海外駐在員レポート  
 

タイのブロイラー産業をめぐる最近の状況について

シンガポール駐在員事務所 吉村力 佐々木勝憲


  

1.はじめに

 近年、タイは「世界の台所」を目指して、食品および農産品の輸出振興に力を注いでいる。鶏肉に関して、タイは東南アジア最大の輸出国であり、これまで輸出の大部分が日本やEUへ仕向けられ、その量は年々増加し、2003年に過去最高を記録した。しかし、2004年にタイで高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)が発生して以降、状況は一変した。日本などの主要輸入国が輸入停止措置を実施した影響で、主な輸出品が冷凍鶏肉から加熱処理された鶏肉調製品へと大きくシフトすることとなった。

 このような中、タイのブロイラー産業の中核を担うインテグレーターは、輸入国側の要望に応えるかたちで品質や安全性を確保するための対策を講じるなど、タイ産鶏肉への信頼を回復し、輸出を拡大するためのさまざまな動きをみせている。また、政府もその動きを後押しする取り組みを行うとともに、対外的には食料輸出国としての立場から、FTAなど世界的な貿易自由化の流れにも積極的に対応している。

 本稿では、2004年を境に変化した鶏肉の需給状況や、政府やインテグレーターが行う取り組み、最近の動向などを中心に紹介することにより、日本とも関係の深いタイのブロイラー産業の現状を理解し、今後の動向を見通すための一助としたい。


2.ブロイラー、鶏肉の需給動向

(1)ブロイラーの生産

 1970年代中頃から、飼料生産からブロイラー産業に参入し、種鶏場、ふ卵場、養鶏場、鶏肉加工場から輸出を含む流通、販売まで、一貫した垂直統合(インテグレーション)システムを採用するインテグレーターが、ブロイラー生産において中心的な役割を演じるようになり、タイのブロイラー生産量は伸び始めた。その後、80年代〜90年代にかけて、日本やEUなどへの鶏肉輸出の堅調な伸びとタイ国内の安定的な消費に支えられ、ブロイラー生産量は大きな伸びを示し、2003年には前年比3.7%増の10億8百万羽と過去最高を記録した。しかし、2004年にHPAIが発生し、その影響により同年のブロイラー生産量は前年比36.1%減の6億4千4百万羽にまで急激に減少した。その後、官民一体となってHPAI感染の抑止策と予防策を講じたことなどにより、翌2005年には前年比24.3%増の8億羽と大幅に増加し、2007年には8億8千1百万羽まで順調な回復をみせているが、いまだHPAI発生前のレベルにまでは戻っていない。
図1 ブロイラー生産量の推移
(2)鶏肉の消費

  タイの国民1人当たりの鶏肉消費量は、GDPの増加や、コンビニエンスストアやファストフードといった新しい消費形態の浸透・拡大などにより、1995年から2006年にかけて10.3キログラムから14.8キログラムへと44%増加している。国内の鶏肉消費が伸びているもう1つの理由として、鶏肉の国内価格が政策的に低く抑えられていることが挙げられる。過去には、鶏肉の価格が豚肉や魚を上回ることもあったが、現在では鶏肉は最も安価な動物性タンパク源となっている。鶏肉の価格は牛肉や豚肉より安価に推移していることから、鶏肉の消費は過去10年間増加傾向で推移している。
図2 タイにおける一人当たり鶏肉消費量の推移
図3 牛肉、豚肉、鶏肉の小売価格推移
(3)鶏肉の輸出

 2004年のHPAI発生前までは、鶏肉の輸出が鶏肉・鶏肉調製品輸出全体の大部分を占めており、2003年には国内生産の39%が輸出されていた。鶏肉と鶏肉調製品の合計輸出量は1994年の16万9千トンから2003年の48万6千トンへと約3倍に増加した。また、1994年には輸出全体に占める鶏肉調製品の割合は10%に満たなかったが、2003年には輸出全体の31.8%を占めるまでになった。しかし、2004年にタイでHPAIが発生したことを受けて、日本やEUなどの主要輸入国が鶏肉の輸入停止措置を実施した影響により、鶏肉から鶏肉調製品へと輸出品の品目が大きくシフトした。2004年の鶏肉の輸出量は前年比92.8%減と大幅に減少した一方、2003年から2007年にかけて鶏肉調製品の輸出量は、主要輸入国から加熱処理された鶏肉調製品の輸入再開が認められたことなどにより、80.1%増とほぼ2倍近くに増加している。その後、タイの鶏肉調製品の品質が輸入国から評価されたことや、中国の食品の安全性に問題が生じたことなども追い風となり、合計輸出量は増加傾向で推移している。米国農務省(USDA)海外農務局(FAS)が発表したレポートによると、2009年上半期の鶏肉および鶏肉調製品の合計輸出量は174,764トンと前年比2.3%減少したが、2009年下半期には持ち直し、2009年全体では前年比2%増加すると見込まれている。2010年の鶏肉調製品の輸出量は、主要な輸入国である日本やEUの経済に回復が見込まれることから、7〜8%増加すると予測されている。
図4 鶏肉及び鶏肉調製品輸出の推移

(4)日本市場における差別化戦略

 タイにとって、日本はEUとともに鶏肉調製品の輸出先として最も重要な市場であり、鶏肉調製品の輸出に占めるシェアは2008年には、日本45%、EU46%のシェアとなっている。これらの市場をめぐっては、今後も中国などと激しい競争が続くとみられている。実際に、中国やブラジルの鶏肉はタイよりも価格面で優位性があり、2009年の冷凍鶏肉輸出価格(FOB)でみると、タイはトン当たり約2,900ドル(約263,080円:1ドル=90.8円)に対し、中国は約2,600ドル(約236,080円)である。タイの価格が中国より高い要因として、バーツ高、割高な労働賃金などが挙げられる。

 タイの最大手食品メーカーであるCPフードで鶏肉加工事業を担当しているティラサック事業副部長によると、海外の市場が縮小しているため、今後はブラジルや米国などを巻き込んだ価格競争になるだろうとしている。世界的な経済不況に直面し、日本やEUなど輸入国の需要が減少したことから、輸出量や価格は落ち込んでいる。2009年1〜3月までの日本への輸出量は前年比61.2〜74.2%に減少したという。

 このような中、日本市場での価格競争を避けるため、タイのインテグレーターは、より高品質で付加価値のある商品を提供することにより、他国との差別化を図ろうとしている。例えば日本市場において、CPフードはセブンイレブンと提携して、日本の1万2千店舗以上のコンビニエンスストアで照り焼きチキンやエビチリソースなどの簡易調理食品を販売している。また、コンビニエンスストアと直接競合しない小売店での販売も模索している。

 一方、大手食品メーカーであるベタグロは、味の素、三菱商事と合弁会社を設立することによって、日本の市場で販路を広げている。また、同社は、1990年代から1つの商品に特化することなく、幅広い品揃えに努めてきたため、あらゆる需要に柔軟に対応できる強みがあるとしている。

 現在、タイのインテグレーターは、食品の安全性を確保することはもとより、顧客のさまざまな要求に応え続けていくとことが重要であり、そのためには外国企業との協力、新技術の導入、新たな投資などが必要と考えている。


3.ブロイラー産業を取り巻く国内外の状況

(1)ブロイラー産業と政府の関係

 タイ政府の中でブロイラー産業と関係する省庁および部局は、農業協同組合省畜産開発局(DLD)、商務省国内取引局、保健省食品・薬事委員会事務局である。また、貿易に関係する省庁および部局は、商務省貿易交渉局、外国貿易局、通商促進局である。

 このうち、DLDは養鶏を含む畜産行政の要の部局であり、家畜の生産、繁殖、衛生、伝染病予防、畜産物の品質や安全性の確保、飼料の品質管理など、ブロイラーの生産から鶏肉の流通の各段階に関係する法律を所管するとともに、国際的な食品安全基準等に沿った取り扱いが行われるよう監督する立場でもある。また、DLDは地方事務所を通じて、家畜の飼養管理に関する技術指導なども行っている。

 タイはケアンズグループ(輸出補助金なしの農畜産物の自由化を主張している国)に属し、積極的に貿易自由化を推し進める立場を取っているため、鶏肉製品については、基本的に輸出価格支持制度や輸出補助金を持っていない。一方、国内向けについては、鶏肉は商務省の価格変動監視品目の対象となっており、国内価格を適正に維持するための支援が行われている。

(2)主な関連団体

(1)タイブロイラー協会

 2000年に設立され、養鶏関係者を中心とする会員で構成される協会である。ブロイラー産業の発展と経営の効率化に資する情報の共有を目的としている。また、市場のモニタリングや飼養システムや飼養基準の改善を促進する活動も行っている。

(2)タイブロイラー加工輸出業者協会

 1991年に設立され、ブロイラー産業で長年にわたる経験と実績を持った主要な生産者、輸出業者を会員とする協会である。ブロイラー産業と輸出の振興を目的としている。生産や市場に関する情報を提供や、政府と協力してブロイラー産業が直面する各種課題を解決するための活動を主に行っている。CPフード、ベタグロ、GFPTなどが会員となっている。

(3)FTAの状況

(1)基本的な協定関税

 鶏肉の輸入関税率は、分割していないもの30%、分割したもの40%、鶏肉調製品は40%である。なお、鶏肉調製品の最恵国向けの輸入関税率は、2002年から30%に引き下げられている。

 一方、タイは二国(地域)間の自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)を締結しており、主なものは以下のとおりである。

(2)ASEAN自由貿易地域(AFTA)

 AFTAは、1991年7月にタイのアナン首相(当時)が提唱し、1992年1月にシンガポールで行われたアセアン首脳会議において署名された。関税率の引き下げなどの具体的内容は共通効果特恵関税(CEPT)協定の中に規定されており、1993年1月から段階的に域内の関税が引き下げられ、2010年1月にほぼ全品目の関税が撤廃されることとされた。タイの鶏肉の関税は、2003年に5%に削減され、2007年に撤廃された。鶏肉調製品は2010年に5%だった関税が撤廃された。

(3)ASEAN中国自由貿易地域(ACFTA)

 ACFTAは、2002年11月に行われた中国とASEANの首脳会議において、中国ASEAN包括的経済連携協力枠組協定が締結され、2004年11月にベトナムで行われた第10回ASEAN首脳会議において、中国ASEAN包括的経済連携協力枠組協定の物品貿易(TIG)協定が署名された。タイの鶏肉については、2002年に締結した中国ASEAN包括的経済連携協力枠組協定の中でアーリーハーベスト(早期関税引き下げ)対象品目に指定されており、2004年から関税が段階的に引き下げられ、2006年に関税が撤廃された。鶏肉調製品は、2005年から関税が段階的に引き下げられ、2010年に関税が撤廃された。

(4)日本ASEAN包括的経済協定(AJCEP)

 AJCEPは、2007年11月にシンガポールで行われた日ASEAN首脳会議において、交渉妥結の報告が行われ、2008年4月に署名が完了した。タイとは2009年6月1日に発効した。このうち鶏肉については2009年から段階的に関税を引き下げつつ、2016年に関税を撤廃し、鶏肉調製品については2009年から段階的に関税を引き下げつつ、2017年に関税を撤廃することとされている。

 一方、日本は鶏肉を関税削減および撤廃の除外品目としている。日本の鶏肉調製品は、2009年から2019年にかけて段階的に5.0%まで引き下げられることになる。

(5)日本タイ経済連携協定(JTEPA)

 JTEPAは、2004年2月から交渉が開始され、2007年4月に署名、同年11月1日に発効した。タイ側の主な関心品目であるエビ、エビ調製品などについて、日本が関税の即時撤廃を行い、同じく豚肉調製品やバナナなどについては関税割当の設定が実施されるなどの市場アクセス改善が行われた。また、鶏肉(骨なし)は5年で11.9%から8.5%に、鶏肉調製品は5年で6.0%から3.0%にそれぞれ段階的に関税が削減されることとなった。


(4) 品質および安全性を確保するための政府などの取り組み


 タイのブロイラー産業は、過去には抗菌剤、消毒剤などの多くの化学物質を使用していた。しかし、2002年3月、タイから輸入された鶏肉から、EUで使用が禁止されている抗菌剤ニトロフランが検出されたことから、EUは厳しい輸入規制や厳格な輸入検査を実施した。このため、鶏肉の輸出量が激減し、ブロイラー産業に大きな損害を与えた。また、2004年にはHPAIの発生により、さらに大きな損害を被った。これらのことを契機として、ブロイラー産業は以下に述べるバイオセキュリティ(防疫対策)を講じるようになった。

(1)コンパートメントシステム

 現在の養鶏場は、外部からの汚染防止のため、外的環境からの接触を可能な限り避け、閉鎖的なシステムで鶏を飼養している。多くのインテグレーターは閉鎖式の鶏舎を導入しているが、より安全性を確保するため、OIE(国際獣疫事務局)の基準に基づくDLDの指導に従い、コンパートメントシステムを導入している。このシステムは、特定の疾病に対する衛生状態が他と明確に区分されている1つまたは複数の施設に対し、共通のバイオセキュリティが行われるシステムである。

 2006年7月、DLDは主要なインテグレーターなど24社と、1,276の農場に92のコンパートメントシステムを導入する契約を結んだ。これらの施設を合計すると、120万6千羽飼育できる規模となる。同年末には、同システムを取り入れる農場はさらに増加し、1,877農場となった。この中にはCPやべタグロも含まれる。コンパートメント化が進められる理由として、仮にHPAIがある区画で発生したとしても、そのほかの区画の鶏は隔離されているため安全性が確保され、被害を最小限に抑えられる点が挙げられる。このシステムでは、お互いに隣接する養鶏場同士は少なくとも1キロメートル以上離れた緩衝帯を設けることが求められる。  

 このような衛生条件の厳格化は、多くの費用が掛かるため、小規模の農家や業者が鶏肉産業から撤退する結果を伴った。

(2)トレーサビリティーシステム

 食品供給への信頼を維持し、国内外の流通を確保するためにトレーサビリティーシステムが導入されている。これは、大きく分けて以下の3つの要素から成る。

ア 個体識別システム

 個体識別システムは、発病した家畜の特定に不可欠であるとともに、以下のシステムの基礎となる。このために、それぞれの家畜には固有の番号が割り振られている。家畜には番号を記録した装置が個体ごとに取り付けられる。この装置には耳標や無線チップ(RFID)などのタイプがある。

 ブロイラーの場合、牛や豚の場合と違い、耳標や無線チップなどを用いた個体識別ではなく、鶏群ごとに番号を割り振り管理する方法が取られている。

イ 位置確認システム

 個体や鶏群の位置を登録しておくことにより、病気が発生した際に生産者が影響を受ける区画や家畜を迅速に把握できる。さらに、これにより家畜衛生担当の行政官がリスクのある家畜を突き止め、被害を最小限に抑えるために正確な判断することを助け、病気の封じ込めと拡大防止のための対応がスムーズに行われる。

ウ 追跡システム

 追跡システムは、家畜の位置情報と移動の記録から構成される。このシステムは、家畜の病気が発生した事実を調べるために、家畜衛生担当の行政官に家畜の位置や移動履歴についての情報を提供することができる。

 2009年8月、DLDはトレーサビリティーシステムおよび外国の業者にタイの畜産物の安全基準を保証するためのオンラインサービスを開始した。

 このトレーサビリティーシステムは、家畜の飼養開始から、飼料、と畜、加工の一連の記録を販売者と消費者の双方がインターネット上で確認することができる。

 また、DLDは畜産物の品質を管理するための電子システム、データベースの開発、関係者が効率的に各種申請を行うことができるe−サービスの提供も行っている。前もって、e−ムーブメント(Web上で家畜の移動申請ができるシステム)を提出しておけば、家畜や枝肉を移動させたい流通・加工業者は、インターネットを通じて、DLDから許可証を受け取ることができる。

 報道によれば、DLD局長は、多くの輸入国が食品生産の全過程のトレーサビリティーや、食品の品質を確認できる書類の提出を求めるなどの要求をしており、特にトレーサビリティーシステムは、輸入国によっては、必須条件となってきているので、このシステムを実施することはタイの鶏肉輸出にとって有利に働くだろうとしている。また、輸出業者は、このシステムが輸入国の信頼の回復と、鶏肉輸出の促進につながると信じている。

 コンパートメントシステムとトレーサビリティーシステムは、国内外の消費者に商品の品質を保証するために、多くの会社によってすでに実施されている。

 なお、CPフードやベタグロなどの大手インテグレーターは独自に開発したトレーサビリティーシステムを導入しており、政府が開発したこのシステムへの参加は義務付けられていない。したがって、このシステムは、独自にシステムを構築することができない中小の生産農場等へ支援の意味合いが大きいと思われる。


(5)輸出促進対策

(1)EUの関税割当制度の活用

 タイはEUの塩漬け鶏肉の関税割当枠264,245トンのうち、92,610トン相当の認定を受けており、枠内輸入関税は15.4%、枠外輸入関税はトン当たり1,300ユーロである。また、鶏肉調製品の関税割当については、250,953トンの輸入枠うち、160,033トンを受けており、枠内の税率は8%、枠外税率は、トン当たり1,024ユーロである。2008年の鶏肉調製品の枠内輸出量は割当の上限に達した。また、タイは2008年に関税割当の対象となっていない鶏肉調製品(鶏肉含有率57%未満のもの)16,000トンをEUへ輸出している。

 現在、タイ政府は2004年のHPAI発生後、未加工鶏肉とみなされ輸入を禁止された塩漬け鶏肉の輸入再開(関税の再割当)と、鶏肉調製品の輸入割当枠の拡大を求めて、EUと交渉している。

 EUの鶏肉の関税割当制度は、主要な鶏肉供給国であるオランダ、フランス、ベルギーを保護するため、2006年に導入されたものであり、タイブロイラー加工輸出業者協会およびタイ商務省は、鶏肉調製品輸入枠の拡大が認められる可能性は低いとみている。

(2)ハラル食品への取り組み

 ハラル食品(イスラム教の作法に則り、加工処理された食品)は、世界的に大きな需要があり、タイにとって魅力的な市場となっている。2007年のイスラム教徒の人口は15億〜18億人で世界人口の25%を占めていると言われ、2025年までに世界人口の30%に達すると予測されている。2003年から2007年にかけて、タイのハラル食品輸出量は11%増加した。主な輸出品は海産物の缶詰、青果物の調製品、その他の加工食品などである。

 アジア最大の鶏肉輸出国であるタイは、ハラル鶏肉食品の輸出において、先進的な取り組みを行っており、タイのチュラロンコーン大学ハラル食品科学センターはハラル食品生産のための拠点となっている。

 タイのハラル食品は中東では広く認知されており、2008年にはタイからアラブ首長国連邦(UAE)には65トン、サウジアラビアには12キログラムの鶏肉調製品が輸出された。現在、タイ国内では60を超える食鳥処理場および鶏肉加工場がハラル食品輸出の認定を受けている。

 鶏肉はイスラム教上ではタブーではなく、また牛肉などと比べて価格が安く、健康的なイメージがあるため、イスラム教徒にとっては魅力的な食材である。このため、タイの鶏肉生産者は、世界的に市場を拡大することを目指している。


4.ブロイラー産業と飼料産業の関係

(1) インテグレーターがブロイラー産業をけん引

 タイブロイラー加工輸出業者協会によると、タイのブロイラー生産コストは、2009年平均で鶏肉1キログラム当たり34〜35バーツ(約95〜98円:1バーツ=2.8円)であり、そのうちのおおむね7割を飼料費、2割をヒナ費、1割をその他費用(薬品費、人件費、水道光熱費など)となっており、いかに飼料費を抑えるかが収益を向上させる重要なカギとなっている。その意味ではインテグレーターは非常に有利な立場にあり、タイのブロイラー産業を成長させる中心的な役割を担ってきたと言える。

(2)飼料の需給動向

 タイにおける主な飼料原料は、トウモロコシ、大豆かす、破砕米、魚粉などである。タイ飼料生産者協会によると、タイの飼料生産量は、2005年以降、増加傾向で推移していたが、2008年は前年比1.2%減の1,255万トンとなった。また、2009年の生産量は前年比4.0%減の1205万トンとさらに減少する見込みである。タイ飼料生産者協会では、2009年の減産見込みについて、前年からの繰り越し在庫に余裕があること、世界的な経済不況の影響により国内外の畜産物需要が減少していることを要因として挙げている。
図5 飼料生産量の推移

(3)畜種別の飼料消費動向

 2009年のブロイラー用飼料生産量は365万トン(30%)と見込まれ、その原料としてトウモロコシ221万トン(61%)、大豆かす107万トン(30%)、魚粉11万トン(3%)が仕向けられるとみられる。

 なお、その他の畜種向け飼料の生産量は、採卵鶏用148万トン、豚用301万トン、アヒル用25万トン、採卵アヒル用13万トン、乳用牛用36万トン、その他(エビや魚の養殖など)用326万トンとなっている。

 タイのブロイラー産業にとって、飼料原料が国内で安定的に供給されることは、今後も成長を続け、国際競争力を維持するために重要であるが、将来的にブロイラー生産量が2004年のHPAI発生前の水準まで回復した場合、地域によっては飼料原料に不足が生じ、需要の一部を輸入に頼らざるを得ないとみられている。
図6 畜種別飼料生産量(2009年)
(4)加速するインテグレーション化の流れ

 インテグレーターは、もともと飼料工場や養鶏場などから始まり、経営形態を川上から川下まで垂直統合(インテグレーション)をすることによって、生産コストの大部分を占める飼料費、ヒナ費を抑え、圧倒的な競争力を持つようになった。その後、インテグレーターは小規模農場などを次々と吸収することによって規模の拡大を図り、インテグレーションを強化し、タイのブロイラー産業のメインプレーヤーとなった。

 2004年のHPAI発生は、この流れをさらに加速させることとなった。小規模農場はその多くが国内市場に基盤を置いていたため、HPAIに感染した鶏を処分することによる経済的損失だけでなく、消費者の鶏肉離れによる損失も被った。さらに、DLDが日本やEUから求められた輸出品に関する衛生的規制と同様の厳しい規則を国内市場にも適用したことから、飼料価格の高止まりも相まって、これらに対応できない小規模農場の多くは、インテグレーターに吸収され、インテグレーション化に拍車がかかったと思われる。


5.主要インテグレーターの最近の動向

(1) チャルーン・ポカパン(Charoen Pokphand:CP)

1)経営の概要

 CPグループは、タイで最大のインテグレーターであり、また同国最大の総合食品企業でもある。また、同グループはタイ国内のセブンイレブンとのフランチャイズや電話会社、インターネットプロパイダー会社など他業種にも進出しており、タイで最大のコングロマリット(複合企業)としての側面を持つ。さらに、海外へも事業展開しており、アセアン各国、中国、インド、ロシア、イギリスなどへ進出している。

 CPグループ中、最大の子会社はCPフード(CPF)であり、食品の加工から流通までの各段階を網羅している。同社の主要な生産基盤はタイにあるが、海外にも拠点を持っている。扱う食材は、家きん肉、豚肉などの畜産物、エビや魚などの水産物が中心である。同社は、食品生産の各工程で行う品質チェックシステムや原材料を生産段階まで遡れるトレーサビリティーシステムを独自に構築している。また、適正製造認証(Good Manufacturing Practice:GMP)やハサップ(HACCP)、国際標準規格(ISO)9002などが導入されており、食品の安全や品質の保証をより確実なものとしている。

 2008年のCPFの収入は前年比97%増の25億バーツ(約70億円)であり、2009年は前年比220%増の80億バーツ(224億円)を目標にしている。

2)ブロイラー関連施設の概要

 CPFはタイ国内に養鶏から鶏肉加工生産までを集約した3つの複合施設を持っており、それぞれの概要は以下のとおり。

(1)  A施設(バンコクのノーンチョーク区、ミンブリー区)

 この施設は1週あたり150〜160万羽の処理能力を有する鶏肉加工場のほか、ふ卵場や種鶏生産農場から複合施設が構成されている。

 周辺には工場へブロイラーを供給する契約農家や自社養鶏場があり、飼料はバンコクに近いチョンブリー県にある飼料工場から供給されている。

(2) B施設(バンコク近郊)

 バンコクの北120キロメートルの位置にあるサラブリー県に、月間生産能力4万トンの飼料工場、ふ卵場、種鶏場、養鶏場、鶏肉加工場からなる複合施設がある。鶏肉加工場は、1週あたり160〜170万羽の処理能力を持ち、加工場へは自社養鶏場で生産されたブロイラーが主に供給される。なお、当施設は、EUのアニマルウェルフェアの概念が導入されており、EU向け製品に特化した施設となっている。

(3) C施設(バンコク近郊)

 バンコクの北東250キロメートルに位置するナコンラーチャシーマ県にあり、2005年に完成した。CPFの3施設のうち最も新しいこの施設は、飼料工場(年間生産能力120万トン)、12の種鶏場(年間総供給能力1億3千2百万個)、ふ卵場(年間総ひな供給能力1億1千万羽)、30の養鶏場(年間総ブロイラー生産能力5千2百万羽)、食鳥処理場(1日あたり処理能力333,000羽)、鶏肉加工場(年間生産能力86,400トン)、鶏肉ソーセージ工場(同40,500トン)から成る。また、ここにある複数の養鶏場には、作業員1人で10万羽のブロイラーを管理できるタイで初めてのコンピューターシステムが導入いる。同システムでは衛星通信を使った遠隔操作システムが採用されていることから、閉鎖式鶏舎における伝染病感染予防が可能となっている。

3)最近の動向

 CPFは、農場経営ビジネスへの依存度を減らし、経営を再構築する5カ年計画を立てた。この計画では、今後5年で飼料、食品、農場を引き続き経営の核としつつ、食品部門が占める収入比率を従来の18%から30〜33%まで増加させるとしている。

 また、飼料部門については収入比率35%を維持する。

 一方、収入の47%を占めるブロイラーやアヒルの生産(2008年の収入は1562億バーツ(約4374億円))については、今後この割合を3分の1にまで減らす計画である。同社は、これらの施設を売却後に借り受けることにより、これまで通り運営しながら減価償却費や維持費を削減するとともに、売却益を活用して高付加価値化が見込める食品部門を強化することを目指しており、既に施設売却の手続きを開始したという。

 また、同社はロシアの養豚ビジネス3000万ドル(約27億2千万円)、フィリピンのエビおよび魚の飼料工場建設6500万ドル(約59億円)を含む総額40億バーツ(112億円)の投資を国内外で行うとしている。CPFのアディレーク社長は、この5カ年計画の目的は、年平均10%の安定的な成長を確実にするためであり、これにより毎年2000億バーツ(約5600億円)の収入を達成するとしている。

(2)ベタグロ(Betagro)

1)経営の概要

 1967年、資本金1000万バーツ(約2800万円)の飼料会社(本社バンコク)として操業。タイ中部のサムットプラカーン県に最初の飼料工場を建設し、その後、タイ東北部のナコンラーチャシーマ県でブロイラーや豚の生産、飼料工場、ふ卵場の経営を開始した。これらの経営に成功すると、さらに戦略的に経営規模を拡大させ、飼料生産から、ブロイラー・豚の生産、鶏肉・豚肉の加工までを行う、鶏肉および豚肉のインテグレーターとして地位を築いた。今日では、ベタグログループは、動物医薬品の製造販売、農業機械の製造販売、ペットフードの製造販売、レストラン経営、リゾート経営などの多岐にわたる関連分野へ事業を展開している。

 最近、同社は鶏肉の生産過程を24時間体制で監視する品質保証プログラム(ベタグロ・クオリティーマネージメント(BQM24/7))を始めた。このプログラムはタイ国内の食品加工工場の品質を保証するのはもちろん、最適な飼料原料の選別、契約農家や自社農場への飼養管理にまで適用されている。また、このプログラムは国際的な鶏肉品質の保証基準や英国王立動物虐待防止協会(RSPCA)の規則にも合致したものとなっている。これにより、品質基準が厳しい国への輸出が可能となり、輸出量の増加が見込まれている。 同社は、市場を開拓し販売網を構築するにあたって、外資との業務提携が戦略上のカギとみており、例えば、冷凍鶏肉や鶏肉調製品の輸出については、三菱商事、冷凍鶏肉調製品については味の素、ハム・ソーセージについては味の素や伊藤ハムなどと提携している。

2)最近の動向

 2007年、タイ中部のロッブリー県において、味の素とベタグロの合弁会社として、12億3千万バーツ(約34億4千万円)を投じた、巨大な鶏肉加工場の稼働を開始した。現在、工場の生産能力は年間9,600トンであるが、将来的には2万4千トンまで増産し、最大で3万トンとするとのことである。工場には、日本へ輸出する唐揚げやグリルチキン、炭火焼き鳥などを生産するための最新設備が導入されている。ベタグロのヴァシット社長によると、この工場は、日本市場の重要性や高品質な冷凍食品への需要増加を反映したものであるとしている。

 同社は、タイ国内に23の直営販売店を持っているが、これを2009年中には46店舗まで拡大し、3年以内には世界に120店舗まで拡大したいとしている。ヴァシット社長によると、2009年上半期の同社の収入は230億バーツ(約644億円)、このうち20%が輸出による収入であるとしている。

 また、2009年12月には、ロッブリー県に伊藤ハム、タイ味の素、宝永物産との合弁でソーセージを中心とする食肉加工品の工場を竣工させた。

(3)サハ・ファーム(Saha Farms)

1)経営の概要

 1969年、1週あたり500羽の生産規模から農場を始めた同社は、現在では主要なインテグレーターの1つに成長した。同社はこれまで30年以上にわたって輸出に力を入れてきており、2001年にはCPFなどの大手企業を抑えて、冷凍鶏肉輸出部門で1位となった。しかし、2004年のHPAI発生後、冷凍鶏肉の輸出量が年間2,000トン以下にまで激減した。現在、同社の主力商品は、種類豊富な冷凍鶏肉調製品である。鶏肉加工場は1日あたり45万羽の処理能力を有する。

 同社の鶏肉生産は、子会社であるゴールデンラインビジネス社とサハインターフード社でも行われている。ゴールデンラインビジネス社はタイ北部のペチャブーン県に、飼料工場、原種鶏・種鶏生産農場、ふ卵場、養鶏場、鶏肉加工場、動物医薬品工場、研究開発施設から構成される複合施設を有している。このうち、鶏肉加工場はアニマルウェルフェア、HACCP、GMPなど国際規範に準拠した生産が行われており、1日あたり50万羽の処理能力がある。サハインターフード社は鶏肉調製品の加工を行っている。

2)最近の動向

 2004年のHPAI発生以降、2年を費やして、鶏肉から鶏肉調製品へ輸出をシフトするために、同社は経営の再構築を行ってきた。

 また、ゴールデンラインビジネス社の鶏肉生産工場には、コンパートメントシステムが導入されており、仮に日本への冷凍鶏肉輸出が解禁された場合、年間10万トンまでの輸出に対応できるとしている。

(4)GFPT

1)経営の概要

 1981年、冷凍鶏肉輸出企業として、資本金7700万バーツ(約2億2千万円)で設立され、現在は大手インテグレーターの1つとなっている。同社はCPFやベタグロなどと違いブロイラーを専業としており、年間総販売量は約12万3千トン、うち約7割は国内向けとなっている。鶏肉加工場はタイ中部のサムットプラカーン県にある。

 また、子会社としてKFPC(飼料生産)、GPブリーディング(原種鶏生産)、クルンタイファーム(ふ卵場)、M. K. S. ファーム(養鶏場)、GFフーズ(鶏肉加工場)、マクドナルドへの供給を専門に行っているMcKeyフード(鶏肉加工場)を持ち、これらを通じて、生産から販売まで一貫した体制を築いている。

2)最近の動向

 2008年11月、GFPTと日本のニチレイフーズは、食鳥処理・加工・販売および鶏肉調製品の製造・販売事業を行うため、合弁会社を設立した。現在、年間8万8千トンの食鳥処理と3万トンの鶏肉加工能力を有する工場がタイ中部のチョンブリー県に建設中であり、2010年10月頃から生産を開始する予定である。また、同工場で生産された鶏肉調製品は、ニチレイフーズが日本国内に持つコンビニエンスストアなどへの販売網を通じて販売される計画である。なお、生産が軌道に乗れば、GFPTは売上が30〜40%伸びると見込んでいる。
 

6.おわりに

 2004年のHPAI発生以降、タイのブロイラー産業は鶏肉輸出の深刻な不振に直面し、これを乗り越えるべく多額の資金を投資して、輸入国が求める安全基準等に沿ったかたちで鶏肉調製品の生産体制を築いていったことは、すでにお伝えしたとおりである。

 一方、鶏肉調製品の輸出において主要な競争相手である中国は、タイと同様、2004年にHPAIの発生が確認され、鶏肉調製品の輸出にシフトしていくが、手先の器用さや労賃の安さなどの点で優位であったため、2004年以降の日本向けシェアでは常に中国1位、タイ2位の状況が続いていた。しかし、最近発生した一連の中国産食品の衛生上の問題により、タイ産への切り替えが起こり、2008年には数量ベースのシェアが中国41%に対し、タイ58%と初めて逆転することとなった。こうした中国産食品に対する懸念は、いまだ払拭されたとは言えず、この流れはしばらく続くと思われる。

 2010年、AFTAのスキームにより、ASEAN域内のほとんど全ての関税が撤廃された。これにより、今後も人口増加が見込まれるベトナムなど域内の国々への鶏肉などの輸出が増加するであろう。また、ACFTAやJTEPAによる関税削減も輸出にプラスに働くと思われる。今年は、世界的な経済不況からの回復基調と相まって、タイのブロイラー産業にとっては、追い風が吹いており、さらなる飛躍の年となる可能性が高く、その動向がますます注目される。

 
元のページに戻る