海外駐在員レポート  
 

チェックオフによる米国の牛肉消費拡大対策

ワシントン駐在員事務所 中野 貴史、上田 泰史


  

1 はじめに

 米国人にとっての牛肉は日本人にとっての米に相当する思い入れの深い食料である。米国で食事と言えばステーキを筆頭に牛肉がイメージされるように、かつて牛肉は米国人に最も消費されていた食肉であった。しかしながら、消費者の健康志向の高まりなどを背景に、牛肉消費は減少を続け、現在は鶏肉にその座を譲っている。牛肉の消費拡大に向けた取組みは、牛肉団体や州単位で個別に行われていたが、1986年、牛肉の消費拡大対策を行う法律が制定されてからは、全国一律に生産者などから徴収した賦課金(チェックオフ資金)を原資とし、全国的な方針に基づいて行われるようになった。

 こうして牛肉消費拡大対策は強化されたものの、牛肉の一人当たりの消費量の減少は歯止めがかからず、2009年は景気減退の影響もあって制度発足以降最低の水準となっている。

 我が国においても、景気の低迷が続く中、単価の高い牛肉の消費拡大は喫緊の課題とされていることから、本稿では、法律制度に基づく長い歴史をもつ米国における牛肉の消費拡大対策について、我が国と同様の悩みを持つ米国が、どのような仕組みを用いて、また、どのような点に着目して消費拡大を行っているのかを報告したい。

2 食肉の消費動向

 牛肉の一人当たり消費量は、1976年のピーク時には43キログラムを記録し、豚肉の2.1倍、鶏肉の2.4倍の水準であった。しかし、1980年代に入ると35キログラム前後まで落ち込み、その後も減少を続け、1993年には食肉首位の座を鶏肉に譲った。鶏肉がその後も消費量を拡大していく中、牛肉は横ばいで推移していたが、2009年は、景気の減退の影響もあって、過去50年間で最低の28キログラムとなり、1人当たりの消費量は鶏肉に大きく水を空けられている。

図1 食肉の1人当たり消費量の推移
資料:USDA/ERS

3 牛肉チェックオフ制度の概要

(1)趣旨

 牛肉チェックオフ制度は、1985年農業法を構成する「牛肉販売促進・調査研究法(Beef Promotion Research Act)」に基づき1986年に制定された「牛肉販売促進・調査研究規則(Beef Promotion Research Order)」により、1986年10月から実施されている。この制度は、生産者などから徴収する賦課金(チェックオフ資金)を原資として牛肉の消費拡大対策を実施するものである。

 同法は、牛肉および牛肉製品は国民生活上の重要な基本食料であり、その生産は国家経済上重要な役割を担っており、公共の利益に適うものである。このため、本法律に基づき牛肉および牛肉製品の消費の維持・拡大を行うと謳っている。

 全国ベースでチェックオフが制度化されている品目には、牛肉のほか、豚肉、鶏卵、乳製品、飲用乳などの畜産物のほか大豆、綿花、馬鈴薯などがある。なお、トウモロコシについては、全国ベースの制度はなく、主要生産州においては州法に基づくチェックオフ制度が設けられている。

(2)事業実施主体

 牛肉チェックオフ制度の事業実施主体としては、全国レベルでは全国ビーフボード、州レベルでは州牛肉協議会となっている。また、全国ビーフボードには、チェックオフ事業の事業計画などの策定を行う「牛肉プロモーション運営委員会」(以下「運営委員会」という。)が設置されている。

 同制度には税金などの公的資金は投入されていないが、米国農務省(USDA)農務長官は、全国ビーフボードの役員の任命や、予算、事業計画の認可を行うとともに、事業年度毎に事業報告書の提出を受け、事業の実施状況を把握し、業務実施結果などについて監査を行うなど制度全般の活動を監督することになっている。

(3)賦課金の徴収

 生産者などから徴収されるチェックオフ資金は、肉用牛や乳用牛、成牛や子牛の区別はなく、生体牛の取引の都度、一律に1頭当たり1ドルが販売者から徴収されることになっている。よって、同じ1頭の牛が、育成牛、肥育素牛、肥育牛のそれぞれの取引時に3回徴収されることもある。徴収されたチェックオフ資金は、市場開設者などを通じて45州にある州牛肉協議会に納付される。州牛肉協議会は、50セントを州段階の活動財源として留保し、残り50セントを全国ビーフボードに納付する。州牛肉協議会のない5州では、1ドル全額が直接全国ビーフボードに納付される。

 チェックオフ資金は、米国内で流通する牛肉の消費拡大に充てられ、国産牛肉のみならず輸入牛肉もその恩恵を受けることから、輸入牛肉などに対しても1頭当たり1ドル相当の賦課金が課されている。輸入生体牛の場合は、国内の生体牛の取引と同額の1頭当たり1ドルが通関時に徴収され、牛肉および牛肉加工品の場合は、関税番号毎に定められている重量当たりの単価に輸入重量を乗じた金額が賦課金として徴収されることになっている。輸入牛肉などからのチェックオフ資金の徴収は関税当局が代行し、全国ビーフボードに納付される。

 チェックオフ資金は年間約8千万ドル(約75億円。1ドル=94円)前後となっている。近年、米国牛飼養頭数の減少に伴いチェックオフ資金の徴収額も減少し、2009年は前年比3.1%減の7千640万ドル(約72億円)となった。なお、輸入牛肉などから徴収される額は全体の9%に相当する680万ドル(約6億4000万円)となっている。

図2 チェックオフ資金の流れ
※1 と畜前の生体牛を10日以上保有し売却したパッカーもチェックオフ資金徴収の対象となる。
※2 政府の政策や行動に影響を及ぼすことを目的とした活動はできないこととされている。
図3 チェックオフ資金徴収額の推移
資料:Cattlemen’s Beef Board「Annual Report」、USDA/NASS
「Cattle」

(4)制度存廃に係る意思決定

 チェックオフ資金は法律に基づいて生産者などから義務的に徴収されている。このため、制度の存廃については、生産者の意向が反映される仕組みとなっており、生産者などによる全体投票で過半数の支持がなければこの制度は廃止される。なお、法律施行後22カ月以内に農務長官から義務付けられていた全体投票は1988年5月に行われ、79%の支持を得ている。

 その後の全体投票の実施については、肉牛生産者の10%以上の署名が必要とされている。1999年には畜産マーケティング協会(LMA)などが、同制度は大規模農家偏重で中小規模生産者(特に家族経営)に恩恵を与えていないとして署名活動を行ったが、規定数に達せず全体投票の実施には至らなかった。これを不服としたLMAは連邦裁判所に提訴し、2002年7月の1審でチェックオフ制度は違憲との判決となった。USDAは控訴したものの2003年7月の2審でも違憲となった。これに対しUSDAは最高裁に上告し、最高裁は2005年5月に同制度を支持する判決を出している。

4 牛肉チェックオフ制度による牛肉消費拡大対策

(1)事業の内容

 牛肉チェックオフ事業は、以下の事業については運営委員会が事業計画を作成し、農務長官の承認を得ることになっている。また、各事業の実施については、運営委員会が全国肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)や米国食肉輸出連合会(USMEF)などの非営利団体に委託の上、実施している。

(1)プロモーション事業……消費者向けの広告や、小売・外食店などでの販売促進
(2)調査研究事業……………栄養価値、食品安全などに関する調査・研究
(3)消費者情報事業…………栄養価値などの消費者向け知識普及
(4)産業情報事業……………牛肉産業のイメージアップに資する情報提供
(5)輸出促進事業……………海外市場の開拓、輸出促進
(6)生産者情報事業…………生産者向け普及啓発

(2)予算

 チェックオフ資金の約半分が全国ビーフボードの予算となり、牛肉の消費拡大に係る全国規模でのプログラムが実施される。

 全国プログラムの中で最も予算が使われているのはプロモーション事業で、2009年度では、全体の事業費の46%に当たる1736万ドル(約16億3000万円)が充当されている。次いで16%の調査研究事業の601万ドル(約5億6000万円)、15%の輸出促進事業の554万ドル(約5億2000万円)となっている。2000年度の事業費を基準に比較してみると、プロモーション事業は全体の事業費の減少率を下回って推移しているのに対し、調査研究事業は大きく上回って推移しており、2009年度は前年を下回るものの2000年度を40%上回っている。輸出促進事業は、増減を繰り返して推移し2008年度は4%増となり、2009年度は15%増と上伸している。

(3)主な事業の概要

①プロモーション事業

 チェックオフ事業の中で最も多くの予算が使われているプロモーション事業は、消費者向け、外食産業向け、小売店向けの販促活動のほか、メニュー発掘・開発や料理コンテストなど8つの事業が展開されている。

図4 事業費の対2000年比
資料:Cattlemen’s Beef Board「Annual Report」
表1 全国ビーフボードの牛肉チェックオフ事業費の推移
牛肉を使ったレシピ集「BEEFLEXIBLE」

 この写真は、外食産業向けの牛肉を使ったレシピ集「BEEFLEXIBLE」である。米国の料理は一人前の量が日本と比較して多いと言われているが、同冊子では「Small Plates(小皿)」と題しているように小皿料理が紹介されている。冒頭には「牛肉は、米国人に最も好まれているたん白質で、外食産業のメニューの主役であり続けている。小皿でもその存在感は大きく、売上げに大きく貢献するだろう。」とあり、小皿メニューの例としてスペイン料理のタパスや日本料理が紹介され、“ステーキにぎり”が表紙を飾っている。

 本年3月7〜9日に米国食肉協会(AMI)およびフード・マーケティング協会(FMI)共催で行われた「食肉会議2010」の外食産業向け販促セミナーでは、最近の消費者は一品の量を少なくしてバラエティーに富んだものを好む傾向があるため、一皿の少量化が推奨された。

 また、「BEEFLEXIBLE」の広告ロゴは、全国アグリ・マーケティング協会(NAMA)の「ベスト・オブ・NAMA2009」に選ばれている。

②調査研究事業

 調査研究事業は全体の予算が縮小する中、近年最も事業規模が拡大している。事業の実施を委託されている団体の一つであるNCBAの担当官によれば、プロモーション事業には広告費など多額の費用がかかるので結果として最も多く予算を投入しているが、現在、力を注いでいるのは調査研究事業であり、特に最近は、牛肉や牛肉産業に対して敵対的な論調で批判する動物愛護団体や環境保護団体の活動が活発化しているので、同事業を活用してそれらに対抗するための科学的データを集積することが重要であるとのことであった。

 先述の「食肉会議2010」の衛生セミナーで紹介されたある消費者アンケートでは、25%がハンバーグの中身の肉の色をピンクであることを望んでおり、ハンバーグを焼く温度が46℃以下で良いと回答した人が4%いたなどの紹介があった。消費者の知識不足もさることながら、一度牛肉で食中毒が起きると、牛肉の消費を減退させることになるため、食品安全に関する調査研究には相当の予算が充てられ、2009年には13本の研究が実施されている。これらのうち11本は、成型肉表面に付着した大腸菌に対する乳酸による殺菌効果や、枝肉の表面に付着した大腸菌やサルモネラ菌に対するかんきつ類の精油の殺菌効果など、大腸菌とサルモネラ菌に関する研究となっている。

 また、牛肉生産と環境との関連性についても、畜産物生産による温室効果ガス排出が世界中の温室効果ガス排出の18%を占め大きな環境問題であるとするFAOの報告書に対して、米国の畜産物生産に係る温室効果ガス排出は米国全体の3%にも満たないため、米国の畜産物生産には当てはまらないという科学的分析に基づく研究結果を発表するなど、牛肉の消費拡大に資するとの観点から、本事業で実施されている。

③輸出促進事業

 チェックオフ資金の収入がこの3年間減少している中、唯一予算を拡大しているのが輸出促進事業である。中でも、132万ドル(約1億2000万円)と最大の予算が配分されているのが対日輸出促進費で、次いで対韓国125万ドル(約1億1800万円)、対メキシコ87万ドル(約8200万円)、対台湾29万ドル(約2700万円)と続いている。対日輸出に対する予算の大きさから、かつては最大の輸出先であった日本に対して米国でのBSE発生前の水準まで輸出を回復させたいという強い思いが感じられる。しかしながらASEAN諸国向けなど新興市場への輸出が拡大していることから、日本の輸入制限がこのまま続くようであれば、米国の利益を確保するために予算を他国に向けることも考えられている。

 2008年7月に再開した韓国向け輸出については、2003年にはメキシコ向けを抜いて日本に次ぐ第2位の輸出先国となっていただけに大きな期待が寄せられていた。しかし、蓋を開けてみると韓国の消費者の反発が強く、2008年9月には21.3千トンを輸出したものの3カ月後の12月には3.8千トン、2009年の4月には輸出再開後最低となる2.2千トンとなるなど、米国側の当初の思惑は大きく外れる結果となった。このため、輸出促進事業を担当するUSMEFは、昨年末から積極的にセミナー、広告など消費者をターゲットとした輸出促進活動を行っている。具体的には、チェックオフ事業とUSDAの海外市場アクセス事業(MAP)を活用し、「女性から女性に」というテーマで、米国の肉牛農家、科学者、食品検査官の3人の女性を起用して米国産牛肉の安全性を韓国の女性にアピールするイメージ・キャンペーンを展開している。その効果はアンケート結果に劇的に現れており、2009年の1月から8月においては米国産牛肉を購入したと回答したのは3%に過ぎなかったが、経済が回復し、米国産牛肉に対する反感が薄まってきた11月には9.3%となり、キャンペーンの始まった12月には19.8%、1月には20.6%が米国産牛肉を購入したと回答している。さらに12月から2月の間に購入した人は58%にも上り、このうち5人に1人は広告を見た上で購入したと答えている。USMEFによると、2月の輸出量は前年同期の2倍以上となる14.5千トンとなっており、同キャンペーンが輸出増加に貢献したものと考えられている。この流れが今後も続くのか注目されるところである。

図5 米国産牛肉の韓国向け輸出量の推移
資料:USDA/ERS「Live stock and Meat Trade Data」

(4)牛肉チェックオフ事業の禁止事項

 チェックオフ資金は、牛肉の消費拡大を目的として徴収されており、政府の政策などに影響を及ぼすことを目的とした使用は禁じられている。

 このため、牛肉チェックオフ事業の実施を委託されているNCBAは、政治活動を行う部門と牛肉チェックオフ事業を行う部門を区別し、本禁止事項に抵触しないように配慮された組織構造になっている。しかし、本年1月のNCBA総会では、意思決定の迅速化を目的に2つの部門を1つの決議機関に組み込むことが提案された。これについては、本年3月18日、全国ファーム・ビューロー連合会(AFBF)、LMA、ファーマーズ・ユニオン(NFU)、全国家畜生産者協会(NLPA)、全米生乳生産者連盟(NMPF)、米国肉牛生産者協会(USCA)の6団体が、NCBAの組織改正によりチェックオフ資金が政治的活動に使用される可能性があるとの書簡をヴィルサック農務長官あてに提出した。これに対しNCBAは、3月22日付け同農務長官あての書簡の中で、6団体の指摘は誤った認識によるものであり、組織が改正されたとしても、NCBAが実施する牛肉チェックオフ事業はUSDAに承認された計画に基づき行われることから事業費が政治的活動に使われることはないと反論している。

 NCBAの担当官は、6団体の指摘は誤りであり、ポイントは実施主体の体制ではなくチェックオフ資金が法律の趣旨に沿って使われているのかどうかが重要であると述べている。

5 評価の実施

 チェックオフ事業では、運営委員会により毎年度評価を受けることとなっており、プラン(計画)、ドゥ(実行)、チェック(検証)のプロセスが実施されている。2009年度の評価報告書は本年1月に公表され、同報告書は100ページにも及ぶ。

 牛肉チェックオフ事業は、依然として生産者から事業の内容や効果が分からないという声があり、評価報告書は出資者である生産者への報告という意味を併せ持つ。評価報告書にはすべての事業について一つ一つ個々の具体的な事業毎に目標と達成状況および評価が記載されている。

「2009年度 事業評価報告書」
チェックオフ制度を推進するロゴマークと公式HP

 具体的な例を挙げると、プロモーション事業のうち「BEEFLEXIBLE」の広告については、1000万人相当の広告効果という目標に対し1235万人という効果を獲得している。また、パブリシティ(記事広告)では、2000万人相当の目標に対し4090万人というパブリシティ効果を獲得し、これは308万ドル(約2億9000万円)の広告費用に相当するとされている。また、牛肉の消費拡大に貢献した外食店を報奨するプログラムについては、消費拡大の効果が客観的に検証できないとして、評価システムを再設計するか廃止すべきとの指摘が出されている。

 先にも述べたが、本制度は賦課金を支払う生産者などの支持により成り立っている制度であり、運営委員会はアンケートなどの手法を用い、生産者の意向を把握するよう努めているところである。アンケートによれば、牛肉の1人当たりの消費量が減少傾向で推移する中にあっても、生産者などの本制度に対する支持率は依然として6割を超えているとのことである。

 生産者の支持率が高い背景としては、賦課金について、1頭当たり1ドルが制度開始以来23年間も物価に関係なく据え置かれていることに加え、生産者の拠出する1ドルが肉牛価格を5ドル以上上昇させているとの調査報告もあることから、その単価が妥当な水準であるとの認識があるとみられる。

図6 チェックオフ制度の支持率の推移
資料:Cattlemen’s Beef Board

6 おわりに

 2009年に過去最低を記録した牛肉の1人当たり消費量は、供給量の増減や価格の変動の影響を受けるが、減少局面にあるキャトルサイクルの中、景気が低迷する現時点において消費量が増加することは想定しにくい。

 こうした中、米国の消費拡大策は広告などのプロモーションから調査研究や輸出促進に力点を移した。調査研究は、消費拡大効果の速効性は期待出来ないが、牛肉に関する基礎的な情報が蓄積されるため、これまで投入したコストは活かされることになるであろう。また、輸出促進についても、国際経済が回復基調にあり、ドル安が輸出の追い風にもなることから、効果が期待されるところである。

 消費拡大事業はその効果が見えにくいものであるが、限られた予算を何に使うかはその時々の社会状況などにより異なり、時宜をとらえた適切な実施が求められる。

 米国においては、生産者の意見を適切に取り入れつつ、法律に基づく消費拡大の予算を活用することで、今後の畜産の基礎および発展につながるような対策が展開されている。

 このような米国の姿勢は、我が国でも大いに参考になるだろう。


 
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