところも多い。

 例えば、シアトル市は、1990年を基準年とし京都議定書より厳しい8%の温室効果ガスの排出を2005年までに削減する目標を掲げこれを達成している(京都議定書に示された米国の削減目標は2012年までに7%の削減)。温室効果ガス削減に取り組んでいる都市は全米で60都市を超える。

 カリフォルニア州は、州として最初に法的拘束力を持つ温室効果ガス削減目標を掲げた州である。同州の削減目標は2020年までに1990年レベルにまで削減するというものである。分野ごとの削減目標は2009年中に策定される予定であり、農業や畜産も含まれる。畜産における温室効果ガスの排出源としては、家畜ふん尿、牛のあい気などが含まれるものと考えられている。

 カリフォルニア州に次いで削減目標を設置したのはハワイ州で、2020年までに1990年レベルまで削減するとしている。2010年に法案を策定するとしているが、農業における温室効果ガスの排出源として肥料管理や野焼きが想定されている。

 ニュージャージー州も2007年に温暖化対策法を策定した。こちらも2020年までに1990年レベルまで削減するとし現在パブリックコメントを募集している。農業に関しては温室効果ガス削減に向けて努力するとあるだけで具体的な記述は今のところはない。

 メイン州は、2003年に温室効果ガス排出削減目標を設定した。こちらは2010年までに1990年レベルまで削減し、2020年までに1990年レベルを10%下回る水準まで削減するとしている。そのほか多くの州が温室効果ガスの削減目標を掲げている。

 さらに州を超えて、国境も超えた取り組みをしている事例もある。2008年9月に州を超えて温室効果ガスの排出権取引「キャップ・アンド・トレード・プログラム」を公表した西部気候イニシアティブ(Western Climate Initiative)は、米国西部の7州とカナダの4州が参加している。2020年までに2005年レベルの15%以下に抑えることを目標としているが農業は規制の対象にはしていない。また、米国中西部9州とカナダ2州による中西部GHG削減協定(Midwestern GHG Reduction accord)や、発電部門からの温室効果ガスを規制する米国北東部10州からなる地域温室効果ガスイニシアティブ(Regional Greenhouse Gas Initiative)などがある。

(2)産部門の排出削減に関する研究

 現在のところ、畜産部門への温室効果ガス排出規制はないが、連邦政府主導により温室効果ガス排出削減の研究が行われているので、その概要を紹介する。

 まず、家畜のあい気などによるメタン排出削減については、家畜生産の効率化という観点から研究が進められている。つまり、肉牛や乳牛の場合、摂取したエネルギーの約6%があい気などにより排出されてしまうため、飼料のエネルギー・ロスの最小化を図るというものである。

 具体的には、牧草や飼料穀物の消化率の向上や、油脂の摂取による第1胃でのメタン生成に必要な水素の隔離、飼料添加物の給与による第1胃でのメタン生成の抑制などの研究が行われている。このような研究を通じて、副産物としてメタンの発生が抑制されたと報告されている。

 もう一つのメタン排出源である家畜ふん尿については、EPA、米国農務省(USDA)、米国エネルギー省の共同事業により、家畜ふん尿処理から発生するメタンをバイオガスとして利用するための装置を設置し、メタンの排出を削減するという取り組みが行われている。1994年にこの事業が開始されてからこれまで全国に125の装置が設置された。

 畜産・牧草地部門でメタンに次いで多く排出される一酸化二窒素については、排出源である牧草地への硝化抑制剤の散布が削減策として研究されている。

4.キャップ・アンド・トレードについて

(1)法案の概要

 現在、上院で審議中の気候変動法案においては、温室効果ガスの排出削減の手法として、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出権を取引する「キャップ・アンド・トレード」が採用されている。つまり、温室効果ガスの排出に上限(キャップ)を設け、各事業者はその限度内に収まるように排出を抑え、余った分をほかの事業者に排出枠として販売できる仕組みとなっている。また、温室効果ガス削減の取り組みを通じて排出権を獲得できるオフセットの考えを取り入れており、その排出権も販売できる仕組みとなっている。

 法案に対する関係者の関心は、排出制限に伴うコストの多寡にある。このため、温室効果ガスの排出を削減させつつ、経済的負担がより少なくなるよう制度は設計されている。

 法案の温室効果ガス削減目標は、2005年を基準年として2020年までに17%、2030年には42%、2050年には83%それぞれ減少させるものとなっている。

 また、2020年までに再生可能燃料と省エネにより電力の20%を置き換えることも定めている。20%のうち15%を風力・太陽光・地熱・バイオマスといった再生可能燃料とすることとし、5%を効率的に省エネでまかなうとしている。なお、州政府は再生可能燃料の利用割合を12%まで引き下げることができるともしている。

 議会予算事務局(CBO)は、「キャップ・アンド・トレード」による排出枠の取引価格について、2011年においては排出ガス1トン当たり15ドルから始まり、その後年々上昇し、2019年には26ドルになると試算している。

 また、法案は排出権取引を利用して年間20億トン(2007年排出量の28%)を限度に削減量を相殺することを可能としている。ただし、2017年以降は、海外からの購入については5トン分の排出枠で4トンしか削減できないこととされている。キャップ・アンド・トレードの対象となるのは、大規模排出源である電力会社や石油会社などとなり、そのほか年間25,000トン以上の二酸化炭素相当のガスを排出する事業者が該当する。この基準で米国の温室効果ガス排出の85%がカバーされることになる。ただし、2020年以降は25,000トン未満を排出する小規模事業者も規制の対象にすることができるように大統領に権限が与えられており、小規模事業者が全く規制の対象から外されているわけではない。

 USDAによると、規制の対象となる畜産経営は、6,250頭の乳牛、12,500頭の肉牛、50,000頭の肉豚以上の規模となる。全米の平均的な飼養規模はそれを大きく下回っており、一般的畜産農家は対象とならないことが予想されるが、16,000頭以上の肉用牛を肥育するフィードロットが262戸あることなどから、大規模生産者は規制の対象に含まれる可能性がある。

 このように、ほとんどの農業生産者はキャップ・アンド・トレードの規制を直接的には受けることはないが、燃料費や肥料代の上昇に伴う生産コストの上昇など間接的には影響を受けるものと考えられている。
(参考)法案の規制対象となる飼養頭数規模と米国の一戸当たり平均飼養頭数

(2)農業に配慮された修正案

 下院農業委員会委員長ピーターソン議員(民主党、ミネソタ州)は、気候変動法案が下院で可決される前日に、農業に有利に働くよう修正案を提出した。同議員の修正案は49ページに及び、これを受け入れた法案は1,427ページにもなる大法案となった。ピーターソン議員の修正案のポイントは以下のとおりである。

  ・農業(林野を含む)は、温室効果ガス削減の対象から外す。

  ・農業関係の温室効果ガス削減の対価を金銭で授受できるオフセット・プログラムの
   申請・認定について、窓口をEPAではなくUSDAとする。

  ・温室効果ガス削減に貢献した取り組みについては、2001年までさかのぼって相殺が
   できる。

  ・USDAの環境保全プログラム参加者がオフセット・プログラムに参加した場合、休耕
   などの環境保全プログラムへの違約に伴うペナルティはこれを課されない。

(3)主要農業団体の反応

 気候変動法案では、企業の排出枠の購入に係るコストが製品価格に転嫁され、資材費の上昇につながることからどの産業もコスト・アップは避けられない。このことから、景気悪化に伴う畜産物価格の低迷に苦しむ畜産関連の生産者団体は、農業に手厚く配慮したピーターソン議員の修正法案を賞賛しつつも、本法案に対して基本的に反対の意向を示している。以下、主な農業団体の意見を紹介する。

米国ファーム・ビューロー連合会(AFBF)

 大規模経営も含めた幅広い農業者を会員としている米国最大の総合農業者団体。ピーターソン議員の修正案には賛成しているが、この法案が可決されれば農家所得は毎年50億ドル(4800億円:1ドル=96円)減少するとして法案自体には反対している。

全国農業者連盟(NFU:ファーマーズ・ユニオン)

 小規模の家族経営の会員が多い農業者団体。ピーターソン議員の修正案を歓迎するとともに、同法案が地球温暖化の解決の一助になると評価している。

全米肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)

 米国の肉用牛繁殖農家および肥育業者を会員とし、政府の介入を最小にすることを望むカウボーイ気質の多い肉牛生産者の団体。本法案の提案者および修正案を提出したピーターソン議員を評価するが、肉牛生産者が厳しい経営を余儀なくされている中、コスト・アップにつながる本法案には憂慮している。

全国豚肉生産者協議会(NPPC)


 米国の肉豚生産者を会員とする団体。ピーターソン議員の修正案は支持するが、赤字経営が続いている豚肉生産者は本法案を支持することはないと言明している。

全国生乳生産者連盟(NMPF)

 米国の酪農家を会員とする団体。酪農家への経済的影響を懸念しつつも、ピーターソン議員の修正案には感謝と支持を表明。修正案によりオフセットの仕組みが明らかになったことで酪農家もより多く利益を享受できること、また、オフセットの取引にUSDAを関与させたことを高く評価している。

(4)下院通過法案の影響評価

 USDAは7月22日、米国議会上院農業委員会のヒアリングに先立ち、下院を通過した気候変動法案が農業に与える経済的影響の仮分析結果を公表した。これによると、農業への経済的利益について、短期的にはコストが上昇するが、長期的には農業の二酸化炭素を吸収する機能によりオフセット市場(温室効果ガスの排出枠を取引する市場)からの収入が、コストを上回るとしている。

 USDAは、コストは緩やかに上昇するので短期的には農業の生産コストはまだ小さく、農家所得の減少は1%未満と分析しつつも、中期・長期的にはそれぞれ3.5%、7.2%減少すると試算している。しかし、オフセット市場からの収入を受け取ることから、結果としてはコストを上回る収入になるとしている。また、バイオ・エネルギー需要の増大に伴う収入も期待できるとしている。

 農業はエネルギー集約的な生産活動であることから燃料費の高騰の影響を受ける。電気、ガソリン、ディーゼルの使用による直接的な経費が生産費に占める割合は2009年は7.7%であり、窒素やその他肥料といったその生産時に多くのエネルギーが投入される資材の使用による間接的なエネルギー経費は19.7%となる。

 生産費のうち50%以上を燃料費が占めるトウモロコシ生産などは燃料費上昇の影響を受けやすい。

 USDAは2012年〜2018年の短期的見通しについて、肥料については、2025年まで製造に係る十分な排出枠が提供されるためコスト上昇は小さく、飼料穀物と畜産物価格への影響はほとんどないとしている。

 しかしながら、前農務長官のジョハンズ上院議員など9名の上院農業委員会委員は、畜産物や穀物の価格への分析が不十分で、食肉業界、食料品価格に対する分析がないとして、USDAに再分析を要求した。

 議会予算事務局(CBO)は8月3日、オフセット利用による温室効果ガス排出削減の効用に係る分析結果を公表した。この中で、温室効果ガス削減の取り組みとして排出権の購入や新たな技術の開発を行うよりも、不耕起栽培を取り入れたり、森林の伐採を制限するなどの取り組みによるオフセットを利用した方が安価に温室効果ガスを削減できると分析した。

 また、米国エネルギー省エネルギー情報局(USDE/EIA)は8月4日、エネルギー業界および経済に対する法案の影響を分析した。これによると、2025年までは特別に配布される排出枠により電力コストの上昇は3〜4%であるが、2025年以降は上昇し、2030年には19%の上昇となる。ガソリン価格で見ると2020年にはガロン当たり20セント(リットル当たり5円:1ガロン=3.8リットル)上昇し、2030年には35セント(同9円)上昇するとしている。

5.今後の温室効果ガス規制の行方

(1)議会の動き

 上院議員は各州から2名の選出となっていることから、人口比率を用いて各州から選出される下院議員と比べ、州の代表としての性格を強く有している。また、上院は各州ごとに議席が平等に割り振られているため、州の人口規模にかかわらず個別の州の意見が尊重されやすい構造となっている。今回の法案は、エネルギー業界と深いつながりを持つテキサス州など特定の州の利害に絡むことから、こうした特定州からの反対の声が法案審議の方向に大きな影響を与え、下院と比べ議論が難航することが予想される。

 上院での審議は夏期休会を挟み、9月8日から再開され、ボクサー議員(民主党、カリフォルニア州)は、下院の当初案をベースに上院での法案を作成するとしている。また、ハーキン議員(民主党、アイオワ州)は下院で可決した法案の内容を引き継いだ上で農業に認定されるオフセットの対象をさらに拡大したいとの意向を述べている。上院の指導者は9月18日までに委員会での法案の審議を終わらせたいとしている。

(2)大気浄化法というオプション

 法案が12月のCOP15に間に合わなければ、オバマ大統領は既存の大気浄化法(Clean Air Act)に基づく規制を実施するようEPAに指示する可能性もあると言われている。

 大気浄化法では、汚染物質を年間100トン(二酸化炭素換算量)排出する事業者に規制が課されることとなる。USDAの分析によれば、100トンの基準では、乳牛で25頭、肉牛で50頭、あるいは肉豚で200頭の経営が対象となるとされており、ほとんどの畜産経営が該当するが、現時点でEPAは農業にそのような規制を課す計画はないとしている。畜産業界は、原則として気候変動法案には反対しているものの、大気浄化法下で規制されることは避けたいと考えている。

おわりに

 世界的な景気後退を引き起こした米国経済には依然として明るい兆しは見えておらず、米国畜産農家は厳しい経営を強いられている。価格低迷に苦しむ畜産農家の救済策が取り沙汰にされている状況でもある。

 人類全体の喫緊の課題として地球温暖化対策はとらなければならない課題であるとは承知しているものの、農家への規制を最小限にしたいという関係者の思いが、農業を規制の対象にしないという下院での修正案の可決につながった。とはいえ、燃料費、肥飼料費のコスト上昇の影響は甘受せざるを得ない。

 これから上院で審議される法案についても、現下の情勢から、畜産を含む農業に対して厳しい規定が盛り込まれる可能性は少ないものと考えられているが、さらに、オフセット市場からの収入を得て、この法案により農家の所得を増やそうとさえしているように思える。

 上院と下院の法案は両院協議会において妥協が図られる。法案が可決されない場合は大気浄化法による規制というオプションも引き続き残されている。畜産部門は少なからず温室効果ガスを排出している実態からすれば、今後、相応の規制が掛けられる選択肢も残されている。このため畜産に係る温室効果ガスをめぐる情勢については、引き続き注視していく必要があると考えられる。

 
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