ブリュッセル駐在員事務所 小林奈穂美、前間 聡
はじめにEUでは、製品を購入する際の基準として、原産地や製造方法および品質を重視する傾向が強い。このため、これらの証明や保証が求められるようになったが、市場に出回る農産物や食品の数は多く、また、その情報も多量で消費者が最善の選択をすることは難しいことから原産地や製造方法などその製品の特徴に関する情報を明確かつ簡潔に提供することが必要とされた。こうした中、特定の地域における明確な特徴を持つ高品質の農産物について、その価値が一層高まるようその名称を保護し、農業生産の多様性を維持・確保する制度を設け、消費者の信頼性の向上を図るため、原産地呼称保護制度などがある。また、EUにおいては、このような制度を有効に活用し、長引く景気低迷の経済情勢下にあっても高付加価値商品として確固たる地位を守り続けている畜産物の事例が多く見られる。今回の報告では、この原産地呼称保護制度および代表的なPDO(原産地呼称保護)製品の一つであるフランスのAOC(原産地呼称統制制度)チーズ、ノルマンディー・カマンベールについて紹介する。 EUの農産物などの品質制度欧州委員会は1992年7月、消費者のニーズを背景に、地理的に区別された地域における明確な特徴を持つ高品質な農産物の価値を高め、また、農村地域での農業生産の多様性を促進するための規則として、「農産物および食品のための原産地呼称および地理的表示の保護に関する理事会規則(EEC/2081/92)」を規定した。この規則では、製品が持つ名称と特定の地理的地域との関連性に応じて、原産地呼称保護(Protected Designation of Origin:PDO)、地理的保護表示(Protected Geographical Indication:PGI)を規定している。また、伝統的な製品の製造方法を保護するための「農産物および食品のための特性の証明に関する理事会規則(EEC/2082/92)」により、伝統的特産品保護(Traditional Specialty Guaranteed:TSG)を規定した。 これらの規則は、製品の品質を産地との関連性、または、製品の伝統的な製造方法を強調するだけでなく、食品全体の品質向上にも貢献するものである。また、ほかの製品と区別することによる持続的生産や名称の誤用からの消費者の保護、農産物の多様化の推進、農村地域の発展など生産者や消費者にとっての利益の提供を目的としている。 なお、米国や豪州は2003年8月、これらの規則がEU域内の製品のみを対象とし、域外の世界貿易機関(WTO)加盟国からの申請を規定してない(内国民待遇違反)などとして、WTOの紛争処理機関(DSB)のパネル(紛争処理委員会)の設置を要請した。パネルはこれに対し、提訴内容の一部を認める報告書を提出した。この報告書における勧告を受けた欧州委員会は2006年3月、これまでの規則を廃止し、第三国の製品を管理する者が直接、欧州委員会を通じてPDOなどの登録の申請ができることなどの変更点を盛り込んだ新たな規則を制定し、現在は、(EC)No 510/2006および(EC)No 509/2006により規定されている。 原産地呼称保護制度(PDO)PDOは、製品の名称が特定の国または地域に密接に関係したものであり、以下の条件を満たすことが必要である。
畜産物では、日本でも知名度の高いパルマハム(Prosciutto di Parma、イタリア)やノルマンディー・カマンベール(Le Camenbert de Normandie、フランス)などがある。 地理的保護表示(PGI)PGIは、製品の名称が、特定の国または地域に関係したものであり、以下の条件を満たすことが必要である。
この製品には、アルデンヌハム(Jambon d’Ardennes、ベルギー)やバイヨンヌハム(Jambon de Bayonne、フランス)などがある。 伝統的特産品保護(TSG)TSGは、PDOやPGIとは異なり原産地には起因していないが、ほかの製品とは区別できる特徴を有していなければならない。これは、同品目のほかの類似した農産物や食品とは明白に区別できる特徴と定義されている。また、規則では、次のとおり伝統的な製法などにより固有の性質を証明することが不可欠であるとしている。
なお、表1にあるロゴの表示は、2009年4月1日より義務化されており、ロゴの表示や当該製品の監視は、各加盟国の指名された特定の機関が行い、これらの機関が、調査や違反時の指導を行っている。
フランスの原産地呼称統制制度(AOC)フランスでは古くからチーズ、バター、鶏肉などさまざまな農産物(ワインを含む)の原産地を保護しており、現在は「原産地呼称統制制度(Appellation d’Origine Contr冤仔:AOC)」として広く知られおり、先に紹介したPDOよりも歴史のある制度となっている。 AOCは、農産物や加工食品の原産地や、伝統的な食文化、その土地で古くから伝わる製法で製造されるなどの特徴を保証するもので、AOC製品は、その製品と「Terroi=local」(地域の風土、土壌、気候、歴史およびこれらの条件に適合するための人々が築き上げた規律などの特徴を持つ地理的地域)が密接に関連し、その地域以外では作ることができない製品を意味する。 AOCの承認や監視は、政府の機関であるINAO(Institut National des Appellation d’Origine)が行っている。INAOは、パリに本部を構え、地方に26の事務所を持つ。 INAOは、AOC承認申請があった場合、まずは地方事務所が審査し、その後、当該製品の原産地以外から選出された専門家による現地調査を経て承認される。そして、最も重要とされている原産地の定義となる境界線の設定を行う。
乳製品では、1925年に最初にAOCを取得したロックフォール(Roquefort)チーズをはじめとして、現在は、チーズ46製品、バター2製品、クリーム1製品(2010年3月現在)がAOCを取得している。AOCチーズ46製品のうち、42製品がPDOを取得している。
2008年の生産量を見ると、AOCチーズ(45製品)が約19万3千トン、AOCバターが約2万8千トン、AOCクリームが約4万1千トンとなっており、それぞれ10年間で大きな伸びを見せている。また、チーズの販売価格を見ると、一般的なチーズの平均小売価格が1キログラム当たり8.51ユーロ(1,072円:1ユーロ=126円)に対し、AOCチーズは同12.43ユーロ(1,566円)と約1.5倍の価格となっているが、チーズ全体の購入量に占めるAOCチーズの割合は16.3%とかなり高い。 ノルマンディー・カマンベールチーズ
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表3 ノルマンディー地方のAOCチーズ
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ノルマンディー地方のAOCチーズの年間生産量は、約1万2千トンで、これはノルマンディー地方のチーズ生産量の約1割を占める。
その中の一つ、Le Camenbert de Normandie(ノルマンディー・カマンベール)は、フランスのチーズの中で最も有名なチーズである。これは、フランス革命の頃(1790年代)、当時のカマンベール村に住むMarie Harelという女性が考案し、作られたのが最初と言われ、とても歴史のあるチーズである。
余談であるが、日本でも「カマンベール」は馴染みのあるチーズとなっているが、これは、「ノルマンディー・カマンベール」のAOCの登録がほかのAOCチーズと比べて遅かったため(1983年)、「カマンベール」という名称が各国で一般的に使用されてしまった。
ノルマンディー地方のAOCチーズを紹介
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ノルマンディー・カマンベールの生産量は年間6,400トンとほかの3製品よりも多い。現在、生乳供給農家は560戸であるが、消費量の増加に伴い生産量を増加するため、生乳出荷農家は50戸追加される予定である。
ノルマンディー・カマンベール組合の、MERCIER組合長とDORIANさんに話をうかがったところ、現在、特徴の一つである無殺菌乳の使用の義務が議論となっているという。大手乳業メーカーは、衛生上の観点から殺菌乳の使用を求めている。しかし、組合員の大半がこのチーズの味は、牧草および菌に影響されるとして、今までどおり無殺菌乳の使用の義務については賛成しており、組合としてもこれに賛同しているとのことである。
また、現在、ノルマンディー・カマンベール用生乳出荷農家が飼養している牛の中にノルマンディー種が含まれていれば良いこととなっているが、これを2020年1月から飼養頭数の50%をノルマンディー種とする規定に改正し、移行措置として、2015年までに25%にすることとしている。ノルマンディー種は、ノルマンディーの土地の特性を活かした飼養ができ、かつ乳肉兼用であるため、昔は飼養頭数が多かったが、最近は、ホルスタイン種の飼養の増加傾向が強まり、ノルマンディー種の飼養頭数が減少している。この改正は、ノルマンディー種の減少傾向に歯止めをかけ、今後増頭を図ることによって、伝統的な生産方法を守るとともにノルマンディー・カマンベールの生産を増加させることがノルマンディー地方の経済の発展につながるとして、決められたとのことである。
ノルマンディー・カマンベール用生乳の乳価は、現在、通常の生乳の10%増しとなっているが、組合では、さらに10%アップを要求している。これは昨今の経済危機の影響もあるが、ノルマンディー地方が一致団結してノルマンディー・カマンベール生産のビジネスモデルを確立することを含めた要求であるとしている。
ノルマンディー地方のAOCチーズ
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さまざまなパッケージのAOCチーズ、PDOの
マークも見られる。 |
MERCIER組合長は、無殺菌乳へのこだわりや規格の厳格化は、決して現代の経営にあっていると言えないが、このことにより、伝統が守られ、かつ製品の独自性が強くなることから、よりノルマンディー・カマンベールの価値が高まると期待している。また、例え大手メーカーからの賛同は得られなくても、この体制でやっていくことにより、ノルマンディー地方の経済発展につながると信じていると強く語っていた。
ノルマンディー・カマンベール用
生乳出荷農家の放牧風景 |
EUでは、消費者の目が農作物や食品の品質に向けられ、その意識の変化がPDOなどの制度の必要性へとつながった。この制度は、EU域内外のさまざまな製品の入手が可能な中で、消費者がその品質を信頼して製品を購入することを可能とし、生産者には、伝統を守るだけではなく、品質向上やその地域の経済発展に貢献するものとなっている。
フランスのAOCのように世界的に信頼された制度となり、EU域外にも出回っている製品も数多くあるが、ノルマンディー・カマンベールのように、大量生産せず、その地域にとって貴重な財産である製法などを守り続ける姿勢は非常に興味深いものであった。
わが国においても、長野県で、平成14年にAOCを参考にした農産物原産地呼称管理制度(Nagano Appellation Control :
NAC)が導入され、日本酒やワインなどが認定を得ている。NACは、消費者の信頼を得て、かつ、生産者の生産意欲を醸成し、地域振興を目指している。このように、各県や地域のような小規模な認定制度であっても、AOCと同じ効果が得られるのではないかと考えられる。これが、農家チーズなどの乳製品にも活用できれば、付加価値製品の確立にもつながり、生産量は少量ではあるが、乳製品の消費拡大の一助になるのではないか。
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