ブエノスアイレス駐在員事務所 星野 和久、石井 清栄
1.はじめに2009年のFAO統計によれば、ブラジルは赤道から南回帰線に至る国土を有し、その面積は約855万平方キロメートル(日本の約23倍)と世界第5位、国土の93%は熱帯地域である。この広大な土地や豊富な太陽と水を背景に、サトウキビ関連産物(粗糖、エタノール)、オレンジジュース、大豆関連産物(大豆粒、大豆かすなど)、トウモロコシなど主要農産物の生産量および輸出量はいずれも世界第3位以内に位置しており、特にサトウキビ関連産物、オレンジジュースなどの国際市場における占有率は60%を超えるなど世界の農産物需給に多大な影響を与える大農業国である。 また、米国農務省(USDA)によれば、2009年におけるブラジルの牛の飼養頭数は1億7980万頭と世界第2位(全世界の牛飼養頭数の約18.4%)であり、首位のインドが牛を必ずしも食用としていないことを考慮すると、商業ベースでは実質世界第1位とみることができる。また、牛は一般的に広大な土地と豊かな牧草を利用した粗放的放牧により飼養されているにもかかわらず、牛肉生産量893万5千トンは世界第2位(シェア約15.7%)、牛肉輸出量155万5千トンは世界第1位(シェア約21.9%)となり、鶏肉、豚肉とともに世界の食肉供給国をリードしている。 このような中、ブラジル産牛肉による国際市場のさらなる占有を見据え、近年では効率性を追求した牛肉生産を進める生産者が徐々に増えつつある。このため、今回はブラジルにおける牛肉生産の現状を確認しつつ、現在取り組まれている肉牛の集約的管理飼育方式を紹介し、今後の牛肉生産の成長の可能性について探る。
2.牛肉生産をめぐる状況(1)牛飼養動向ブラジル農務省(MAPA)などによると、2009年のブラジルにおける牛の飼養頭数は約1億7319万頭であり、最近9年間で6.5%増とわずかに増加するが、近年、安定的に推移している。また、地域別では、南東部19.5%、中西部29.7%となり、この2大地域で約半数の牛が飼養され、特に肉牛と畜頭数の割合では南東部26%、中西部28%と、両地域で過半数を超えていることが分かる。
しかしながら、最近9年間の州別の飼養頭数の変化をみると、北部53.3%増、北東部18.0%増、南東部5.4%減、南部4.7%減、中西部5.4%減と北増南減の傾向となっている。これは、近年の農産物の国際的な需要増から土地価格の高騰が続いており、地域によっては、広大な土地を利用した放牧飼育がコスト面で収益に大きく影響を与えているためと考えられる。地域ごとの牧草地価格をみると、大規模市場や輸出港へのアクセスがよい南東部や土地を農畜産業用に改良した中西部においては、ヘクタール当たりで、サンパウロ州10,000〜14,500レアル(約49〜71万円;1レアル≒49円)、ゴイヤス州6,000〜6,500レアル(約29〜31万円)、マットグロッソ・ド・スル州5,500〜6,500レアル(約26〜31万円)であるのに対し、未開発な地域の多い北部や北東部の各州では800〜1,000レアル(約4〜5万円)となっており、これら両地域の価格差は約6〜18倍であることが分かる。よって、最近の飼養管理技術の向上や肉牛の育種改良により、北部や北東部でも粗放的な放牧飼育方式による肥育が可能となっているため、牛の飼養も牧草地価格の安い土地に移動していると言える。
(2)牛肉生産流通動向前述のとおり、ブラジルの牛肉産業は世界をリードしているが、牛肉消費については内需型となっている。MAPAなどによると、2008年の牛肉生産量は約7431千トン(枝肉換算重量)で、輸出向けは約24.6%、残りの約75.4%は国内消費者(約1億9千万人)向けとなっている。また、一人当たりの年間牛肉消費量は輸入牛肉と併せて36.8キログラムとなっており、世界でも有数の牛肉消費国であることから、ブラジル国内における牛肉の生産と消費の行方は世界の需給に影響を及ぼすと言えよう。
このため、その影響力を考慮すれば、計画的な牛肉生産が求められるところであるが、ブラジルの一般的な牛の飼育方法は、粗放的な放牧飼育で、自然交配を主とした繁殖生産や自然環境を利用した肥育が行われている。よって、市場価格や需要にきめ細かく対応した出荷は難しい。一般的に、生産者は牛肉価格が上昇している時は雌牛を保留し、繁殖させた子牛を肥育・出荷することで収益を確保するが、この期間が続くと今度は出荷牛の供給過多となり、牛肉の価格が下降し始める。そして、今度は運転資金の不足から子牛だけでなく繁殖牛も出荷してしまうことから子牛の生産が行えず、出荷牛の供給不足となり、牛肉の価格が上昇するというサイクルを繰り返す。同サイクルはおおむね6〜8年周期(3〜4年ごとに価格の良い時と悪い時が交互に現れる)と言われてきた。実際、1980年の国内肥育牛価格を100とし、以後、各年の価格を物価上昇率で補正した変化を見てみると、緩やかなカーブを上下に描いており、一定の周期で価格が変化していることが分かる。
(3)輸出動向ブラジルでは2005年10月にマットグロッソ・ド・スル州およびパラナ州で発生した後は口蹄疫の発生が確認されていない。しかし、2007年5月に国際獣疫事務局(OIE)によりサンタ・カタリーナ州のみがワクチン非接種清浄地域として認定されたが、そのほか地域では依然としてワクチン接種清浄地域あるいはリスクのある地域とされている。従って、輸入国側がブラジル産牛肉の輸入による口蹄疫ウイルスの侵入リスクを考慮しており、ブラジル産輸出用牛肉のほとんどはリスクが一定以上低いと解される「骨なし」牛肉となっている。 ブラジル産牛肉の輸出量の約70%以上を占める骨なし生鮮牛肉は、2009年では輸出量約849千トン、輸出額約26億4900万ドル(約2437億円;1ドル≒92円)、輸出先はロシア向けが主となっている。一方、牛肉加工品は2009年では輸出量約163千トン、輸出額約6億4900万ドル(約597億円)となり、欧米の先進国が上位を占め、日本も第6位に位置している。
ブラジルにおける牛の個体識別制度(SISBOV) 1990年代から問題となったBSEと口蹄疫に関し、人への危害と疾病の侵入リスクを未然に防ぐための一つの手段として世界的に牛の個体識別制度が検討・導入され、ブラジルでも2002年1月からSISBOVの取り組みが始まった。MAPAの当初の計画では、2007年までに国内すべての牛に個体識別番号を装着させる予定であった。しかしながら、2006年7月には輸出向け牛以外は任意参加となり、輸出向け牛についても2007年11月にEUから不適切な制度管理の運用を指摘された。この結果、EU向けの生鮮牛肉輸出は2008年1月に一部停止され、現在に至るまでこの制度の定着は進んでいない。ブラジルにおけるSISBOV導入の失敗は、2億頭近くの放牧牛を管理する生産者の理解と参加なしに規制の義務化を進めてきたことが大きな原因と言えるであろう。生産された牛の主要仕向け先となる国内消費者からは、SISBOVの本格導入に向けた強い要望はほとんど聞かれない。このため、輸出向け食肉パッカー関係者などを除く多くの生産者は、コスト増加と飼養規模の公開(生産者は収益の公開ととらえている)にほかならないと感じる傾向にある。輸出向け食肉パッカーは、契約生産農場に対しSISBOVの運用を依頼し、輸出可能な牛を生産した場合には、1頭当たり200〜400レアル(約9,800〜19,600円)のプレミアをつけるなどして牛を確保している状況だ。しかしながら、MAPAは本制度の運用に機動性を持たせるため、2009年10月からは州政府に代わり生産者団体であるブラジル農業連合(CNA)と連携して現場のニーズに即した対応を行うこととした。具体的には、行政(すなわちMAPA)は仕組み作りに専念し、データ管理は生産者(すなわちCNA)自らが行うことで、今後の円滑な推進が図られている。
【ブラジルのSISBOV導入の経緯】 2002年1月 牛および水牛の個体識別制度(SISBOV)の導入計画を公表 2005年10月 最後の口蹄疫発生(マットグロッソ・ド・スル州、パラナ州) 2006年7月 当初のSISBOV計画が機能しなかったため、輸出向け以外は任意参加に変更 2007年11月 EUが不適切な制度管理の運用を指摘 2008年1月 EU向けの生鮮牛肉輸出を一部停止 2009年10月 ブラジル農業連合(CNA)と連携した運用を開始 3.集約的な肉牛飼育の取り組みブラジルの粗放的で自然環境に依存する肉牛の飼養管理は、低コストであるものの、肉牛出荷の季節変動が大きく、この結果、シーズンオフとなる冬季(5〜11月)には牛肉価格が高騰するなど国内市場の安定化が課題となっていた。このようなことから、1980年代初めよりサンパウロ州などではサトウキビの搾りかすなど農産物生産工程で生じる副産物を飼料に利用して肥育を効率的に行う集約的な管理飼育の方法が研究されてきた。これにより、1990年代には、肥育期間が170日だったものが80日にまで短縮され、シーズンオフに2回出荷できることとなった。それ以後もさらに集約的管理飼育方式の研究や工夫が重ねられ、現在では大手パッカーや一部の機関投資家などは数カ月先の牛肉需給を想定しながら、ブラジルの肉牛生産部門に参入するまでとなった。 (1)特徴的な飼育スタイル集約的管理飼育方式による肉用牛肥育の飼養頭数をみると、2002年の516万8千頭から2010年(推定)は613万7千頭となり、この8年で約18.8%増加した。特に、フィードロット肥育では2002年の190万6千頭から2010年(推定)は43.3%増の273万1千頭と大きく増加する。また、ブラジル農業連合(CNA)によれば、と畜頭数のうち約15%がフィードロット由来の肉用牛とされている。
ブラジルの集約的管理飼育方式は主に3つに分類される。 ① フィードロット フェンスや木柵などで囲まれた飼育地(ペン)において、人間の管理のもと飼料槽から高タンパク・高カロリーの飼料を主体として給与する飼育方法のことである。北米、オセアニア、欧州でも一般的に行われているが、ブラジルでは特に冬季(5〜11月)のと畜前に90〜120日ほど飼育するのが一般的である。肥育期間中の一日当たりの増体重は1.2〜1.8キログラムである。ブラジル・フィードロット協会(ASSOCON)の調べ(2008年)では、サンパウロ州70万5千頭、ゴイヤス州45万6千頭、マット・グロッソ州36万7千頭がフィードロットで飼育されており、中部3州で全国の過半を占める。前述のとおり、これら3州はいずれも飼養頭数増加率が低いが、牧草地価格が高い地域ほど、面積当たりの収容効率が良いフィードロット肥育が進む傾向にあると言えるであろう。
② セミ・フィードロット 放牧地で飼育されるが、併せて飼料槽から高タンパク・高カロリーの飼料が給与される飼育方式のことである。フィードロット方式に比べてコストと飼育管理の手間は少ない。しかしながら、肥育期間中の一日当たりの増体重は約0.6〜0.8キログラムであるためフィードロットよりは肥育期間は長くなる。 ③ 冬季飼料肥育 南部(パラナ州、サンタ・カタリーナ州、リオ・グランデ・ド・スル州)では冬季の平均気温は16℃であるが、南から寒気が流れ込むと霜が降ることもあり、通常の牧草の生育は期待できない。このため、これらの地域では寒冷抵抗性の牧草(オート麦、マメ科植物(ハウチワマメなど))を放牧地には種し、冬季の肥育牛の高タンパク源とする。この飼育方法は南部ではフィードロットが導入されるかなり前から実践されてきた。肥育期間中の一日当たりの体重増加は約0.6〜0.8キログラムであり、セミ・フィードロットと同程度である。 (2)生産コストと収益─フィードロットの場合─集約的管理飼育方式の代表であるフィードロット肥育の場合、生産者の収益は、①素牛価格、②肥育コスト、③肥育牛の販売価格、の3点が大きく影響している。また、ブラジルは土地が広大であるがために、牛や飼料の輸送コストを左右する交通インフラの整備も重要な要素となる。 ① 肥育牛の価格 最近の推移を見ると、まずキログラム当たりの素牛価格は2006年の1.7レアル(約83円)を底に2008年7月まで上昇を続け、その後横ばいで推移したものの、2009年10月には3.7レアル(約181円)、2010年4月は3.9レアル(約191円)と上昇基調となり、この4年ほどで2.3倍となった。一方、肥育牛価格は2006年の3.5レアル(約172円)から2008年7月には6.3レアル(約309円)となったが、その後は下降基調となり、2010年4月は5.3レアル(約260円)と上昇に転じた。これは、素牛価格の上昇に連動したものと考えられる。
② 生産コスト 生産コストは飼養管理技術、飼養規模、所在地域などにより異なる。ASSOCONの調べでは、2009年のフィードロット肥育牛の生産コストは増体1キログラム当たり5.0レアル(約245円)である。このうち80%以上は飼料費であることから、飼料原料価格が農場の収益に与える影響は大きい。なお、ブラジルの一般的な牧草肥育の場合、2009年の生産コストは同2.6レアル(約127円)であるが、そのほとんどは牧場の運営管理費および土地に課される税金などとなっており、牧草地の維持管理や牧草地価格が農場の収益に大きく影響している。
③ フィードロット農場の収益 これらを参考に2010年第1四半期におけるブラジルの平均的なフィードロット農場の収益を試算すると、2010年1月に1,120レアル(約54,880円)で購入した320キログラムの素牛(21カ月齢)を、4月までの100日間に肥育コスト900レアル(約44,100円)を投入して500キログラムまで肥育した後、2,650レアル(約129,850円)で出荷した場合の1頭当たり収益は630レアル(約30,870円)となる。
(3)フィードロットのメリット・デメリットこれらのように、集約的な管理飼育方式にもブラジルではさまざまな形態があり、一概に最良の方式を選択することは困難であるが、最も一般的なフィードロット肥育について牧草肥育と比較すると図12のように整理される。どのような生産形態を導入するかは、牛や土地の価格、食肉市場や飼料原料生産地からの距離などを考慮して生産者が選択することになる。 (4)フィードロットの取り組み事例フィードロットによる集約的な管理飼育方式は定着しつつあるが、取り組み事例として、国内有数の食肉パッカーのミネルバ社と専属契約しているフィードロットを紹介する。 ミネルバ社は、1957年にビレラ一族が牧畜業と輸送業を開始したことに始まるブラジル資本企業の一つで、1992年に食肉処理場を所有し現在の社名となった。現在、業界第3位に位置し、国内8、パラグアイ1の計9の食肉処理施設を所有し、1日当たりのと畜能力は8,240頭である。生産された牛肉の70%は輸出向けであることから、輸出志向の強い企業と言える。アマゾン地域の生態系を破壊しないような牛の飼育・生産に取り組むほか、牛の個体管理を積極的に行うなど、組織を上げて環境や人の健康に配慮した生産を推進している。
今回訪問したフィードロット農場「A」は、サンパウロ市から北西約420キロメートルのサンパウロ州バレトス市に位置する。周辺にはサトウキビ畑が一面に広がり、40ヘクタールの敷地は61のペンに分割され、17〜22平方メートルにつき1頭の割合で牛を肥育するなど動物福祉にも配慮した形態をとっている。農場開設は2008年6月と新しく、当初から農場の土地と施設の利用および牛の集約的管理飼育についてミネルバ社と委託契約を結ぶ同社の専属農場である。収容能力は1万頭で5月〜10月は収容率100%となるが、1、2月の盛夏時には50%程度となる。作業管理者は14名で飼料給与、保守管理などに従事し、1年を通して休みなく飼育管理を行う。素牛はゴイヤス州、マット・グロッソ州、マット・グロッソ・ド・スル州、サンパウロ州、ミナスジェライス州から現物取引により購入し、そのほとんどはブラジルで最も多いゼブ種である。なお、ブラジルでは、暑さと寄生虫に強いゼブ種を一般的に飼養してきたが、最近では肉質と増体率の向上からヨーロッパ種とのF1(交雑種)も多く普及している。 飼料原料はすべて植物系農産物に由来となっており、サンパウロ州は世界でも有数の農業地帯であることから農産物生産工程で生じる副産物を利用したコスト削減に努めている。配合割合や原料の種類は、季節や相場によって異なるが、柑橘果実搾りかす、トウモロコシ、サトウキビ搾りかすを中心に自家配合を行い、1日4回にわけて給与する。生産コストの85%は飼料費、14%は土地代、労働費、管理費、1%が衛生費となっており、やはり飼料原料の購入や配合割合には多くの注意を払うようである。
今回訪問したサンパウロ州バレトス市はロデオで有名な人口20万人程度の地方都市である。主要な産業と言えばミネルバ社の食肉施設がある程度で、中心部には同社のアンテナショップもあり、そこではブラジルバーベキュー(シュハスコ)用の部分肉が非常に安価で販売されるなど、まさに牛肉の町と言った感じである。
アルゼンチンのホテル式フィードロット農場 ブラジルの隣国アルゼンチンでも、近年、フィードロットによる生産が増加しつつある。これは、一人当たりの牛肉消費量が世界一のアルゼンチンにおいて、アルゼンチン農牧漁業省(MAGyP)が本年4月まで、近年の干ばつなどの影響による供給不足を防ぐ目的で国内消費用のフィードロット農場を対象に生産コストと販売価格との差額に対して補てんを行ったことが大きいと考えられる。この点がブラジルと大きく異なり、アルゼンチンのフィードロット経営では販売価格が生産コストを下回っても、大きな影響を受けない仕組みであった。よって、アルゼンチンのフィードロット農場の70%弱は飼養頭数500頭未満の小規模経営となっている。 一方、フィードロット肥育が最も盛んなブエノスアイレス州では、牛肉の消費地、輸出港、そして飼料穀物生産地が集積しているため肥育効率を上げることが可能である。このため、輸出向けの牛肉生産として、預託牛の肥育に特化した「ホテル式」のフィードロットが展開されている。この場合、フィードロット農場は牛の預託管理請負会社として、食肉企業や民間投資家が購入した素牛を預かり、契約日までに目標体重に仕上げる。フィードロット農場は肥育のエキスパート集団として、オーダーメイドの飼料配合割合調整および管理飼育を行い、その対価として預託料を2週間おきに徴収する。牛は「寝泊まり」している間に肥育され出荷に向けて仕上がっていくことから「ホテル式」と称されている。現場の様子がブラジルと異なる点は牛と飼料の種類だ。アルゼンチンのパンパ地域は温暖な気候からヨーロッパ原産の肉専用種であるアンガス種とヘレフォード種を中心に飼養されている。また、飼料はトウモロコシとその関連産品が主体となっており、トウモロコシの大生産国であるがゆえ、最も効果的な高タンパク質原料が容易に入手できるという利点は大きい。米国農務省(USDA)の2009年の統計によれば、アルゼンチンは牛肉の生産量、輸出量ともに世界第5位である。政治や経済などの不安材料はあるが、ブラジルと並んで今後世界の牛肉需給に与える影響は少なくないであろう。
4.牛肉生産の成長の可能性2009年末にブラジル農務省戦略管理室(AGE/MAPA)が発表した主要農産物の生産予測では、牛肉は2018/2019年度までの10年間で49.4%増加するとしている。これは年平均約4%の増加を意味し、2009年のと畜頭数(3998万頭)からすると、毎年160〜200万頭の牛を前年よりも多くと畜していかなければならないことになる。 別の考え方として、牛のと畜頭数が変動しないとした場合、この生産予測を充足するには牛1頭から生産される牛肉の量を約1.5倍とする必要がある。ここで世界の牛肉生産量の上位国における牛1頭当たりの平均牛肉生産量(キログラム)を見ると、ブラジルは49.7キログラムであるのに対し、米国125.0、アルゼンチン59.0と、それぞれブラジルよりも2.5倍、1.2倍の効率的な牛肉生産を行っている。つまり、ブラジルはこれまで、恵まれた自然条件に支えられ、効率性を求める必要もないまま、粗放的な生産スタイルによって世界をリードするほどの牛肉供給国になったということだ。同時に、ブラジルの牛肉生産は伸展していく余力を十分に秘めていると言える。ブラジルが世界の主要牛肉生産国並みの効率性を達成すれば、AGE/MAPAの予測を上回る成長も視野に入ってくるであろう。
5.おわりにブラジルは、広大な土地や豊かな水と太陽の恩恵を受け、多くの農産物生産が可能である。また、牛の飼料となる牧草も年間を通じて生育するため、粗放的な放牧飼育により自国消費のみならず海外からのニーズをも満たすに十分な牛肉を供給できる状況にある。 牛肉生産に対する政府の関与は、保護主義的な政策誘導や財政支援を全面に推し進める主要生産国と異なり、自由な経済活動の一環として農畜産業の制度面をサポートするにとどまっている。近年、ブラジルでは人口約1億9千万人、牛飼養頭数約1億8千万頭、牛肉生産の国内消費割合は約75%と、いずれもほぼ一定で推移している。このような中、2009年末に公表したMAPAの牛肉生産予測では約1.5倍の成長が示されており、これは、国際需要の拡大に後押しされて、牛1頭当たりの生産効率が今後大きく伸展すると想定しているからであろう。そのためには、これまでの伝統的な牛肉生産から脱却し、フィードロット肥育などの集約的な肉牛生産の推進が必要である。 ブラジルは、牛の個体識別制度の導入の経験から、施策や制度は生産者自らが必要と感じない限り定着させることは非常に困難であることを学んだ。このため、牛肉生産拡大に向けて何が必要なのか、まず生産者自らが認識することが重要となる。その時こそフィードロットによる肥育が普及し、より一層世界の牛肉需給をリードする国になるであろう。 今後のブラジルの牛肉生産拡大のカギは生産者の意識改革とフィードロットの普及にあると言えそうだ。既に輸出向けの牛肉を生産する農家の一部においては、一定の期間で一定の増体が見込めるフィードロット肥育は不可欠となっている。引き続き、ブラジルがどのように集約的な牛肉生産を進めていくのか注目したい。 |
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