話題

飼料用米が畜産を変える

東京農業大学農学部畜産マネジメント研究室 准教授 信岡誠治

はじめに

 今年は飼料用米の生産が一挙に拡大する。政府が新たに打ち出した水田利活用自給力向上事業の10a当たり8万円の交付金が起爆剤となり、全国各地で飼料用米の生産拡大の機運が盛り上がっているためだ。2009年産の飼料用米の生産は面積で4,129ha、生産量で約2万3,000tであったが 、関係筋によると今年は前年産の10倍以上、30〜40万tに達することが見込まれている。今年の出来秋以降は、飼料用米の供給が本格化することから、飼料用米を給与した畜産物の生産が急拡大し、店頭に並ぶようになる。

飼料用米は新たな国産飼料穀物

 飼料用米の供給が本格化すれば、当然わが国の畜産に大きなインパクトを与える。これまでわが国の畜産は海外に依存した飼料構造で、特に配合飼料は輸入トウモロコシを主原料とした飼料で国産飼料穀物の給与は皆無に等しかった。今後は国産の飼料用米を給与した新たな国産畜産物が登場するわけである。畜産農家はこの辺の頭の切り換えが必要となる。

 他方で、飼料用米の生産農家も食用米生産と違った新たな飼料用の穀物を栽培するという頭の切り替えが求められる。ポイントは「できるだけ①手を抜き、②まずい米(高タンパク米)を、③たくさん取る」ことである。そのためには地域に合った多収品種を導入し、堆肥等の水田への多投入による多肥栽培が基本となる。

 当研究室では過去3年間にわたって「モミロマン」という多収品種を用いて発酵鶏糞堆肥の多投入による生産力検定試験を実施している。2009年産の試験結果は表のとおりで、「堆肥投入量3.6t+尿素8kg区」の試験区が最も収量が高く、粗もみ米重で1,055kg/10aである。2008年産は1,073kg/10a、2007年産は1,050kg/10aと、堆肥の多投入による栽培が多収のポイントであることを明らかにしている。

 本栽培法のもう一つの特徴は、家畜の飼料穀物利用には残留農薬フリーが要件であることから、種子消毒剤、除草剤、殺菌剤、殺虫剤を使用せずに栽培していることである。

 栽培自体は移植栽培であるが、一箱当たり播種量を200gの厚蒔きとし、田植えは3.3㎡当たり70株の密植で太植えとしている。なお、育苗段階で種子消毒をしない場合、立ち枯れ病や馬鹿苗病が5%以下の割合で発生するが、病気の発生した苗は廃棄処分とするため、10a当たりで1〜2箱予備の苗を用意している。

表 化学肥料とたい肥の投入量による「モミロマン」収量調査結果(2009年産)
低コスト・省力化を図るコツは堆肥多投入と深水管理

 飼料用米はできるだけ手間をかけないで低コストで生産することが重要である。そのため堆肥の多投入とともに、水管理は水深15cmの深水湛水管理を基本としている。苗が活着するまでは水深4〜5cmの浅水管理であるが、活着後は水深15cmの深水管理で9月上旬に用水が停止するまでそのままで、中干しはしない。その結果、日常の水管理は「なし」である。

 深水管理の目的は水管理の省力化と同時に雑草抑制である。深水管理でも水生雑草のコナギやオモダカが発生してくる。しかし、稲の生育の方が勝っているので水生雑草の生育は抑制される。水田には多量の藻類が発生すると同時に多種類の水棲小動物が発生し、さながらビオトープのような状態となる。

 しかし、特定の害虫が大量発生して水稲の生育に大きな被害を与えることは現在までのところ観察されていない。最も水生雑草が発生してくるのは、化学肥料を施用した対象区で、動力除草機を用いて10a当たり30分程度で除草作業を行っている。しかし、堆肥を施用した試験区ではその必要がない。

 乾燥調製はコストのかかる作業であるが、立ったまま天日乾燥させ生もみの水分が15%以下に下がったら自脱型コンバインで収穫し、もみはそのまま貯蔵保管し、乾燥調製作業そのものを省略している。

 コンバイン収穫の留意点は、収量が2倍近くあるので通常の食用米と同じ速度で収穫していくと負荷がかかりすぎエンジンが停止することがある。低速運転で収穫するか、あるいは4条刈りなら半分の2条刈りとして収穫作業をしている。

 水田への堆肥多投入による土壌や水質への影響についても分析している。これまでの分析結果では、堆肥多投入は土壌中の全窒素含量および全リン含量が増加するが、土壌溶液の全窒素濃度は環境保全上、問題となるような高濃度に達することはなく、最高でも堆肥3.6tの試験区の深さ50cmのところで1.5ppmであった。田面水についても尿素を散布した直後(2ppm程度)を除けば1ppm以下で環境基準の10ppmを大きく下回る値であった。

ゼロエミッションの日本型循環畜産の確立へ向けて

 飼料用米の生産に伴って稲わらもこれまでの約2倍とれる。当大学ではこの稲わらを固体発酵法によりエタノール製造の研究開発を進めている。狙いはエタノール製造だけにあるのではなくわらエタノール残さの飼料化である。わらエタノール残さには菌体酵母が残ることからタンパク含量が高まっており新たなる飼料原料として利用できる可能性がある。これが実現できればゼロエミッションの日本型循環畜産が可能となる。

 飼料用米給与の肉、卵、牛乳の味は「すっきりとした味」に変化するなど興味深い変化が確認されている。4月7日〜9日に開催された食肉産業展の「銘柄ポーク好感度コンテスト」では、飼料用米を給与した畜産物が上位を独占し、流通関係者からも期待が高まっている。

信岡 誠治(のぶおか せいじ)

1952年生まれ。
日本獣医生命科学大学畜産学科卒業、岐阜大学大学院農学研究科修士課程修了。
全国農業会議所を経て2006年より現職。
主な研究成果:
「遊休農地の畜産的土地利用に関する研究」(岐阜大学大学院連合農学研究科 2003年)、主な著書:「資源循環型畜産の展開条件」(農林統計協会 2006年 共編著)等。


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