話題

2009年、わが国の酪農・乳業の課題と展望

社団法人日本乳業協会 会長 浅野 茂太郎

最近の酪農・乳業界をとりまく状況

 わが国の酪農・乳業をとりまく状況は、牛乳消費量の長期的な減少傾向、輸入飼料高騰などによる年度内2度の牛乳価格改定、乳製品の国際需給変動など、かつて経験のしたことが無い程大きく変化している。

 総人口、特に児童数の減少や、清涼飲料など他飲料との競合などに起因して、直近5年間の飲用牛乳消費量は減少傾向が鮮明になっている。飲用牛乳は生乳生産全体の50%以上を占めることから生乳生産量も同様の傾向となっている。

 昨年度の前半は、輸入原料やエネルギーコスト高騰に加えて、輸入飼料高騰が加わり、その他の食料品同様に実に30年振りとなる牛乳価格の改定が行われた。後半になると情勢が一変し、深刻な景気後退により消費者の生活防衛意識が高まり、一般食料品の製品価格は軒並み値下げに転じた。しかし、牛乳については、飼料価格の高騰等により相変わらず厳しい酪農経営の状況を斟酌して、本年3月に年度内2度目となる牛乳価格の改定が実施された。景気後退を受けて殆どの食品価格が値下りする中で、まさに逆風下での価格の引上げとなり、如何に消費縮小を防ぐかが酪農乳業界の課題となっている。

 一方、乳製品については、新興国の需要急増や世界の景気動向などによる国際需給変動の影響を大きく受ける様になってきている。昨年上期は国際乳製品相場が高騰した為、バター等国産乳製品の需要が増加し、バターの追加輸入が必要になるほど在庫が逼迫した。しかし、下期になると一転して世界的な景気後退の影響を受け、価格下落と消費縮小の状況となっている。

牛乳消費拡大に向けた取り組みと課題

 日本乳業協会は、飲用牛乳の消費拡大が、酪農・乳業界が早急に取り組むべき最大の課題であるとの認識のもとに、Jミルクや中央酪農会議等業界諸団体と連携して、6月の「牛乳月間」では、例年の消費拡大活動に加えて全国レベルでの乳業工場見学会や牧場開放の実施、全国主要10都市での「おいしいミルクセミナー」の開催、各種イベントでの牛乳の無料配布などを集中的に実施して、牛乳消費拡大の気運の盛り上げを図った。

 残念ながら目標とした前年実績の確保には至らなかったが、酪農・乳業界が一つにまとまっての行動は評価出来、更に多くの消費者の参加を得て消費拡大に繋がるべく、発展・継続させていく必要がある。

 これまで前年比10%前後の伸びで推移してきた成分調整牛乳の生産量は、本年3月の乳価再引上げ以降、3月59%増、4月80%増、5月95%増、6月92%増と急拡大しており、これに対し牛乳は3月8%減、4月9%減、5月10%減、6月9%減と、これまでのトレンド以上に大幅に減少している。成分調整牛乳は、牛乳消費の長期的低迷傾向を補う新商品という見方もある一方で、牛乳より低価格であることから牛乳のシェアを奪って伸長しているという実態もある。 また、成分調整牛乳の生産には牛乳生産とは異なる製造設備が必要であり、その設備を持たない乳業会社の売上減につながっている事も事実である。

 更に今後は、成分調整牛乳製造の際に発生する乳脂肪分の処理について状況を注視する必要がある。成分調整牛乳の生産拡大に伴い、乳脂肪分も増産されることとなるので、この乳脂肪分の新たな需要の開拓が行われないと、在庫増につながる懸念がある。乳脂肪分の在庫はバター等となるが、景気後退によりバター消費が低迷していることから、過剰在庫として問題が顕在化する可能性がある。

国内チーズ生産拡大に向けた取り組み

 チーズはこれまでほぼ一貫して消費が増加しており、牛乳・乳製品の中では将来の生産拡大につながる有望な品目である。しかし、輸入チーズが大半を占めているのが現状であり、食料自給率向上や国内酪農・乳業の発展のためには、輸入チーズを国産チーズに置き換えていくことが課題となっている。

 大手乳業会社は、相次いでチーズ工場の新増設を行い、08年度までに製造能力を倍増させた。しかし、原料となる生乳価格が昨年来引上げられたことに加え、輸入乳製品の価格下落等により国産チーズの国際競争力が低下し、新工場はフル稼動とは言えず、この状態が続けば何らかの対応が必要になってくる。

まとめ

 食品市場の縮小や景気低迷など厳しい状況の中で、酪農・乳業の健全な発展を図るためには消費の拡大が喫緊の課題であり、おいしさ、健康への大切さなど牛乳・乳製品が持つ価値を消費者に如何に理解してもらうかというコミュニケーション、またその価値をどのような製品にして提供するかという商品開発、そして、消費者がその価値に対して納得する価格となる様に如何に効率的に生産し届けるかということが求められている。

 その上で、乳製品の需給構造の変化や、国際需給変動など新たな課題にも対処していかなければならない。

 酪農は日本を代表する農業の一つであり、牛乳・乳製品は欠かすことの出来ない主要な食品である。その健全な発展はわが国の食料供給にとって不可欠であり、これらの課題に対しては、関係する団体、企業、行政が全力を挙げて取り組む必要がある。


 

浅野 茂太郎(あさの しげたろう)

社団法人日本乳業協会会長 東京都出身
昭和41年3月 学習院大学法学部卒業
  同   4月 明治乳業株式会社入社
平成15年4月 明治乳業株式会社代表取締役社長就任
平成20年5月 社団法人日本乳業協会会長就任
平成21年4月 明治ホールディングス株式会社 代表取締役副社長就任


 

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