海外駐在員レポート  
 

豪州の生体牛輸出の動向
〜最大の輸出先であるインドネシア向けを中心に〜

シドニー駐在員事務所 玉井明雄、杉若知子


  

1 はじめに

 豪州では90年代に入って、経済成長に伴い牛肉需要が増加した東南アジア向けに肥育素牛の輸出が増加した。近年は、最大の輸出先であるインドネシア向けが大幅に増加し、2009年は輸出額で過去最高に達した。

 しかし、2010年に入り、インドネシア政府が生体牛の輸入を規制する動きがみられる。

 今回、輸入国側の事情によって大きく変動するとされる豪州の生体牛輸出について、業界関係者より聴取した内容などを踏まえ、輸出頭数全体の約8割を占めるインドネシア市場の動向を中心に報告する。

2 輸出向け生体牛の供給事情

(1)輸出向け生体牛の供給地域

 豪州の輸出向け生体牛の供給地域は同国の東西南北に及ぶが、主要な供給地域は、大規模で粗放的な肉牛生産が行われる北部地域(西オーストラリア(WA)州北部・内陸部、北部準州(NT)及びクイーンズランド(QLD)州北部)である。90年代に入り、東南アジアにおけるフィードロット産業の伸展を背景に肥育素牛需要が拡大したことから、地の利のある同地域からの輸出が増加した。

 北部地域には、50万頭以上の肉牛を複数の農場で飼養し、と畜牛の販売や生体牛の輸出を行うといった大規模な肉牛経営が存在する。また、豪州農業資源経済局(ABARE)が2008年2月に公表した報告書(※1)によると、同地域において300頭以上を飼養する肉牛経営の75%は生体牛輸出から一部またはかなりの部分の収入を得ている。

 北部地域で生体牛輸出が盛んな理由としては、①生産コストが低いこと、②熱帯気候である東南アジアに適するブラーマンなど耐暑性が高いボスインディカス種が多く飼養されていること、③輸出向けの食肉処理加工施設が少ないこと、④主要な供給先であるアジア地域に近く、輸送コストが南東部より安いことなどがある。

 2008/09年度(7月〜翌6月)における積出港別の生体牛輸出頭数をみると、インドネシア向け生体牛の最大の積出港であるダーウィン港(NT)が全体の3分の1を占め最も多い。なお、ダーウィン港からインドネシアの首都ジャカルタへの航海日数は4〜5日程度である。

図1 豪州北部地域
資料:ABARE
図2 積出港別生体牛輸出頭数のシェア(2008/09年度)
資料:MLA

(2)北部地域における肉牛生産の特徴

 北部地域は、熱帯性の気候に属し、雨季と乾季の相違が明確なため、肉牛生産も季節性が高い。通常、雨季(12〜4月)に、潤沢な水と草を利用して放牧・自然交配による繁殖、育成、肥育を行い、乾季(5〜11月)に牛群を集めて、選別、耳標装着、出荷するというのが基本的なパターンである。

北部準州の農場からインドネシア向けに生体輸出されるブラーマンの肥育素牛(去勢牛)

(3)インフラの整備

 生体牛輸出にとっては、輸送のための専用トラックや、専用船などインフラの整備も重要である。ダーウィン港の近くには、豪州検疫検査局(AQIS)による検疫が可能な輸出デポと呼ばれる施設が数多く設置されたことなども輸出を促進している。

ダーウィン港近くの輸出デポ
農場から出荷された牛は、ダーウィン港に入る前に、輸出デポに輸送され、
AQIS公認獣医師によるワクチン接種、病気や怪我を含む健康状態の確認、
外部寄生虫(ダニ)の駆除などが実施される。
家畜輸送トラック
牛運搬用のトレーラー1台に牛を60頭づつ積み、3台をつないでけん引する。
家畜運搬船

3 生体牛の輸出動向

 生体牛の輸出動向について、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)などの報告書から次のとおり、概要を紹介する。

(1)生体牛の輸出先の動向

 生体牛の輸出については、90年代中頃からインドネシア、フィリピンなど東南アジア向けの肥育素牛を中心に急増した。しかし、アジア諸国の牛肉需要は、97年の通貨危機以来急減し、輸出頭数が急激に減少した。その後、順調な経済回復や中東諸国など新規市場開拓の影響もあって、輸出頭数は再び増加に転じ、2002年には過去最高となった。

 2003年以降は減少に転じたが、これは肉牛価格の上昇、豪ドル高で推移した為替相場、原油価格の上昇に伴う輸送コスト高、南米やインド産牛肉との競合などが要因として挙げられる。2006年以降は、最大の輸出先であるインドネシア向けが著しく増加し、2009年は95万4千頭と2002年に次いで多い水準となり、輸出額は過去最高の6億6600万豪ドル(513億円:1豪ドル=77円)に達した。

図3 生体牛輸出頭数と輸出額の推移
資料:ライブコープ
注1:乳用牛を含む。
注2:年は1〜12月

①  インドネシア向け

 インドネシアでは90年代以降、大規模な商業フィードロットが急速に成長した。しかし、97年の通貨危機により自国通貨ルピアが下落し、豪州産生体牛の輸入価格が上昇した結果、フィードロットが閉鎖、または、肥育素牛を国産に切り替えた。こうしたことから、生体牛輸出頭数は98年に激減した。その後、ルピア相場の回復などに伴い、同国からの需要は回復している。

 近年の推移を見ると、堅調な経済成長に伴う所得の上昇、人口増加などを背景とした牛肉需要の伸びやフィードロットの飼養規模の拡大により、豪州産の生体牛に対する需要が高まる中で、2009年の輸出頭数は、2005年比で約2.2倍の77万3千頭と大幅に増加した。

 しかし、2010年に入り、インドネシア政府が生体牛に対する輸入許可証の発給を制限したことなどから、同国向けの5月の輸出頭数は、前年同月比20%減の73,716頭と大幅に減少した。

図4 国別生体牛輸出頭数の推移
資料:ライブコープ
注1:乳用牛を含む。
注2:年は1〜12月

② 中東/アフリカ向け

 中東/アフリカ向けはインドネシアに次ぐ市場であり、2009年には、イスラエル、ヨルダン、サウジアラビアに輸出された。エジプト向けについては、2006年において動物福祉の問題から輸出停止となったため、それ以降は輸出されていなかったが、2010年2月に条件付きで再開した。

③ フィリピン、マレーシア向け

 これらの市場は、90年代のフィードロット産業の発達などを契機に急速に増加した。フィリピン向けは、2005年以降、豪ドル高などにより、フィードロットの収益性が低下し、減少傾向にある。フィリピン、マレーシアとも低価格志向が強く、安価なインド産やブラジル産牛肉との競合のため近年は減少傾向にある。

④ 日本向け

 日本向けには肥育素牛を中心に年間2万頭前後を輸出している。2009年は、景気後退による牛肉需要の低迷、豪ドル高などの影響で、前年比19%減の16,039頭と大幅に減少した。

⑤ 中国、メキシコ、ロシア向け

 これらの市場は乳用牛が主体である。乳用牛の最大の輸出先は中国であり、2009年、乳用牛の輸出頭数全体(62,197頭)のうち約半分の32,782頭が輸出された。2009年における州別の乳用牛の輸出頭数をみると、酪農が盛んなビクトリア州が最も多く、全体の93%を占めている。

(2)生体牛輸出価格の動向

 MLAが公表するQLD州の生体牛市場価格とダーウィン港からの生体牛輸出価格(FOB価格)を見ると、2004年以降、米国におけるBSE発生に伴う牛肉の輸入停止などを背景にQLD州の生体牛市場価格が上昇し、生体牛の輸出頭数は減少した。

 近年では、2008年11月〜2009年2月に生体牛輸出価格が上昇したが、この要因は、雨季においては牧草が豊富であるため出荷頭数が減少するという季節的な要因に加え、インドネシアからの強い需要、主産地における洪水による家畜の消失などが影響したとみられる。2009年の推移を見ると、生体牛輸出価格は前年並みで推移したが、国内生体牛市場価格は、前年比で5%下落したことなどから、肉牛生産者にとっては、国内市場向けよりも、輸出向けの販売の方が有利となった。2010年1〜2月の上昇についてもインドネシアからの強い需要と多雨による出荷の停滞などが挙げられる。

図5 QLD州生体牛市場価格と生体牛輸出価格の推移
資料:MLA
注1:市場価格は、QLD州における生体牛市場価格(Trade Steer、生体重量300〜400kg) 
注2:輸出価格は、ダーウィン港からの生体牛輸出価格(去勢牛、生体重量300kg以下、FOB)

4 インドネシア市場の動向

 インドネシア向けには、牛肉輸出も増加しているが、同市場について業界団体はどのようにみているのか、MLAの生体家畜輸出部長からの聴取内容や報告書をもとに紹介する。

(1)市場の概要

① 牛肉需要

 インドネシアは2億3千万人(世界第4位)もの人口を有し、堅調な経済成長を続けている。一方、年間1人当たりの牛肉消費量は2キログラム程度とまだ低く、今後の牛肉需要の増加が期待できる。また、同国はイスラム教徒が多く、豚肉と競合する可能性が低い。さらに、イスラム教の断食(ラマダン)の時期やラマダン明けなどに牛肉の需要増加が見込める。

※断食(ラマダン)では、イスラム教徒は日の出から日没まで飲食を断つが、日没後は飲食が許されており、夕食にはごちそうを食べることが多いことから、食品需要が上がるとされている。

② 肥育素牛に対する需要

 インドネシアにおいて、フィードロット企業は、肉牛産業の中核として位置付けられている。同国では、フィードロット産業で使用される飼料としてサトウキビ、ココナツ、パームヤシ、パイナップルなどの製品製造後の副産物が安価に入手でき、フィードロットの労賃も安い。しかし、小規模農家が多いことなどから肥育素牛の供給には限りがあり、豪州北部の肥育素牛に対する需要がある。

 豪州からは、肥育素牛、と場直行牛、繁殖牛が輸出されるが、肥育素牛は2008年〜2009年において輸出頭数全体の約7〜8割を占めている。なお、肥育素牛は、去勢牛を中心にインドネシアのフィードロットにおいて60〜120日肥育される。

③ 伝統的な牛肉の流通体系

 インドネシアでは、ウェットマーケット(東南アジアや中国などで、一般市民が食料品など生活必需品を購入する伝統的な自由市場。食肉は通常、常温で取引され、と畜直後の生鮮品が販売される。)での牛肉販売が主体であることから、生体牛としての輸入需要が強い。

④ 口蹄疫清浄国から生体牛および牛肉を輸入

 インドネシアは生体牛および牛肉の輸入を原則として口蹄疫清浄国に限定している。このため口蹄疫清浄国としての地位を有する豪州は他の競合国と比べ優位な立場にある。

⑤ ブラジル産牛肉の一部解禁

 インドネシア政府は2009年9月、ブラジルの口蹄疫ワクチン接種清浄地域にある一部の食肉処理加工施設から骨なし牛肉の輸入を認めた。現段階では輸入は行われていないが、今後、ブラジル産牛肉と競合する懸念もある。

(2)増加する牛肉輸出

 インドネシア向けについては、牛肉輸出も近年増加しており、上位3カ国(日本、米国、韓国)に次ぐ4番手の市場となっている。増加の理由としては、堅調な経済成長、人口の増加、国内供給量の減少、購買力の高まりなどが挙げられる。

 2009年における同国向けの輸出量(船積み重量ベース)は2005年比で約6倍の51,815トンとなった。このうち輸出量全体の9割を占める冷凍牛肉は、主にミートボールやソーセージ用の加工向けで、前年比55%増の47,103トンとなった。これは、豪州産生体牛由来の牛肉より価格が安価となったことなどが要因と見られる。一方、冷蔵牛肉はシェアは1割と少ないが、前年比81%増の4,712トンとなった。これは、ホテル・レストラン・高級スーパーマーケットなどから高品質の冷蔵牛肉の需要が高まったことが挙げられる。

図6 インドネシア向けの牛肉輸出量の推移
資料:豪州農漁林業省(DAFF)
注1:年は1〜12月
注2:数量は船積み重量ベース

(3) 業界団体の市場での取組み

 こうした中、MLAは、インドネシアのジャカルタに事務所開設を予定している。MLAは、同地域で豪州の生体家畜輸出業者の代表団体であるライブコープ(LiveCorp)と共同で、市場アクセス、牛肉の販売促進、家畜の管理や動物福祉などの観点から肉牛産業への技術支援を行ってきたが、さらにこうした活動を強化していくことになる。MLAでは、豪州産の生体牛はと畜後、ウェットマーケットを主体に流通し、豪州産輸入牛肉はスーパーマーケットなどを主体に流通することから、両者をバランス良く推進したいとしている。

(4)インドネシア政府による輸入規制

 インドネシア向け生体牛輸出が大幅に増加する中、業界情報によると、インドネシア政府は以下のような措置を講じている。

ア、 生体牛に対する新規の輸入許可証発給制限

 インドネシア政府は2014年までに牛肉の自給率を90%とする計画を掲げる一方、現行の生体牛に対する輸入許可証は必ずしも国内需給の動向を反映して発給されるものとなっていないため、需要を上回る生体牛が輸入され、供給過剰を招いているとし、新規の輸入許可証の発給を制限している。

イ、 生体牛1頭当たりの重量制限

 インドネシア政府は2008年以降、生体牛1頭当たりの上限体重を350キログラムと定めていたが、実際は350キログラムを超える牛がと場直行牛やごく短期間肥育される肥育素牛として輸入されてきた。こうした中、同国政府は、輸入業者などにこの重量制限を厳格に遵守させる決定を下した。この決定には、同国政府が、海外から輸入した肥育素牛を一定期間以上肥育し、出荷することで、肉牛産業などを育成するとともに、牛肉の自給率を向上させたいという政策的な意図があるとみられる。

 一方、同国政府は、自給率向上を目指していることから、繁殖用雌牛や軽量級の肥育素牛に対する需要は今後とも引き続くとされる。

 豪州肉牛業界としては、今後、350キログラムを超える牛については、インドネシア以外の輸出先を求めるか、牛肉として処理加工されることになるとしている。

5 終わりに

 インドネシア向けの生体牛輸出は、近年、急速に拡大した。しかし、2010年に入り、インドネシア政府が輸入許可証の発給を制限、加えて、重量規制の運用を強化したことから、これまでの増加傾向にブレーキがかかっている。

 こうした中、ABAREが6月末に発表した農産物需給見通しによると、インドネシア向けの生体牛輸出頭数の見込みについて、2009/10年度(7〜翌6月)はこれまで好調であったことから前年度と変わらないが、2010/11年度については、輸入許可証の発給状況が不透明であること、今後、軽量な牛の供給が限られるとみられることなどから、前年度比17%減の58万頭(前年度比12万頭減)と大幅な減少が見込まれる。また、2010/11年度の総輸出頭数については、インドネシア向けの大幅な輸出頭数の減少分の一部が、東南アジアや中東向けにシフトし、前年度比6%減の85万頭(前年度比5万6千頭減)と見込まれている。

 輸入許可証の発給状況については、不透明な部分が多いが、現地報道によると、生体牛1頭当たりの重量を350kg以下に特定し輸入許可証が発給されているとの情報がある。

 豪州の肉牛生産者は、インドネシア向けの生体牛について重量規制の運用が強化されたことで、今後、350kgを超える牛を国内外のどの市場に仕向けるのか。この規制強化が、豪州の肉牛・牛肉市場にどのような影響を及ぼすのか、今後の動向に注視するとともに、MLAが8月に公表を予定している2010年肉牛・牛肉産業需給予測の期中改訂版における今後の見通しに注目したい。

参考文献

1:豪州農業資源経済局(ABARE)「live animal exports ― a profile of the australian industry」

2:豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)「Industry projections」他

3:独立行政法人農畜産業振興機構HP:各種海外駐在員情報


 
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