1.はじめに
チリは市場原理に基づく経済政策を南米諸国の中で最も早くから推進し、堅実な財政・金融政策により安定した経済運営を実現している。同時に、天然資源にも恵まれ、銅をはじめとする鉱業、農林水産業など競争力のある輸出産業を持っている。
また、チリは、国民一人当たりの総生産(GDP)に占める輸出依存度が約30%と高いため、二国間あるいは他国間における自由貿易を積極的に推進しており、FTAについては日本(2007年3月)のほか、EU(2002年11月)、米国(2003年6月)などと締結している。このような状況の下、国際通貨基金(IMF)の推計によると、2009年のGDPは、14,461米ドル(約131万6000円、1ドル=91円)と南米諸国の中では最も高くなることが見込まれている。
こうした中、同国の酪農・乳業は主要産地である南部を中心に今後成長が見込まれており、乳業メーカーも積極的に投資を行っている。同国の酪農は、短期的には乳製品の国際需給に直接影響を及ぼす可能性は少ないものの、中・長期的には、乳製品輸出国の一翼を担うことも考えられる。
そこで、今回は今後成長が見込まれるチリの酪農・乳業の現状を報告することとする。
表1 世界全体から見たチリの乳業の位置付け
|
|
2.酪農の現状
(1)飼養頭数
国立統計局(INE)によると、2007年のチリの牛飼養頭数は、10年前(1997年)に比べ8.5%減の約371万8500頭であり、そのうち乳用牛は19.8%減の同49万5500頭となった。乳用牛が減少した理由としては、中小規模の酪農家が廃業していることや一頭当たりの乳量が増加していることによる。
乳用牛の飼養頭数を地域別に見ると、主要酪農地帯である南部の第10州(ロス・ラゴス州)と第14州(ロス・リオス州)で全体の70%(35万6200頭)以上を占め、生乳生産量についても、ほぼこれに比例する形となっている。これらの州は放牧が主体で、濃厚飼料を補助的に給与している。同国では、放牧主体の経営が70%以上を占めるが、首都州(サンチアゴ周辺)やその近郊の州である第7州(マウレ州)では、主に牛舎内での濃厚飼料の給与主体とした使用形態となっている。
表2 チリの乳用牛飼養頭数(2007年)
|
|
(2)飼養品種・牛群の更新状況など
乳用牛の品種は、ホルスタイン種が乳用牛全体の70%を占め、ジャージー種や硬質タイプのチーズ生産に適しているフランス原産のモンべリア種などが飼養されている。
業界関係者によると、牛群の更新状況については、経産牛が100頭規模の経営の場合、年間で20〜25頭程度更新するとのことである。また、交配については、大規模農家を中心にほぼ人工授精による交配が行われている。人口授精は、効率面や衛生面から、放牧地帯である南部でも行われている。
なお、乳雌牛の取引については、酪農家間の相対取引や家畜市場から購入され、雄牛については、生まれるとすぐ食肉パッカーに販売され、主にテーブルミート用として肥育されるとのことである。
(3)酪農家戸数など
酪農家戸数について公表されたデータは存在しないが、現在12,000〜13,000戸であり、このうち9割以上が個人経営であるといわれている。また、そのほとんどは飼養頭数が50〜200頭の中規模農家、あるいは200頭以上の大規模農家である。なお、肉用牛農家も含めたチリの牛飼養農家戸数は、2007年で約12万5000戸となっている。また、チリ全体の酪農に供される土地面積については、80〜100万ヘクタールとのことである。
また、現在同国で採算の合う酪農経営を行うためには、土地面積が80ヘクタール以上、飼養頭数が250頭以上必要とのことである。
(4)生乳生産量・一頭当たりの乳量
チリの生乳生産量は、1990年から増加傾向で推移している。これは、(1)90年代は平均8%以上、97年のアジア経済危機で一時期マイナス成長になったもののその後回復し、2000年以降は2007年まで同4%以上の経済成長が続き、国内需要が増加したこと、(2)乳牛の品種改良や飼養管理技術の向上などにより1頭当たりの乳量が増加したこと−による。また、2007年〜2008年前半にかけて乳製品の国際需給がひっ迫し、乳製品輸出が増えたことも影響している。
一頭当たりの乳量については、地域によってばらつきがあるものの、現在年間で5,000〜6,200キログラムとみられる。首都州や第7州では、一日2回あるいは3回の搾乳により9,500キログラム生産する牛も存在するという。一方、南部では一日2回の搾乳で7,000キログラム程度となっている。なお、南部の州では輸出向け、首都州などでは国内向けの生乳の割合が高い。 また、2009年1〜9月までの主要乳業メーカーの生乳受入数量は、2008年9月以降の国際金融危機の影響などによる国際需給の緩和などにより生乳価格が低下し、酪農家の生産意欲が減退したことから、前年同期比11.9%減の12億624万6000リットルとなった。
図1 生乳生産量の推移
|
|
(5)生乳価格・生産コスト
チリの生乳価格は、近年、乳製品の輸出が増加してきていることから、乳製品の国際需給の動向を大きく受ける構造とのことである。また、主要輸入先であるアルゼンチンやウルグアイの乳製品の需給動向も価格に影響する。1997年から2006年までの価格(乳業メーカーから生産者への実質支払価格の平均、消費税抜き)は、1リットル当たり130〜150ペソ(約23〜27円、1ペソ=0.18円)の間で推移してきたが、国際需給がひっ迫した2007年以降は急上昇し、2008年は同201.86ペソ(36円)となった。
しかし、2008年8月以降、国際需給の緩和から下落傾向にあり、中部および南部の中小酪農家を中心に経営を圧迫することとなった。これを受け、チリ政府は9月、第8州(ビオビオ州)および第10州の中小酪農家に対して、貯乳タンクの改修、草地や劣化した土壌の改良などに18億ペソ(3億2400万円)の支援を行うことを発表した。今後の生乳価格の動向については、金融危機の影響から徐々に脱却し乳製品の国際需給が引き締まって推移してきていることから、回復していくと見込まれている。
生乳価格については、コルン社など農協系を除き、全体の95%は乳業メーカーが独自の基準により価格を決定している。各メーカーは乳製品の内外市場の状況を勘案し、基本価格を算出し、それに加え酪農家ごとに品質および衛生条件(乳脂肪率、乳たんぱく率、保存温度、細菌数など)を勘案したプレミアム価格を付加している。なお、生乳の品質改善については、(1)牛の飼養管理、(2)飼料給与、(3)搾乳、(4)貯乳タンク−などの各段階で取り組みが行われている。ちなみに、チリの生乳の品質については、世界的な食品企業であるネスレ社(後述)から、申し分ない信用を得ているとのことである。
また、生乳生産コストは、2002年〜2006年の平均は1リットル当たり100〜120ペソ(18〜21円)であったが、2007年以降は世界的な穀物価格の高騰を受け上昇し、2008年は同157.3ペソ(28円)とのことである。ちなみに、濃厚飼料給与主体の中部地域では同140〜150ペソ(25〜27円)、放牧主体の南部地域では、同115〜120ペソ(21〜22円)とのことであり、飼料関係(飼料購入費や牧草維持経費など)がコストの5割以上を占めている。
図2 生乳価格の推移
|
|
(6)農場事例:第10州 オソルノ市
(1) Claudio Mujica Mudjica氏(70歳)
同氏は、青年時に当時酪農の先進地であるデンマークやドイツに留学した。1960年にこの地で34ヘクタールの酪農地から経営を開始し、現在は230ヘクタール(草地は主にライグラス、飼料用にトウモロコシなどを栽培)に250頭のホルスタイン種を飼養しており(すべて雌牛)、6名の従業員を雇用している。
交配については、オランダから雄牛の精液を購入しすべて人工授精により行っている。同氏によれば、良い牛とは体型のバランスが良く、性格がおとなしいものとのことである。搾乳は朝と午後の1日2回、1日1頭当たりの乳量は平均23.2リットル、
年間で平均8,000キログラム前後であり、10,000キログラムの乳量を誇る牛もいるとのことである。
貯乳タンクは2,500リットルのものを2基所有し、1日2回、5,000リットルの生乳をネスレ社に出荷している。最近同社から支払われる乳価は、1リットル当たり151ペソ(27円)であるのに対し、生産コストは164ペソ(30円)で赤字となっているが、2010年3月ごろには国際需給がより回復するなどして支払乳価も回復していくと見込んでいるとのことであった。
同氏は、後継者がいないことなどから、経営の拡大は考えておらず、今後も品質の良い生乳を提供していきたいとのことであった。
|
尻尾の上の青緑の印は、既に人工授精が済んでいることを表す
|
|
Mudiica氏(左側)
|
(2) Alfredo Behrmann Oettinger氏(40代前半)
同氏は、1994年から肉用牛農家であった父から土地を譲り受け、酪農を始めた。現在290ヘクタール(同氏によれば、この地の酪農家では平均的とのことである)に270頭のホルスタイン種を飼養しており(すべて雌牛)、8名の従業員を雇用している。草地は主にライグラスであり、飼料用としてトウモロコシなどを栽培している。なお、オソルノ市周辺の農地価格は、現在1ヘクタール当たり5,000〜10,000ドル(45万5000円〜91万円)で、最近では、ソルプローレ社の進出(後述)などにより、ニュージーランド(NZ)の酪農家が進出してきているとのことである。
交配については、すべて人工授精により行っている。搾乳は朝と午後の1日2回、年間の1頭当たりの乳量は7,200キログラム前後とのことである。
貯乳タンクは3,000リットルのものを2基所有し、1日2回、6,000リットルの生乳をコルン社(後述)に出荷している。最近同社から支払われる乳価は、1リットル当たり147ペソ(26円)であるのに対し、生産コストは140ペソ(25円)とのことである。
同氏は、自然に囲まれた環境の中で酪農を営むことを誇りに思っており、今後の経営拡大にも意欲的であった。また、チリからの乳製品輸出をもっと増やすべきとの考えを持っている。なお、後継者問題については、息子の意志を尊重していきたいと語ってくれた。
|
Oettinger氏の貯乳タンク
|
|
Oettinger氏
|
3.乳業の現状
(1)主要乳製品生産量
チリの乳製品生産量は、チリ農業省農業政策・調査局(ODEPA)によると、ヨーグルトやバターなどの消費量の着実な伸びの影響で増加しており、2008年の生産量は以下のとおりとなった。2009年1月〜9月までの生産量は、輸出品目である粉乳類やコンデンスミルクが金融危機の影響などにより、前年に比べ大幅に減少している。
表3 2008年の主要乳製品の生産量 |
|
図3 飲用乳生産量 |
|
表4 2009年(1月〜9月)の主要乳製品の生産量 |
|
図4 バター生産量 |
|
図5 チーズ生産量 |
|
図6 脱脂粉乳生産量 |
|
図7 全粉乳生産量 |
|
図8 ヨーグルト生産量 |
|
図9 クリ−ム生産量 |
|
図10 コンデンスミルク生産量 |
|
一方、関係者からの聞き取りによると、乳製品の消費量は、ヨーグルトやバターを中心に90年代はおおむね順調に増加したが、近年は少子化や高齢化といった人口構成の変化や経済成長に伴う嗜好の変化などにより若干減少傾向にあり、2008年の一人当たり消費量は、チーズが7キログラム、飲用乳が20〜25リットル、乳製品全体でも125リットル(生乳換算ベース)となった。これはウルグアイ(同280リットル)、アルゼンチン(同210リットル)のみならず、世界保健機関(WHO)が推奨する160リットルよりも低い。
しかし、今後の経済成長により消費が伸びる余地は十分にあると考えられている。
(3)乳業メーカー
関係者からの聞き取りによれば、現在、チリ国内の乳業メーカーは110社以上あり、1万人以上が従事している。工場は2008年現在で第8州や第10州を中心に101工場が稼働している。主要乳業メーカーの集乳受入数量については上位3社で全体の65%以上を占める。なお、ソプローレ社およびネスレ社は、海外資本の企業である。ネスレ社は、主にコンデンスミルクの生産・輸出を行うとともに、粉乳類を米国から輸入している。
表5 主要乳業メーカーの生乳受入数量・順位 (2008年および2009年)
|
|
上位2社の概要は次の通りである。
○ ソプローレ社
同社は、首都州への飲用乳を供給するため、1940年代後半に創業され、2005年にNZの農協系乳業メーカー、フォンテラ社に買収された。現在、フォンテラ社が同社の株式の99%を所有し、2008年の収益は、3083億7000万ペソ(555億円)であった。
チーズをはじめ、飲用乳、ヨーグルト、デザート類など国内乳製品市場におけるシェアは32.6%と、乳業界のリーダー的な役割を果たしている。
なお、同社は、2005年の買収を契機に、国際乳製品市場への進出計画をスタートさせた。この計画は、「牧草計画」と呼ばれ、オソルノ市を中心とした酪農地帯に関する農業系大学の調査結果に基づき、4250万ドル(38億7000万円)を投じて広大な草地を整備するとともに、2008年には国内最大かつ最新の粉乳施設を建設した。この結果、同地域の生産性は大幅に上昇した。この計画が順調に推移すれば、同地域の酪農は国際競争力に耐えられる酪農経営を行うことができるとのことである。また、最近では、粉乳類の輸出強化のため、オソルノ市郊外の別の工場の生産能力増強に力を注いでいる。
同社の2008年の乳製品輸出量は、国際市況が9月以降低落した中で、シンガポールや台湾向けなどへの輸出を活発に行ったことから、前年比20.3%増の1万2500トン、金額では4500万ドル(41億円)となった。今後の市場としては、中国やベネズエラを重要視している。
○ コルン社
同社は1949年に設立された。同社の株式は現在750名の酪農家が保有する農協系の企業であり、オソルノ市近郊にある同社唯一の工場は、敷地面積6ヘクタ−ル、年間の生乳受入数量4億2000万リットル、乳製品の生産処理能力165万トン、従業員1,400名とチリ最大である。酪農家の経営規模は、年間の生乳出荷量が10万リットルから100万リットルまでとさまざまである。製造品目は現在38品目であり、造される9割以上は国内向けで、特にチーズ生産では国内市場シェア35%以上と第1位である。2008年は、ヨーグルトやフレッシュタイプのチーズなどの生産を強化した。同社の2008年の売上高は、3億6000万ドル(327億6000万円)であった。 なお、生乳価格については、酪農家主導で内外の市場の価格を基に決められており、他の乳業メーカーよりも高い水準とのことである。
輸出については今後、チーズや粉乳類などを中心に力を入れていく予定であり、従来の市場であるメキシコやベネズエラのほかにペルーやコロンビア、米国、韓国、そして日本向けに輸出を行っていきたいとのことである。国際基準に合致させるため、HACCPなどは既に取得しており、2010年にISOを取得する予定である。日本向けについては、ある日系商社を通じて、過去4回、200トンのゴーダチーズを試験的に輸出したことがあるとのことで、輸出担当者によれば、日本向けにチーズの輸出を本格的に行っていきたいと思っているが、日本の酪農家に脅威を与えるほどの輸出は今のところ考えておらず、同社が入り込める可能性のあるニッチな分野を探していきたいとのことであった。
なお、同社の売上高は、2008年後半から2009年初頭にかけては天候の状況などにより成長率が落ち込む可能性もあるが、2010年以降は年間7%程度の割合で成長するとみられる。
|
生乳受け入れを待つタンクローリー
|
|
コルン社の乳製品(飲用乳)
|
|
工場外観
|
4.乳製品貿易の現状および輸出に係る衛生対策
(1) 輸出
チリは、乳製品の国内消費の減退の兆しが見え始めた90年代末から輸出の検討を始めた。しかし、他の乳製品輸出国と比べ(1)技術力や輸出経験の不足、(2)不十分なインフラ−に加え、政府の補助(支援)が緊急時以外はないという現状にある。しかし、乳製品輸出は2002年で5000万ドル(45億5000万円)程度であったものが、2008年は5倍の2億5000万ドル(227億5000万円)に拡大した。
なお、企業ごとに輸出する製品は主に以下の通りとなっており、ある程度住み分けは定まっている。
・ソプローレ社:脱脂粉乳、チーズ
・コルン社:チーズ
・ネスレ社:コンデンスミルク
・Mulpulmo社:全粉乳 など
図11 乳製品輸出数量および金額
|
|
同国の乳製品輸出量の主要品目は、全粉乳の割合が5割近くを占め、次いでコンデンスミルクが2割強、チーズが2割となっており、輸出動向については、以下の通りである。
(1)全粉乳
2008年の輸出は数量で前年比44.5%増の約1万5000トン、金額で同2倍以上の3068万ドル(27億9000万円)となった。2008年は13カ国に輸出されたが、そのうち6割以上はベネズエラ向けである。
2009年1〜9月までの輸出は、数量で前年同期比2.7%増の約1万900トンとなったものの、金額で同29.4%減の3700万ドル(33億7000万円)となった。
図12 全粉乳の輸出数量および金額
|
|
表6 全粉乳の輸出先上位5カ国(2008年)
|
|
(2)コンデンス・ミルク
2008年は、数量で前年比9.4%減の約3万4千トンとなったものの、金額では同14.9%増の6400万ドル(58億2000万円)となった。また、2008年は10カ国に輸出されたが、そのうち4割以上はメキシコ向けである。
2009年1〜9月までの輸出は、数量で前年同期比25.6%減の約1万9500トン、金額で同34.8%減の3200万ドル(29億1000万円)となった。
図13 コンデンスミルクの輸出数量および金額
|
|
表7 コンデンスミルクの輸出先上位5カ国 (2008年)
|
|
(3)ゴーダチーズ
チリから輸出されるチーズの約95%がゴーダチーズである。2008年は、数量で前年比25%減の約1万1300トン、金額で同9.2%減の5071万ドル(46億1000万円)となった。2008年は5カ国に輸出されたが、そのうち95%以上がメキシコ向けである。
2009年1〜9月までの輸出は、数量で前年同期比24.3%減の約6900トン、金額で同52.1%減の2000万ドル(18億2000万円)となった。
図14 ゴ−ダチーズ輸出数量および金額
|
|
表8 ゴーダチーズの輸出先上位3カ国 (2008年)
|
|
チリの乳製品主要輸出相手国は現在、メキシコおよびベネズエラであるが、(1)ベネズエラは現政権の貿易政策によっては、今後の同国への輸出環境は非常に不透明になる可能性がある、(2)メキシコは他の乳製品輸出国との競合が激しい−という要素を含んでいる。
(2) 輸出に係る衛生対策
チリでは、チリ農業省農業牧畜局(SAG)により1998年から公的管理下家畜施設(PABCO)プログラムと呼ばれる輸出認定プログラムが実施されており、輸出相手国の衛生管理当局が要求する事項(農場の施設整備、家畜の取り扱い、給餌記録の保持など)について、順守すべき条件として規定されている。同国内において家畜を飼養している農家が輸出を行う場合には、同プログラムに基づきSACに申請し、PABCO認定農場として登録されることによって、初めて輸出が可能となる。
また、畜産物の輸出に関連するすべての業者(加工業者、輸出業者、冷凍施設保有者など)は、2003年9月11日付けSAG決議第2561号により、事前にSAGの管理運営する全国畜産物輸出登録システムへ登録申請を行った上で、輸出施設としての許可を得なければならない。また、実際に輸出を行うに当たっては、当該製品に関する国内検査規定を満たした上で、輸出相手国からの要求などに応じ、輸出品の衛生上の品質についてSAGによる証明を受けなければならない。
(3)輸入
同国が輸入する乳製品については、チーズが全体の40%以上を占め、このうち45%がゴーダチーズとなっている。 2009年に入り、主にアルゼンチンやウルグアイからのゴーダチーズなどの乳製品の輸入が大幅に増加し、かつ、金融危機の影響などで生乳価格が下落したことから、経営が悪化していた酪農家をさらに苦しめることとなった。
2009年1月〜9月の乳製品輸入は、ゴーダチーズが数量で前年同期比89.2%増の3900トン、金額で11.7%増の1100万ドル(10億円)、全粉乳が数量で同4.5倍以上の1460トン、金額で2倍以上の3200万ドル(29億1000万円)、脱脂粉乳が数量で同3倍近くの7100トン、金額で同3倍以上の2490万ドル(22億7000万円)となった。
このような状況の下、チリ生乳生産者連盟(FEDELECHE)は、アルゼンチンおよびウルグアイが、補助金により自国の乳製品を国際価格より安価に輸出しているとして、チリ政府に輸入制限措置(暫定的な追加関税措置)を採るよう迫った。これを受けチリ政府は8月、両国産ゴーダチーズおよび粉乳類の輸入に対する15%の暫定的追加関税の徴収を発表した。
これに対し、アルゼンチンの業界関係者は、チリ政府の今回の行動は保護貿易政策であり、アルゼンチン政府は世界貿易機関(WTO)に提訴すべきであると主張している。
なお、ゴーダチーズ、全粉乳、脱脂粉乳の輸入量および金額の推移、また、輸入先については、以下のグラフおよび表の通りである。
図15 ゴ−ダチーズの輸入数量および金額
|
|
表9 ゴーダチーズの輸入先2カ国
|
|
図16 全粉乳の輸入数量および金額
|
|
表10 全粉乳の輸入先上位3カ国 (2008年)
|
|
図17 脱脂粉乳の輸入数量および金額
|
|
表11 脱脂粉乳の輸入先上位3カ国 (2008年)
|
|
5.今後の見通し
チリの乳製品生産コストは、主要乳製品輸出国である豪州やNZなどと比べて遜色ないと言われており、ソプローレ社やコルン社がさらなるコストを引き下げのための投資を、南部を中心に行っている。
主要乳製品の国際価格が1トン当たり3000ドル(27万3000円)以上になれば、チリも国際乳製品市場に本格的に参入できるようになり、中期的には金額ベースで3億ドル(273億円)以上の乳製品を輸出できるようになるとのことである。しかし、為替動向も非常に重要な要素であり、現在のペソ高ドル安傾向では、短期間で輸出を本格的に行うことは難しいとの見込みである。
同国では、冬季の生乳不足を解消するため、濃厚飼養給与による舎飼への転換あるいは放牧経営との混合経営へ移行する動きがあった。しかし、こうした経営では、コスト面で主要乳製品輸出国に対抗できないことが明らかになった。関係者は強気であるが、乳製品の国内消費のさらなる拡大があまり見込めない中、輸出量を増やすことが重要となったため、放牧主体を維持しつつ、季節に左右されない安定的な生乳の供給を図ることが必要となっている。
国際競争力を強化するためには、チリの乳業界は、(1)生乳生産を増加させるための牛群の更新や飼養頭数の増加、品種改良の実施、(2)輸出能力を有する乳製品工場(粉乳施設、チーズ生産工場など)への重点投資−などを行う必要があり、さらに以下のことに取り組む必要がある。
・ (1)生産環境(2)乳質(3)衛生管理−などに対する意識改善のための酪農家の指導
・ 乳製品の衛生管理やトレーサビリィティの一層の強化
・ 生乳の周年安定供給に向けた周辺環境整備への投資
業界関係者によれば、以上のようなことが行われれば、チリの生乳生産量は現在の3倍以上の65億リットルとなる可能性があるとのことである。
また、チリの乳製品輸出は現在、主要輸出相手国であるメキシコとベネズエラの需要動向に大きく影響を受けている。しかし、FTAなどを通じて、今後より多くの市場を獲得できる可能性がある。
6.終わりに
以上、チリの酪農・乳業を見てきたが、前述の条件を克服することで、中・長期的にはさらなる成長が見込まれている。特に、放牧主体の酪農で生じる端境期での生乳生産の不足を克服し、生乳の安定供給を確保することが一層重要となると思われる。品質については、高品質の生乳を生産する酪農家に対し、よりインセンティブを与えるシステムを導入し、輸入国の信頼を一層得ることが必要である。南米で今後成長が期待されるブラジルやアルゼンチンと比べて、国土の広さなどから生乳生産の増加には限界があるため、チリにとっては品質の向上がより求められることになろう。
その一方で、チリ政府が進めるFTAの推進などの通商政策と輸出に係る衛生管理システムの強化は、乳製品輸出の拡大にとって非常に有効な手段となるであろう。特に、衛生管理システムの強化については、チリ政府担当者が改めて力を入れていくとしており、また、業界関係者もチリ政府のこれまでの対応と今後の姿勢を強く支持していくと述べていたことなどから、今後の輸出の取り組みに対する官民双方の力強い姿勢が感じられた。 乳製品の国際需給は、中・長期的にみると中国、ロシア、産油国など国民所得水準が向上した諸国の需要が増加するとみられる。
現在、乳製品の国際市場は、NZ、EU、米国、豪州などの「継続的で安定した」サプライヤーに依存せざるを得ない状況にある。こうした状況下で、今後「食品輸出大国」を目指し、豚肉やワインなどで着実に実績を作り上げてきたチリには、上記の国、地域のような生産能力を持つサプライヤーとはいかないまでも、「継続的で安定した」サプライヤーになることが期待される。今後とも同国の酪農・乳業の動向を注視していきたい。
|